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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-2

 これは、エルヘイム騒動の前後のどこかにあった物語――。


 ハジメにはそういうのはないが、転生者は転生前の世界にきっぱり未練を断ち切ってこちらの世界に来ているとは限らない。

 現代日本のアニメや漫画の完結を見ずにやってきた転生者たちの怨嗟の声が女神の救済措置を生んだように、嘗ての世界にはあったがこちらにはないことが耐え難いという人は時折いる。


 例えばある日、ブンゴが死んだような顔をしていたので理由を聞いてみたところ、「追いかけてた作者が病死して漫画が未完に……」と消え入る声で呟いた。


 別の日、アマリリスがるんるん気分だったので理由を聞いてみたところ、「絶対アニメ化しないと思ってた作品がアニメ化したんです!」と満面の笑みでオタクトークされた。


 さて、お気づきだろうか。

 漫画や小説はともかく、アニメって異世界で見られるの? と、いう疑問に。


 結論から言えば、異世界でもアニメやゲームをやる方法はある。

 幻影魔法を組み込んだ魔導書によるものを神が提供しているのだ。

 得体の知れない幻影を見せる本という曰くつきのため、転生者しか飛びつかないし理解出来ないものだ。

 カルマ曰く、実際に作ることも出来るそうだが、世界の法則や技術力を考慮すれば幻影魔法でやった方が無理がなくていいんじゃないかとのことだ。


 そんなこんなで転生者たちは自分たちの好きな作品の籠められた魔導書をコレクションしている。コモレビ村の元オタク転生者たちもその限りではなく、たまにがっつり時間を作ってゲームに入り浸っていることがある。


 さて、そんなアニゲー魔導書は共に沼にハマる者がいれば尚楽しくなるもの。

 彼らは時折現地人をその沼に引きずり込もうとする。

 ただ、彼らの理解を超えたものであるため全然浸透する気配はない。


 そんなある日、村に査察名目で遊びに来ていたコトハ――ルシュリア王女直属の調査官で、転生者でもある――が興味本位でベニザクラに魔導書を押しつけてきた。


「ベニちゃん桜花乱舞って技使うんでしょ!? このゲームにおんなじ名前の技使うキャラ出てくるから! 絶対ベニちゃんも好きになると思うから!」

「えぇ……こんなもの触ったこともないのに?」

「ダイジョーブダイジョーブ、レクチャースルヨー!」


 曰く、他に作品について語り合える転生者がいないので押せば落とせそう(偏見)なベニザクラに目をつけたらしい。

 もちろん現地人はアニメやゲーム――この場合のゲームとはテレビゲームやPCゲームを指す――に無理解なので、ベニザクラは概要を聞いただけではピンとこなかった。


「架空の世界の架空の人物を実際に動かしてストーリーを追体験する……?? 想像もつかないな」

「やれば慣れるって、やれば!」


 こうしてベニザクラはゲームの世界に半ば強引に引きずり込まれた。


 ……そしてハジメが仕事を終えて家に帰ってくると、何故かリビングでベニザクラは号泣していた。


「う゛わ゛ぁあぁぁぁあああああ!! こんな……こんな残酷で悲しい話があ゛る゛な゛ん゛て゛ぇぇぇぇぇぇ!!」


 コトハ他数名がなんとか宥めようとしているが、クッションをびしょびしょに濡らして泣きわめくベニザクラの謎の悲しみは収まることを知らず、結局夕食の時間になるまで彼女は泣き止まなかった。


「おいコトハ、おまえ一体何させたんだ」

「いやぁ、ただゲームさせただけですヨ?」


 彼女の視線を逸らしての言葉にブンゴ、ショージ、アマリリスが疑念を叩き付ける。


「それキャッチコピーが『抗え、最期まで。』だったり『どうあがいても絶望』だったりしない?」

「まだゴールしたらあかんやつじゃないだろうな?」

「推しが次々に死ぬデスゲームとかだったら怒るよ?」

「や、やぁだなぁ。そんな最初から人を苦しめたり泣かすものじゃないですヨ? ……ただちょっと序盤にヒロイン的女の子が死ぬだけで」

「「「ダウトォォォ!!」」」

「アッ、イタッ、いや入り口ちょっと地獄だけど物語全体を見ると滅茶苦茶名作なんです!! お願いです信じてください!! アッーー!!」


 割と容赦なくリンチにされて変な悲鳴をあげるコトハ。

 よりにもよってベニザクラを泣かせたということで周囲の当たりが強い。

 ハジメも純真な彼女に何してくれてんだという憤慨がちょっと湧いたので止めなかった。


「とってもたのしいげーむだよニチャアじゃねえんだわ!」

「そういうのはちゃんと相手選んでやれや!!」

「推しゲーの押しつけでベニちゃん泣かしてんじゃないわよ!!」


 その日は珍しくコトハの連れのブリットが彼女を助けてあげたが、結局ベニザクラが「悲しいけど続きは気になる」と言い出したので彼女は顔がじゃがいもみたいにボコボコになる程度で済んだ。


