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ソーンマルスとシーゼマルスの人柄が少しだけ垣間見えたやりとりの後、ハジメは例によって仕事に連れて行くメンバーの選定を始めた。
NINJA旅団では寒さに弱いオロチと召喚カエルが寒さに弱いジライヤが弾かれ、寒さに耐性のあるツナデが補助役に選ばれた。
更にバルグテール大森林に土地勘があるとヤーニー、クミラが自ら名乗り出てきた。彼らが自らの意思でクリストフの元を一時的とはいえ離れるという選択をしたのは意外だった。
しかし、幾ら年齢不相応に強いとは言え平均レベルを大きく下げる二人だし、クリストフの心配を減らす為にも二人の護衛が必要だと思っていたらカルマが勝手に護衛を名乗り出たのでそのまま任命した。
ヤーニーとクミラがいない間、クリストフの診療所はカルパが助手として手伝う。
ハジメは知らなかったが、カルパとカルマはちょこちょこ診療所の手伝いをしていたらしい。ヤーニーとクミラの遊び時間を確保したいクリストフの気遣いだ。
そして最後に、フェオ。
彼女の参加は最後まで悩んだが、森の捜索に於いて彼女の感知能力は忍者にも感じ取れないものを察知する可能性がある。彼女自身、あれから冒険者としての仕事も続けてベテランクラスが板についてきたため、リスクを承知で参加を打診した。
フェオの答えは、「やっと一人前と認められた気分です」という快諾であった。
ハジメを送り出すのはいいが、それはそれとして自分が荒事に誘われないことへの不平等感があったらしい。それは妻としてではなく冒険者として信頼されていないということであり、彼女はずっとこの瞬間を待っていたのだ。
「勿論、非戦闘員としての能力を求められているのは理解してます。役割分担ですからね」
「それが言えるんなら言うことは無い。活躍を期待してるぞ、フェオ」
二人が互いの拳を軽く付き合わせて信頼を示し、互いに笑った。
なお、その様はクオンには格好良く見えたらしく、「次はクオンも誘ってよ~!」と我が儘を言われてしまった。最近物騒な仕事ばかりだし、何か丁度いい冒険を考えておくとハジメはクオンの頭を撫でて約束した。
――こうして、女子供だらけの捜索隊が結成されたのであった。
数が少なく思えるかもしれないが、ゴッズスレイヴであるカルマが非戦闘員の護衛を務めているのであれば今のハジメは何の枷もなく戦える。それに、相手が『神の躯』関連である可能性を考慮してインスタンツサモンの根回しや天使族のバックアップまで取り付けてあるので抜かりはない。
ソーンマルスには『神の躯』も含めて複雑な裏の事情は一切伝えていない。
ダシにしているようで少々申し訳ないが、彼が信じてくれるかどうかは不明だし、この一件が『神の躯』関連ではないに越したことはないのだから。
幸か不幸かソーンマルスは姉の行方以外に注意が向いていないようだ。
ハジメたちはまず近隣の町にあるギルドのバルグテール支部に立ち寄り、予め調査の為に送っておいた荷物を受け取ると共に情報収集を行なった。
その結果、バルグテール大森林の異常は予想以上のものだった。
「元々バルグテールは過酷な土地だが、魔王軍との戦闘が終結して以降、森での行方不明者が後を絶たない。冒険者も含めて行方不明者は二十三名。大半が生存を絶望視されている」
「……多いな」
ソーンマルスは予想外に多い数字に顔を顰める。
行方不明者二十三名という数字は、この世界でもなかなか見ない。
冒険者は当然迷子対策から索敵、感知など戦いを避けて危険な場所で活動するスキルやノウハウを持っている。元々過酷な土地であれば尚更に現地の人間は生き残り方を知っているものだ。事実、行方不明者の捜索に向ったパーティも相応の実力者で固めたベテランチームだったようだが、その彼らも五日間音沙汰がないという。
ギルド支部内ではアデプトクラスへの捜索要請会議の真っ只中だったようで、ハジメへの情報提供は過剰なまでのものだった。行方不明者全員のリストに気候、魔物の分布から直近での異変に至るまでが整然と纏められた書類とセットで情報提供されたのは今までのハジメの冒険者キャリアでもそうそうなかった。
