断章-8(3/6)
第二試合は料理対決にしては異例の、何の肉なのか明かされないまま肉料理を振る舞うというクイズ性のある対決だった。
先ほどとは打って変わって調理時間は30分。
観客はその間、第一試合で提供された料理を試食したりレシピを確認しながら待つことが出来る。会場端では大道芸人のちょっとした余興もやっており、客を会場にうまく繋ぎ止めていた。
「しかしあの芸人の娘、驚くほど美しいですなぁ」
「あの年齢で大した動きだ。将来はサーカスの花形でしょうか」
……彼らは知らない。
目の前で華麗なバトントワリングを披露する仮面の少女がドメルニ帝国皇女アルエーニャその人であることを。横で彼女の助手をしているのが指名手配犯の怪盗ダンであることも。
帝国で一通り仕事を終えて一旦シャイナ王国に戻ってきたダンだったが、アルエーニャが「世界の果てまでお供いたしますわ、旦那様?」と当然のように着いてきてこの有様である。
閑話休題。
格式張ったガストロノミアンの主催にしては異例で、なんとシェフ側も主催の用意した肉が何の肉なのか明かされない。
シェフは実際に肉を試食してその正体に当たりを付け、或いはその場で肉の特性を見抜いて料理を仕上げなければならない。肉は早い者勝ちで同じ種類の肉は二つとないため、肉の見極めが遅れればより良い肉を奪われる危険性もある。
審査員はシェフの料理に対し、元となった肉の素焼きと料理された肉を比較して評価を付けて貰う。特にガストロノミアンは迂闊な評価を出してしまうと後で大恥をかきかねないハイリスクな勝負だ。
シェフ達がどの肉がよいか必死に確認する中、一人だけ内心ほくそ笑んで颯爽と肉を選んでいったシェフがいた。
(ニヒヒヒ! 頂いたぜ、ベヒーモスのロース肉! 『マッドコック』ハマオ、これでテメェはおしまいだァ!!)
模倣料理人、ヨーゼス――他の料理人のレシピ、調理を完全に模倣し、神がかった舌は料理を食べただけで原材料を全て割り出せるヒューマンの天才コピー料理人である。
非転生者でありながらこの能力は彼の隔絶した才能の証だが、当然他の料理人の評価は芳しくない。なにせこの男、一流シェフの料理を完璧に模倣した上に少しだけ安値で提供することで、相手シェフのレストランを貶めることを平気でやるのだ。
秘伝のタレや隠し味のレシピを勝手に公開されて競争に飲まれた老舗から、せっかく星を得たのにヨーゼスに執拗な模倣を受けてノイローゼになり包丁を置いたシェフも数多くいる。
極めて悪質、しかし実力は本物。
それがヨーゼスという男であった。
ヨーゼスは先ほどの料理勝負でも周囲の中から料理時間の短くクオリティの高いシェフの料理を即興で模倣して20点という高得点を叩きだしている。そんな彼がハマオの妨害をする理由は、個人的で理由のない悪意が半分、もう半分は審査員の一人に金を握らされたからだ。
(俺にプライドはねぇ! 金も貰えて得意料理で負けるシェフの負け犬面も近くで拝めるなんて最高じゃねえか!!)
元々ヨーゼスはハマオの店で食事をしたこともあるので、ハマオお得意のベヒーモスの肉煮込みも完璧に再現出来る。肉の中にベヒーモスがあることに気づいた彼はハマオが動き出すより前に最速で肉を掠め取った。
(ニーヒヒヒ……肉質の硬いベヒーモスは素焼きじゃ食えたもんじゃねえ! つまり、調理後の柔らかさとのギャップは抜群! 調理法を知ってさえいればこのお題にこれほどおあつらえ向きの素材はねぇ!!)
他のシェフ達が漸く肉を選び始めた頃にはヨーゼスは最速で肉の調理に取りかかっていた。選んでいる間にも時間は経過していくため、後れれば後れただけ調理に避ける時間が減っていく。ヨーゼスは既に時間をフル活用してベヒーモスの煮込みを作る算段を立てていた。
ヨーゼスはちらりとハマオの方を見やる。
彼が何の肉を選んだのかまでは分からなかったが、形状からして舌だろう。タンは弾力ある食感と歯切れが人気の部位。逆を言えばそれを活かす方向性で調理せざるを得ないため、意外性のない仕上がりになるだろう。
(涼しい顔してるが、大会の趣旨を読み切れねぇ過大な自信がズタズタに崩れる様が楽しみだなぁ……あのバカ舌そうなウェアウォルフの娘から3点貰えるのはどっちだろうなぁ!!)