 ――それから数日をかけてベニザクラは泣いたり喚いたりしながらゲームを最後までやり遂げてると、それまでの時間を取り戻すように剣術の練習に励むようになった。


 以前に両親の形見の夫婦刀を巡ってシズクと争う為にレベリングしたベニザクラはレベル70を越え、冒険者としては最上位に手をかけん勢いだ。そんな彼女が最も多く刃を交えるのはNINJA旅団のツナデである。


 ツナデはベニザクラよりレベルが上で体術、剣術、変則的な魔法など多彩な戦術を使い分けるため訓練相手として申し分ない。

 ツナデも仕込み義手込みの変則二刀流剣士という特殊な近接タイプでありながら真っ当に強いベニザクラはやり応えのある練習相手らしく、しばしば付き合っている。


 とはいえ、あのライカゲの弟子であり対転生者を含む実戦経験も豊富なツナデの実力は極めて高く、ベニザクラは今まで一度も彼女に土をつけたことがない。


 その歴史が僅かとは言え覆す出来事が起きたのは、なんてことのない昼下がりのことだった。


「まだまだ近づかせにゃいよ~ん! 土遁・剱岳修験道!!」


 訓練場の足場を貫いて先端の鋭く尖った岩が次々に突き上がる。

 似たような効果の土属性魔法はあるが、殺意溢れる鋭利さは忍者特有だろう。

 ツナデは体術で跳ね回り分身を交えながらこうした術を平然と発動させてくるので極めて対処が難しいが、ベニザクラほど挑み続ければ対処能力も向上する。


「八艘刃駆!!」

「にゃんと!?」


 突き出した棘の側面を足場に高速で接近してくるベニザクラにツナデは驚嘆の声を上げる。

 八艘刃駆は本来高速移動しながら次々に八連撃を叩き込む刀スキルだが、ベニザクラは高速移動の際に足に乗るバフだけを利用して回避に転用したのだ。

 しかも、これは次々に突き出る棘にリアルタイムで対応して絶妙な足の角度と体捌きを連続成功させなければ自滅一直線の神業。レベルでは図りきれない彼女のセンスが実現させる超絶技巧である。


「本当に大したおんにゃ! しかし!」


 足止めの筈が一気に接近を許したツナデだが、彼女は八艘刃駆のスキルの性質上彼女が棘を蹴って回避出来る階数を即座に見抜いていた。カウンターは可能――そのとき、何かに気づいたツナデはバク宙してその場を離れる。

 直後、彼女のいた場所にベニザクラの戦闘義手『灼』の巨腕が鋭利な爪を煌めかせて降り注ぎ、五爪で地面を抉り抜いた。


「あっぶにゃあ!?」

「鬼の袖引きだ」


 にやりと笑うベニザクラの手は、いつからか義手が外れていた。

 彼女の戦闘義手『灼』は、関節部分を自らのオーラで繋ぐ性質上、義手をオーラで大型に疑似変形させることが出来る。彼女は神懸かり的な回避をしながら、並行して義手による不意打ちまで用意していたのだ。


 ツナデには寸でのところで気づかれたが、忍者相手に一瞬で択を迫るだけで大したものだ。まして、彼女の爪に対応することでツナデはベニザクラを迎撃するタイミングを潰されてカウンターに失敗している。アドバンテージで言えばベニザクラの立ち回りの勝利だ。


 これによって一瞬だがツナデはベニザクラの直接攻撃に対応しなければならない土俵に引きずり出された。ベニザクラの踏み込みの鋭さと成長具合からして、のらりくらりと回避することはもはやレベル差があっても難しい。


(ならば迎撃するまでのことにゃ!!)


 ツナデは術を得意とするため他の忍者に比べてやや近接戦闘能力には劣るが、当然その欠点に自覚のあるツナデは体術を鍛えてある。あらゆる武器への対抗を前提とした彼女の体術は、その柔軟性において他の忍者に決して劣るものではない。


 ツナデが忍者刀を逆手に自己バフで近接戦闘の準備を整えると同時、ベニザクラもパーソナルスキル『残桜』を発動させる。

 二人のオーラが収束し、次の瞬間に爆発した。


 先に剣を抜いたのはベニザクラ。

 愛刀『風花』と、大太刀『来光』の二刀が深紅に煌めく。


「桜花ッ!! 天 繚 爛 舞 ッ!!」


 初めて聞く、恐らく彼女のオリジナルスキル。

 ツナデはその一挙手一投足に全神経を集中させ、受けの姿勢に入った。

 ベニザクラに勝ちを譲る気はないが、リーチではあちらが上だ。

 この距離で彼女の懐に自ら飛び込むより、動きを見切って一気に突き崩した方が堅実だと彼女は判断した。


(反応速度はこちらが上! 先手を取らせ、後手で勝つ!)


