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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-3

 バルグテール大森林――それが、ソーンマルスの依頼で彼と共にハジメが訪れた地の名前だった。


「もう銀世界か。いつ来てもここの冬は冷える」

「シルベルではこの程度は寒い内に入らぬがな」


 防寒装備に身を包んだハジメと対照的に、ソーンマルスは訓練場で見せつけた通りの鎧姿のまま火属性バフもかけず平然としている。そもそもリカント自体が寒さに強い種族ではあるが、やはりシルベル王国民故の寒さへの耐性があるのだろう。

 ……リアル思考で言えば雪山で金属製の鎧など装備すれば凍傷と低体温症よって爆速で死ぬと思われるが、この世界では精々冷気耐性が下がる程度で、鎧の種類によっては全く影響がなかったりするので気にしない。


 バルグテールはシャイナ王国最北にして最寒冷の地だ。

 鬱蒼と茂る針葉樹林には冬のシルベル王国側からの冷気が容赦なく吹き荒び、雪で白に染め上げられた大地は足跡さえも吹き荒ぶ雪風に覆われる。

 環境の厳しさに反して魔物のレベルは総じて高い。

 というよりも、そもそも魔物と魔物は相争うが故に、人の手が多く入りづらい僻地ほど魔物は死にづらく強くなる傾向にある。バルグテール大森林もまた人を寄せ付けない僻地のひとつだった。


 今回の任務は、ハジメの他にツナデ、ヤーニー、クミラ、そして珍しくカルマとフェオも同行している。


「故郷の森と比べても格段に冷えますね。ツナデさんはコート着てませんけど平気なんですか?」

「ん~キャットマンはヒューマンに比べれば寒さ耐性あるしぃ、実はコレ防寒忍者装備なのにゃー。ガキんちょ共は平気かにゃ?」

「ハジメのくれたモッコモコ服のおかげで平気ー!」


 元気に返事するヤーニーはピンクの冬用モコモコ装備に身を包んでいる。隣のクミラは色違いの青で、フェオはそれよりは多少動きやすそうな冬装備に身を包んでいる。当然のように全部ハジメが今回のために最高級素材で作った一点モノだ。

 クミラはいつもの大人しげな瞳を森に向ける。


「そんなことより……早く、ラボを確認……」

「それは安全が確保できてからね? 心配しないで、道中の護衛はこのカルマが務めるわ。というかなんなら二人を抱えて私が飛びたいから抱っこさせてくれないかなぁ」

「自分で歩きまーす!」

「右に、同じ」


 両手をわきわきさせて涎を垂らしながら接近するカルマから静かに距離を取るダークエルフ姉妹。怖いもの知らずの彼女たちもゴッズスレイヴ相手ともなると結構普通の子供っぽいリアクションが出るのが少し面白い光景だ。

 ソーンマルスは「ピクニックじゃないんだぞ……」と眉間に皺を寄せて唸っている。


「本当に大丈夫なんだろうな、ハジメ。貴様の判断を俺は少し疑っているぞ」

「事前に話し合って同意したことに今更文句をつけるな。またカルマに踏み潰されたいのか?」

「ぐっ……」


 苦々しい経験が蘇り、ソーンマルスが苦い顔で唸る。

 出発前にカルマの実力を疑ったソーンマルスは彼女から挨拶代わりに神速の踵落としを脳天に喰らい、その実力を認めざるを得なくなった。顔面から大地に叩き付けられた上に上半身が地面にめり込んで、下半身が斜め四十度くらいの角度で地面からはみ出ている様はなんともシュールであった。


 ソーンマルスとしては婦女子を戦場に連れて行くことへの心理的抵抗や不安があるのだろう。ハジメとてまるでない訳ではないが、このような面子になったのはきちんとした訳があるので今更ごねられても困る。


(さてはて、カルマの出番が来ないで済めばいいが……)


 ハジメはソーンマルスの依頼を請けてメンバーを編成するまでの経緯を思い出す。




 ◇ ◆




「俺には姉がいる。精霊のように可憐で、慈母の如く寛容で、戦女神のような輝かしい戦いで人を導く最高の姉だ」

(強火のシスコン……)

「姉上の名はシーゼマルス。【聖結晶騎士団】第一等級、【アクアマリンの騎士】である」

「それは……あながち大げさでもないな」

「当然だ」


 第一等級はシルベル王国の騎士における出世の限界、事実上の将軍なので、周囲の尊敬と羨望を集めつつ実力も伴った傑物であることは想像に難くない。ソーンマルスが美丈夫なので姉も美貌は負けていないだろう。

