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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-3(1/3)

 これは近い過去、或いは近い未来に起きた話――。


 この日、コモレビ村は今までにない静寂に包まれていた。

 理由は、村で初めての死者が出たからである。


 死亡したのは晩年を静かに送りたいと引っ越してきた老婆のシュークル・エギア。

 お菓子作りが得意で、村の雑貨屋に並ぶ彼女の手作りお菓子は子供に大人気だった。

 クリストフの診断によると、死因は事件や事故ではなく老衰による自然死だった。


 フェオはこの事態に対し、即座に葬儀のための会議を開いた。

 シュークル氏は既に夫に先立たれ、子供は独立しており遠方に住んでいるという。NINJA旅団や教会に探して貰ってはいるが、彼女の遺体を長く放置する訳にもいかないので明日には葬儀を執り行わなければならない。


 しかし、ここで大きな問題が発生した。

 シュークル氏の遺言状である。


 彼女自身、自分の命がそう長くないことを察していたのだろう。自分の財産についてや葬儀の執り行いについてを書面にしたためたものが彼女の自宅から発見された。その内容は途中まではありきたりなもので、更に墓はコモレビ村に作りたいという要望もあったのだが……最後にとんでもないことが書かれていたのである。


「なんと書いてあったんですか……?」


 教会代表にして葬儀関連の知識や経験もバッチリなイスラの問いに、フェオは神妙な顔で頷く。


「……心して聞いて下さい」

「はい」

「嘗てないド派手でグルーヴアゲアゲでヘヴィーでゲキアツな葬式で送り出して欲しいと」

「すいません、疑うわけじゃないですがブンゴさんが誇張しすぎた読み取りをした訳じゃないんですよね?」


 余りにもとんでもないの方向性が違いすぎる内容にイスラは即座に遺書の内容を疑ったが、フェオはぴくりとも笑わず真顔で疑惑を否定する。


「ブンゴさんの鑑定によるとシュークルさんはヒートビートハートという音楽の聖地とされる町の出身で、元々そういう趣味だったみたいです。家の地下の貯蔵庫を改造して音楽部屋にしていたのか中にはギターやドラムなど激しめの楽器がずらりと……昼はお菓子を作った指で夜は弦を弾き散らかしてたとのことです」

「嘘でしょ!? あのお婆ちゃんそんな趣味あったの!?」


 教会にも差し入れのお菓子をよく持ってきてくれた柔和な老婆がギターをかき鳴らしてドラムを叩き回す様が想像できずにイスラはショックを受ける。別にショックと言ってもシュークルが何か悪いことをしていた訳では一切ないが、知ってる人物の知らない側面が彼の脳内で解釈違いを引き起こしていた。

 フェオは既に一通り驚き終えた後なのかあくまで冷静だが、それはそれとして困った様に遺書の最後を指でなぞる。


「文には『最期までロックでありたい。あの世に殴り込みという体で頼む』と……」

「遺言とは言え無茶苦茶仰るなシュークルさん!?」


 彼女の住んでいたヒートビートハート(ハジメ曰く絶対転生者の作った町)ではこういった葬儀は当然なのかもしれないが、世間一般の葬式は騒がしさとは無縁でしめやかに執り行われ、死者の冥福を祈るものである。

 シュークルの望むド派手でグルーヴアゲアゲでヘヴィーでゲキアツな葬式は世間の葬式観とは余りにもかけ離れすぎていて、下手をしたら葬儀参加者が不謹慎だと怒り狂うかも知れない。

 しかし、シュークル自身はその不謹慎を望んでいる。

 しかも、遺言には残った口座預金を全部葬儀にぶっ込んで欲しいとまで書いてある。せめて遺族が判断を示してくれると嬉しいが、とんだロックンロールお婆ちゃんである。


 と――会議室のドアが開き、ジライヤが吉報を知らせる。


「フェオ殿! シュークル氏の孫のネルファ・エギア氏とコンタクトが取れたでゴザル!」

「ほんと!! それで、遺族はなんと言ってるんですか!!」

「自分が責任を持って爆アゲシャウトであの世へのカチコミにエールを送ると言ってるでゴザル!!」

「あーはいはい同じ血筋ですもんねー!! その可能性考えるべきでしたよねーーー!!」


 不謹慎葬儀、開催決定。




 ◆ ◇




 葬儀当日、教会前には吶喊で整えられた野外ライブ会場が出来上がっていた。

 村で初の葬儀であることと生前のシュークルの人柄の良さから、ほぼ村の全員が参列する勢いで人が集まる。一応は本人の希望で大好きだった音楽を彼女の孫娘が派手に鳴らすという説明をしているが、殆どの参列者が「意味分かんないけどまぁ葬儀はやるんだし……」と首を傾げながら曖昧に了承しているのが現状である。


 先日までこの葬儀に難色を示していたイスラは今現在は立場を逆転させている。


「シュークルさんの思念はまだ現世に留まっている。彼女は本気で最高の歌を聞きたがっているんじゃないかな」


 死者の安らぎに真剣に向き合ってきたイスラは、ありえない葬儀に意義を見出し始めていた。彼が言い出したら止まらないことを知っているミニマトフェイと後輩聖職者のセアティーユも口を挟まない。