 レベル差に打ち克つ為にベニザクラは反撃の余地がないほどの連撃を叩き込んでくる――ツナデの読みは正しく、彼女の芸術的なまでに迷いのない斬撃が乱れ飛ぶ。予想外だったのは、大仰な名前にも拘わらず初撃が真正面ではなく姿勢を崩しにかかるような角度の乗った斬撃であったことだ。見慣れない軌道から放たれるそれをツナデは最小限の動きで躱し、続く連撃の隙をうかがい、勝機を取りに――。


「――フギャンッ!?」


 ――彼女は、気づけば大地に叩き付けられていた。


 鼻先に突きつけられるのはベニザクラの刀。

 勝負は決まった――かに見えた途端、ツナデの身体がどぼん、と水面に落ちるように地中に消え、ベニザクラが足場ごと突き上げられた。完全に不意を突かれたベニザクラが姿勢を正そうとした瞬間に分身ツナデが一斉に殺到した。分身が分身を踏み台に縦横無尽の空間殺法を繰り広げ、一瞬でベニザクラは捕縛されてしまった。


「ぐおっ、そんな動きが……まいった! しかし、土はつけられたのでいい気分だ」


 達成感が滲むベニザクラが地に伏しているのに、勝利を手にしたツナデが悔恨を露に頭を掻きむしって叫ぶ。


「んあ~~~! この戦法は当分見せる気なかったのに、してやられた~~!!」

「流石は忍者、やはり奇策を色々と隠し持っていたな。あれは初見で対応しきるのは難しい」

「そりゃこっちの台詞よ! とんでもないスキル編み出してくれちゃってぇ……すー、はー……試合に勝って勝負に負けたとはこのことにゃ」


 いつもの猫口調が抜けるほど悔しがったツナデは深呼吸して気を取り直し、オーバーに肩を落とす。

 今の戦法はレベル差や鍛錬の性質を鑑みて彼女が自ら封じていた戦法だった。それをベニザクラの新技で無理矢理引き出させられたので、勝ち方としては修行不足と言わざるを得なかった。

 逆にベニザクラはまた一歩ツナデの強さに近づいたことを素直に喜んでいる。

 彼女の拘束を解いたツナデは、先ほどしっかり躱した筈のベニザクラの攻撃の痕を指で触る。互いに峰打ちスキルを使用していたとはいえ、そこにはしっかり赤い腫れが出来ていた。


「あれ、何やったのにゃ?」

「シズクに勧められたげぇむというやつは、物語は悲しかったが戦いの要素も多くてな。そこで気になったのが『崩し』という概念だ。聞けばあのゲームだけではなくいくつかのゲームには相手の姿勢を崩すことでより戦いを優位に進められるものがあるらしい」

「まぁ、足場崩しは実際有用だけども。言うは易し、行うは難しにゃよ?」

「うん。現実には相手が同格や格上ならば太刀筋で狙いを見抜かれてしまい、真正面から相手の姿勢を崩すなんてほぼ無理だ。力押しで押し切った方が合理的だろう」


 ツナデはそこで気づいたのか、手を叩く。


「そっか、それで『残桜』を!! い、いやらしぃ~~~~!! 避けても防いでも『残桜』は時間差で襲ってくるから、相手が逃げたり距離を取らない限りはいつか絶対姿勢崩せるじゃにゃいの!!」


 達人ほど最小限で動きを回避するが、最小限の動きでは『残桜』の効果範囲に留まることになる。防御は更にそうだ。かといって派手に逃げればそれはそれで「動かされた」状態となり――。


「逃げられてもやりようもある。こいつとかな」


 かなりリーチを伸ばすことの出来る『灼』をぎちぎちと鳴らしてみせるベニザクラの不敵な笑みに、ツナデはこの友人が末恐ろしくなった。鬼人は戦いの申し子とはよく言われるが、感涙の物語からも戦いに有用な発想を見出して実際にしてやられたのだからたまったものではない。

 とはいえ、ツナデも簡単に追いつかれるつもりはないし、何より忍者の真骨頂は情報収集能力にこそある。


「すごいにゃあベニは。ほんじゃ、もっと強くなれるようにベニの大泣きしたゲームの続編も是非遊ばにゃいとにゃあ!」

「ウッ! そ、それは暫くいい! 話が進むほどに胃の奥がじりじり絞られるようなあの感覚はそんなに頻繁に味わいたくない!!」


 先ほどまでの威勢はどこへやら、急に弱気になるベニザクラ。

 ツナデが意味ありげに指をわきわきさせて迫ると、彼女は「た、助けてくれハジメぇぇ~~~!!」と情けない悲鳴をあげて逃亡したのであった。


 ちなみにこのあとベニザクラは人目も憚らずハジメに飛びついたものの、ツナデが途中から追いかけてきてなかったせいで急に甘えに来た感じになってしまい羞恥で顔が真っ赤の目がぐるぐるになったという。

 それはそれとしてヤケになってハジメにデロデロに甘えた。

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