35-7
食事処『風光明媚』――それがコモレビ村に開店した新たな飲食店だった。
木造の落ち着いた雰囲気の店には鬼人文化と転生者の和のイメージがふんだんに取り入れられており、どちらかと言えば騒がしめなハマオのレストランとは違った客層が見受けられる。
鬼人の里は実は鬼酒と呼ばれる日本酒のような酒の産地として酒好きの間では有名であり、本場と遜色のない鬼酒と落ち着いた店の雰囲気から通の間では既に話題になっているようだ。
料理長は元冒険者の鬼人ススキ。
料理人とは思えないムキムキの身体で割烹着をパンパンにした厳つい男だが、怖いというよりはどこか快活さを感じる笑みが印象的だ。
彼はベニザクラの知り合いであるナツハゼのおじらしい。
ナツハゼと言えば嘗てシュベルの難民で騒ぎを起こした男だが、ハジメの記憶ではイマイチ印象が薄いとフェオに言ったら「うっそぉ!? あんな騒ぎになったのに!?」とビックリされた。
流石にベニザクラに悪口を言っていたことや刀を突きつけられたことは覚えているが、あの手のチンピラは覚えているとキリがないし、問題もすぐに解決したし、徒党だったのでナツハゼ個人というより「チンピラ一党の中にそんなヤツがいたな」という印象の方が強い。
ススキはそんなナツハゼとは対照的に、村に居を構えた際に上質な鬼酒を手土産に「甥が粗相を……」と自分のことでもないのに関係各所に詫びに来たので律儀な人という印象だ。
四十歳を区切りに刀を置いて包丁を握ると決めていたらしく、冒険者を辞めたのを機に数年間本格的に料理を修行し、ハマオの厨房にも一ヶ月入っていたという。
元々磨いていた腕をハマオによって更に鍛えられ、最近になって見事自分の店を構えることが出来たと言うわけだ。
彼のようにセカンドライフに戦いと関係のないものを見出すのは鬼人の中では珍しいらしい。
「はいよ、お待ち!」
ススキの威勢の良い声と共に、彼が手ずから作り上げた料理たちがテーブルに並べられる。村長であるフェオの来店であることと勝手に着いてきたアイビーが「就任祝いです!」と言ったことで張り切ったのだろうか。野太い腕からは想像も出来ない丁寧な配膳が彼の料理以外での努力をも窺わせた。
ずらりと並ぶのは野菜や魚がベースだが、一品一品が見た目に華やかで工夫を凝らした調理と飾り付けをされている。かなりの手間がかかっているが、これはあくまで最上コースであり一般向けの料理も普通にあるようだ。
「しかし良かったのか? 最上コースは要予約とあったが」
「今日は予約がないんで特別さね。それに、食品さんぷるってのが完成するまでまだかかるもんで、お客さんの多くが最上コースがどういうもんか知らねぇんだ。ここに配膳するまでの間、みんなこの料理に釘付けだったし宣伝にならぁ」
ニッと笑うススキに、ハジメは商魂たくましいなと感心した。
自ら運ぶことで更に料理を目立たせる強かな戦略だったようだ。
この店、多分ライカゲは気に入ると思うので今度知らせてやろうと思った。彼は遠征中なのでまだここに来ていない筈だ。
「では、アイビーの就任を祝って、乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」
フェオ、アイビー、クオン、ウルリ、あとなんか途中で道端に落ちているのを拾ったゲンキが各々の飲み物を掲げる。どうせ祝い事なら人数を増やした方が良いだろう。決して支払いが増えるのを狙っているわけではない。
ちなみに、ベニザクラは誘ったが断られた。
というのも、妻たちのスケジュール的に明日がベニザクラの番なので明日に期待ということらしい。なんでハジメが把握できないんだろうか、そのスケジュールは。
早速全員で料理に箸ないしフォークを伸ばす。天ぷらなどボリューミーなものから余り世間では見かけないものまで色とりどりの料理に皆が舌鼓を打つなか、ハジメは尤もな疑問をゲンキにぶつける。
「……今更だがお前なんで道端に落ちてたんだ?」
「いや~、ちょっと好奇心に負けて……」
恥ずかしそうに頭を掻くゲンキは、相手に触れただけで気絶させる転生特典を持つ高位冒険者だ。
