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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-5

 バルグテール大森林を覆う不気味な沈黙。

 その理由は分からないが、森の人とも呼ばれるエルフであれば話は別かもしれない。


「フェオ、森の気配は君にはどう感じる?」


 フェオは自然体を装っているが、警戒を一切解かずに確信を以て答える。


「森が怯えています。大森林という巨大な営みを脅かすほどの張り詰めた危機感――この森には確実に、とびきり危険で自然と相容れない何かが入り込んでいる」


 ハジメはフェオの森の声を聞く感覚を冒険者として信用している。

 彼女の感覚はエルヘイム自治区に足を踏み入れて以降、より鋭くなっている。

 以前は森を通して自らに迫る危機や進むべき道を見いだせるというものだったが、最近は集中すれば森の木々が感じた遠くの異変も感覚的に理解出来るようになってきている。その日に森に入り込んだ冒険者の落とし物を散歩ついでに発見してギルドに届けたこともあるほどだ。

 こと森の中において彼女が口にする言葉は、勘以上の確度を帯びる。


「蓋を開けてみればしょうもないオチというのは期待できないな」

「はい。それと、木々の怯え方が異常で、奥に進めば進むほど森自身の感覚が麻痺していっています。恐らく森の深層に入った頃には怯えしか感じられなくなるでしょう。今の所、行方不明者や死者らしき感覚はないです」


 ヤーニーとクミラを守れるよう位置を調整するカルマは特に口を挟んでこないが、多分怠け者の彼女は言う必要が無いと自己判断したことは一切言わないだろう。逆を言えばフェオの感覚は大体彼女の感知する現状と一致しているということだ。

 ソーンマルスの眉間の皺が深まる。


「斯様な異常事態の中で姉上を救出せず放置するシルベル王国を棚に上げる訳ではないが、シャイナ王国はこの異変をまるで関知していない様子だった。なぜだ? シルベル王国であれば最低でも第三等級騎士を数名向わせるくらいはする筈だ」

「お国柄だろう。この国の議会は田舎に興味が無いし、どうも今は政治的なトラブルでばたついているようだからな」

「ううん……国が違うと対応がこうも異なるものか。【聖結晶騎士団セイントクリスタルナイツ】は王の剣ではあるが、それは王が民を守る為の剣という根底がある。遠い地方とはいえ異変に気付きもしないというのは度し難く思えてしまうな」


 生真面目な彼としては納得し難いようだが、シャイナ王国の正規戦力は十三円卓議会の意向が中心的に反映されるため基本的に腰が重く、命令系統がガチガチなのである種の柔軟性に欠ける。

 それはそれとして十三円卓貶しチャンスを見逃さないフェオはここぞとばかりに乗ってくる。


「そうなんですよ! シャイナ王国の十三円卓議会はどうしようもなく権威的で自己中なんで、実際度し難いところがあります! そんな奴らが王の信認を得ているものだからアテにならないどころか足引っ張ってきますよ!」


 気持ちが乗ってずいっとソーンマルスに近づくフェオ。

 近づいた距離だけ遠ざかるソーンマルス。

 更に近づくフェオ。

 1m感覚を決して譲らず遠ざかるソーンマルス。 


「……あの、ソーンマルスさん。なんですかその距離感?」

「既婚者の女性に理由もなく近寄るなど騎士としてあるまじき行為。当然のことです」


 きりっとした顔で応答するソーンマルスだが、そんな彼の背中を無駄に気配を消して距離を詰めたツナデがちょんちょんと触る。


「じゃあ未婚者ならありかにゃ?」

「ぬわぁッ!?」


 ソーンマルスは声がした瞬間、戦闘でもしているのかというくらい華麗なステップで距離を開ける。その顔は冷静な騎士らしからぬ羞恥の朱に染まっていた。ツナデは予想が当たったとばかりにけらけら笑う。


