断章-1 変わるもの、変わらないでいたいもの
大人と子供の区分とは何を以て分かたれるのだろうか。
子供ながら達観した感性の持ち主もいれば、大人になっても幼稚なままの人間もいる。法律はただ年齢のみを以てして大人と子供の区別をつけるが、『いい大人』である筈の人間が駄々っ子と区別のつかない瞬間があるのが世の真実である。
「とゆーわけで、ワレワレは大人のガイネンに反逆する!!」
「「「うおおおおおお!!」」」
クオン、フレイ、フレイヤ、ルクスは決起集会にて雄叫びを上げて腕を振り上げた。
一通り叫んだところでフレイが首を傾げる。
「で、これはなんの集まりなのだ?」
「まあ、お兄様! 趣旨を理解せずにノリで盛り上がっていたのですか!? そんな底抜けに明るいお兄様をフレイヤはお慕いしておりますので何の問題もありませんわ!」
「だーめだこれ」
いつもの双子に呆れたルクスが首を横に振る。
「魔王軍がいなくなってからというもの、俺たち秘密冒険隊の仕事が激減しただろ?」
「うむ、これでは魔王軍の小規模拠点に雑に大魔法を叩き付ける冒険がもうできない」
「というか倒すべき敵が減ったせいで我々の活動の浅さが露呈しているだけなのですが」
「自覚あるんかい……でもまぁそういうことだよな。俺ら暇になっちゃったんだよ」
「そうだよ! もう迷いの森の周辺は行ける範囲を行き尽くしちゃったよ!」
何故クオンがさも不満ありげに頬を膨らませるのかと言えば、それがハジメに遠回しに「それ以上遠くに行ってはいけません」と告げられた範囲を探検し尽くしたことを意味しているからだ。
これ以上は大人になってからか保護者同伴じゃないと認めません、と、他ならぬハジメに釘を刺され、更には保護者扱いでいいんじゃないかと思っていたグリンも範囲外までは連れて行ってくれない。
変なところでルールを遵守する彼らの活動は行き詰まっている。
そこで、クオンは奇策に打って出ることを決意した。
それこそが、先述の「大人のガイネンへの反逆」――すなわち大人化である。
ルクスはその話を聞いたとき、予想もしなかった発想に興奮した。
「すごいアイデアだよ。絶対無理だと思ったことをやるなんて! それで、どうやって大人になるんだ!?」
「ふふん、見ててよ……」
不敵に笑ったクオンは両手を高らかに掲げ、「へんしんッ!!」と叫ぶ。
すると、彼女の全身が光り、子供の身体がむくむくと成長していくではないか。
身長はあっという間にフレイ達を追い抜き、髪が美しくたなびき、そして身体の膨張について行けない服を引きちぎって豊満なバストとヒップがわがままにも存在を主張する。
そこには、世界一の美女だと言われても誰も疑わない神話級の美を内包した竜人の美女の裸体があった。
「どうだ!! これで誰がどう見ても大人でしょう!」
確かに、今のクオンは二十代と名乗っても怪しまれないだろう。
が……見せつけた相手の一人、ルクスが鼻血の海に沈んでいることに気づいたクオンは「あれ?」と首を傾げる。
「どったの、ルクス?」
「おお、なんということだルクス。大人の魅力の刺激が強すぎて先ほど鼻血を吹いて意識を失ってしまったようだ。なぜ断言できないのかというと、フレイヤの茶目っ気で視界が塞がれているからなのだが」
なんとなく状況は察しているフレイの目はエルフのまじないが施されたスカーフで見事に塞がれている。目を隠した下手人のフレイヤはお冠だ。
「いけませんわお兄様、嫁入り前の女性の裸体をじっくり見るなどエルフの掟が許してもこのフレイヤが許しません! というわけでクオンは服をどうにかしてくださいまし! ルクスはこちらで治療しますので!」
「あ、そうだった。うっかり!」
「あと貴方、声が大人になってなくてよ?」
「ほんとだ! あー、アー、アァ~~~~~~……チューニング完了!」
確かに艶のある大人の声になったが、そういう問題ではない。
閑話休題。
目撃した美の暴力により前後の記憶が軽く飛んでしまったルクスは、ひとつの壁にぶち当たる。
「俺、どんなに頑張っても変身できないんだけど」
三、四回くらい頑張って「ヘンシン!」と努力してみたが、全くルクスの身体が大人になる気配はない。そんなこと大人なら誰でも不可能だと分かる話なのだが、ここはツッコミ不足の子供空間である。
「おかしいなぁ」
首を傾げるクオンは空間魔法で無理矢理服を修復・拡張してなんとか大人の姿になれたが、それは彼女が神獣だからできる技である。変化の術を習得していないルクスは真似出来ない。というか、変化の術自体が忍者スキルの中でもかなり上位なので当分できそうにないのだが……。
「ねえ、フレイとフレイヤは変身できる?」
「さっき試して見たが上手く行かなかった。もしかしたら竜人にしか出来ないのかも」
「そういえば竜人は竜覚醒なる変身能力がありましたわね。なんか現地で見たのと違う気もしますがきっとお兄様の言う通りですわ!」
この妹、薄々気づいているのに兄にダダ甘である。
「どちらにせよルクスを仲間外れにしてしまっては意味がない。ここはエルフの幻覚魔法でなんとかしよう! フレイヤ、合わせよ!」
「お任せあれお兄様! まずは我々が大人になった幻想を魔法で形作りましょう!」
二人の周囲を煌めく魔力光が覆っていく。
何故か虹色みたいな見たことのないエフェクトも散らせて二人の全身が真っ白なシルエットへと変わる。クオンとルクスは神秘的な光景に目を輝かせた。
「すげー! きれー!」
「一体二人はどんな姿になっちゃうの~!?」
やがて光が収束していくと、そこには大人になったフレイとフレイヤの姿が――!