然してその心は、高名なアデプトクラス冒険者であるハジメに異変の原因究明と行方不明者の捜索及び救助を依頼したいというものだ。
説明と依頼のために出てきた老齢のギルド支部長が縋るように頭を下げてきたのが事の深刻さを感じさせた。
『捜索に出たベテラン冒険者チームはうちの要なんです。彼らが戻らない今、ギルドの冒険者たちはすっかり萎縮して森に入りたがりませんし、我々としても彼らを行かせるのは不安で……』
もし森に行方不明チームを全滅させた魔物がいたら、ベテランチームより実力の劣る冒険者たちが勝利できる確率はかなり低い。支部の規模が小さいのもあり、これ以上貴重な冒険者をあたら死なせる訳にはいかないのだろう。
ソーンマルスはといえば、他国とは言え行方不明の民の安否が気がかりなのかハジメに問う。
「仕事は請けたのか?」
「いや、先客優先なので断った」
「それがシャイナ王国冒険者の流儀という訳か……?」
非難がましい視線を送るソーンマルスだが、フェオは呆れた顔で「お金でしょ」とすぐさま指摘した。
「私たちはどうせシーゼマルスさんの発見と彼女の行方不明の真相を探るために森を調べることになりますからね。当然その過程で仮に行方不明者が発見されれば人道的見地から救出せざるを得ません。行方不明者の捜索は日数が増えるほど依頼料も増額されるのが基本ですから、今依頼を請けるとギルドから余分にお金を受け取ってしまう。だからでしょ?」
「捜索依頼の二重取りなんてせこい真似をアデプトクラス冒険者がする訳にもいかないというのもある」
この手の依頼の二重取りは本来ギルド非推奨のマナー違反行為だ。
フェオの言う通り道すがら行方不明者を発見する可能性も高いし、請けるならソーンマルスの依頼を片付けてからでよい。
ソーンマルスは自分の勘違いに気づき、反省したように頭を下げる。
「すまん、早とちりした。一流冒険者にはそれなりの流儀がある、か……シャイナ王国の冒険者は金に汚いと聞いていたが、少なくともお前は違うらしい」
「俺はその中でも特別依頼料への拘りが薄いがな。さあ、準備は十分だ。もう行こう」
ハジメはセントエルモの篝火台を頑丈なベルトで固定して背負う。
「うん。待て。いや待て」
二度見したソーンマルスはハジメを手で制した。
「え? 俺の目がおかしいのか。お前は何を背負っているんだ」
「見れば分かるだろう。セントエルモの篝火台だ。シルベル王国産だからお前の方がよく知っている筈だ」
「それは、まぁそうだ。いやそうじゃない。そうじゃなくて、どこからツッコめば……?」
設置した周囲の天候を安定させる超貴重大型マジックアイテム、セントエルモの篝火台はハジメに背負われながらめらめらと灯火を揺らめかしている。最初にこれを披露したときは住民から「背中にロケット背負った大昔の芸人」とか「新手の聖火ランナー」など失笑混じりの揶揄を浴びせられまくったが、これは合理的なのだ。
言いたいことがありすぎて逆に言葉が見つからないソーンマルスに代わり、フェオが説明する。
「これはハジメさんが個人所有している篝火台のひとつです。本来は大地に固定して使うものですが、背中に背負った状態でも効果範囲が狭まるだけで天候安定効果はあります。捜索を少しでも楽にするための工夫という訳ですね……見た目がちょっとお間抜けですが」
「何でそんな貴重なものを個人所有してるんだ!? というか、金に執着がないって清貧じゃなくて有り余りすぎてるからか!?」
「俺は散財できる。依頼主は得をする。仕事にも活かせる。何も問題ない」
「確かにそうだが! ……はっ!?」
ソーンマルスは何かに気づいて目を見開くとハジメを指さした。
「そうか、お前か!! ここ最近話題になった霜の巨人ヨートゥンを定期的にシバき倒しに来る謎の巨人スレイヤーというのは!! 奴が落とす永久氷晶で篝火台を作成して貰うのが目当てだったんだな!? 道理で最近篝火台の製造を請け負うカッパドキア工房が見る度にゴージャスになっていくと思ったわッ!!」
彼の言う通りハジメはヨートゥンの落とす素材目当てでシルベル王国でリスポーン狩りを敢行したことがあるし、篝火台の作成を依頼したのもカッパドキア工房で合っている。