ハマオとラシュヴァイナの関係まで知った上での、この調理。
もはや敗北する要素などひとつも無いヨーゼスは笑いを堪えるので精一杯だった。
そして、決戦。
流石は一流のシェフ達で、初めて扱うような珍しい肉やクセの強い肉をあの手この手で絶品に仕上げており、高得点が次々に出る。
一方で経験の蓄積不足から肉のポテンシャルを活かしきれなかったり大失敗してしまうシェフも一部おり、上位と下位の点差は極めて極端だった。
そんな中、ヨーゼスのベヒーモスのロース煮込みが審査員の前に運ばれる。
「これほど肉質の硬いものをよくぞここまで……」
「くっ、絶対に魔物肉……なのに申し分ない味!」
「美味ぇけど、どっかで食ったことあるな……?」
「うん」
首を傾げるガブリエルと、ガツガツと肉を頬張って満足そうに息を吐くラシュヴァイナ。ガブリエルは個人的にハマオが振る舞った料理のことを覚えており、ラシュヴァイナは定期的に頼む好物なのでぺろりと完食していた。
ハマオはそこでヨーゼスの料理が自分のコピーであることに気づいたのか、微かに眉間に皺が寄る。
果たして、点数は――。
「22点!!」
「なにぃッ!!?」
ヨーゼスは思わず目を剥く。
22点という点数自体は暫定トップの高得点だが、それより驚愕したのが残り1点を渋った審査員二人のうち一人がラシュヴァイナであったことだ。
「バカな! あんたの大好物料理の筈だぜ、こいつは!!」
「莫迦は貴様だ。この肉は美味いがハマオの店に行けば食える。我は今まで食べたことのない肉を期待していたのだ。なので貴様にはがっかりした」
「そ、そんなことが……嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁ!!」
ヨーゼスは膝から崩れ落ちて床を叩く。
ラシュヴァイナの意見は個人的な私情にも思えるが、一方で正論でもある。
何の肉か分からないものがどんな変貌を遂げるのか予測出来ないというのはこの対決ルールのキモである。なので、肉を食べた途端に「まぁ料理するならこんな感じか」と容易に想像できるものをそのまま出すことは期待外れと言われても文句が言えない。
もう一人の点を出し渋った審査員、エバクエルが点を出さなかった理由もそれに類似していた。
「料理の味で言えば、文句はない。しかし、全員が肉料理を出す場面で勝負をするには創意工夫が足りない。まして他店のレシピの完全なコピー品というのは如何なものか。そうは思わないかね、ランバルくん」
「えっ……そ、あ……こ、コピーと決めつけるのは如何なものかな、なんて……?」
急に話を振られたガストロノミアンの審査員、痩せぎすのハルピーの男性であるランバルは露骨に動揺する。
何を隠そう、ランバルこそがヨーゼスに金を握らせてハマオに恥を掻かせようとした張本人だ。
彼は嘗て自分がプロデュースした店を上回る肉料理を出したハマオが自分の影響力にケチをつけると誇大妄想的な判断をして、徹底して過去の粗を探して仲間内に悪評をばら撒いた。ルクシャックが世間に悪評をばら撒いた中心人物とすれば、ランバルはガストロノミアンに悪評をばら撒いた中心人物である。
ルクシャックより更に古株でありながら味覚は確かで、そして彼の広めた悪評は事実と言えば事実であるため嘘つきと一概には言えない。ただし、彼はその事実がどのように周囲に受け止められ、そして尾ひれが付くかをよく理解した上でそうなるよう流したという点がタチの悪さを物語っている。
しかし、そんなランバルもエバクエルの前には下手に出ている。
エバクエルはため息をついた。
「私は物忘れが増えてきたが、料理の記憶力はまだそこまで衰えていない。辺境の森に囲まれた村にあるレストラン――その日は副料理長が仕切っていたが、レシピの完成度の高さから料理長の実力が覗える見事な料理であった」
ハマオは内心で微妙な気分になった。
まさか自分が留守の間にレストランにガストロノミアンが来ていたとは思わなかった。しかし、そうなると余計に彼の正体が分からなくなる。彼は「話の分かる評論家」だということは何となく感じ取れた。しかも周囲の審査員が顔色を窺うほどの大物。それだけの人物がいながら、何故過去にハマオはあんな扱いを受けることになったのだろうか。
彼の疑問は解けないまま、仕上げたタン料理が振る舞われる。