「どうやら女の子に近づくのが未だに恥ずかしいチェリーボーイみたいだにゃ」

「え゛。その年で……? もう二十歳過ぎてますよね……?」

「姉上なら平気だ!! しかし、しかし……!!」


 ソーンマルスの視線が一瞬、豊満なツナデの胸を見て即座に逸らされる。

 その反応が彼の初心すぎる貞操観念と内に秘めたる男心を物語っていた。

 ツナデは目ざとく彼の視線の先を見切り、ニタニタ笑う。


「ドーテーのリアクションにゃ。間違いにゃいにゃ」


 これにはフェオも失望の念を覚えて苦言を呈する。


「え~~~……ちょっとぉ、私たちより年上でしょ? この程度で恥ずかしがるなんてどんだけ箱入り生活送ってたんですか! 仕事に支障来しません?」

「う、五月蠅い!! そんなの、そんなの……自覚はある!! お、俺だってなぁ!! 動じない男になりたいんだ!! 騎士として戦いに集中していればなんてことはない!! でも、戦闘以外だと姉上以外はどうしても……!!」

(こりゃ姉が危機感を持つ訳だな……)


 ソーンマルスが顔を真っ赤にして反論するほどに、拗らせ童貞感が増していく。

 これは一発娼館にでもぶち込んで無理矢理経験を積ませるべきかも知れないが、彼の童貞度合いによっては逆効果になるかもしれない。


 そうこうしているうちに、ヤーニーとクミラが「あそこだよ」と前方に迫る小さな丘を指さした。


「ここがお父さんの研究所だよ」

「入り口は……ここ」


 クミラが魔法を発動させると、雪に埋もれた丘の一角に突如として横穴が開く。

 幻覚の類で普段は隠れているようで、ハジメは気付けなかった。無論、魔法に長けたダークエルフが本気で隠匿しているのだから気付けないのが当たり前だが、カルマは当然としてツナデも視線からして気付いていた節がある。流石は忍者である。


「……開ける必要は、ないかも、だけど」

「だねぇ、やっぱり」

「……?」


 クミラとヤーニーが意味深な言葉を発しながら入り口に入っていく。

 ハジメは二人の言葉の意味を考えあぐねたが、二人がそのまま入った以上は中で話を聞けば良いと続く。


 そして――奥の扉を開いた時点で、ハジメは二人の言葉の意味を理解した。


 研究室の奥の壁が大きく崩落し、外から雪交じりの寒風が吹き込んでいた。

 先ほどの位置からは角度的に見えなかったが、既にラボには入り口も必要ないほどの大穴が空いていたのである。穴からは雪が吹き込み、家財や実験用具、本棚に薄く張り付き、穴の入り口には氷柱が垂れている。

 ヤーニーとクミラはこの結果が予想出来ていたようで、困った様に腰に手を当てる。


「一昨日くらいからお父さんから送られてくる情報がぷっつり途切れたから、おかしいと思ってたんだよね」


 ――ヤーニーとクミラの父であるリシューナは、諸事情あって二人に洗脳された状態にあった。そのため二人は洗脳の魔法を通して父の状態をある程度把握していたのだろう。


「……生存は、恐らく、している。でも、身動きの取れない……状態と、推測」

「犯人はまだ分かんないけど、ま、大穴が空いてるのはメインの研究所だから他の部屋は無事な筈。拠点としての機能は問題なーし!」

「ついでに、めぼしいものを……貰っていく。先生、喜ぶよね」

「ここの研究設備や薬学書は一般には出回ってないもんね! お父さんからのプレゼントってことにしようね、クミラ?」

「うん……それが、いい」


 実の父親が行方不明であるにも拘らず欠片も心配するそぶりを見せないどころか設備強奪を目論むダークエルフの子供達の歪さに、フェオとソーンマルスは微かな恐怖を覚えていた。

