35-8 fin
会議の終了後、ハジメはNINJA旅団のアジトがあるツリーハウスでライカゲと隣り合い、意見を交わしていた。
「随分と大仰な話に首を突っ込むことになったものだ。魔王軍の秘密が斯様に業深きものであったとはな」
「旅団では『躯』のことは?」
「掴んでおらぬ。徹底的な口止めだ。もしかしたら情報を知った時点で口外すれば死ぬ呪いなどを十三円卓議会は代々保持しているのやもしれん。そうでなければもっと大掛かりな諜報機関の類がなければこれほど情報を秘匿するのは困難だ」
「今更だが、お前らが諜報機関の役割を果たしてなければこの村はここまで戦えなかったな」
「合縁奇縁よ。しかし、新弟子の修行は急がねばならんな」
これからNINJA旅団はより高度な仕事を求められることになる。
少数精鋭の彼らにとって、新弟子ダンゾウがものになればかなり動きやすくなるだろう。
「おぬしはどうするつもりだ?」
「散財」
「貴様……」
「――を、通して村と外との縁を繋いでいこうかと思う」
一瞬呆れたライカゲだったが、今までと違う明瞭な目的意識に目を細める。
「外交でもする気か?」
「まぁ、似たようなものかもしれん。今までは依頼に合わせて外に出ることが多かったが、これからはより能動的に世界の問題に目を向け、足を運び、可能なら解決に協力する」
「動けば十三円卓は余計に警戒するぞ?」
「もうされてる。どうせ疑いの目が晴れる見込みなどないのだから勝手に怪しめば良いさ」
「ふっ……潔い男になったな」
「そう言われるのは悪くない気分だ。最近そう知った……と、そういえばひとつ伝えなければいけないことがあった」
今日までの間にかなりの密度の情報伝達があったにも拘らず、わざわざ「伝えなければいけないこと」として二人の会話の際に持ち出す内容。ライカゲはハジメの言葉を静かに待つ。
「村に和食の美味い店が出来た」
「そういうことは早く言え!」
(食いつき強っ……)
この日から食事処『風光明媚』に謎のハイテンション太客が訪れるようになったが、周囲はまさかあの寡黙なライカゲが変装した姿とは思わず「物好きな人だなぁ」と誰も気づかなかったという。
それが周囲の目を誤魔化す完璧なカムフラージュなのか、それとも日本大好きアメリカ人の生来の姿であったのかは永遠の謎である。
◆ ◇
数日後、ハジメは数人の村の人間と共にサンドラの故郷から比較的近い別のモノアイマンの里にいた。
なかなか辺鄙な場所ではあったが、十三円卓が急遽拵えた道路があるおかげで楽が出来た。ただ、頻繁に転移台のない場所へ赴くうちにハジメは竜騎士ジョブに興味を持ち始めていた。
(単独行動の際は自力で爆走すればよかったが、ルシュリアの部下の竜騎士が操るワイバーンは人間三人を乗せても十分な速度を出していた。いざとなればワイバーンに人を運ばせて俺がそれを守るという運用は出来そうだ)
竜騎士は前衛の幾つかの武器に加えてテイマーとしての経験も積む必要があり、単独で戦う上に複数の武器を浮遊させ使役できるハジメには不要という先入観があった。
しかし、ハジメは剣術の極みとされる『剣聖』のジョブがとうとう解放され、剣の方面ではもう伸びしろの限界が見えている。実際に活用するかどうかは別として、習得する価値はある。
それはさておき、今は目の前の仕事に集中すべきかとハジメは頭を切り替える。
この里はサンドラの故郷に比べれば資源が多いが、農地に向いた地形ではなく狩猟が盛んだ。そんな彼らの元にハジメがやってきたのは、散財――もとい、投資のためである。
彼としては物足りない2800万Gの費用をかけて村に作り出したのは、本格的な薬品工房だ。この土地は薬草が豊富で彼らもそれを活用していたのだが、設備と知識の不足で効果の低い薬ばかりを作っていた。
