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1-3

 夜の帳に覆われた森の中、ふたりきりでの食事の時間。

 野営は想定していなかったとはいえ非常食は持っていたフェオだったが、蓋を開けてみればハジメが二人分の食料を持ってきていたため、簡単な料理を振る舞ってくれた。


 作ったのは冒険者の野営の定番、シチューだ。基本は煮込むだけなので失敗しにくく、多少いい加減に具を入れても味が整いやすく、それ故に栄養バランスも取りやすい。

 しかしハジメが手早く作ったシチューの味にフェオは驚く。


「美味しい……」


 ほどよいとろみに深いコク。

 そんなに手間をかけたようには見えなかったのに、男の冒険者飯と呼ぶには勿体ない美味しさだ。一緒に持ち込んだ固いパンをシチューに浸して淡々と食べるハジメに、フェオは思わず問う。

 

「あの、このシチューの作り方教えて貰っても……」

「材料と調味料の質で誤魔化しているだけだ。レシピには何の変哲もない」


 ――言われてみれば確かに、シチューに入っている野菜や干し肉のほぐしはどれも口触りが上質で味わい深い。素材を活かす煮込み時間などのコツくらいはあるだろうが、食材としての質の良さそのものは本当に高いのだろう。


「二、三流の冒険者はだいたい保存性と値段ばかり気にしちゃうんですけど、一流になるとそこの意識も変わるんですか?」

「人による。食事だけが遠征での娯楽だというタイプは拘るし、そうでない奴は保存性を重視する。ただ、多かれ少なかれ食材の質は意識するんじゃないか?」

「ハジメさんは?」

「とりあえず必要な素材の中で一番高いものを買っている」


 少々信じがたいというか、まるで成金のような金遣いの荒さに、フェオは思わず口をつぐんだ。

 確かに彼は間違いなく高給取りの部類だろうが、それにしても節制とは程遠い行為である。それほど生活に余裕があるとは言えないフェオからすればそれは羨ましく、そして少し妬ましい。


 フェオは将来の夢の為に少しでもお金を貯めている。しかしハジメが同じ事をしようとすれば自分より早く叶えられるであろうという事実に、フェオは圧倒的な財力の差を見せつけられた気分になった。


 ハジメは暫く食事を淡々と続けたが、不意にシチューの食器を置いて今度はリンゴをアイテム袋から二つ取り出し、一つをフェオの座る席の方に置いた。そしておもむろに口を開く。


「君なら、余りある金を手に入れたら何に使う?」

「え、私ですか……?」


 急に話を振られて戸惑ったが、そう聞かれるとフェオは一つしか答えられない。


「町を作りたいな、なんて……突拍子もなくて笑われちゃう話ですけど」

「町、か。考えたこともなかったが……」

「私がデザインした、私の町。別にそこの代表にならなくたっていいから、私が作ったって胸を張れて、生活が楽しい町を作りたいんです」


 フェオは世俗に染まったエルフだが、人が暮らす世俗も、世俗から離れた森も、両方が好きだ。しかし町は発展すればするほど自然が失われるし、森は落ち着くけどその時間を分かち合う人がいない寂しさがある。

 子供の頃から、その間を埋める場所に憧れていた。


「ツリーハウスってあるでしょ? 森の木のと融合するように建てる家。私、ああいう家をたくさん森の上に連ねて、吊り橋とかで繋げて、人が暮らす町を作りたいんです。自然と人の街は相容れないってエルフの人達はよく言うし、そんなの現実的じゃないのは分かってますけど……目が覚めて外を見たら上から森を見渡して、そんな光景をみんなが見てる町があったら、それってすごくワクワクすると思うんです!」


 それは、完全に彼女の趣味でしかない。

 実益など考えていないし、魔王軍の戦禍に見舞われるこの世界で新たな町を作ることは容易ではない。そんな町を作ったところで住む人がいないかもしれない。

 それでも、実現できるならばしてみたい。


「独学ですけど、ちゃんと建築の勉強もしてるんですよ? お金だって貯めて、拠点の町はずれにいる大工のおじさんに家づくりの手伝いさせてもらったり。『女が建築なんて』って笑われることもあるんですけど、他の誰も作らないなら私がやりたいです。同じ考えを持ってくれる人を集めて、建築を手伝ってくれる人を集めて、自然の形を最低限残したまま土地を開墾して、水路を敷いて、名産品作って……」


