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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-1 転生おじさん、極寒の大森林の謎を解き明かす為に散財する

 シャイナ王国正規軍と冒険者たちはどちらが強いのか、という論争は他愛のない雑談や酒の席で誰しも一度は触れる話題だ。


 人によって様々な意見があるが、結論を言えば彼らは役割が違うので、何を以てして強さとするのかによって優劣が決まるとしか言えない。


 例えば個人の武勇を語るのであれば、アデプトからベテランクラスの冒険者の傑出した実力に騎士団は敵わない。

 しかし、そうした上澄みの冒険者は全冒険者の一握りであり、上位と下位では全ての能力に天と地ほどの差がある。また、基本的には個別の事案に対応する仕事のため、特定の敵を撃破することは出来ても防衛などの集団行動が求められる場面では長所を発揮しきれない。


 対して正規軍は広義の公務員であり冒険者のように自由に時間を使い仕事を選ぶことは出来ないが、上下関係や戦闘のイロハ、集団戦闘を徹底して叩き込まれるために弱卒であってもミディアムクラス――レベル30前後の実力がある戦士の集団だ。

 魔王軍との戦いに於いては質と数を活かして防衛戦、掃討戦、街道の確保など国のインフラを維持し国民の生命と財産を可能な限り守る。これは冒険者達には出来ないことだ。


 しかし、シャイナ王国騎士団は別格。

 軍ではなく王家直属である王国騎士団は軍の精鋭も唸る練度を誇る。

 流石に【影騎士】に比べれば質は劣るとはいえ、入団資格のひとつにレベル50以上という厳しい条件がある代わりに高級装備を拵えたこの戦闘集団は魔王軍の五大軍団にも引けを取らない。勇者の魔王城突入に際しては水先案内人として高レベル魔物たちを薙ぎ倒して道を拓くのが伝統となっている程だ。

 

 つまり、シャイナ王国騎士団を務めるガンダルヴァは実質的に王家に仕える兵士としては最強の存在と言える。


「それがこの様とは。世界一の大国は数と資金力に頼りすぎているようだ」

「ぐ、がっ……」


 容赦の無い侮辱を浴びせられたガンダルヴァは反論しようとするが、吹き飛ばされて鍛錬場の外壁に叩き付けられた衝撃で上手く呼吸出来ず、呻き声が漏れる。

 彼が手塩にかけて育てた自慢の部下達も全員が倒れ伏し、痛みに呻いている。


 ガンダルヴァ率いる騎士団は「神器を賜らない勇者たち」の異名もある、勇者級の実力者達。それが今、たった一人の男の手で壊滅状態にあった。

 鍛錬場での戦いである以上、実戦形式ではあってもこれは訓練だ。

 しかし、訓練と言えど手抜かりなどなく、多対一という有利な筈の状況だった。


 相手は、奇しくも同じ騎士であった。

 ただし、口惜しいことに国内の騎士ではない。


 嫌味なまでに流麗な手つきで納刀する若い男は、シャイナ王国北部と国境を接する同盟国のシルベル王国が最高戦力――【聖結晶騎士団セイントクリスタルナイツ】の一人だった。


 男は突然騎士団の本部に足を踏み込むと、王国騎士団の練度が知りたいといきなり実戦形式の訓練を挑んできた。無礼な態度ではあったが、ガンダルヴァは快諾した。

 理由は、彼が【聖結晶騎士団セイントクリスタルナイツ】の第二等級騎士だったからだ。


 【聖結晶騎士団】には第一から第三までの等級が存在し、王国が援助を求められた際にやってくるのは常に第三等級であった。シルベル王国固有の特殊な装備に身を包んだ彼らはシャイナ王国騎士団に劣らぬ戦闘力と連携を発揮したため心強かったが、それ以上の等級の騎士とは出会ったことがない。

 先代騎士団長に酒の席でこのことを話すと、事情を教えてくれた。


 第一等級騎士は王の護衛や都防衛のために半分以上が常にシルベル王族護衛に常駐しており、第二等級も国内から国境沿いまでの守護に駆り出される。逆を言えば、第一と第二は国内の治安を維持するには欠かせない戦力であり、第三等級騎士たちはいわば下っ端のようなものらしい。

 魔王軍はシルベル王国にも結構な魔物をけしかけてくるため、第三等級とはいえ騎士団を貸すこと自体が彼らなりの誠意だという。


 だから、魔が差したのだ。

 魔王軍襲来に苦戦しているときも重い腰を動かさなかった第二等級騎士の実力は如何ほどなのか、と。


「化物だ……」


 部下の誰かが呻くように小さく呟く。

 声色には、戦わなければよかったという失意と慚悔ざんかいが滲む。

 応じなければ、自分たちがどれほど低いレベルで満足しているのかを思い知らされずに済んだのに――。


 シルベル王国の若き騎士は、もうシャイナ王国騎士団への興味を失ったように鍛錬場を後にした。如何にも騎士らしいサーコートを棚引かせ、すみれ色のクリスタルが埋め込まれた鎧を煌めかせながら、男はごちる。