普通はそれでも錬金術師や職人系のジョブに就けば段々上達するものなのだが、モノアイマンたちはジョブの概念や神の最低保証に関する知識もあやふやでずっとそのことを知らなかったらしい。
そこでハジメ達コモレビ村は友好都市協定を結び、薬品関連の施設の建設や薬学知識の手解きを行なう代わりに、ここで作られた薬をコモレビ村が優先して購入することで同意した。
勿論、購入価格は適正価格。
工房の薬師たちの練度が安定するまでは売れ残りの薬を責任持って全部買い取ることになっている。
工房の入り口から中を覗くと、現地職人一の腕と言われるモノアイマンの少年クレピオがハジメを見かけるなり人なつこい笑みで駆け寄ってくる。クオン達より年上だかフェオ達よりは年下という絶妙な幼さだ。
「ハジメさん、いらしてたんですね!」
「ああ。工房がきちんと機能しているか不安で様子見に来たが、見た感じ問題はなさそうだな」
「問題だなんてとんでもない! 調合器具の緻密さ、揃えられた薬学書、薬草栽培室! ここの設備はまるで未来の技術ですよ! 自分、あんなに作るのが大変だったハイポーションを簡単に作れるようになってきたんですよ!」
「熟練度が上がっている証拠だ。もうすぐ新薬のアイデアも閃くだろう」
クレピオは工房が立ち上がった際から人なつこい犬のようにコモレビ村の面々に懐いており、いっそ誰かに騙されないか心配なくらい純真だ。
彼は村で唯一ハイポーションレベルの薬を作れるようだが、ジョブに頼らずほぼ独学かつ貧相な設備でやっているので成功率が芳しくなかった。とはいえ、工房立ち上げから何日か薬学知識を彼らに教えたクミラ曰く「あの設備でそれなら……才能は、ある」とのことなので、里一番の薬師というのは本当なのだろう。
クレピオはハジメの前では終始テンションが高く、迸る感謝の気持ちが言葉より先行して態度に表れている。
「自分、まだ夢見てるみたいな気分です。里の外にはもっと色んなものがあるって話には聞いてたんですけど、自分たちはそれを手に入れる伝手も知識もお金も無くて……でも、ハジメさんたちコモレビ村が全部くれたんです!」
「全部じゃない。それにくれてやった訳でもない」
「そう、なんですか……?」
しゅんと肩を落とすクレピオに、言い方が悪かったとハジメは頬を掻く。
「君たちの未来に期待したからお金を出した。この里の成長は巡り巡ってうちの村にも、君たち自身にも利益を齎す。尤も、君たちの工房が上手く行かなかったらくれてやっただけになるかも……」
「頑張ります!! すっごい頑張ります!!!」
「分かった、分かったから落ち着け。頑張りすぎて疲れが溜まると、それはそれで失敗してしまうぞ」
クレピオが落ち込みから一転して俄然やる気を出したのはいいが、興奮しすぎてちょっとビームを撃つ前兆が出始めているのでなるべく刺激しないよう宥める。彼はサンドラほどではないが村の中ではお漏らししやすい方らしい。
(しかし、こうも実直だと調子が狂うな。自称弟子共と違って子供特有の純真さがあるら雑に扱えない……)
自称弟子共は意外と扱いやすかったのだなと思うハジメであった。
とはいえ、漏れやすい部分に関しては装備で対策出来ることはサンドラが実証済みだ。ハジメは懐からあるものを取り出し、クレピオに渡す。
「これは個人的な餞別だ。ホルスグラスという、まぁ、モノアイマン用のメガネだな」
サンドラの装備するガチガチ戦闘用のメジエドグラスと違い、見た目はモノアイマンの目に合わせた一眼クソデカメガネだ。機能もメジエドクラスには大きく劣るが、普段使いしやすく、モノアイマン専用かつ今は市場に出回っていない。