「どうだ!」
「大人になってます!?」
「……まぁ、一応はなってるけど」
「……なんかちがーう」
ルクスとクオンのリアクションが微妙な理由。
それは、二人の姿が、彼らの語彙では上手く言い表せないが、違う感じになっているからだ。
まつげは過剰なまでにバチバチ、顔に占める瞳の割合が増加し、鼻は先端があり得ない鋭角的尖りを見せ、立体的な存在な筈なのになんとなく平面っぽい。背丈服装は立派なものだが、主に顔が大人子供以前の違和感の原因だろう。
転生者の言葉で言うならば、画風が少女漫画。二次元の世界から直接抜け出してきたような、住んでいる世界が根本的に違うと思わせる強烈な違和感のある姿だ。
鏡を見て自らの姿を確かめた二人はう~ん……と唸る。
「大人になった自分を形作るイメージ力の限界のようだな、フレイヤよ」
「遺憾ながらそのようですわ、お兄様。今のお兄様の姿もお美しいですが、身分を隠すのに適した姿になるのは少々骨が折れそうです」
大人になった自分の造型を頭の中だけでリアルに構築するのは、如何に天才といえど幼子には難しかったようだ。誰か指標になる人物をコピーするなら不可能ではないが、それでは目指すものにそぐわない。
結局、四人はその後暫く様々な方法を試したが上手く行かず、一時間も経たずに模索に飽きてしまった。
「結局、誰か大人に頼んで連れて行ってもらうしかないのかぁ……上手く行くと思ったのになぁ!」
「実際ちょっと惜しかったけどな。クッソ~、姉ちゃんをびっくりさせたかったのに!」
「それで、今日は結局何処へ行くのだクオン?」
「わたくし、天使の住まうという空の島に行ってみたいですわ! 友好条約なるものが結ばれたので行っていい場所の筈でしょう? クオンも以前行ったときは充分に回れなかったそうじゃないですの」
「確かに! そしたらえっと、急に押しかけたらビックリしちゃうからまず天使の人に連絡しないとね! 多分念話でいける筈……」
クオンはその気になれば一度行った場所には転移も出来るが、天使の人を驚かせてはいけないという一種の礼節を考える余裕はあった。ハジメと天使族はホットラインで繋がっているのだから、念話が届かないということはない筈だ――。
『――なつかしい、気配だ』
『え? ……天使の人じゃない。だれ?』
たおやかな印象のあるゆったりとした声に、クオンは困惑した。
座標や方角的に念話の相手はベルナドットか天使族の里の通信機に繋がる筈なのだが、もしや混線したのだろうか。
『ごめんなさい、違うところに繋げちゃったみたいです。すぐ切りま――』
『……ああ。なるほど。いや、切らなくていい。こちらで切り替えるよ。ベルくんでいいかな……?』
『う、うん……』
『――では、ぼくはまた眠りに就くよ。ああ、それと……レヴィアタンに、眠りを妨げないでくれてありがとうって伝えて……それじゃ、遙かなる刻のどこかで再会しよう、祖なる竜よ――』
言うだけ言って声が途絶えると、念話先がベルナドットの気配に切り替わる。
『いやはや、あの方から連絡が来たときはいったい何の非常事態かと思いましたよ……機器の混線ですか。神獣の念話ではこんなことも起きるとは、よい経験になりました』
『いまのひと、だれなの?』
『寝るのが好きなんです。出来ればそのまま寝させてあげてください。それで今日は一体何のご用ですか、クオンさん?』
『あ、うん。実はね――』
結局、ベルナドットはクオン達の浮遊島探検を引率つきの条件で快諾してくれた。
天使族の案内人もついたが、四人は幻想的な雲上島の光景と遺跡を冒険し尽くすことが出来た。特にルクスはこの島をいたく気に入ったようで、「ここに来てから翼の調子が凄くいい!!」といつも以上に華麗に空を飛び回ってははしゃいでいた。ここにはハルピーにとって心地よい要素が多いようだ。
「元気そうですわね、ルクス」
「ああ。大人化計画で役に立てていないのを気にしてたみたいだが、見事な飛行だ。ここは翼ある者にとって絶好の訓練場なのかもな。クオンも飛んでみたらどうだ?」
「え? ううん、今はルクスの番かなって」
クオンももちろん楽しんだが、浮遊島を巡るうちにあることに気づいた。
(そうか……そうだったんだ。混線した原因、貴方だったのね)
最初に来たときは気づかなかった。
レヴィアタンは知っていて起こさなかったのだろう。
彼――或いは彼女かもしれない――は、寝ながらも自らの周囲の情報は知ることができたのだろう。卵の中で学習していたクオンと同じように。
どうしてそんなところに留まっているのか、名前は何なのかなど様々な疑問はある。しかし、望んで眠り続けている相手を強引に起こしてまで聞き出そうとするほどクオンも無神経ではない。
(いつか目が覚めたらお話しようね――蒼穹を揺蕩うおねむな神獣さん)
浮遊島の中央で寝息を立てる何者かに、クオンは念話や音として伝わらないよう心の中でそっと呟いた。




