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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-5(1/2)

 この日、コモレビ村で変態が捕獲された。

 変態はほぼ全裸で堂々と村に侵入し、わいせつ物陳列罪でマイル率いる自警団に捕縛された。変態を捕獲した自警団の若い男が困り顔でマイルに視線を送る。


「どうします、これ」

「どうするって……どうしようか」


 常に冷静な彼にしては珍しい困惑の籠もった声が漏れる。

 今まで自警団として軽度のトラブルは解決してきたマイルだが、実は村で変質者――というか、犯罪者を現行犯で捕縛したのは初めての経験だった。普通ならばこのまま衛兵に突き出せばよいが、村には衛兵がいないという当たり前の事実が意外と不便であることをマイルは今更になって実感した。


 目の前ではワカメのようなぬめっとしたウェーブのある青い長髪の男が縄に縛られて活きの良い魚のようにビチビチと跳ね回っている。


「野蛮な真似はよしなさい! 私は水神のかんなぎなのだぞ!!」

「水気のある変態の間違いだろうが! 胸だけ隠して他はモロだしで村に堂々と入ってきやがってこの! 住民達の悲鳴を聞きたかったのか!?」

「イタァイ! やめ、やめろ! アイタァ!」


 自警団の一人に棒でつつかれて男は変な声で叫ぶ。


 マイルは詳しくないが、恐らく土着信仰で水の神を奉じているのだろう。

 しかし、何となく全体的に湿り気を帯びてテカる肌もさることながら、彼の格好は到底聖職者の類とは思えない。


 先ほど自警団の一人が言った通り、マイルが発見したとき、彼はなんと胸以外の前身を露出していた。これで露出狂ではないという主張は余りにも無理筋だろう。

 現に彼は近くにいた通行人の女性に堂々と接近し、逃げる女性を追い回していた。


「土地勘がないから話を聞きたかっただけだ!!」

「モロ出しでかぁ!? 何人も何人も女狙いやがってぇ!」

「いや、それは単純に通行人が偶然女性ばかりだったからだろう!」

「見え透いた嘘を! この時間帯は主婦の外出が多いと知っていたのだろう!? 子供たちが学校の時間でいなかったから良かったものを、もしトラウマを与えてしまったらどうしてくれる!!」

「アダダダダダ! 小突くな、イタァ!!」


 相手が変質者とあって自警団の面々はいつにも増して厳しい。

 マイルは「うるさいからその辺にしておけ」と宥めながら、男の素性を訝しんでいた。


(こいつ、どうやって村まで入り込んだんだ?)

 

 彼はどうやら開通した地下道路ではなく森を突っ切ってきたらしく、女性の悲鳴が村に響き渡った際はすわ転生者系の襲撃者かと村が緊張感に覆われたものだ。

 しかし、実際に相対してみると男はやけに足が遅く、変質者呼ばわりされてあわあわしている間に偶然近くにいた自警団に捕縛された。


 ちなみに敢えて犠牲者を挙げるなら、偶然窓際から彼の股間を目撃したマンドラゴラのプラネアが「目が穢れた」と訴えてきたくらいだ。仕方ないので処方箋としてマオマオが布教と称して無理矢理手渡してきたウルのブロマイドを渡しておいた。きっと効果覿面だ。


 それはそれとして、マイルには気になることがあった。

 忍者曰く、この変質者は村を通る小さな人工川から突然気配が現れてノータイムで侵入し、村の外周を警備するゴーレムにも一切感知されていなかったらしい。


(この村の警備はそうそう潜り抜けられるものではない筈なのだがな。相手が唯の露出狂だから良かったが、侵入経路は調べて対策を頼まなければ)


 相手が見せて満足するタイプの変態だったのは不幸中の幸いだった。

 とはいえ、これも立派な犯罪行為に変わりはない。

 幾ら人を襲ったりスパイするのが目的ではなかったとはいえ、自分の主人を始めとした人々に股間でブラブラ揺れるモノを見せつける様を放置するわけにはいかなかった。


「……ひとまずギルドに持って行こう。こういう事態のためにギルドが出来たんだしな」

「そっすね。オラ変態が! 何ビチビチ藻掻いてやがる。せっかく隠した股間をそんなに見せびらかしたいのか!」

「何も悪い事はしていないのに一体何を言っているんだ!? くそう、陸の人間はこんなにも考え方が異なるというのか! 神よ、これも試練か……!」


 まるで股間を丸出しで歩くのが世の常識ではないのかと言わんばかりの変態は、抵抗しても無駄と感じたのか項垂れて涙をこぼす。


 彼は発見当時から一貫して故意によるものではないと否定しているが、あまりにも服装が変態チックすぎて誰も耳を貸す気にならなかった。後で侵入方法を吐かせる必要があるので気が重いが、自警団の役割上避けて通れないのでマイルは珍しく憂鬱な気分になった。


