断章-8(2/6)
数日後、ハマオは料理コンテスト会場にいた。
ガストロノミアン主催の訳の分からないコンテストだ。
勿論ハマオは参加する気など毛頭無かったのだが、ラシュヴァイナがそれを許さなかった。
『我とアリアが審査員の一般枠として参加することになったので、ハマオは参加するように。しなかったら我はとってもかなしむ。アリアと共に泣く。ハマオの肉も食べない』
まさに青天の霹靂。
毎日幸せそうに店で肉を頬張りハマオの心の癒やしであったラシュヴァイナが『肉を食べない』という冗談でも言わない言葉を放ったのが彼には衝撃であった。
今更ガストロノミアンとの付き合いなどしたくないのは本音だ。
平和な食堂シェフ暮らしがハマオの見つけた生き方であり、トラウマを思い出させるガストロノミアンには仮に褒められてもいい気はしない。
しかし、ラシュヴァイナが店に来なくなるのも泣くのもハマオの精神衛生上耐えられない。おまけにラシュヴァイナの恩師であるアリア氏にも恥をかかせるかもしれないとあらば、本気を出さざるを得なかった。
(あいつの執念を舐めてた……)
ハマオの視線の先には、涼しい顔で審査員席に座りガブリエルと談笑するトッカーの姿があった。一度追い出したにも拘わらずまさかラシュヴァイナを利用する一手を繰り出したばかりか、盟友ガブリエルまで審査員に引き摺り込むとは。
ハマオの人間関係を調べ上げた上で表舞台に立たせるために利用するなど、相変わらず政治的な動きが好きな連中だ。それが嫌でハマオは都心を離れたというのに――。
司会進行を務めるのは何故かルシュリア姫の部下のブリットというボクシング大好き男だ。ボクシングを広めていくうちにイベント関連の仕事が増えたらしい。
「本日は料理コンテストにお集まりいただき感謝の極み! 司会進行のブリット・バレットだ、よろしくな!」
豪放磊落を体現するような快活な立ち振る舞い、成程確かに司会向きかもしれない。
「料理大会って言ったら美食を競うものってのが定番だが、今回のコンテストはちょっとばかし違う! それぞれテーマの異なる料理対決を三度行う! テーマは特殊で、ただ美味しいだけでは勝てないものもある一風変わった内容だから楽しみにしてくれよな!」
観客が物珍しさから歓声を上げる。
ガストロノミアン主催の料理コンテストはどうしても格式が高すぎて料理に携わる人や美食家ばかりが集まってしまうが、今回はむしろライトな層に料理に興味を持って貰うことがコンセプトになっているらしい。
ガストロノミアンから五人、一般から三人の審査員がずらりと並ぶ。
ガストロノミアン側は当然トッカーと、三人が見覚えのある常連審査員。二度と顔を見たくなかった連中だ。残る一人の恰幅のいい老夫は初めて見る。一般審査員が先述の通り悉くハマオに近しい人物であるのは、仕掛け人のトッカーからの非礼への詫びのつもりだろうか。
料理人側はというと、ハマオ以外にも様々な顔ぶれが並ぶ。
星を持つ料理人から駆け出しまで玉石混淆といった雰囲気だが、見た感じ全員から料理人特有のオーラは感じられるので無名の中にもダークホースがいるかもしれない。
(まぁ、何でもいいさ。でも身近な人達は必ず満足させて見せる……!)