 暫く、実際にはこうだからこんな手を考えているとか、こんな地形が近くにあったら理想だ、とか、様々な夢をべらべらと喋り続けたフェオは、自分が夢について喋るのに夢中になり過ぎたことに気付く。さっきからハジメが一言も喋っていないのだ。


「ご、ごめんなさい勝手に盛り上がっちゃって……今の私は森の仕事ばかりの二流冒険者だから、大それたことをするお金なんてとても稼げてません。こんな話、現実味がなくて面白くなかったですよね?」

「いや……その願いはきっと人を幸せに出来るものだ。神様だって応援してくれるさ」


 迷いのない言葉で断言され、なんだか気恥しくなったフェオは逆にハジメに話を振った。


「そ、そういえば! ハジメさんの夢は一体何なんですか? あれだけ危険な仕事をこなしてるんだから、何か目的がないと続けられませんよね?」

「俺の目的は――」


 少し悩む素振りをみせたハジメは、やがて何でもないように目的を語る。


「戦いの中で力尽き、果てることだ」


 その場の時間が止まった気がした。

 聞き間違いか何かかと思ったフェオが何かを言うより前に、ハジメは話を続ける。


「変な目標だと思われる自覚はある。余り気にしなくていい」

「い、いえ……そんな。どうして……」


 その言葉の真意をフェオは読み取れず、そしてきっとそれが自分の聞き間違いではないのであろうことも感じた。


 真意は分からないが、フェオが知る限りでは、戦いしかない生き方をしていた人は戦いの中に死に場所を求めると聞いたことがある。

 ハジメは、冒険者を始めた頃から死闘の中に身を置いたと聞いている。ならば正に彼はそれに当てはまる。


(でもそんな……人を思いやれる優しさのある人が、なんで自分から死にたいだなんて。それこそ神様の応援してくれない夢だろうに)


 不安な心が視線に表れていたのか、ハジメは諭すように心配いらない、と言う。


「もし死ぬとしても無駄死にはしない。例えばこの森の先に強力な魔物がいたとしても、君の身が危険ならば君が無事に帰れるよう全力を尽くす。どうせ俺を殺せる魔物なんてそうは出てこない。探しても会えなかったから今こうして生きている」


 ジョークのつもりなのかもしれないが、だとしたら笑えないジョークだ。

 でも、生気と覇気の足りない彼は、放っておけば本当に戦禍と鉄火場の中に消えていく気がして――誰にも求められない場で死を迎える最期が想像するに堪えなくて、フェオは思わず叫んだ。


「競争しましょう!!」

「……?」

「もし私が先に夢を叶えて理想の町を作ったら! そのときまだハジメさんが生きていたなら、その町の最初の住民になってください!! きっと戦い以外の生き甲斐を見つけられるような、そんな町にします!」

「……」

「いいですよね!?」


 フェオは身を乗り出してハジメの手を掴む。戦いに身を置いてきた者の無骨な手だったが、そこには確かな温かさを感じられた。ハジメはそこで初めて少し困ったような表情を浮かべた。そして不意に空を見上げると、ため息をつく。


「――好きにするといい」

「約束ですよ! 大工のおじさんに教わった『ゆびきり』の約束しましょう」

「……」


 フェオが差し出した右手の小指に、ハジメは迷いなく自分の右手の小指を差し出す。彼が指切りを知っていたことはフェオにとって少し予想外だったが、ここに無事約束が交わされることとなる。


 が。


(ああああああああ……! 私、その場の勢いに任せて恥ずかしいこと口走っちゃってたぁぁぁぁぁ……! )


 その日の夜、フェオは自分の言葉を思い出して、今日会ったばかりの男にいきなり告白めいた内容とも受け取れる約束をしてしまった事に気付いて静かに悶え苦しんだ。


 彼の事を何となく放っておけなかったのは事実だが、割と達成できる見込みのない目標を夢に追加してしまった気がする。


 ちなみに告白された側となるハジメは、横にならずに剣を自分の身体に立てかけて座ったまま眠っていた。非常時にいつでも動けるよう体に染み込ませた睡眠方法のようだ。


(こっちがモヤモヤしてるのに、この人ときたら……!)