曰く最強を目指しているらしく、あるとき強いと噂のハジメに腕試しに挑んでありとあらゆる方法で敗北して以来、よく村にやってきて訓練場に混ざったり村の手伝いをしている。
「実は俺の一撃必殺って自分にも効くのかなぁってふと思って試したら、見事に効いたみたいでぶっ倒れてた」
「やるにしても場所と状況を選べ。なんで一人のときに道端でやる。クオンが間違って踏みかけたぞ」
「あんときは近くにリンちゃんいたんだけどなぁ。クールに去られたかぁ」
何が楽しいのかゲンキは脳天気に笑う。
リンちゃんとはハジメの義妹オルトリンドのことである。
ゲンキに対しては「おにぃを倒そうなどと笑止千万!」といい印象を持ってないので普通に見捨てられたようだ。村の中は安全とは言え、我が妹ながらその薄情さはちょっとどうなんだと思わざるを得ないので今度注意しよう。
と、ハジメが脇腹を横から肘でつつかれて話は中断する。
「ちょっとおっさん、アタシの就任祝いなんだから先に祝ってくれてもよくな~い?」
構って欲しそうに存在を主張するアイビーに、ハジメは嘆息した。
「押しかけてきて人の金で飯まで食っておいて何を偉ぶって。というか、就任するのお前以外にも何人かいるんだから全員集まってからやればいいだろ」
「そうは言っても他所から来た知らないヤツばっかりだしぃ~。それならせめてちょっとは見知った顔と飲みたいじゃん。後の宴会会場の下見にもなるし。てか、話には聞いてたけどこれがおっさんの奥さんかぁ~」
既に多少酒の入っているアイビーはフェオ――と、ウルリの方を向く。
「最初に見たときはマジで冴えなくて激戦区から弾き出された落ちこぼれおじさんに見えたのに、こんなに若くておっぱいデカい女まで堕としていたとは! ウルリさん、決め手はズバリなんだったんでしょうか!?」
「うぇぇ!? 私ぃ!?」
「ばかもん、そっちは妻じゃない」
「あ、そうなの? 家にいたからてっきりそうかと……では隣のキュートなエルフの貴方! ズバリ決め手は!?」
全く懲りないアイビーである。
「ハジメさん側からアプローチしてきてぇ! とっても情熱的でぇ!」
ノリノリのフェオである。
よく見ると酒が入ってもう酔いかけているようだが、恐らく酒のせいだけではなくアイビーの明るい空気が余計に口を軽くさせるのだろう。そこから先はアイビーが好きに喋っているのに自然と場が盛り上がっていった。
話は料理の素晴らしさにも飛び、普段は味の濃い子供向けのものがそのまま好きなクオンが「これが本当にお魚と野菜!?」と感動していてその辺で盛り上がりもした。
ただ、アイビーも何だかんだで仕事はきっちりする方で、仕事の話も話題に挙がる。
「いや、ショージキ市役所見た時感動したよぉ。ギルド総本部より綺麗じゃん。中の設備もぜーんぶ立派。椅子の座り心地までいいし。多少苦労するの覚悟してたのに逆にこっち来て正解だったかも」
「とは言うが、職員がこの村に来たがらなかった理由も分かるんじゃないのか」
「まぁねー」
テーブルに寝そべるように上半身を預けて杯の酒をゆらゆらと揺らしながら、アイビーはつまらなそうな顔をする。
「十三円卓議会とバッチバチなんでしょ? 田舎のギルドまで伝わってきてるよ」
「こちらとしては別に連中に用はないが、正直今後も対立は避けられないだろう」
ハジメは十三円卓が自分を警戒する理由を知った。
疑心暗鬼とは一度陥れば原因を取り除かない限り消えることはない。
或いは、勇者レンヤの一方的な不信が盲信に変貌したように、既に合理的な疑いの域を超えた感情の理由付けに理論を探しているだけなのかもしれない。
「村に住む人間に不自由な暮らしをさせるつもりはないが、リスクを内包していることに変わりは無い。飯を奢る程度では釣り合いが取れないことになるリスクがあるのも承知の上か?」
「おっさんはさぁ」
「?」
「自分で思ってる以上にいいことしてるんだよ」
脈絡のない言葉に思えたが、テーブルに突っ伏したまま顔だけこちらに向けるアイビーの視線はとても真摯なものだった。
「レイザンがいなくなってから、ロムランはめちゃくちゃいい場所になったんだ。あいつがいなくなってギルドの風通しが良くなった。辞めたり移籍する冒険者が減って、逆に戻ってくるヤツもいて、活気づいた。うちら職員も肩が軽くなった」
