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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-7

 ハジメはマルタに訪れる運命のことは誰にも言わず、仕事を開始した。

 バルグテール大森林の深層へ向いながらマジックルーターを設置する作業だ。

 錬金術にも覚えのあったウルが大きなマジックルーターをするする地面に埋めていく。埋まったマジックルーターは大地が内包するマナを稼働に必要最小限な量だけ吸収し、拠点である研究所から放たれる感知、測定等の魔法の効果範囲を広げる。


 ハジメの端末にカルマからの通信が入る。


『感度良好~。位置の誤差も許容範囲内だし、そのままガンガン進めちゃってよ』

「そちらの探知では特に異常ないか?」

『次の設置で深層と呼ばれる範囲にまで届く予定よ』

「つまり、それだけ近づいてきたということだな。諒解した。引き続き作業を続行する」


 かなり森の奥に近づいてきたが、未だに生き物らしい生き物の気配がない不気味な森林が鬱蒼として続く。ウルは手ぶらで歩きながら周囲を見渡す。


「ねぇハジメ。フェオちゃんの話だと深層までいくと森の感覚が麻痺して何も感じられないってことだったわよね」

「ああ。だからフェオには森の感覚が働く範囲を任せることにした」

「私も自分なりに色々感知してて気づいたんだけど、深層に近づくにつれて大気中のマナの濃度がちょっとずつ下がってる。フツーこういう氷属性に満ちて自然豊かな場所では上がる筈なのに」

「マナを大量消費する何かがある、と。規制を免れた古代兵器とかいうケースは昔あったが…」


 この世界ではマナは生物に宿ったりエーテル化したり世界をぐるぐると循環しており、一見して消えたように見えても総量的には均衡を保っているしかし、局所的に大量のマナやエーテルを消費すればその場のマナは減少する。

 過去にはマナを用いた巨大兵器の大量生産で大地が荒れ果てた事もあったらしく、その反省からマジックアイテムのは法律で一定の制約があり、環境に負荷を掛けづらい魔力注入方式が一番無難という扱いになっている。


 ただ、目撃された怪物のいずれかの仕業という線の方が濃厚そうだ。


「いずれにせよ、百聞は一見にしかず。ツナデ、先頭を行け」

「まっかせにゃさい。一流スカウターの実力をその目に刻むにゃ!!」


 ツナデは軽い足取り先陣を切って進んでいく。

 実際には分身ツナデだが、ソーンマルスにあまり忍者のことをべらべら喋るのも問題なので説明していない。もしツナデだと信じていたものがぼふんと手裏剣の刺さった丸太に化けたら彼はどういうリアクションをするのかが些か気になった。


 と――ツナデが静かにクナイを両手に握った。


「なんかいるにゃ。戦闘になるかも」


 その言葉にソーンマルスは困惑する。


「俺の感知スキルは何も捉えていないぞ。ハジメ、貴様は?」

もやのような違和感はあるが、今し方ようやく気付けた程度だ」


 ハジメの察知能力はその道の本職並で、気配察知の極致のひとつである【心眼】まで習得している。そんなハジメでさえもツナデが気づくまで何も違和感を覚えなかったことに、警戒心が高まる。


「ウルはどうだ?」

「通常探知には引っかかってないわよ? ツナデちゃん、本当にいるの?」

「こっちも目視確認で気付いたにゃ……一体にゃんにゃの、あれ?」


 全員が自然と武器を握り、ツナデの視線の先を見やる。


 そこには、余りにも異質な生物がいた。

 形状は犬や狼の魔物に似ているが、何より異様なのが全身がガラスか何かで出来ているかのような不気味で無機質な透明感だ。透明な転生特典や結晶を纏う生物はいるが、全身が透けて見える獣となると心辺りがない。そもそも擬態や透明化とは根本的に異なる気がする。

 ツナデが彼女にしては珍しく緊張感を滲ませた。


「足音も呼吸音も、心音さえ感じられにゃい。でもゴーストの類でもにゃい。それに、あの足下……一体どうにゃってんのにゃ?」


 獣たちはゆっくりとこちらに近づいているが、その足が踏みしめた土が獣たちの身体と同じく透明になっていく。一見すると冷気のあまり足下を更に凍り付かせているようにも見えるが、よくよく観察すればまるで色が抜け落ちていくかのようで、氷とはまるで違う。