 ハジメは二人を肩を叩く。


「二人がああも堂々と言い切るのは、俺たちを同行する相手として認めた証だ。認めてない相手なら本性をおくびにも出さないよ」

「……それ、喜んでいいんですかね」

「何故か悪事に荷担している気分になってきたのだが」


 ハジメからすると「役立たずなお父さん」と笑って罵らなかっただけマシだと思うのと、彼らが着いてくると言いだした主目的は設備の強奪にあったのかという納得感の方が強かった。


「あと父親のリシューナは研究費欲しさに子供を人身売買業者に売ったことがあり、他にも山ほど前科があるそうだ。どこに出ても恥ずかしい立派なクズなのでそこに関して同情の余地は欠片もない」

「ああ、じゃあいいかな……」

「急に良いことに加担してる気分になってきたな」


 実はハジメの中では十三円卓よりも好感度が低い貴重な男、それがリシューナである。

 別に十三円卓が眼中にない相手なのでリシューナの比重も同程度だが。


 ところで、ダークエルフの住処は魔法による探知やスキルをすり抜ける特殊な隠匿方法を使っているらしく、それは外壁が破壊された状態でも健在だった。


 だからだろうか、ハジメは研究所の室内に入っても、暫くその気配に気づかなかった。インスタンツサモンで誰かビルダージョブを呼ぼうかと考え召喚に丁度いいスペースを探すうちに、誰かの気配を部屋の脇にあるドアの一つから感じたのだ。


 ハジメは小声でヤーニーとクミラに話しかける。


「何かいる。多分、人間」

「多分、敵とかじゃないよ」

「……お父さんでも、ない」

「確認する」


 ナイフを片手に壁からドアに近づくと、ツナデが分身で突入準備をし、クミラが魔法で扉をゆっくりと開ける。

 扉に隙間が開いた瞬間、ヤーニーはその中に容赦なく光属性魔法の『スタンフラッシュ』を叩き込んだ。非殺傷性だが強烈な閃光と破裂音で相手を怯ませるこの魔法は、不意を突けば突くほどよく効く。


「うぎゃッ!!?」

「イヤァァァァッ!?」


 中から若い男女の悲鳴。

 まだ光が漏れる部屋の中に分身ツナデが滑るように入り込み、一瞬で中にいる人物を拘束し、部屋の外に引き摺り出した。

 スタンフラッシュの衝撃で目がしばしばしている二人の顔を確認したハジメは、それが書類にあった行方不明者のうちの二人であることに気づく。


「お前達は……行方不明になった近隣住民のラバールと、バルグテール支部所属の冒険者ミュルゼーヌだな?」

「そ、そうですけど……救助にしちゃ乱暴すぎません?」

「うぅ、目がチカチカするぅ……」

「一応不法侵入者ということで警戒した。悪かったな、帰り道は確保するからそれで勘弁してくれ」


 気の抜けた優男といった感じのラビットマン、ラバールと育ちの良さそうなヒューマンのミュルゼーヌ。

 雪国のラビットマンは体毛が白いことが多く、ラバールはその例に漏れず真っ白な頭髪を肩まで伸ばしている。ミュルゼーヌの方は赤みがかった桃色の髪を後頭部で纏めているが、編み込みの細かさやアクセサリ、落ち着いた様子に育ちの良さを感じる気がした。

 どうやら二人はこの森での最初の情報提供者になってくれそうである。


 二人の拘束を解き、面々は研究所内の生活スペースへと移動する。

 外壁については応急処置ながら氷魔法で塞いでおいた。

 雪が吹き込み続けるよりは遙かにマシである。


「それで」


 家の暖炉で温めたココアを渡しつつ、ハジメは二人に問う。


「森に入ってからここに辿り着くまでの経緯を知りたい。我々も人捜し中でな。人助けと思ってギルドに帰るより前に情報を教えてくれ」

「協力するメリットありますかぁ?」


 ラバールはごく自然に面倒臭そうな態度を取ってきたので、ハジメもごく自然に理詰めする。


「君のことは不法侵入と窃盗の罪で罪人として送り届けて然るべきだが、事情があるなら汲むことが出来る。言い忘れていたがこの家はあちらの二人(ヤーニーとクミラ)の実家であり、理由なく滞在して中の食料まで消費していたのであればそれは犯罪だ」

