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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-8(1/6)

 世界美食連盟ガストロノミアンという組織がある。

 シャイナ王国より発祥し、ありとあらゆる美食を探求し、報告し合い、飲食店を星の数で評価する……平たく言えばミシュランみたいなものだ。


 世界美食連盟ガストロノミアンに星を与えられるのは料理人の中でも一握り、否、ひとつまみと表現してよいほど少なく、仮にひとつしか星が貰えなくとも星を与えられたという事実が既に希有な料理人の証明たりうる。


 そんなガストロノミアンの審査員の一人として日夜身分を隠し飲食店を渡り歩く男、トッカータック・フエゴは、困惑していた。


「お代は結構ですのでお帰りください。うちは大衆食堂です。ガストロノミアンの方が目をかけるようなものは何もありません」


 弁当やレストランなど美食の噂が付きまとうコモレビ村に遂に辿り着いたと思ったら、村一番のレストランの料理長に事実上の出禁を言い渡されたからである。


「な、何のことで――」

「どうかお帰りください」

「だから、訳が分かりませ――」

「どうかお帰りください」


 身分を隠しているトッカータック――親しい者からはトッカーと呼ばれる――は、当然一般人に扮しているし、ガストロノミアンを匂わせる言動など一切していない。なのに、店で評判の一品を聞いて注文し、それを食べ終えて味のレベルの高さに内心驚愕しているところでいきなりのこれである。


 料理長ハマオ――別名『マッド・コック』。

 トッカーは噂でしか聞いたことがないが、ガストロノミアンの間では外道料理を扱う忌むべき存在として扱われている。しかし、トッカーからすればどんなに評判の悪い料理人でも料理を食べずに評価するのは論外なので、今回は覚悟を決めて食べにきていた。


 なのに、まさかあちらから追い出しに来るとは予想外だった。

 内心で激しく動揺するトッカーだが、仕事で培った経験からこれ以上注目を集めるべきではないと即座に対応する。


「事情は存じませんが、わかりました。でもお代は払います。貴方の牛の赤ワイン煮込みの美味しさにきちんと代価を払いたいからです」

「かしこまりました。しかし、次回からはご来店をお断りさせていただきます」


 表情ひとつ動かさないハマオの丁寧ながら頑とした対応を見るに、ごねても取り付く島もなさそうだ。

 トッカーとて出禁になった経験がないわけではないが、このような形で、しかも栄誉あるガストロノミアンの審査員だと見抜かれた上で追い出されたのは初めての経験だった。


 一体何故こんなことに――だが、今は頭を整理する時間が欲しい。

 トッカーは動揺を抑えて店を後にした。


 ――トッカーの背中が見えなくなったところで、彼の近くの席でワイルドな丸焼き肉を頬張っていたラシュヴァイナが首を傾げる。


「どうしたんだハマオ。あいつ、美味しそうに食べてたのに」


 ラシュヴァイナから見て、ハマオという料理人は客を選ばない。

 逆に客に選ばれる方なハマオがこうも強硬な態度に出たことは彼女の記憶にない。

 それに、トッカーという男は純粋に食べることを楽しんでいるように見えた。


「そんなにガストロノミアンとかいうのが嫌いなのか?」

「好きか嫌いかで言えば嫌いですね。彼らに関わるとロクなことがないし」

「そんな嫌なヤツには見えなかったけどな。本当に悪い奴なのか?」

「ガストロノミアンは正確な評価のために料理の食べ方を最も正確に測れるよう訓練されているんです。彼の食べ方にはそのクセがよく出ていました。単なる美食家であっても知識のある方は似た食べ方をしますが、彼のは完全にマニュアル通りだ」


 ラシュヴァイナからすると、その解答はやや聞きたいことと相違があるように感じた。

 彼は普段はラシュヴァイナの表情から考えていることを当てるのが得意なのに、怪訝そうな顔をスルーして「お騒がせして申し訳ございませんでした」と店内の客に丁寧に頭を下げていたが、他の客たちもハマオの態度を不思議に思っているのが感じ取れた。

 言いたくないから言わないということなのだろうか。


「……気になるぞ」


 ハマオとは村に来て以来の付き合いだ。

 魔物肉を取りに行くようになってからは長時間共に行動するので、一番濃密な付き合いと言ってもいい。そういえば、と、ラシュヴァイナは恩師アリアの言葉を思い出す。


 ――ハマオに与えられるばかりではいけません。


 ――ときにはお返しが出来るようになってこその助け合いです。


 ――ハマオさんのことを知る努力をしてみては?