 獣の一体が鼻先を上げ、突如として疾走を始める。

 ツナデも合わせて前に出ると、透明な牙を剥き出しに襲いかかる獣の攻撃を華麗に躱した。


「先制攻撃してきたってことは、敵と見なす!! せいやッ!!」


 すれ違い様、ツナデのクナイが煌めく。

 彼女の斬撃の鋭さから決まったかと思った刹那、彼女は手元のクナイに驚愕した。


「んにゃあッ!? 折れてるぅ!?」


 斬りつけた筈のツナデのクナイの刀身は、途中からぽっきりと折れてなくなっていた。使い捨て武器に近いとはいえ一定の品質のあるナイフとして装備出来るクナイは、使い手の腕もあってそう簡単に壊れるものではない。

 ツナデは動揺に身体を鈍らせることなく即座にバックステップすると折れたクナイを獣に投擲する。顔面直撃コースだが獣は躱しもせず、クナイは命中と同時に弾けて何処かへと消える。

 足止めにはならなかったが、ツナデはその間に前方に掲げた両掌の間に電流を迸らせる。


「轟けバリバリ、ディスチャージッ!!」


 恐らく実際には雷遁を魔法に偽装した電流が一直線に獣へ向う。

 見た感じ中級魔法程度の威力はあり、杖なしで詠唱がいい加減とは言え術を得意とするツナデの攻撃なのでレベル50程度になら有効打になりうる破壊力を秘めている。雷魔法の例に漏れず一瞬で命中した魔法はしかし、獣を止められない。


「こいつ硬った!? ええい、二の刃にて成敗致す!!」

「いや、俺が斬る」


 ハジメは敵の特徴を捉えるために刀を構える。ソーンマルスとの模擬戦でも使った、特別ではないが総合的に安定した上位性能の刀だ。


「虚空刹破」


 空間を超え、ハジメの容赦ない斬撃が魔物の土手っ腹を襲う。

 流石にハジメの一撃は耐えきれなかったのか獣は両断されるが、手応えはおかしな感触だった。続く二体で違和感の正体を確かめようとしたハジメだったが、横から見ていたウルが口元を押さえながら大声で刀を指さした。


「ちょ、刃がなくなってる!? いや違う、透明化して刃こぼれしてる!!」


 彼女の指摘通り、刀の斬りつけた部分が透明化していた。

 透明化した部分は恐ろしく脆くなっているらしく、先端が自重に耐えられず砕ける。もうこの武器は使い物にならない。


「手応えがおかしかったのはこれか……なんなんだこの獣は。装備品殺しか?」


 やむなくハジメは刀を捨てて杖を取り出し、数種類の属性魔法を残る獣たちに叩き込む。ツナデの牽制魔法の倍以上の威力を込めたが、それでも魔法の効きがそれほどよくなく、どの属性が効くのかはばらつきがあるようだった。

 更に畳みかけようとしたところで、ソーンマルスが拳を構える。


「武器殺しというのなら、これはどうだ!! 轟破掌ッ!!」


 彼の前面に結晶の杭が形成され、彼の掌底を受けて砲弾のように獣へと飛来する。

 威力的にはハジメの魔法より少し強い程度だったが、効果は覿面。

 結晶に胴体を撃ち抜かれた獣は悲鳴のひとつも上げずに消滅した。

 ソーンマルスは更に同じ攻撃で残るもう一匹を倒すと、握り拳を解いてぷらぷらとほぐす。


「先ほど魔法を見た感じ、岩や氷塊のようなものは他より比較的効果があった。物理的なダメージの方が有効らしい」


 流石は実戦慣れした第二等級の結晶騎士だとハジメは感心する。

 あの短いやりとりでしっかり敵の特性や弱点がないか目を光らせ、自分の手札から適切な攻撃方法を即座に導き出す。そのスピード感に彼の実戦経験を感じられた。

 ハジメは彼の意見に同意しつつ、先ほど放り捨てた刀を足で器用に蹴り上げて空中で掴む。


「だとすると、結晶で武器を形成する結晶騎士は相性が良いな。この刀のようにならずに済む」


 周囲の視線がハジメの刀に集まる。

 戦闘中にウルが指摘したとおり、刀身の敵を斬りつけた部分だけが透明になり、切っ先の辺りはすっかり崩壊していた。


「見ろ。刀身は途中までしっかり金属なのに、段々と色素が抜けるように薄くなって、最後は透明になっている。どういう変化をしているのか皆目見当が付かんが、普通の盾や鎧の防御力はあてに出来ないかもしれない」


 試しに透明になった部分を周囲の木に擦りつけてみれば、透明な部分が飴細工より脆く崩れ去る。もしこれを生身で受けた場合、一体どうなってしまうのかは良い予感がまったくしない。