「スケイルゲイター……ワニの魔物のタン肉のローストです」
出てきたのは、赤身肉と違ってやや鳥に近い外見のタン肉。何の肉かが明かされずともハマオにすれば一目瞭然だった。
ローストによって外はこんがり焼けているが細かなカットで均一に凝った切れ目が入っており、内側の肉は美しいピンク色だ。丁寧にかけられた濃い色のソースがその切れ目に染みこんで食欲をそそる。
比較のために素焼のタン肉を食べたアリア院長が「硬っ」と思わず声を漏らすが、その後すぐにタン肉ローストを食べて頬を綻ばせる。
「あら! 弾力はあるのに切れ目のおかげで歯切れがいいわ! お肉の柔らかさと熱の入り方の加減が絶妙なのかしら、楽しい食感ね!」
他の審査員たちもそのギャップに驚きを隠せない。
「カットの厚さ、深さ、角度、どれを取っても計算され尽くしている……即興で作ったものとは思えん!」
「臭みも感じないし、ソースの濃度も絶妙……! 肉の食感をメインとしつつ肉そのものの旨味を蔑ろにしていない!」
肝心のラシュヴァイナはというと――。
「変な食感だが、なんだかクセになる噛み応えだ! あと30皿くらい欲しい!」
「今度作ってあげますよ」
「よし、スケイルゲイター狩りだ! 連中め、こんなに美味いことを隠していたとは!!」
俄然食欲に火がついたラシュヴァイナは、当然のように3点。
エバクエルも既に言いたいことは言ったと3点。
それに引っ張られるように他の審査員たちも3点を連発。
意外にもガブリエルは最後まで迷っていたが、「量の問題か……」と呟くと3点にした。どうやら冒険者勢にとってはボリューム不足だったようだが、それは味とは関係ないという判断だろう。
「ハマオシェフ、またもや24点満点~~~!! 魔物料理人の独壇場だぁぁ~~~~!!」
ブリットの宣言に会場が沸く。
『マッドコック』ハマオの名は料理界と冒険者界隈では有名だが、市囲にそれほど知られた名ではない。それに、第一試合のクリームパスタで観客は胃袋を掴まれている。今更過去の悪評など気にする者はここにはいない。
ランバルがちっぽけなプライドを傷つけられてハマオを睨んでいるが、既に料理界と縁を切った雇われシェフのハマオにはいくら恨まれようが知ったことではない。というか、今のハマオに手を出すということは世界の特異点であるコモレビ村に喧嘩を売るということなので親切心でやめておけと言ってやる立場なのはハマオだ。
ただ、気兼ねのない立場から勝手に苦しんでいるランバルを眺めていると、自分の心が軽やかであることを知ることが出来てよい経験になった。
いよいよ最後の一戦が迫る。
「第三勝負は……食事続きの審査員に真心を! シメ料理対決ぅぅぅぅ~~~~ッ!!!」
トッカーが期待のまなざしを向けている。
さて、気分は悪くないが、周囲まで巻き添えに無理矢理大会に引っ張り出されたことは未だに印象が悪い。料理人として料理は振る舞うが、どの切り口から料理を出すかはあくまでシェフの自由だ。
シメ対決――単純に思えて、実は今までで最難関。
なにせ、これまでの勝負と比較して最も定義が曖昧である。
一言にシメと言っても酒のシメであったり、コース料理のシメであったり、地域によっても差異があり見方次第で様々に受け取ることが出来る。
審査員たちは食前酒を含めて口直しに少量のアルコールを摂取しているし、既に幾つもの料理を口にした後なので様々なシメを想定してはいるが、ここは大胆な判断力が試される。
制限時間は20分。
更に、第三勝負は最後だけの特別ルールがあった。
「第三試合では、点数は審査員が一番よいと思った料理にのみ付与される! つまり、第三試合で多くの審査員に選ばれれば現在トップのハマオシェフに逆転することも可能だ! もちろんハマオシェフがそのまま逃げ切る可能性もある! 創意工夫を凝らし、最高のおもてなしを期待する!!」
ブリットの口から告げられた思わぬサプライズ情報にシェフたちが色めき立つ。
ハマオシェフの48点に対して他のシェフたちには40点台に届いているシェフもいる。もしも審査員の評価を総取り出来れば40以下でも逆転圏内だ。
そうでなくとも一人にでも選ばれれば料理の腕と価値を認められることになるため、シェフ達の熱意は最高潮に達していた。




