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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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35-6

 ギューフの知ったかぶりが判明したのはさておき、ベルナドットの話は続く。


「『神の胴』を破壊したときに予想される影響ですが、恐らく魔王軍という仕組みに対して疑問を抱く者や逃亡兵などが増加するでしょう。更に、まだ人類の殆どが気づいていないある現象が加速すると思われます」

「それは?」

「次元断裂の緩み。具体的には、嘗て旧神の力によって異空間に隔離された魔界の土地が、少しずつこちらに戻り始めているのです」

「……大事じゃないか」


 もしそんなことが起きるとすれば、土地の所有者も定まらない魔力汚染された土地が大陸のあちこちに突如として出現することになる。土地が現れることで押し出された元の土地は引き裂かれてしまうのではないだろうか。

 ハジメの考えを察したベルナドットは「そこまで劇的ではありません」と漏らす。


「元々次元断裂は永遠に続けられるほど都合のよいものではないので、戻るのは必然なんです。それに、次元の狭間に住む天使族は昔からこの戻り――次元回帰と我々は呼んでいますが、その管理を行なっていました。だから国がいきなり真っ二つとか、土地が裂けるとか、そういった被害は我々が今まで通り未然に食い止めます」

「それは頼もしい限りだが……魔力汚染はどうなる?」

「魔力汚染は魔力が拡散することで自然へと戻ります。適正濃度とつり合うよう管理して自然拡散させれば問題は起きません」


 確かに、魔力汚染の原因がいなくなった今ならばその方法は有効だ。

 「それに」と、ベルナドットは付け加える。


「これは十三円卓の狙ったことではないのでしょうが……魔王軍襲来と同時に魔王城や幹部の拠点からは魔力や土地が少しずつ漏れ出してガス抜きの役割を果たしていました。これによって魔界の過剰な魔力が少しずつこちらに流出を続け、昔ほどの危険値ではなくなってきています」


 ギューフが意味深に頷く。


「実は、我々エルフに限らず魔法を操る者たちはその恩恵を受けています。すなわち、魔法です。世界を巡る魔力の総量が増えたことで魔法はより発展しました」

「ギューフの言う通り。加えて、魔力に少しずつ慣らされたことで今のヒューマンは二千年前よりかなり魔力を自然に身体に馴染ませるようになりました。他の種族も同様です」

「はー……誤解を恐れず言いますけど、なんか腹立ちますね」


 フェオが不快感を露にするのは、十三円卓議会がやっていることの中には巡り巡って自分たちの利にもなっていることに気づいたからだろう。どうせならけちょんけちょんに貶してやりたいという本音が垣間見える。

 ベルナドットは「大丈夫です」と力強く頷く。


「十三円卓は発生した魔力と土地の問題を無自覚に天使に押しつけてるだけというか、そもそも問題が起きていることに気づいているかも怪しいので感謝する必要なんてまっっったくありませんよ!」

「やったぁ!」

(双方私怨が籠もっている……)

「とはいえ、いきなり全ての『躯』が破壊されでもしたら仕事がパンクしかねないのでご遠慮願いたい。破壊のタイミングは把握できているに越したことはありません」

「だろうな。しかし、そうだったのか……」


 肩をすくめるベルナドットにハジメは頷く。

 よくよく考えれば空間の戻りについて心当たりがいくつかあることに気づく。


 例えば、未発見の遺跡が突然発見されることはこの世界ではよくあるが、あれは実は魔界から回帰した土地の影響で突然道が拓けたり、あるいは遺跡そのものが魔界から来ていたのかもしれない。


 他にも、魔王城周辺の土地はいつも荒れ果てており年月を重ねて不毛の地が広がっていったとされているが、あれも魔界から回帰した土地が城を中心に広がって形成されたものなのではないだろうか。

 そう考えれば荒れている理由も分かる。嘗て魔王城のすぐ近くに存在したと噂される異様に強い村民だらけの村も説明がつきそうだ。魔力濃度がやたら高いから適合して強くなったが、土地が痩せる一方なので住むメリットがなくなりやむなく廃村して別の場所に移り住んだと考えれば違和感はない。


(俺も結構、『そういう世界』で済ませて思考停止してたことが色々あるんだな……)


 達観してやりきったつもりになっても、人生にはまだ幾らでも知らないことだらけ。認定魔道士資格試験の時にも思ったが、おっさんだからと言い訳して新たな知識を拒むような大人にならないようにしなければとハジメは改めて決意した。


 天使族の様々な事情が、ベルナドットの説明で漸く収束の兆しを見せる。


「さて、今しがた説明した次元回帰ですが……実は天使族の里はこの次元断裂の力を利用して異なる次元に存在しているので、里自体がいつかは秘匿性を保てなくなるのです」

「じゃあ、次元断裂が解消したら……」

「浮遊島にあの里は収まらず、地上のどこかの土地を割って顕現することになるでしょう。我々自身は必要な施設だけ浮遊島に移すつもりですが、ご存じの通り浮遊島も無敵の防備というわけではありませんから、これまで以上のリスクがあります」


 ただ自分たちの身が危うい、という次元ではないリスク。

 ハジメは天使族が隠れ住み、シャイナ王国の尖兵を記憶を消してまで追い返した理由に察しが付いた。


「シャイナ王国十三円卓議会は、天使が生身で住んでいる場所があると知れば総力を結集してでも天使を捕らえようとするだろうな。拷問でも洗脳でも、思いつくありとあらゆる方法を用いて隷従させ、『神の躯』の操作方法を吐かせる、或いは実行させるだろう」

「彼らは転生者まで集めています。事実、浮遊島での戦いにも洗脳に特化した者がいた。そして百人にも満たない天使に対してシャイナ王国は数多の同盟国の中で主導権を握る巨大な国家です。まぁ、凝りもせずやるでしょうよ」