 出番のなかったマルタは興味津々で結晶化した地面にべたべた触るが、自分の身体に害がなさそうと分かると露骨につまらなそうな顔で拾った透明物を砕いた。


「一匹くらい残しておいてよねー。あれが人体にどう影響すんのか実験のチャンスだったじゃん」

「そんな空恐ろしい実験をするより予備の山ほどある武器の在庫が砕けた方がよい。だが、気にかかるのは行方不明者がこれに襲われた場合のことだ」


 先ほどの異様な耐久力を見るに、行方不明になった捜索隊でも相手取るには不安が残る。その上で攻撃した武器も破壊されるのでは、下手をするとメイン武器が壊れて決定打を失い、そのままなし崩し的に敗北しかねない。

 ソーンマルスが「アクアマリンの騎士団からこのような敵の話は聞いていない」と漏らす。


「少なくともシルベル王国側の調査でこんな痕跡も見なかった。姉上を脅かす程の敵ではないが、第三等級の騎士でも当たり所によっては死ぬかもな。万一こいつらが群れを成して民草を襲えば魔王軍の魔物よりよほど恐ろしいことになりかねんぞ」

「一度編制や戦法を考え直す。それと……ダンゾウ、見ているんだろう?」


 ハジメが何もない雪原に声をかけると、雪がぼこりと隆起して頭頂部に雪を乗せたダンゾウが姿を現した。穴掘り名人のアナウサギ系ラビットマンは最近いつも地面から顔を出す。

 変わらずビビリ気味なのでソーンマルスは本物だと感じただろうが、やはり分身である。


「けけけ、気配頑張って消して地面にまで潜ってたのに、な、なんで分かったんですかぁ……?」

「ライカゲが実戦を感じてこいと言ったのに俺たちに着いてきていない訳がないだろう。刀と敵が透明化させたものを幾つか回収して拠点に持ち帰ってくれ。分析用だ」


 一先ず、一度透明化した部位が無限に透明化を拡大させる訳ではないようなので触っても問題はないだろう。敵の死体も回収したかったが、死体は横たわった地面を透明化させて消えていた。

 ハジメは端末越しにカルマに確認を取る。


「……カルマ。あの透明な連中の正体はもう分かっているんじゃないのか?」

『推論の範囲ではねー。ひとまず戦闘における対策はあんたらの考えてるのでいいけど、実物のサンプル見ないと断言したくないかな。フェオ村長ご一行にはこっちで対策伝えてといてあげる』

「助かる。俺たちはもう少しこの辺りを探索し、日暮れ頃には一旦戻る」

『てな風に格好付けてるけど、あんた今もセントエルモの篝火台背負ってんのよねぇ』

「その通りだが?」


 同行する面々はもう見慣れたが、ハジメの頭上やや後ろでは相変わらず篝火台の上で聖火がメラメラ燃えておりシュールな出で立ちのままだ。おかげで吹雪による視界不良なども最小限に抑えられている。

 カルマは面倒臭そうに唸る。


『なんつーか、恥を恥とも思わない真なる生き恥男のアンタが笑いものになるのは一向に構わないんだけど、仮にもアタシの主人を名乗る男が間抜け丸出しな格好でウロウロしてんのも問題だなって今思ったわ。アタシの品格まで下がるっていうか』

「別にこれが効率的なんだからいいだろう」

『あ、今のあんたメーガスそっくりだったわよ。あいつの料理という名の食材への冒涜に文句言ったとき、これが効率がいいからいいじゃないですかー、とか平然とのたまってたから。後見人に似て良かったわねぇ』 


 カルマの皮肉げな言葉に、ハジメの心には電流が走った。

 まさか、いや、そんな筈が――ショックによる動揺から、ハジメは裏返った声を漏らす。


「俺が(あんなの)と同レベルだって言うのか……ッ!?」

『マジウケる。アンタって真面目なくせにアレへの態度が世界一雑よね~』


 ちなみに神は『汝等さぁ……正直カルマの態度も大概だしさぁ……』と何か言いたげに呟いたが、苦言を呈して何か変わる二人とも思えなかったのかそれ以上は何も言わなかった。




 ◇ ◆




 その日の夜、拠点で対策会議が開かれた。

 まず、透明な敵についてカルマから報告が上がる。


「あれは元々この土地にいた魔物を元に、構成する情報を完全に反転させた情報異性体ね。普通情報が反転してる場合、情報と反情報の接触で相殺が起きて完全に消え去るんだけど、どこからか反情報の供給が為されているから逆に物質側の情報が分解されているわ」

「すまんがカルマ、その説明は多くの人間に理解できんぞ」

「あら、ごめんあそばせ?」

(こいつわざとだな……)