静かに心に灯る熱き闘志。
幾ら才能があれど味の評価は十人十色、更に人数が多い以上はラシュヴァイナ、アリア、ガブリエルの三人に同時に絶対刺さる料理は不可能だ。であれば、料理人の純粋な実力で圧倒するしかない。
トッカーは大した男だ。
確かにハマオに本気を出させるには理想の状況を構築している。
彼と一瞬目が合うが、そのときに垣間見た熱量の籠もった期待の視線にだけは敬意を払おう。
ブリットが声を張り上げる。
「では、第一料理! 新たなスタンダードを生み出せ! マダムズレシピ対決ぅぅぅ~~~~!!」
対決の幕が、切って落とされた。
マダムズレシピ対決は「世の主婦たちの救世主となるレシピ」をコンセプトにした試合だ。
料理時間は10分。
料理コンテストにしては調理時間が短いが、これは時間を取られるレシピは主婦に好かれないからだろう。
「ハハハハハ! この勝負、ジャクラ様が頂いたぜ!!」
無駄に悪人面のリカントの料理人、ジャクラが高笑いで料理を仕上げる。
ジャクラは料理コンテスト荒らしで有名で、勝利の為に手段を選ばない異端の料理人だ。独創的な料理で審査員を驚かせるダークホースである。
「最速で濃い味の脂っこい料理を提供することで審査員を満腹感で満たし、他の料理への食欲を減退させる! その上で料理の味でも勝つ! 俺様のパーフェクトプランだ!! 喰らえ、ラードたっぷりのガツガツ回鍋肉ッ!!」
この世界に於いて中華料理はスタンダードではない。
そしてジャクラは中華の達人だった。
この世界では馴染の薄かろうラードによる旨味の暴力がシンプルに刻まれた野菜や肉に絡みつく。
言葉通り最速で仕上げた焼飯を食べた審査員の感想は――。
「油入れれば美味しくなるってもんじゃない。もういらん」
「味濃すぎ。舌がバカになる」
「一般家庭はラードを常備してないので趣旨にそぐわない」
「冒険者向け料理としちゃ美味いけどなぁ」
「うむ。我は好きだぞ。ピーマンはいらんが」
「確かに子供に食べさせるのにピーマンは大敵よねぇ。それに、ちょっと辛すぎて子供達には難しいかも。年齢を重ねた人の胃にもこの油の量は優しくないし、若い人用料理って感じ」
評価点数、一人最高3点の24点満点で結果は10点。
満点を出したのはガブリエルのみだった。
「……バカなぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
みんなあんまり食べてくれず、ジャクラのパーフェクトプランは一瞬で瓦解した。
ちなみにジャクラは転生者だが中華知識は自前で結構難しいものもちゃんと美味しく作れる。頑張れば漢方の組み合わせで食欲を増進させるくらいのことも出来たが、材料が特殊すぎて流石に会場の素材では再現できなかった。
得意分野とジャンルとネット仕込みの浅知恵がなければもう少し善戦出来たのに、完全な自爆である。
他のシェフ達は見た目にもお洒落で料理人としての経験を感じさせるものを出したが、美食家が3点を出す料理は一般枠から減点が出て、逆に一般枠の評価が高いと美食家の点が振るわないなど、食への拘りの強い人間とそこまででもない人間の考えの差異が色濃く出ていた。
そんな中、異彩を放ったのがハマオのクリームパスタだ。
クリームパスタなど元々定番料理なので審査員は最初顔を顰めたが、いざ食べると注目されたのが要のクリームである。料理工程ではそれほど手が込んでいなかったにも拘わらず、味が想像以上に濃厚だったのだ。
「馬鹿な……初めて食べるクリームだ! 10分で出せるコクではない!」
「調理方法も基本に忠実であったのに、この差はなんだ!?」
「ほんのり甘いクリームから幸せの味がする。肉とは違う満足感だ……」
「これから子供達にも簡単に作ってあげられていいわねぇ」
高評価が並ぶ中、審査員の一人でガストロノミアンの重鎮である女性リザードマンのルクシャックはハマオを睨み付けた。
「貴方、訳の分からない魔物素材を使ったでしょう!? 得体の知れない成分で旨味を出すなんて言語道断ッ!! 自然なもので勝負すべきよッ!!」
ルクシャックはハマオを毛嫌いした審査員の一人で、伝統の材料に対する拘りが強い。事実、彼女の材料の質を見分ける舌は確かなのでその拘りはあながち間違いではない。
一流の料理には一流の材料という信条を掲げる彼女は、変わり種を使うハマオには人一倍厳しかった。世間に伝播したハマオの悪評の大半は彼女とその取り巻きの自然食材主義者によるものと言っても過言ではない。
魔物素材という言葉に一般客からどよめきや不安の声があがるが、ハマオは特に気に掛けない。昔は無理解に苦しんだが、鈍感になることを覚えた今は幾らルクシャックに睨まれても恐ろしくも何ともなかった。
「味の秘訣はナンディー牛という品種の牛乳ですね。ナンディーという魔物と一般乳牛の交雑種で、一頭から絞れる乳量が多く栄養豊富で味も濃厚。保存性も一般乳牛より高く、『宝石姫』ルシュリア王女からもお墨付きを得た地方ブランドです」