「惰弱な……ともすれば、最早シャイナ王国の正規戦力はあてに出来ぬ。教会の聖騎士団からは返答もない。癪ではあるが誰ぞ冒険者を見繕うしかないか。姉上、このソーンマルスめが必ずお助けしますが故、どうかご無事でいてください……!」


 第二等級【アイオライトの騎士】ソーンマルスは、険しい顔をより一層険しくすると、高速換装で旅人風のローブに身を包む。そして訓練に参加しなかった見習い騎士たちが腰を抜かして転がる床を堂々と歩き、騎士団本部の門を誰にも咎められずくぐり、雑踏の中に消えていった。




 ◇ ◆




 密かにシャイナ王国に入り込んでいた異邦人の存在など知る由もないハジメは、ベルナドットの依頼に則り天使族の里の施設に足を踏み入れていた。相変わらず近未来的で何の機能があるのか分からない機材が並ぶ部屋に、ベルナドットの案内で足を踏み入れる。


「そんなにお時間はかかりませんが、結果が出るまでには数日を要しますのでご理解を」

「構わない。どうせ現状『聖者の躯』の位置は不明だしな」


 ハジメの用事は、以前にベルナドットから依頼されていた過去の調査――すなわち当時のハジメが『聖者の左腕』をどうして破壊出来たのかの調査だ。

 『聖者の左腕』は余りにも情報密度が高いため、破壊するには理論上『理』を破壊するに等しいほどの力が必要となる。しかし、そんな力がなかった筈の過去のハジメは『左腕』の破壊に成功した。その理由が分かれば、今後の『聖者の躯』対策に役立つだろう。


「調査方法は至極簡単。ハジメさんの脳に記憶された当時の情報と時間を機械で読み取り、里の演算機能を用いて過去の状況を情報的に再現し、それを分析します」

「そんなことが可能とはな。過去の再現……人工的に再現体を作り出すようなものでは?」

「そう便利なものじゃありませんよ。言ってしまえばこれは途方もなく巨大な図書館から一冊の本を見つけるような作業です。脳に記憶された情報を使ってどうにか目当ての本の位置を割り出し、そこから更に本の中の目当ての情報だけを抜き取らないといけない」

「つまり、過去の情報を幾らでも自由に調べられる訳ではないということか」

「はい。もしも貴方が死亡していた場合、目当ての情報を引き出すには、そうですね……起きた場所と時期がある程度判明していたとしても、どう頑張っても200年以上はかかるでしょう。人間の脳は、当人が思い出せないだけで見聞きした全てを記憶している非情に優秀な記録装置なのです」


 幾ら旧聖者の技術といえども時間を遡る術は限界があったようだ。

 ひとまず、機械を利用したことでハジメの過去が余すことなくベルナドットに明かされるという訳ではないのはプライバシーの観点から見てもよいことだ。後ろで勝手に話を聞いていたイザエルも胸をなで下ろす。


「なるほどねー。ま、大体のことは分かったけど流石は旧聖者の技術を直系で受け継いでるだけのことはあって大したものよ、うんうん偉い! この調子だと私の調べ物もそうそう時間をかけずに解消出来そうで安心したわ~。やー、ねっ! やられっぱなしってやっぱり性に合わないっていうか!! 呪いかけてくれた奴をシバき倒さないと気が済まないっていうか!!」


 ベルナドットの頭をなでなでしたり一人頷いたり拳を振り上げたり一人劇場を繰り広げるマシンガントーク竜人のイザエルは、バランギア竜皇国の皇エゼキエルの母に当たる人物だ。

 過去に謎の呪いにより植物状態に等しい状態で長期間眠りについていたが、このたび様々な解呪を試したことで復活したついでにコモレビ村に引っ越してきた自称外交官である。


 彼女は今回の依頼をどこからか聞きつけ、「天使族の技術で私に呪いかけた不逞ふていの輩の特定して欲しいんだけどねえねえ天使族の長と仲いいんでしょ? 口利きしてよ~お願いよ~これ聞いてくれたら息子にも貸し作れるよ~?」と猛烈に頼み込まれ、やむなくベルナドットに確認を取ることになってしまった。

 ベルナドットは、頼みを快諾したとはいえ余りにもよく喋るイザエルに苦笑いしか出ない。


「あはは……まぁ、ハジメさんのついでです。どの程度真相が明らかになるのかは責任が持てませんが、可能な範囲で調べさせていただきます」


 一件親切心のようにも見えるが、正式に条約の類を結んでいないバランギア竜皇国に貸しを作れるのは天使族の里にとってはかなりいい話。

 それに、《《熾四聖天にも匹敵する実力者》》である彼女が不覚を取るほど特殊な呪いを使う相手を念のために把握しておきたい等の思惑があるのだろう。


(俺としても知りたくはあるな。万一その相手が敵になるとすれば……特にな)