 ハジメを含めて何人かはなんとなく理解できるが、他はポカンとしている。カルマはわざとらしく謝りながら説明を改める。


「簡単に言うと、この魔物に触れると物質を司る魂みたいなものが抜けちゃうわけ。だからいくら硬い武器を使っても、硬いという概念ごと抜かれて壊されちゃうの。移動時に音がないのも音という情報が消えてるのね。気配も同じ理屈でない。ステータス無効の貫通攻撃は触れるだけで有効。生身で受けたらポーションじゃ治らないわよ~? 頭にかぶりつかれたら傷に関係なく脳がスカスカになって死ぬからお気を付けて~!」

「ひぃぃぃ……!! そんな死に方嫌ですぅぅぅ~~~!!」


 ダンゾウが恐れ戦くが、それも無理らしからぬ余りにも常識外れの敵である。

 カルマは話を続ける。


「情報異性体じゃ言いづらいから、これ系の魔物を【バニッシュ属】とでも仮分類しようかしら。さしずめ今日ハジメ達が倒してきたのはバニッシュウルフね」


 あの後、ハジメ達は幾度かバニッシュウルフと遭遇して撃破したが、一応あれ以降は攻撃スタイルを岩や氷など質量のある魔法を中心にソーンマルスをオフェンスに回して切り抜けた。

 大魔法も効果があったが、相手は特性が恐ろしいのであって本体の戦闘能力は大したことがないため、威力が相手に釣りあわない。やはり有効性の高い攻撃を中心にするのが一番だ。


「バニッシュ属は情報を消し去る。逆を言えば武器や防具に付与された特性――つまり内包する情報が強力であれば少しは耐えられるでしょ。カースドアイテムや一部の聖遺物級、神器辺り。そこにエンチャントやバフをマシマシにすれば、それで暫くは情報消失に対抗しながら戦闘できるわ。防御せず全部避けることをおすすめするけどね」


 「それと」と、カルマがソーンマルスを指さす。


「ハジメの言ってたことと重なるけど、結晶を纏って戦うことの出来るアンタの鎧は対バニッシュ属装備として理想的ね。削られた結晶も再生成できるし、敵にもよるけどバニッシュウルフ程度なら何発か攻撃を食らっても逆にはじき返せるくらいには、その結晶は情報密度が濃いわ」

「よい知らせ、助かる。俺が有効なら姉上の結晶も有効な筈だからな。姉上は練度、判断力、分析力、どこを取っても俺の上位互換!! 姉上であればもっと速く華麗に敵を散華させ――」

「とはいえ、誰かが力を供給しているということは例の三つ巴の化物のどれかが親玉の可能性があるから、過信しない方がいいんじゃない?」


 一人で勝手に盛り上がり始めたソーンマルスを完全に無視してカルマが注釈を加える。

 あの異常な連中の親玉となれば、当然ながら情報消失の力が更に強かったりと難敵になることが予想される。


 しかし、こうなるとやはりひとつの疑問に行き当たる。

 ウルが首を傾げてそれを口にした。


「バニッシュ属ってどこから来たのかしら? あんなの魔界にもいな……いると思えないし、ゴーレムや人造生物とも明らかに体系が違うわよね。そういうのを生成できる転生特典だったりするのかな?」

「だとすると厄介だが、今は行方不明者の捜索を優先しなければな」

「まぁそうね。でも情報異性体ねぇ……なんかSFチックになってきちゃった」


 これで異星からの侵略者だったともなると、色々世界観のイメージが壊れる話になる。しかし絶対にあり得ないとも言えないのが面倒なところだ。

 続いて、ヤーニーとクミラから報告があった。


「マジックルーターは正常に稼働中だよ! 今のところ範囲内に動体反応はないけどね!」

「森の生き物は……殆どが逃走、ないし、情報異性体にされたと……思われる」


 ハジメは二人に尋ねる。


「情報異性体やその痕跡を感知することは出来ないのか?」

「今までは出来なかったけど、今はカルマお姉ちゃんの協力で術式がアップデートされたからいけまーす!」

「大雑把に、だけど……幾つか、痕跡は、ピックアップ……出来てる」

「頼もしいな。明日はその位置を重点的に捜索するか」


 ヤーニーもクミラもいつも通りのようでほんの少しだけ機嫌が良い。恐らくカルマを通して得た情報に知的好奇心が刺激されたのだろう。

 一通り情報交換を終えたため、ハジメは明日の活動に言及する。


「明日はより本格的な捜索のため、早朝5時から活動を再開する。活動内容は今日と同じくマジックルーターの増設による捜索範囲拡大と、追加でバニッシュ属の痕跡の捜索。バニッシュ属は基本的な感知に引っかからず、音も立てず、見た目にもやや発見しづらいが、対策は様々考えてあるので悲観せず、されど楽観もするな。いいな?」


 ハジメの見回す視線に、全員が各々の態度や声で応じた。

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