 ただし、聖職者組には心配事もあった。

 空を見上げたセアティーユがぼやく。


「こんな大事な日に限ってお天道さんがご機嫌斜めなのは気になりますねぇ」


 見上げた先にあるのは、今にも降り出しそうな分厚い雲。

 いくら村に天候を安定させるセントエルモの篝火台があるとはいえ、天候を人間の思いのままに出来る訳ではない。大雨が降ればコモレビ村にだって雨は降る。そうなると会場は屋内にせざるを得ず、そうすると参列者が一度に入れる人数は限られ、ド派手な見送りというシュークルの望みが叶わない可能性がある。

 マトフェイが「こればかりは仕方がないことです」と割り切るよう促す。


「雨雲を一時的に退けることくらいは出来るかもしれませんが、葬儀の間ずっと空で大爆発を起こし続けるような馬鹿な真似をしなければならなくなります。それはそれで派手ではありますが、物理的な爆音と爆風で肝心の音楽が台無しです」

「せめて祈ろう。もうお孫さんの準備は殆ど出来てるみたいだし」


 聖職者達の視線の先には、シュークルの孫のネルファ・エギアの姿があった。

 まだ十二歳だという彼女は幼く華奢な体躯を華やかな衣装で彩り、メイクを終え、利発そうなぱちりとした目を見開いて特殊な消音空間で遠くまで声が響かないよう歌唱練習をしていた。


 結局、彼女以外の親族は物理的な距離が原因で葬儀には間に合わなかったのだ。

 この世界では死者はなるべく早く弔うのがしきたりであり、破天荒な葬儀を頼んだシュークルも家族と離れて住む以上は覚悟の上だっただろう。


 ネルファを見つめる視線は他にもある。

 仕事をキャンセルしてまで葬儀のために村に戻ったハジメだ。


「シュークルさんの孫があの歌姫ネルファとはな」

「有名なんですか?」


 フェオは初めて聞く名前だったが、ハジメは神妙に頷く。


「その道ではな。伝統音楽界からは異端扱い寄りだが、ヒートビートハート町では数年前から希代の歌姫と名高い。彼女のコンサートは一度開かれればたとえ最初は観客がガラガラでもコンサートが終わる頃には歌声に魅了された人が集まって満員になっている、ともっぱらの噂だ」

「そうなんですよ! 流石ハジメさんよく知っていらっしゃる!」

「わっ、ルミナスちゃんテンション高っ!?」


 普段大人しいマリアンの弟子ルミナスが興奮を露にアフォゲを∞の形に振り回して会話に割り込んでくる。


「精霊のような神秘的な歌声から愛らしい声、そして時には勇ましい雄叫びまでその声色は変幻自在! 作詩作曲歌唱全部を一人でこなし、歌声に乗ったメッセージ性はまるで頭の中に演劇のワンシーンが浮かぶかのよう! 表現力、歌唱力、更にはビジュアルまでも全てが揃ったまさに完璧な歌姫ッ!!」

「あっちゃ、始まっちゃった」


 鼻息荒く歌姫ネルファについて熱く語る愛弟子に、マリアンが肩をすくめて苦笑いする。


「一昨年くらいに『聖女戦争』を見物に行って以来、ルミったら歌姫にお熱なの」

「一昨年といえば彼女のデビュー年だった筈だ。俺は歌は詳しくないが、確かに生で聞いた彼女の歌声にはすごいエネルギーを感じた。そのときの俺は別の聖女の護衛任務で偶然近くにいた程度だったが、それでも印象には残っている」


 『聖女戦争』とは、国内で最も人気のある女性を決定するため各々の聖女という名の推しを担ぎ出すファン同士の祭典である。選ばれる女性には特に選定基準はなく、一流料理人だったり踊り子だったり高位冒険者だったり、とにかく大勢のファンがいればなんでもいい。

 というか、ファンが勝手に担ぎ出すので聖女側からすると結構迷惑な場合が多い。しかも聖女と言いつつたまに女の子と見紛うビジュアルの少年も参加させられるなど、絶対ふざけた転生者が作ったイベントだろと言いたくなる。


 ネルファは二年前、なんと10歳の若さでこの『聖女戦争』に担ぎ出された。

 これほど幼い聖女は異例であり、それ以上にファンの熱気が凄まじかった。


 そのネルファは既に現地入りしており、入念なリハの末に喉が仕上がっていた。


「ら~~♪ ウゥ~~~♪ ん~チ゛ェストォォォォッッ!!! ウラァ、準備万端!! いつでもいけるぜバァちゃん!!」


 後頭部を大きなリボンで飾った幼い体躯と歌姫らしい綺麗な衣装からは想像もつかないデスボイスを発射してやる気満々にマイクを握った肩を回すネルファのお転婆極まる姿に、フェオは「あれで歌姫……?」と引き気味で、逆にルミナスはアフォゲの回転率が三割増して極小竜巻を発生させながら「生デスボ!!」と興奮しきりであった。

 今ばかりはこの弟子に呆れつつ保護者視線なマリアンがきちんと師匠やってるように見える。不思議な事もあるものだ。

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