最初は質実剛健という見た目で、いわゆるチャラチャラしてない少し古ぼけた工房ほどいい工房みたいな雰囲気だったが、懐にパンパンの大金で気が変わったのか美観や機能美を追求することにしたらしい。
どんな商売でも利便性や清潔感は大事なので何も問題ない。
「いいことじゃないか」
「良くないわ!! 工房長が自分を象った大型クリスタル像を設置して周囲が『変な趣味に目覚めたんじゃないか』と不安げに噂しているんだぞ!?」
「ああ、あれか。本人曰く昔からの夢だったらしいぞ。貴重な巨大水晶からの一発削り出しが。あれだけ大きな水晶の削り出しは相当大変だっただろうに、夢が叶ったと見たことないくらいニッコニコだった」
「あの昔気質のドワーフがそんな悪趣味な野望を持っていたなど知りたくなかったッッ!!!」
工房長とはそれなりに近しいが故に解釈違いのダメージが大きかったのか、ソーンマルスは不動の真実を前に膝から崩れ落ちて慟哭した。
ちょっと前から思っていたが、この男ツッコミ気質だ。
――ちなみにこれは余談だが、シルベル王国はドワーフの故郷と言われており、世界のドワーフ人口のおよそ6割がシルベル王国に集中している。
コモレビ村に住んでるゴルドバッハとシルヴァーンもシルベル王国出身らしいが、彼ら曰くマジックアイテム関連の覚えが悪くてカッパドキア工房には入れなかったそうだ。彼らにクリスタル像の話をしたら羨ましがっていたので、ドワーフは全体的にそういう趣味があるのかもしれない。
閑話休題。
バルグテールは大森林ではここ最近になって魔物の異変が数度確認されている。
最初の異変では普段はもっと深層にいる魔物が多数森の入り口付近に出現し、その後は逆に魔物が全く出なくなり、今では謎の影や発光現象が確認されているという。他にも細かな異変はあったが、全ては大森林の鬱蒼と茂る針葉樹林が生み出した壁の奥で起きたこと。調べないことには何も判明しない。
バルグテール大森林を長期間調べるには拠点があった方が都合が良い。
そこでヤーニーとクミラが言いだしたのが、リシューナの研究所の存在だ。
ダークエルフのリシューナはバルグテール大森林に隠し研究所を持っており、そこを拠点として活動しているから間借りしようというのが二人の提案だった。
「そのリシューナという男はあの姉弟の父親ということだったな。こんなことを言うのは失礼だが、ダークエルフが素直に協力してくれるのか?」
雪を掻き分けて歩きながらソーンマルスは微かな不安を見せる。
彼の言い分は尤もであり、ダークエルフはシルベル王国でも胡乱げな視線を受けたりトラブルを起こす存在だ。子供の来訪を受けて協力を快諾するというイメージが湧かないのは無理もない。
しかし、リシューナに関しては問題ないとハジメは思っている。
「リシューナはヤーニーとクミラに逆らえない。そういう関係だ」
「……親馬鹿?」
「だったら良かったが、生憎あの二人はそんなに可愛い子供じゃない」
「……尚更大丈夫か?」
ソーンマルスの不安はリシューナからヤーニーとクミラへ移ったようだ。
魔法を利用して雪上を滑るように移動する二人は一見すると雪にはしゃぐ子供そのものだが、それでもダークエルフはダークエルフ。彼らが雪を楽しむ感性を持っているのかはハジメとしても疑問だ。
なので、ハジメは二人ではなく二人が愛するクリストフを信じている。
「どうも人間というのは、執着する存在がいれば人でなしでも人として振る舞えるらしい。二人はそれを家族以外に見出した。だから、あいつらは当分は大丈夫さ」
「俺には分からん。だが、ダークエルフの協力は貴重なので期待することにしよう。それよりも……」
「ああ」
二人は周囲の気配を探りながら移動しているが故に、森の異常に気付いていた。
「これほど進んでも魔物が一切出てこない」
「野生生物もだ。幾ら多くの生物が休眠する冬とはいえ、余りにも不気味だな」
森では時間の感覚がゆっくりになるという話を聞いたことがあるし、ハジメもそうした感覚を分からない訳ではない。しかし、この森が纏う時間の流れは、それとは大きく異なるような気がした。