 大真面目な顔で姉自慢をするソーンマルスだったが、次第にその表情は悔しげに歪んでいく。


「そんな天に仰いで然るべき姉上が、一週間ほど前に辺境の異変の調査に赴いたきり戻ってこない。第一等級騎士の行方不明など前代未聞だ」


 曰く、最初はなんのことはない未確認魔物の調査と討伐だったという。

 しかも第一等級騎士は己の裁量で第二、第三等級の中から弟子を取り己の騎士団を作って良い決まりがあり、部下も引き連れていた。


 彼らは順調に行軍して未確認魔物を発見し、危険と判断して交戦に入った。

 ところが、その魔物は異常に強かった。


「第一等級騎士ともなれば霜の巨人ヨートゥンを単独で倒すなど朝飯前。その姉上が鍛えた【アクアマリンの騎士団】もまた精強揃い。にも拘らず、魔物の異常な強さからこのままでは騎士団に死人が出ると判断した姉上は部下を撤退させ、己の手で決着を付けることを決意した」

「……そして、行方不明になったと」


 ソーンマルスは沈痛な面持ちで頷く。

 シーゼマルスの実力の程は不明だが、仮にもシルベル王国最高戦力の一角ともなればそれこそレベル100かそれ以上でも何らおかしくない。それほどの怪物をして倒しきれない程の魔物が森を普通にうろついているというのは考えづらい。

 詳細は不明だが、実際にシーゼマルスが戻らないことから見ても明らかな異常事態だ。しかし、それと彼が単身シャイナ王国の冒険者を頼ったことが繋がらない。


「シルベル王国は魔物の討伐と騎士の捜索をしたのではないか? 自国の貴重な戦力だろう?」

「問題はそこだ」


 撤退してきた【アクアマリンの騎士団】は当然、シーゼマルス援護のための増援を打診した。

 相手は第一等級騎士を脅かした相手であり、出来れば同じ等級の騎士を三人は投入することが望ましい。魔王軍が去って魔物も沈静化した今ならば三人同時出撃のハードルも低い。


「ところが、シルベル王家がこれに待ったを掛けた」

「何故だ? 見捨てるには大きすぎる戦力だろうに」

「分からぬ。だが【聖結晶騎士団】は陛下あってこその騎士団。畏れ多くも決定が下されればそれに逆らうことは罷り成らぬ」


 ソーンマルスが宮殿の知人に聞いたところでも噂は様々あり、援軍に向わせた第一等級騎士達まで万一敗北すれば戦力を大きく欠くとか、騎士団の権威を煙たがる元老院の差し金とか、王はその怪物の正体に心当たりがおありのようだとか、憶測レベルのものしか出てこなかったという。


 ハジメは口には出さなかったが、バランギア竜皇国の皇が尖っていた頃のことを思い出し、自分の指示が誤りだったと認めたくないのかも知れないと感じた。

 ただ、仮に王の判断がどこまでも正しいとすれば、ひとつの最悪な想像が過る。


(『神の躯』が絡んでいた場合、戦力を出さないのは正解ということになる。倒す方法も確立されていないのだからな)

 

 シルベル王国はシャイナ王国に劣らず歴史の古い国家だ。

 何らかの形で『神の躯』の情報が残っていても不思議ではない。

 まして、『エルヘイムの告発』を機にシャイナ王国が情報を漏らした可能性もある。


 ソーンマルスはそれらの事情を知らないのか、一人高ぶる感情を抑えるように拳を握る。


「だが、姉上は生きている! これは妄言ではない! 詳しくは機密故話せぬが、それは王も騎士団も見解が一致している! 故に俺は有志を集めて独自に辺境の森を調査したが、その結果ひとつの疑惑が判明した。相手は国境を跨いでおり、姉上が見つからないのは何らかの理由でシャイナ王国側に入ってしまい、戻れないでいるのではないか、とな!」


 曰く、シーゼマルスが赴いた辺境とはシャイナ王国とシルベル王国を隔てる大森林であり、その国境沿いで謎の大きな影や発光現象がここの所確認されているという。更に、国境沿いの木々が不自然に破壊されている痕跡も残っていた。


 二王国間の国境は森の中の川を境に隔てられているが、そもそも危険な森の中を突っ切る者などほぼいないため国境警備も最低限で、これだけ探しても見つからないのならば川の向こうのバルグテール大森林が怪しいとソーンマルスは睨んだ。