 自警団に担がれて露出狂男が連行されていった後、彼が地面に落とした涙が光る。

 すると、近くの噴水からザバっと音を立ててレヴィアタンの分霊が顔を見せた。


『……ぬ? なんぞ覚えのある気配だな』


 レヴィアタンは噴水から脱出すると、空を飛んで光る涙を見つめ、その痕跡を追跡し始めた。


 ――数分後、市役所のギルド支部カウンター。


「断じて私は変質者ではない! これは不当な拘束だ! これは不可抗力である!」

「うるせぇ! どこの世界にパンツもズボンも穿かないのに乳首だけは隠して生活する人間がいるかってんだ!」

「我が故郷では普通だ!!」

「じゃあどこが故郷か行ってみやがれ!」

「水神の都アトランティスだ!」

「聞いたことねえよ!!」


 アトランティスと言えばその筋では有名な幻の沈没大陸だが、それは異世界での話なので自警団は当然知るよしもない。無実を訴えるわいせつ物陳列男を尻目に、マイルとギルド職員アイビーは話を進める。


「ええと……確認するよー。名前は自称ウシナミ。職業は自称『水神の巫』。国籍職業等を証明する持ち物はなし。村で発見した当時、局部を露出していたため変質者として拘束。容疑は否認。日付と時間も含めて合ってる?」

「合っている」

「私の話を聞けぇぇぇ~~~~!!」


 悲痛な叫び声を上げる局部露出の不審者を一顧だにせず二人は話を続ける。


「拘束された指名手配犯の扱いとか犯罪者の自首とかで犯罪者の護送関連は経験あるから、書類処理はお任せあれ。でもこいつの監視とかの人員がいねーから別途契約を結ぶ必要があるかも」

「村長を通してくれ。問題なければ俺たちが引き受ける」

「ごめんねー。村長さん達の間で専属契約の話が煮詰まれば次からはかなり手続き短縮出来ると思うんだけどさぁ」

「いや、出来るだけ粗のない方が良いので不満はない」

「にひひ、そう言ってくれると助かるね」


 人なつっこい笑みで笑うとアイビーは手早く書類を処理していく。

 マイルは今はこれが必要であることを理解しているため、焦れることはない。


 今現在、村長含む村の代表たちの間で村内犯罪者の取り扱いに関する話し合いが急ピッチで進んでいる。自警団を実質的に衛兵と変わらない権限を与えるためのものだ。


 今のルールだと自警団は自主的に治安維持を行なっているだけで、法的な権限や正当性を持たない。なので犯罪者を拘束してもギルド側で一度チェックを通さなければ正当な拘束という扱いにはならない。

 しかし、村が『村の治安維持のために衛兵の代理として継続的に冒険者集団(自警団メンバー)を雇う』という形にして、ギルドがこれを正式に受理すれば、この手の犯罪者の扱いをもっとスムーズに処理できるようになる。もちろんギルドの目が一度全て通ることが前提とはなるが、それはむしろよいことだ。


 自警団は一歩間違えば私刑を執行する犯罪集団にもなりうる曖昧さを内包している。犯罪組織もルーツを辿れば混沌とした環境を秩序立てる為の自警団だったというケースは少なくない。力を執行する組織としては、ギルドの中立の目が定期的に入る方が公平性が保たれてよい。

 ……ただし、自警団とギルドが癒着した状態になる可能性もあるので、それで何もかも解決するものでもない。今の時代でも、衛兵もいないしギルドも遠い辺境の村で自警団がよくない権威を振りかざすケースが散見される。


 さて、これで全ての手続きが終わり、この変質者から解放される――そう思ったときであった。


「ハッ!? こ、この神々しい気配はまさか!!」


 突如として目を見開いた変質者ウシナミが縛られたまま姿勢を正しギルドの入り口に頭を垂れる。

 何事かと思い周囲が視線を向けると、ギルドのドアの隙間から水が噴き出した。

 吹き出した水は虚空で集まり、見覚えのある女性の形状になる。

 村の悪戯神獣、レヴィアタンの分霊である。


 水気のない場所でこんな現れ方をするのは珍しいなと思っていると、彼女は床のウシナミに気安く声をかける。


『おうおう、哀れな姿になっておるのうウシナミ。可哀想に、地上の民に誤解されておるのだろう』

「水神様ぁぁぁ~~~~~~!! ああ、地獄に神とはまさにこのことでございます!!」


 ウシナミは感涙にむせび、レヴィアタンは普段見せることのない保護者のような優しい笑みでよしよしと彼の頭をなぜる。


『海の力を貸してやろう。真形しんけいを見ればこの者たちも事情を察しようぞ』


 レヴィアタンの指が光ると、ウシナミが虚空に生まれた大きな水球の中に閉じ込められる。拘束用の縄がするする剥がれて股間が見えそうだったのでマイルは静かに背中でアイビーの視線を遮った。


 しかし、その心配は杞憂に終わる。

 拘束が解かれた瞬間、ウシナミの下半身は魚になり、耳はヒレへと変貌したのだ。

 想像の埒外であったのか、自警団の面々の顎がかくんと落ちる。


「に……人魚ぉ!?」

『んむ、その通り。ウシナミは人魚の里アトランティスの神官長とも言うべき存在なのじゃ』


 自警団の面々は内心で思った。

 よりにもよっておっさんなんて、この世で一番嫌な人魚との初邂逅をしてしまった――と。

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