 フェオは何でもないように寝ているハジメに対し、少しだけ、理不尽な憤りを覚えた。




 ◇ ◆




 翌日、予めギルドに送っておいた伝書鳩が戻って来た。

 書面には事情を把握したことと、もし原因究明及び解決が出来たならギルドから報酬が出る旨が記載されていた。ハジメはこれを了承し、フェオも昨日彼と競争宣言をした手前報酬が欲しくて森の調査への同行を了承した。


 昨日の段階で途中まで通った道だったので、移動はスムーズだった。

 予想通り枯れた森の奥に進めば進むほどに毒霧は濃くなり、次第にフェオも殆ど足を踏み入れたことのない場所へ近づいていく。


 『霧の森』は奥に進むほど高低差も激しく、魔物も強くなるのでフェオも流石に探索しきれていない。

 道中では毒で死んだと思しき大型の魔物に蠅がたかる光景が視界に飛び込んでくる。その巨体と立派な牙にフェオは見覚えがあった。


「これ、エリュマントス・ボア……そんな、この森の生態系の頂点なのに……」


 エリュマントス・ボアはこの森の固有種で、魔王軍の指揮官クラスに匹敵する戦闘能力を持つ上位魔物だ。嘗てこの魔物の牙を狙った討伐依頼が幾度かあったが、多くが失敗に終わったほどの強力な魔物である。

 森の主とも言える存在の呆気ない最期に、フェオは茫然とする。

 しかし、ハジメは動揺することなく淡々と状況を分析する。


「魔王軍は自分たちに従わない魔物も手にかける。こいつを見せしめにして群れの支配権を奪ったのかもしれない」


 だとすると、確かにここまでの道でやけに魔物の襲撃が多かったことにも頷ける。フェオは除毒の指輪に現在進行形で命を救われていることを認識し、身震いした。


(この人が一緒じゃなかったら私、偵察中に毒で倒れてたかも……)


 フェオが押し付けた対毒装備しか持っていないのに平気な顔をしているハジメを見て、改めて彼が味方であることの頼もしさを実感させられた。


 やがて毒霧らしきものの発生源にまで辿り着く。

 そこには、巨大な花が咲いていた。


 その花は醜悪さや毒々しさを凝縮したような色彩で、巨大な花弁の中心には牙の生えた口と思しきものがある。口からは悪臭を帯びた毒霧が漏れ出し、膨大な量の根とも茎とも取れるものに支えられたそれは、魔物でなければ有り得ない異形だ。


 絵に描いたような毒の巨大人食い花は、腹の底に響く凶悪そうな声で喋る。


『よく来たな、愚かな人間どもよ』

「喋った……この魔物、魔王軍の上位指揮官!?」


 フェオの警戒心が跳ね上がり、武器であるルーンナイフを握る手に力が籠る。


 魔物は人語を解さない。だが魔王軍の幹部や幹部側近の指揮官クラスの大物は人間並みかそれ以上の知能を有し、人語を解する。つまり喋れるという時点でこの魔物は相当な実力だと分かる。