「まぁ、ヤツの傍若無人ぶりは目に余るものだったからな」
実力主義のギルドでは、時として力を振り翳して一人でギルド全体の活気を奪う輩がいる。過去の散財開始前のハジメも周囲の空気が重くなるという意味ではややそちらに近かったが、それでもハジメは害意を以て周囲を威圧したことはない。
「……俺ではなくともいつか誰かがあの男を罰したのではないかとは思うがな」
「でも誰かは現れず、おっさんが現れた。結果、未来の被害者はいなくなった。それだけじゃないよ? おっさん、被害者救済のための基金まで置いていったっしょ。あれがロムランにとっては滅茶苦茶デカかったんだよ」
話に熱が籠もってきたアイビーが身体を起こす。
「あーいう問題が起きたとき、被害者の救済なんてフツー時間がかかる。てゆーか泣き寝入りのケースのが圧倒的に多いと思う。被害を補填する金がねーのよ。そもそもギルドの過失だとルール上認められない場合は出す義理もねーから突っぱねるギルド支部の方が多い。でもロムランには金があった。おっさんが残していった100億Gだよ」
ハジメが散財がてら置いて行った、彼の全財産と比較すればささやかな金。
勿論それは被害者救済という目的にしか使えないよう条件を整えるなどハジメなりに真面目に作った基金だった。一応はその金の使い道が定期的にハジメに報告所として送付されてくるのできちんと活用されているのは知っていた。
「おっさん知ってる? 被害者たちの顔。どいつもこいつも疲れと不安で一杯なんだよ。レイザンのせいで犯罪として立件もされず、ただ一方的に失ってきた連中の重苦しく落ちた肩。そういう連中に「今から取り戻せるものがあります」って堂々と言えるってのは、被害者だけじゃなくてギルド職員にとっても救いなんだよ? 実際に金が振り込まれて泣いて感謝しに来る奴が、諦めて項垂れてる被害者をまた見つけてくる。正の連鎖だよ。何もかもとは言わないけど、ギルドの評判も保たれたし、ないよりはあるほうが絶対にいい循環だ」
気づけば他の面々もアイビーの言葉に耳を傾けている。
彼女はそれに気づいていない。
それくらい、真剣だった。
「金があれば、そりゃおっさんじゃなくても出来たでしょうよ。おっさんが来たのもたまたまだ。でも、いざ当事者になったときアデプトクラスみたいな高級取りが誰しもそこまでやってくれる? まして、本来同じことが出来るだけの金と権力を持った十三円卓議会や貴族の連中が同じことすると思う?」
ハジメは、しないと思った。
アイビーはこちらがその考えを口に出す前に首を横に振った。
「しないよ、特に権力者共は。だって田舎ギルドの田舎者集団が困ろうが興味持たないもん。問題が存在するかを調べさえしない。ロムランギルドと被害者たちの救済は、おっさんなしには今の結果を迎えられなかった」
「……そこまで言われると、なんかむず痒い」
無意識に頭を掻くと、フェオが優しい目でハジメの頭を撫でた。
「それだけのことをハジメさんはしたって胸張っていいんじゃないですか?」
ウルリも「そうですよ!」とこくこく頷く。
クオンは話を理解しきれていないが、理解できるよう努力しているのか箸を止めている。何気ない言葉を通してより本質の部分を理解しようとする――この幼い子供は、時として哲学者のようだと思うことがある。
「俺は、そんなに深く考えてなかった。救われないくらいなら救われた方が良い。そのためにてっとり早く用意できるのが金で、俺は金をたまたま沢山持っていた」
「ん。だからさ、おっさんはそれでいいんだよ」
「え?」
「金は人同士の活動の潤滑油だとアタシは思う。おっさんは動きが鈍くなってる所に金という名の油を差すのが得意なんだよ。十三円卓議会は油の通りがいいところしか見てない。おっさんはそんな連中が目を付けない、トラブってるところを回す。なのに十三円卓議会は自分じゃ解決しないくせして勝手に触るなって文句言ってる。こんな馬鹿らしいことないっしょ?」
ハジメはアイビーがこれほど金というものの性質を深く考えているとは思っておらず、内心で面食らった。むしろこれだけ金に真剣だから金を欲するのかもしれない。