「はぁ。高圧的な態度と不遜な物言いが鼻につきますね。力を背景とした脅迫ですかぁ?」


 ラバールは尚も非協力的な態度を取り、そして横に座っていたミュルゼーヌの無言の肘鉄が脇腹に直撃して悶絶した。


「あぐぉっ……かっ……な、何をするんだミュルゼ!!」

「気安く呼ばないで。というか知り合い面しないで。この状況で何をどう考えたら協力もせずにネチネチ文句を言うって選択肢になるわけ?」

「だってこいつ、救助に来たんだったら速やかに僕らを安全圏まで送り届けるべきなのに情報がどうこう言ってきて、僕に関係ないことで僕の時間を使わせようとするんだぞ! そもそも要救助者にいきなり目眩ましかまして拘束するのだって普通ありえないだろ!」

「あらそう。私も貴方が気に食わないから話しかけないで欲しいと言っても貴方は無視するのに、自分がやられるとそんなに被害者面出来るものなのね」


 ミュルゼーヌの冷ややかな視線にラバールは尚も何か言いかけるが、流石に分が悪いと思ったのか肩を落して首を横に振る。


「だって……いや、もういいよ。僕が折れる」

「上から目線な御言葉だこと……ナナジマさん、大変失礼致しました」


 丁寧にお辞儀するミュルゼーヌに対してラバールは不服げだ。

 ハジメとしては、要救助者が極度のストレスでヒステリックになり暴れるなどよくあることだ。極限状態に置かれた人間は何をするか分からない。その点、ラバールは初対面時の自分たちの扱いが悪すぎたせいでへそを曲げただけだのようなので可愛いものだ。


「気にしていない。見ようによっては俺が乱暴者なのも否定できないからな。では改めて話を聞こう」

「はい、では――」


 資料によるとラバールは遭難者の第二弾で、森から帰ってこない仲間を探しに行っての二重遭難。ミュルゼーヌは冒険者側の第二次捜索隊としてクエスト遂行中に二重遭難した扱いになっており、話を聞いてもそこに齟齬はなかった。


 ラバールは二つの異常に遭遇したという。


「村の仲間の残した僅かな痕跡を頼りに辿り着いた場所は……透明だったんだ、何もかも。言っても君には伝わらないだろうけど、バルグテール大森林に今まであんな光景はなかった。降り積もる雪さえも透明になっていて、まるで世界に穴が空いているようだった」

「位置的にはどの辺りか分かるか?」

「さあ。地図的に何処って言われてもな。でも雪のない時間帯に空から探せば丸わかりだろう。高く聳える木々さえそこでは透明だった」


 正直、話を聞いただけでは確かに伝わらない。

 少なくともハジメはそのような光景は見たことがないだろう。


「ぼくは何だかそこに行けば自分も透明になって消えてしまう気がして、仲間の行方を諦めて引き返したんだ。そしたら帰り道で――三体の怪物が暴れてた。全部見たことのない怪物で、正直見た目はあんまり覚えてない」


 咄嗟のことで詳細に記憶に留められなかったのだろう。冒険者の間でも、パニックになると遭遇した魔物の記憶が意外なほどあやふやになり、実際に正体が判明してみればまるで予想と違う魔物だったというのはありがちな話だ。


「戦いの余波がこっちに迫ってきて、ぼくは巻き込まれたら死ぬと思って死に物狂いで逃げたんだけど……運悪く、三つ巴の戦いはぼくが逃げた方向にずれて来たんだ」

「そこから先は私が説明しますね」


 ミュルゼーヌの話はまさにその三つ巴の戦いから始まっていた。

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