 更なる情報収集の結果、バルグテール側でも商人経由で不穏な噂があると知った彼はいても立ってもいられなくなった。


「騎士団は王に考え直して貰う為に策を弄しているようだが、そのような悠長なことをしている暇はない。王が動かないことにはシャイナ王国に正規の捜索要請を出すことも出来ん。そして姉上を捜索する面子の中で最も優れたる騎士は俺だ」

「それで、単身乗り込んできたのか……王の命令に背いたことにならんのか、それ?」

「貯まりに貯まった有休を叩き付けてきた。これは王が自ら定めた騎士の権利。文句をつけられる謂れはない」


 見るからに生真面目そうなソーンマルスのことだからちゃんと言い訳の余地を見つけてきていると思いたいが、シスコンな側面も見たので素直に安心出来ない。

 ただ、姉でも勝てない相手である可能性を見越して実力ある味方を探す程度の理性が残っていたのは良いことだ――と思っていると、ソーンマルスが唐突に顔面をずいっとハジメに近づけて血走った目で恐ろしく低い声で呟く。


「言っておくが仮に救出が上手く行ったとしてそれをきっかけに姉上とお近づきになりたいなどと巫山戯たことを抜かせばこの俺が地の果てまで追い詰めて縊り殺してくれるからな……ッッ!!」


 子供が見たらギャン泣き間違いなしの、成人男性の本気の脅迫である。

 この年齢でシスコン拗らせ発言は大分キショいものがあるなとハジメはしみじみ思った。


「理解した。家族に誓ってそのようなことはしない」

「いいや浮気してでも姉上にお近づきになりたいと考える可能性があるッ!!」


 その言葉に、ハジメは彼としては非常に珍しくイラついた。

 姉がそれだけ素晴らしい存在だと言いたいのだろうが、人生を捧げてもいいと誓った妻と子供がいる人間に対して言う言葉ではない。


「家族を愛する者が、他人の家族を見下すのか?」

「……ッ! ……お前の家族は、どんな人だ」

「妻の名フェオ。俺から告白した。年の差はあるが、フェオの笑顔の為なら俺は何とだって戦ってやるし、一生彼女から離れたくはない」


 同じ家族を想う者であるが故なのだろう。

 ハジメの言葉はソーンマルスの胸に響いたようで、彼は素直に頭を下げた。


「そうか……すまない。家族のこととなると熱くなりすぎると周囲にも咎められている。すまなかっ――」

「二人目の妻はサンドラ。どうしようもなくドジな甘えん坊だが、思えば俺にも人を愛する権利があるというのはサンドラが気づかせてくれたのかもしれん。三人目の妻はベニザクラ。あれほど芯が強い人間はそうそういないが、それ故に傷つきやすいからもっと頼ってくれてもいいのにと思わせる優しい子だ」

「――ちょっと待て。二人目と三人目ってなんだ!?」


 一瞬良い話で終わりそうだったのに、ソーンマルスの表情が再度豹変する。

 まぁそうなるかなとちょっと思っていたが、致し方ないので正直に話を進める。


「なにって、内縁の妻たちだ。全員紹介しないと失礼だろう」


 ハジメの頭に正妻だけ紹介するという発想はない。

 経緯がどうあれ自分を真摯に愛し、自分が愛すべきと感じた女性は平等にハジメの妻だ。流石にオルセラは違うので省くが隠す気は更々ない。


 案の定、ソーンマルスのハジメへの印象は360度回転して元の警戒色に戻ってしまった。


「前言撤回! 前言撤回! 貴様の家族がどうこうではなく貴様自身が不埒で破廉恥で有害ではないかッ!!」

「まぁ待て。娘の話が終わってない。あとお前顔が赤いぞ」

「五月蠅いッ!! ふ、ふ、婦女を取っ替え引っ替えするなどと!! 貴様に貞操観念というものはないのか!? この色情魔ッ!!」

「妻が複数いることを性欲発散に結びつけるな、むっつり童貞。どうせ姉が好きすぎて女性遍歴皆無だろ」

「ぅゴブッ!? ななな、何故姉上がプライベートで偶にする説教と同じことを貴様が言うのダァッ!!?」


 図星という名の言葉のハンマーでぶん殴られたソーンマルスは耳まで真っ赤にし、見ているこちらが情けなく思うほど露骨に狼狽して椅子から転げ落ちる。この男、シスコンと童貞を同時に拗らせているようだ。


 とりあえず、シーゼマルスは弟の将来を真面目に心配していることが分かったので助けるモチベーションが少しだけ上がった。

 これで姉も拗らせブラコンだったら目も当てられない。

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