 しかもエリュマントス・ボアを殺したとあらば指揮官の中でも上位の存在と見ていいだろう。


 そのような魔物は例外なく強く、一流の冒険者が複数でかかっても生きるか死ぬかの戦いになるとされている。

 フェオの背筋に嫌な汗が広がる。

 巨大人食い花は、まるで人間が笑うように口を歪ませてこちらを嘲った。


『まんまと誘い込まれおって、その好奇心が貴様らの身を滅ぼすのだ! 最後の慈悲として我が名を教えてやろう! 我は呪毒軍団の――ガペッ!?』


 瞬間、巨大な花が横一線に両断された。


 気が付くとハジメは剣を抜き、中距離剣技のソニックブレードを発動させていたのだ。斬撃をそのまま相手に飛ばす、剣士にとっては何かと便利な技である。

 ただしその威力は使用者の技量に大幅に依存する。少なくともフェオは、民家より巨大な魔物を両断する威力のソニックブレードは初めてお目にかかる。


 その絶技を放ったハジメはというと、地図を片手に左右の地形などを確認し、離れた場所の山から位置情報を確認し、頷く。


「ここが俺の買った土地らしい。困った……先住者がいるとは聞いていない」

「問題はそこじゃないのではっ!?」


 大真面目にボケた台詞をかますハジメに思わず突っ込んだフェオは悪くないだろう。だが、その漫才に、巨大花が反応する。


『グググ、舐めおってぇぇぇぇーーーーー!!』


 名乗りの途中に斬られた巨大花が怒りを露に叫ぶ。先ほど両断された花の切れ目から無数の管のようなものが伸び、切れ目が塞がっていくのだ。普通の魔物なら間違いなく即死しているにもかかわらず、驚異的な再生能力だった。


『唯では殺さん!! 貴様らは既に我が領域に入っているのだ!! こうなれば貴様らを毒でなぶり殺しにし、その体を我が種の養分にして人面樹へと変貌させてくれるッ!! 貴様らが末期に抱く恐怖の名を知るがよい!! 我は呪毒軍団の――ホゴッ!?』


 今度はハジメが残像が見えるほどの速度で人面花の根と思しき部分に回転蹴りを叩き込んだ。細身に見える身体からは想像もつかない鋭い風切音と共に巨大花が薙ぎ倒され、衝撃で大地が震える。ハジメは道具袋から杖を取り出してまたフェオの近くに戻ってきた。


「森を枯らす凶悪な魔物が相手なら、流石に先住者と言えど滅ぼしても神の怒りには触れないと思わないか」

「えっ。あっ、そう……ですね?」

「うん、そうだ。だが斬撃も打撃もそれほど効果がないようだ」


 ハジメの言葉を肯定するように、薙ぎ倒された花が起き上がっていく。最初から毒々しかったその花弁は、魔物の怒りに呼応するように更に濃い斑模様に染まり、明らかに毒だと分かる花粉のようなものをばら撒いている。


『貴様、さっきから名乗りを執拗に邪魔するなぁッ!! そしてその程度の攻撃がこの我に効くものか!! 何故なら我は――!!』

「凍てつけ、スノウストーム」


 名乗り終わるより前に地面に杖をついたハジメの足元で魔法陣が完成し、冷気の魔法が炸裂する。またしても巨大花は名乗る前に妨害され、カチコチに凍り付いた。


(凄い威力……でもお母さんの必殺魔法には一歩劣るかな? きっとハジメさんにとって魔法はサブウェポンなんだ。それにしたって十分すぎる威力だけど……)


 凍ったまま動かない魔王軍のなにやら偉そうな花を、ハジメはソニックブレードでバラバラに引き裂いた。余りにも呆気なく巨大な高位魔物との戦いが終わったことに、もうフェオは驚けばいいのか魔物に同情すればいいのか分からない。毒の霧も次第に霧散していっている。


 嵐のような展開だったが、とにかく目的の一つは達成できた。

 これからこの人どうする気なんだろう、とため息をつきながらハジメを見ると――彼はバラバラになった魔物の方から未だに目を放していなかった。

 もしや、今更ながら自分が騙されたことに気付いたのだろうか。だとしたらちょっとは可愛げがあるな、とフェオは声をかける。


「あの、気落ちしてるのかもしれませんが……」

「警戒を解くな」

「……え?」

「索敵から奴の気配が消えない」


 直後、大地が轟音を立ててせり上がり、下から巨大なつぼみが這い上がってくる。つぼみは地上に出るや否や即座に開花し、見覚えのある毒々しい霧と花弁、そして中央部分の醜悪な口を晒す。


『貴様……貴様マジでもう、貴様だけは許さん……冥途の土産すら貴様には過ぎたもの!! 私を本気にさせたことを悔いて死ねぇぇぇぇぇぇぇッ!!』


 完全に撃破したと思われていた巨大花は、先ほどと全く同じ姿と声で復活していた。

1話で主人公最強タグは入れていないという大嘘をついたのに実際にはタグ入っています。しかし待って欲しい。あれが投稿されたのは4月1日、すなわりエイプリールフール。そうつまりアレは作者の高度な嘘だったのです(嘘です素で間違えてましたし後書きも修正しました)。

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