クレピオには奇異なものに映ったのか、怪訝そうに首を傾げる。
「メガネ? 我々モノアイマンは種族の特性か視力は落ちませんが……」
「装備することで集中力が上がり、ビームをコントロールしやすくなる。防具としても悪くないぞ。つけてみろ」
言われるがままにつけたクレピオはカッと目を見開く。
「うおおおお! 力が溢れてくる!! ……のかな?」
「溢れはしないと思うが、使ってくれると嬉しい。次に来た時に感想を聞かせてくれ」
「自分のためにこれを……はい! 同僚に自慢し散らかしてきます!!」
珍しい品を貰えて嬉しいのか、クレピオは両手でホルスグラスを押さえながら大きくハジメに礼をするとはしゃぐような駆け足で工房に戻っていった。どうにも危なっかしく感じてしまうのは自分が子持ちのおっさんだからだろうか。
(さて、これでホルスグラスがモノアイマンの間で流行してくれると嬉しいんだが……こいつはブンゴとショージの努力の結晶とも言えるからな)
ホルスグラスは今現在、コモレビ村で作りながら並行してモノアイマンの職人にも作り方を教えている最中だ。いずれはモノアイマン達が自分で製造できるようにしたいが、このメガネには他にも彼らに告げていない秘密がある。
秘密はモノアイマン達を守る為にあるので、流行してくれればくれるほど都合が良い。
幸い、サンドラの故郷の里では里長バックスタブビーム事件の影響で流行の兆しを見せているので、他里への噂の広がりを期待したい。あれがきっかけで流行するのもどうかと思うが、こちとら原価割れ覚悟で生産しているので流行が外れると困る。
ちなみに事情を知らないレヴァンナが村に来た時に「あんた単眼メガネっ子フェチなの?」とドン引きされたのは未だに納得がいかない。今も若干疑われている節があるが断じて違う。それはそれとして話を聞きつけたサンドラがホルスグラスをかけて「似合います? ねえねえ似合います?」ともじもじしながらも若干自信ありげに聞いてきたのは可愛かったのでちょっとだけ焦らしてから頷いておいた。
「さて、次の里では何に投資するかな……」
ハジメはNINJA旅団提供の資料を見やる。
いくつかの里は既に投資する産業は決まっているが、どこを取っても強みの薄い里というのもあるので手こずりそうだ。
ただお金を渡すだけの事業は上手く行かない。
必ず見返りあってのものでなければ、どこかで疎かになる。
これはホームレス賢者の受け売りで、ハジメのただドブに金を捨てるのは正しくないという考えとも合致する。とはいえ、土台からして崩れかけの場合はもっと根本的な支援の仕方も考えた方が良いだろう。
困りごとを抱えた地域は何もモノアイマンの里ばかりではない。
ハジメはここ数日でいくつかのギルドの問題を潰し、基金を作ったりした。
閉鎖的ギルドで行なわれていた悪質な不正の現地調査。
不自然な欠員が出続ける冒険者チームの不正の糾明。
被災地支援は流石に村の人間に手伝って貰ったが、久々にオカン呼ばわりされた。
解決の度にこつこつとだが金は飛んでいくが、それで全てが上手く回ると思うほど傲慢ではない。何故なら、ハジメが解決したのは世界に山積する問題の一部に過ぎないからだ。十三円卓もいつまでも座視するだけとは思えない。
それでも、ひとつでも多く正の循環を積み重ねていこう。
こつこつ積み重ねるのは、得意な方だ。
◆ ◇
「へぇ~、このメガネにそんな仕掛けを! 面白いこと考えるのね~転生者って」
「あぁ、まぁ、そうらしいです」
「って、あらごめんなさい何だか一方的に喋って付き合わせちゃって! なにせ私ってば長いこと寝込みっぱなしだったみたいでさ! あんま自覚はないけど久々に見たら息子とかでっかくなっちゃっててお母さんビックリ! でも今はこの通り元気有り余っちゃってるから遅れを取り戻すぞ~って所で! ねえビッカー爺!」