 相手を永続的に眠らせるなど、転生特典だとすれば極めて凶悪だ。

 今回はたまたまそれを打ち消せる転生者が見つかったから解呪できたが、そうでなければ実質的に死の呪いであり、事実としてバランギアの技術力なしでは衰弱死の可能性も充分にあった。何故眠らせたのかも不明だし、転生特典以外だとすればもっと警戒が必要である。


 二人はその後、ヘルメットのような装置で必要な記憶を読み取られる。

 そのついでに、ハジメは聞きそびれていたことをベルナドットに尋ねた。


「スーの心臓についてなんだが……」


 教会所属の聖騎士にしてイスラ、マトフェイと同期の青年、スー。

 彼は生まれつき心臓が弱かったが『聖なる心臓』という由来不明のアイテムが心臓に入り込んだことで今の頑強な肉体を手に入れたという。ハジメはそれが『聖者の躯』に関連するものではないかと疑いを持っていた。

 ベルナドットはその辺りの事情を把握しており、その上で出した結論は「可能性は極めて低い」であった。


「『聖者の胴』から臓器が何らかの手段で抜き取られた可能性は現状では否定できません。壊してみないと中身が分からない状態ですからね。しかし、仮に臓器の一部のみであったとしても、結合性質が活性化したならその時点で聖騎士スーは無限の暴走を始めた筈です。旧聖者の遺産である可能性は排除できないものの、『聖者の躯』の一部である可能性は極めて低いでしょう」

「……何らかの奇跡的な要因が重なっている可能性は?」

「もしそうであれば是非調べたい所ですね。そうでなくとも彼の心臓がどうなっているのかについては興味があります」

「分かった、今度声をかけておく」


 スー自身もあの心臓の扱いに気をつけているようなので、調べることでよりコントロールが容易になれば彼にとっても得になる。前向きな返答が期待できそうだ。

 ベルナドットはひとつ頷くと、二人の頭に被せていたヘルメットを魔法で取り外した。


「データ収集は終了しました。お疲れ様です。あとはこちらの仕事ですので、完了次第ハジメさんに連絡を取ります。再現作業は一つずつしか出来ないのでイザエルさんのものに関しては更に時間を要しますが、一週間以内には何らかの報告を致しますのでどうかそれで許していただきたい」


 恐らく他の竜人であればベルナドットの慇懃な説明にも激怒しただろう。元とはいえ熾四聖天を従者につけるイザエルは、本来外交官に収まる位ではない。しかし外の世界を知るイザエルは嫌味のひとつもなく快活に気にするなと手を振った。


「いいのよいいのよ、どーせ結構暇なんだし! まぁ人にはせっかちって言われるけどそりゃー自力で何とか出来るときの話であってそんなに人を急かす趣味はないし! あーでもサボってる人は急かしちゃうかも! あと見ててもどかしいのも! 主に人の恋とか! 恋と言えばさぁ――」

「イザエル様」

「あっ……ごめんってビッカー爺~……じゃあ、お願いしますね!」

((ナイス、ビッカーシエル!))


 部屋の隅で存在感を消して見守っていたイザエルの付き人、ビッカーシエルの一言でイザエルは何とかマシンガントークを踏み留まると人なつっこい笑みで手を合わせてお願いのポーズを取る。

 これから分析作業に精を出さなければならない相手にすることではないと判断するくらいの気遣いは彼女の中にもあったようが、ビッカーシエルが彼女の機嫌を損ねない絶妙なタイミングで止めてくれなければこのお喋りモンスターはあと5分は喋りっぱなしだっただろう。


(ハジメさん、次からもあの人が来るときはビッカーシエルさん同伴でお願いします)

(大丈夫だ。あのじいさんが一番イザエルを野放しにできない自覚があるから)


 ……あんな感じのイザエルだが、彼女は宮殿を照らす太陽と呼ばれるほど気さくで明るくて冒険好きで、皇の周囲は誰もが彼女を敬愛していたらしい。

 それが呪いで意識不明のまま発見され、竜人の技術を尽くしても目覚めないのだから、暫く宮殿は「太陽を失った」と称されるほどの暗黒期であったらしい。もしかしたら彼女がこんなに喋り倒すのも、その時の暗雲を振り払って己の健在を示すためなのかもしれない。


「よーし帰ったらママ友会にお邪魔して喋っちゃお~っと! ビッカー爺も流石にそこまでは着いてこないでよね! 他のママさんたちが怖がっちゃうでしょ?」

「ぬうう……致し方ありませんな」


 ……シンプルに滅茶苦茶喋りたいだけかもしれない。

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