王家のお墨付きという言葉にルクシャックは忌々しげに唸る。
得体の知れない魔物成分という表現とハマオが魔物さえ調理する『マッドコック』と呼ばれていることを利用して自分の正当性を強調しようとしたが、王家の血筋を引き合いに出されると弱い。
事実、ルシュリア王女のちょっとした一言で王都にムーブメントが起きることは少なくないので、迂闊に追求すればやぶ蛇になりかねない。
ルクシャックはハマオのすました顔――に彼女には見えているが、思い込みだ――を睨むことしか出来ない。
「牛乳としてそのまま飲むにはちょっと濃すぎに感じる人もいるかもしれませんが、クリーム料理に使えばこの通り。味付けも最小限でとろみ付けをせずとも美味しく出来上がります。ちなみにナンディー牛乳はちゃんと大会の用意した食材の中にありましたよ。知名度こそ低いですが市場で売ってますし値段は普通の牛乳より安いです。将来的にはナンディーチーズなんてのも出るかもしれませんね」
ハマオの説明に、観客達は急速にナンディー牛乳への興味をそそられた。
孤児院経営のアリアは「いいことを聞いた」と嬉しそうだ。
子供の面倒を沢山見なければならない孤児院にとって、栄養価が高く、安く、手間いらずに子供の大好きなクリーム料理を作れるのは嬉しい要素しかない。
更に、ガブリエルから後推しが入る。
「料理が大雑把な俺でもあのレシピなら自力で作れそうだぜ!」
トッカーも料理を手放しで称賛する。
「時間、手間、材料費までもコストカットしながら、普通のクリームパスタより深みのある味わい。しかも、ベースとしてしっかりしながら個々の好みに合わせて調整可能な拡張性を残している。家庭の好みに寄せやすいのも課題の趣旨に沿っています」
彼の言葉に料理人たちの何人かが悔しげに俯く。
決して悪い料理を出したつもりはないが、彼らの料理は味付けのバランスが繊細だったり一手間程度とはいえ凝った趣向があるが故にレシピから逸れると味の均衡を崩しやすいという欠点があった。
その点、ハマオの料理はクリームの濃厚な味という揺るぎないベースがあるため、クリームの本質を損ないづらい。
ルクシャックはそれでもハマオを称賛することが嫌なのか、トッカーに食ってかかる。
「こんなもの、ナンディー牛乳さえ知っていればハマオシェフでなくとも容易に思いつく程度の平凡な料理ではないの! パスタでなくともクリーム料理ならグラタンなりポタージュなり何でもアレンジが効く! ハマオシェフの独自性がない! これは『知識』であって『料理』ではない!」
「だから良い」
「えっ――」
突然、恰幅のいい老夫の審査員――エバクエルが口を挟んだ。
「創意工夫を凝らした料理はレシピが頭に入ってこない。美味しくとも一度作れば満足して、それで終わりだ。しかし、このパスタの根幹はナンディー牛乳。枝先に実る果実ではなく実を育む幹だ。この先枝分かれしていくレシピの入り口でありながら、それ自体も繰り返し食べたくなる安定感とアレンジを受け入れる基盤を有している」
エバクエルは、審査が始まってから1点と2点しか出していなかったが、この時初めて3点をつけた。一般枠は全員3点。ガストロノミアン側もルクシャック以外全員3点。美食家として味を起点にすれば減点することも出来るが、主婦の味方に最も近いのがどれかと問われれば今日の料理達の中で最も相応しいのはハマオのナンディークリームパスタだ。
ルクシャックは狼狽し、一瞬ハマオを睨み、しかしエバクエルの3点を前に牙を失ったように自らも3点を出した。
「本日初の全会一致、24点満点~~~~!! 第一試合はハマオシェフの圧勝だぁぁぁ~~~~!!」
ハマオは一般枠から満点を貰えた時点で満足だったので全会一致には心揺さぶられなかったが、結果的にルクシャックへの意趣返しとなったことは思いのほか胸がすいた。
同時に、あのエバクエルという審査員が何者なのかハマオは少し気になってきた。ルクシャックは明らかにエバクエルの顔色を窺って点数を決めた。他のガストロノミアンもやや点に迷っていたがエバクエルが3点を出したことで即座に追従した。
つまり、彼はガストロノミアンでも重鎮のメンバーをして忖度の必要性があるということだ。
(でも、聞いたことない名前なんだよな~……ガストロノミアンの有名どころは昔に一通り調べたことあるんだけど)
どうせ知ったところでどうなる訳でもないか、と、ハマオは気持ちを切り替える。
ブリットが告げる第二試合の課題の方がよほど大事だ。
「続いて第二料理! コレって一体何の肉!? 採点後に名前の明かされる衝撃の肉料理対決ぅぅぅ~~~~!!!」
奇抜な対決名にガストロノミアンの審査員が驚く中、ハマオは無意識にラシュヴァイナを見た。
この対決、決して負ける訳にはいかない――!!