「イザエル様、元気すぎてレヴァンナ殿が圧倒されておりますぞ」
「あらやだそうだった! とりあえずメガネは返すわね! ベタベタ触っちゃったけどグラス部分に指紋はついてないから! それにしてもフレームからグラスの形状までいい職人ね~! ね、ね、私もメガネかけたら似合うと思う?」
「イザエル様」
「あ、あ~……ごめんなさい、寝てた時間が長すぎてどうしても取り戻しちゃおうと空回りしちゃうのよね~」
お茶目に舌を出して自分で頭をコツンと小突く竜人の美女を前に、レヴァンナは「リアクション古っ」という言葉を呑み込み、やっと怒濤のマシンガントークから解放されたと息を吐く。
――この日、レヴァンナはコモレビ村にたまたま滞在していた。
彼女はコモレビ村の一員ではないが、転生者の協力者という立場なのである程度の情報交換を定期的に行なっており、今回はその情報の量の多さと密度から時間がかかったのだ。
レヴァンナとしてはコモレビ村は過ごしやすい場所だとは思うが、やはりハジメと同じ土地に暮らすのは罪悪感や抵抗感が否めない。村でブランチを楽しんだらいつものようにおいとまするつもりだった。
そして食事後になんとはなしにハジメ単眼メガネっ子フェチ疑惑の原因となったホルスグラス(私的な知り合いに渡すつもりでいくつか買った)を触っていると、目の前のイザエルという女性がいきなり乱入してきて喋り倒したのである。
――さて、考えないようにしていたがレヴァンナはこの女性の正体にとっても心辺りがある。
容姿や身なりの高貴さからしてそうかなと思っていたが、彼女がビッカー爺と呼ばれる老人を執事のように連れている時点でほぼ予想は確信へと変わった。
(この爺さん、似合わない執事服してるけど熾四聖天『甲聖』だったビッカーシエルじゃん! 引退した後の再就職先これなのぉ!?)
そして、老いて尚も最強クラスの竜人の戦士を顎で使え、容姿がエゼキエルに似ていて、なおかつ見覚えのある女性といえば一人しか思いつかない。
レヴァンナはおずおずと目の前の竜人に確認する。
「あの、つかぬことをお聞きしますが……あなた、皇のお母さんですよね?」
何者かの呪いを受けてバランギアの城の地下の生命維持設備で眠り続けていた彼女を、レヴァンナは一度見たことがある。そして彼女にかけられた謎の強力な呪いを解くための人材を紹介もした。
多分、その結果が目の前の超絶おしゃべり大好きお姉さんなのだろう。
予想は的中し、イザエルはまたもや火がついたようにマシンガントークを炸裂させた。
「よくぞ聞いてくれました! そのとーり、私がエゼキエルの母です! その節はどうも息子がご迷惑をおかけしたそうで! あ、息子の恋路については気にはなるけど口は挟むつもりはないからフりたきゃ盛大にフっちゃっていいよ! も~何歳になっても甘えん坊のまんまなんだから! でもなんかピンクのものが昔よりやたら嫌いになったのは気になるのよね~。城の連中も爺もぜ~んぜん教えてくれないしさ! あ、そうそう! この村には引っ越しに来たんだけど責任者誰? 役所とかあるの? 一応外交官的な役目も引き受けたからちょっといい家住みたいなっ! なんつて! あははは!」
「イザエル様、また空回りしておりますぞ」
(……あと何年か寝かせたままだった方がよかったんじゃない、これ?)
余りの勢いに思わず不謹慎なことを考えてしまうレヴァンナだった。
こうして、村にノリのいいおばちゃんと他数名が加わった。
……この皇の母、大阪のおばちゃん並みにエネルギッシュである。
情報パンパンな章になりましたが、別にこの小説終わらせる気は全然ありません。