 意味はいまいち分からなかったが、知る努力とはこういうときのためにあるのかもしれない。知っているハマオの知らない側面。このままではモヤモヤして肉を食べるのに邪念が混ざってしまう。かといって、本人に問い詰めても簡単に喋ってくれなさそうだ。


 今日は午後からの依頼が入っていないので、時間はある。

 彼の過去を知るとなれば、聞く人物は限られる。

 ぺろりと肉を平らげたラシュヴァイナは、食器を洗い場まで持って行き「ごちそうさまでした」といつものお礼を言い残すと、店の外に走り去って行った。

 



 ◇ ◆




 ハマオは仕事上の友好関係は広いが、個人的関係は意外と狭い。

 彼はショージやブンゴ達オタク集団とは趣味が合わず、クリストフのような落ち着いた大人との方がよく私的な会話をしている。そんな彼が特別視していて、なおかつラシュヴァイナが話を聞き出せそうな都合の良い人物は――意外にも村の外にいる。


 ハジメを慕うオークの前衛冒険者、ガブリエル。

 彼はハマオがわざわざ村の外まで出向いて一緒に酒を飲む仲である。

 そもそもコモレビ村にハマオが来たのもガブリエルの仲介があったらしい。


「ウッス、お久しぶりッスアネゴ。なんか注文しやすか?」


 行きつけの喫茶店で大柄な体躯に似合わぬパフェを食べていたガブリエルは、ラシュヴァイナの突然の来訪を快く迎え入れる。


「いや、いい。それにしてもお前、あまいもの好きだったのか?」

「ユユ達とパーティ組むようになってからこういう店に付き合うことが増えやして、今じゃ常連でさぁ。ここのパフェはお願いすれば甘さ控えめにして貰えるんでお気に入りになっちまいました」


 朗らかに笑うガブリエルは、村に住まうシオ、ユユ、リリアンの三人娘に引っ張られるような形で長らくパーティを組んでいる。

 私生活ではこんなのだが戦いとなれば雄々しく勇敢に戦うガブリエルは、自分以上に勇猛で戦上手なラシュヴァイナを戦士の先達として尊敬している。ラシュヴァイナも彼の斧による豪快な一撃には目を掛けていた。


「そんで、一体何が知りてぇんでさぁアネゴ?」

「ハマオとガストなんちゃらいう連中の関係だ」

「あぁ、まぁ何となく程度でよければ話せますけど……急にどうしたんすか? いや、不思議に思いやして」


 ラシュヴァイナが昼食時の出来事を話すと、ガブリエルは納得したようだった。


「ハマオのヤツ、やっぱ引きずってんだなぁ」

「引きずってる? 筋トレ用の錘をか? そうは見えなんだが」

「いやいやそういう意味じゃ……ま、いいか。とりあえず俺の知ってる範囲でお話しします。あんましペラペラ喋ることでもないけど、アネゴならいいでしょう」


 ガブリエルもハマオがラシュヴァイナのことを気に入っているのは知っている。まだ恋愛感情とまではいかないが、何だかんだ彼はラシュヴァイナとの時間を楽しんでいることくらいは酒の席でも伝わってきた。


「これはハマオがコモレビ村で料理人になる前の話ッスけど……」


 それは直接聞いたというよりは、ハマオが度々零していた過去の失敗談や愚痴をつなぎ合わせて形作ったもの。主観が多く、しかもそれをガブリエルが編纂したために決して真実だと断言出来るようなものではない。

 しかし、彼の人格を知っているガブリエルとラシュヴァイナであれば「恐らくあったのだろう」と思えるもの。


「ヤツぁガストロノミアンに散散さんざっぱら嫌がらせを受けて、一度は料理人の道を放り出そうとしたんでさぁ」




 ◆ ◇




 トッカーはハマオに自らの所属を見抜かれたばかりか出禁まで喰らってショックを受けたが、持参の茶葉によるティーブレイクでなんとか心を落ち着かせるとガストロノミアン本部にとんぼ返りした。


(私は料理人ハマオの噂は耳にしたことがあるが、それらは全て人伝であり興味を持ったこともあまりなかった。恩師も同じことを言っていたからそういなのだろうとぼんやり認識していただけだ。しかしあの料理の腕前と拒絶のしようを見るに、彼が星を得られるきっかけすら拒否するようになったきっかけがある筈……)