アイビーは悪巧みする子供のような笑みで、杯の中身を飲み干すとそれをハジメに突きつけた。
「ハジメのおっさん、アタシに金落としなよ。そしたらアタシがその金でおっさんが面倒がってる仕事を請け負ったげる。マイナスをゼロにするんじゃないよ、プラスになる循環に変えたげる。そしたらおっさん、時間が余って色んな場所に行きやすくなるでしょ?」
「そうかもしれんが……」
「色んなとこ行って金使いなよ。そこで生まれたプラスがいつかこの村に流れ込んできて、アタシも得する。十三円卓なんぞにゃこの正の循環は生み出せない。連中の手の外で勝手に幸せになろうよ!」
「……お前は俺が思っていた以上に逞しいヤツだよ。いいだろう、この一杯を最初の投資とする」
ハジメは称賛の意を込めて、アイビーの杯にとびきり高級な鬼酒をとくとくと注いだ。
――天使族の長、ベルナドットは「人の可能性は信じるが人類の善意を信じない」と言った。それはそれでひとつの真実だろうとハジメは思っている。
しかし、人の可能性が正の循環へと転化していけば、いつかそこには信じるに値する善意が生まれるかもしれない。
実現可能性は極めて低いだろう。
人類は利己的で身勝手で、時として残酷だ。
何かの拍子に積み重ねてきたものを簡単に破壊する。
しかし、負の循環と正の循環なら後者の方がよいに決まっている。
(正義の散財。へんな言葉だ。でも、やる価値はあるかもしれない)
十三円卓議会ではどうあっても得られない力がそこに宿るというのなら、散財趣味も馬鹿にしたものではない。
◇ ◆
天使族・エルヘイム自治区との友好条約は大切なことだが、それ以上に大切なのはコモレビ村はどうするのかということだ。
村の今後の方針について、ハジメは村長を初めとする村の首脳陣を集めて会議を行なった。概ねの方針はフェオ、ハジメ、アマリリスで纏めてあり、それについてより複数の意見を交えて煮詰める作業がこれより行なわれる。
取り仕切るのはもちろん村長たるフェオだ。
「まずコモレビ村の運営方針は変わりません。改善出来るところは改善していきますが、土地拡張と施設移動も終わったので暫く大規模な動きは予定がありません。ただし、友好条約に際して村内に幾つか施設を建てることと、これから天使族と純血エルフの出入りの増加が予想されることについては伝達の程をお願いします」
特に異議や意見は挙がることなく会議は進む。
皆の関心が集まる話題が出たのは、会議が中頃に差し掛かったときだった。
「では、村の対外的な方針についていくつか」
全員の背筋が伸びる。
既にこの会議の参加者たちは天使族や古の血族が語った情報について一定の理解を得ている。いわばここからが本番だ。
「十三円卓議会についてはこれまで以上の嫌がらせが予想されますが、今まで通り付き合う義理のないものには付き合いませんし、不法行為等ありましたら法的に対応していきます。無駄に争うことは避けたいのでこちらから何か仕掛けることはしませんが、間諜や転生者にはこれまで以上に気をつけてください」
幸いにしてコモレビ村にはNINJA旅団というその道を知り尽くした集団がいるが、彼らの警戒網を過信して迂闊な行動を取ることは避けたい。【影騎士】の存在を考えれば余計に油断できない。
「次に、『聖者の躯』について。『聖者の頭』を取り込んだアグラニール・ヴァーダルスタインの捜索はこれまで以上に力を入れます。元々危険人物でしたが、外部からの情報により予想以上に危うい存在と化していることが判明したため危険度を上方修正しました。ハジメさんとの因縁から村に害を及ぼす可能性がありますし、単純に力を制御出来ず暴走状態に陥り、それに巻き込まれる危険性がある。ただし、『聖者の頭』の無力化の方法が確立するまでは、仮に発見してもこちらから鎮圧のために攻撃を仕掛けることを禁じます」
禁じる、という強い言葉が彼が取り込んだ『頭』の危険性を物語っている。
迂闊に刺激して暴走させれば、村の人間以外の存在が巻き添えになりかねない。
そもそも、『聖者の躯』の破壊は=アグラニールの死、すなわち法的には殺人罪扱いとなる。彼の指名手配は生死問わずではないので、そんなことをすれば逆にこちらが指名手配されかねない。