 ガストロノミアンがシェフを味以外の理由で拒絶することはない。

 事実、ハマオは悪評はあれど料理人という枠から追放はされていない。

 だからトッカーは彼が料理長だと知っても真面目に審査したのだ。


 彼は間違いなく星を持つに値する技量がある。

 牛の赤ワイン煮込みひとつでそれが分かった。

 格安メニューから選んだため食材の質は平凡だったが、その平凡さを知った上で肉のクセや特性をよく理解し、下処理から調味料の調節、盛り付けまでをも絶妙なバランス感覚で仕上げた柔らかい牛肉は、牛脂の旨味を最大限に引き出されて口の中でほろほろと溶けた。


 そこには、ハマオの料理に対する流儀と理念があった。

 本当に一流の舌を持っていれば気づいて然るべきのものだ。


 トッカーは想像する。

 もしもあのとき最初から最高級メニューを出していれば、どれほどの料理を味わえたことだろうかと。知られざる店で驚愕に値する料理を味わうのは審査員の醍醐味だ。それを逃したことが悔しくて仕方がない。


 トッカーの口の中に涎が滲み出る。


(一度でいいから、ハマオの本気を味わってみたい)


 ガストロノミアンに入る前は常に隣にあった久しい感覚が蘇る。

 我武者羅に美食を追いかけた若かりし日の本能に火が灯る。


(過去の彼の行動や出来事になにか突破口があるかも知れない……)


 高度な料理人ほど拘りが強いし、一見さんお断りの店も世にはある。

 その門戸をこじ開けるために方々に手を尽くすのも審査員の職務だ。

 彼の料理を味わう手段を模索する際、ガストロノミアンの伝手もそうだが、トッカーはそれ以上に実際に店を訪れていた客の持つ情報を重視する。彼らの舌は肥えているとは限らず正確性も信用に値しないが、そこには料理を作る人間の情報が眠っている。

 トッカーは元々シルベル王国出身で、嘗てこの手法でシルベル王国の入店難易度の高い料理店を幾つも攻略してきた。シャイナ王国では日が浅くこの手を使うのは初めてだが、人と料理の関係が変わらない以上は得られるものが必ずある。


 こうして、トッカーは知ることになる。

 ハマオの足跡、挫折、そして絶望を。


 ――美味しければ売れるというのはナイーブな考えだ。


 嘗てラーメンという名の料理を料理界に持ち込みながら早くに料理界を去った謎多き料理人が残したとされる言葉の意味が、そこに詰まっていた。


「美味しかったよ。あたしゃ好きだったけどねぇ、あの店。でも変な噂が流れ始めてから友達とかが行きたくないって言って、足が遠のいちゃったのよねぇ」


「あんな不謹慎な店は潰れて当然だ! 食ったことあるかって? ……食うわけないだろ! あんな不謹慎な店で!」


「危ないものが入ってるってもっぱらの噂でねぇ。え? 結局入ってたのかって? ……さあ?」


 思わずため息が漏れる。

 料理界には往々にしてあるのだ――嫌がらせが上手い方が生き残り、価値ある料理が失われることが。勿論商売である以上はシビアな結果に終わることもある。しかし、ガストロノミアンは風評ではなく料理で評価を下さなければならない。


 では、料理は如何ほどであったのか。

 結果は――。


「勝てなかったということは、そういうことだと思わないかしら?」


「ミミズ肉を使っているという話だったからな。舌がバカになると困るから丸飲みして後で吐いたよ」


「記憶に留まらなかったのだから大した料理ではなかったのだろう」


 全員、料理についての言及なし。

 余りにも露骨な見えない壁が真実への道を妨害する。


(ガストロノミアンは公正中立。ただし、規範となるべき大物が私情を挟むと忖度が生まれる。人間の集団である以上、人間関係や上下関係から完全に切り離されることはない……けど……)


 今、トッカーの心の内にある思いは唯一つ。


(そんなゴチャゴチャした理屈はどうでもいい!! ハマオシェフの本気の料理を俺は食べたいんだッ!! ミミズ肉だぁ!? そんなに美味いミミズ肉なら食えばいいだろお高く留まりやがってッ!!)


 食欲爆発――トッカーはハマオシェフに本気の料理を出させる為の企画を立ち上げるために動き出した。

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