「アグラニール以外の行方の知れない『聖者の躯』については基本不干渉です。危険すぎますし手を出すメリットがない。そもそも場所も不明です。ただし、『聖者の躯』の情報が世に出たことで他の『躯』が何らかの影響を受けて歴史の表舞台に姿を現す可能性があります。これらもアグラニールに劣らぬ危険性を内包しているため、友好条約締結国と共に密に情報を交換し、水面下で捜索を行ないます」
わざわざ水面下でと強調したのは、表向き分かりやすく捜索すれば十三円卓議会を無駄に刺激することとなるし、手に入れた情報を議会に横取りされる危険性が増すからだ。それに、捜索は天使族や純血エルフの方が向いている。コモレビ村はこれに関してはサポートに徹することになるだろう。
「最後に……ハジメさんが個人的に依頼されていた遺失神器捜索について。これからは個人の依頼ではなくコモレビ村の方針としてこの捜索を引き継ぎます。これはアグラニールの追跡より優先度は下ですが、『躯』の捜索より上と位置づけます。理由は、神器は『躯』に対抗する希有な性質があるからです」
『聖者の躯』の維持する命令に割り込みをかけることができる『鍵』、神器は、その性質上『聖者の躯』の生体結合性質にも抵抗が可能であるらしい。既に村は複製神器の製造に成功しているが、耐久力や戦闘機能面では残念ながらオリジナルより劣化している。
来るべきアグラニールとの戦闘においてオリジナル神器があれば取れる選択肢が増えるし、侵食リスクも減少する。なにより最後の遺失神器である『銃の神器』は複製に成功した『魔本』の神器より武器として扱いやすい。
「仮にアグラニールとの戦闘に間に合わなかったとしても、神器は強力な外交カードになり得ます。現に遺失神器を見つけたことでひとつの国家が生まれた前例がある。別にコモレビ共和国なんて作るつもりはありませんが、手に入るならそれに越したことはありません」
これもまた、特に異論は起きなかった。
フェオは一息つき――自分自身の胸につかえるひとつの思いを敢えて口にした。
「もう一つ、この世界と魔界の双方に無駄な犠牲を強い続ける『人理絶対守護聖域』を村としてどう捉えるかについて、触れていいですか」
フェオは、知ってしまった以上は無視できないと感じたのだろう。
知りながらもなきもののように扱うのでは十三円卓議会と同じだ。
だから、自分たちが歴史の積み重ねた夥しい屍の上を平然と歩いているという現実から目を逸らさないことを、彼女は選んだ。
「コモレビ村は相手が魔族であっても共存は可能であると確信しています。よって、『人理絶対守護聖域』の存在は容認出来ません。今すぐには物理的に難しいですが、将来的にこの捻れた世界を解消するための方法を模索していきたいと思います」
そんな真似をすれば、十三円卓議会とは決定的に対立することになる。
そもそも、コモレビ村が解消すべきと言ったところで他の国家や都市の人々が否と言えば多数決に押し潰されることになるだろう。フェオはそれを理解した上で、やはりこのシステムは悪であり、存在してはいけないと断じた。
「『神の躯』を片っ端から破壊して回ろうという意味ではありません。魔王軍システムに従わされた人々が戦闘を回避出来るような何らかの手段を模索すべきです。幸い、ウルちゃんが無事に生きている間は次の魔王軍が襲来することはありませんので時間はあります」
魔族の寿命はハジメ達とさほど変わらないらしいので、外的要因がなければ長くて100年は魔王軍の呼び寄せは出来ない。そしてコモレビ村は魔界に行く伝手がある。魔王もいる。回避手段が生まれる可能性はあるだろう。
ただし、魔王軍ほど巨大な規模の存在をどうこうする方法が100年で見つかる保証はどこにもない。フェオはそのことに気づいていた。
「この問題は我々が生きているうちには解決しないかもしれません。逆を言えば、我々の後に続く子孫や村を継ぐ人々がいつか直面する問題です。皆さん忙しいとは思いますが、今は些細なものでいいから少しずつ『人理絶対守護聖域』を防ぐ術を探していきましょう」
異論は、終ぞ出なかった。
むしろ称賛の拍手が出た程だ。
こうして会議は恙なく終了した。