 小さく息を吐くベルナドットの表情には、まるで老人のような積み重なった疲れが感じられた。嘗て見た景色の再来を、彼は疑っていなかった。


 失われた『旧神』の遺した支配者の座を、天使がいれば取り戻せるかも知れないのだ。そこまでの露骨な野心がなかったとしても、魔族という憂いを断つか完全に飼い殺しにする手段があると思えば多少の犠牲は厭わないだろう。

 そして、恐らくは一度か二度の世代交代を経て気づく。

 もっと手っ取り早く、自分たちの権力を絶対たらしめる方法に。


(いや、違うな……多分世の中の殆どの国家の人間が、その魅力に逆らえはしない。十三円卓議会はたまたまそれの価値を予め知っていただけに過ぎない)


 子供の姿が嘘のように諦観した憂いの瞳でベルナドットは空を見やる。


「……私は個人としての人間を信じることはできますし、人間には可能性があると思います。しかし、人類の善意を信じません。これは傲慢なことでしょうか」


 傲慢ではあるのかもしれない。

 しかし、欠片も傲慢ではない人間はいないとハジメは思う。


「誰しもそういうものだと思う。俺たちは神じゃない。個人を信じられるだけまだマシじゃないか?」

「そう言って貰えると気が楽になります……」


 ベルナドットは一度深呼吸すると、気分を持ち直したようだった。


「天使族の目的はシンプルです。これからの世、人として地上に生きていきたい。その妨げとなる外敵から充分に身を守れるように十分な力を持った()()()と手を組んで、有事に備えたいのです。友好条約はその足がかりになればと思ってのことです」


 あけすけで平凡な願いだ。

 土地を持ち、文化を守り、人間扱いされたいだなんて。

 しかし、天使にとっては当たり前ではないし、そもそも人間も平気で同じ命を非人間扱いする。廃止された筈の奴隷制度が未だドメルニ帝国内部で燻っていることが、何よりもの証明だ。


 それでも地上に信じられる人間がいる筈だと思えたところにベルナドットの心の光があるのだと、ハジメは思った。


「天使族の里が時空を突き破るまでは計算上『胴』が壊れた後も数百年、或いは千年はかかりますが……『聖者の躯』を巡る事情がここ十数年で急激に動いたことが、私には天使族への警告に思えてならないのです」

「俺のせいか」

「それは思い上がりでは?」


 『左』の破壊を行なったのはハジメだが、ベルナドットは冗談めかして否定した。


「あんな所に眠っていたのでは、遠くない未来にいつか誰かが目を覚まさせたでしょう。貴方はそれが齎す未曾有の被害を防いだ」

「犠牲は、あったさ」

「誰しもそういうものでしょう? 我々は神ではない」


 先ほどハジメが口にした言葉で返され、フェオが「一本取られましたね」とハジメの背をぽんと叩いた。マトフェイも「ドミニオンのいうとおりです」と頷き、ギューフも続く。イースは自分の知らない情報を纏めるために書記と化していてこちらの様子を機にかける余裕がないようで、そんな彼女の真面目さに気づいた一同は思わず笑った。イースはそこで自分が皆に見られていることに気づいてはっとする。


「な、なんでしょうか!?」

「いや……意外と自分のことを自分で客観的に見るのは難しいって話さ」


 ハジメは自分に言い聞かせたつもりだったが、イースは自身のことだと思ったのか羞恥で耳まで赤くなる。

 ギューフはそんな愛らしい妹の頭を優しく撫でた。


 ――結局、フェオは断る理由なしとギューフの時と同じように友好条約にサインし、会談は無事終了した。


 漸く解散しようかという空気の中、不意にベルナドットが思い出したように手を叩く。


「そうだ、今更ですけどハジメさんに個人的な頼みがありまして」

「なんだ?」

「何故ハジメさんが『左』を破壊出来たのかを是非とも調べたいんです」


 天使族の長としてではなく探究心を滲ませた言葉だった。


「貴方が『左』を破壊したことは紛れもない事実です。しかし、そもそも『神の躯』はその辺の人間が物理的に破壊出来るようなものではない。硬度は『理』に近いくらいで、純血エルフでも破壊には入念な下準備を重ねる必要があります。まして、当時のハジメさんはまだ15歳でレベルも今とは比べものにならない程低かった筈ですよね?」

「ああ。その通りだ。言われて見れば、よく生きてたな俺……」


 もう過去に終わった話と思って深く考えなかったが、今の話を聞くとハジメの胸中にも疑問が生じる。

 あのときは今は亡き友と死力を尽くして一度封じたが、当時の実力を考えると何ら敗北していて可笑しくない。しかも、二度目の戦いでハジメは普通に勝利して完全に相手を滅ぼした。

 当時は訳も分からなかったが、今ならば浮かび上がる事実があるかもしれない。


「依頼として出してくれ。喜んで請ける」

「ありがとうございます! 準備が少々要りますので数日中に依頼を出す形になると思いますよ」

「分かった、そのつもりでいよう」


 これから何かの拍子に『神の躯』――特にアグラニールとの激突を迎える可能性も踏まえて、これが実りある調査になることをハジメは期待した。




 ◆ ◇




 ハジメとフェオがコモレビ村に戻ってきた頃には、空は次第に赤らみつつあった。

 昼の喧噪も落ち着き、子供達は親に連れられて各々の家に帰っていく。

 既に夕食の準備を始めている家もあり、食欲をそそる香りが時折鼻腔を擽る。


 流石に疲れたのか、フェオは身体をほぐすために控えめな伸びをする。


「すっかり日も傾いてきましたね」

「朝から随分話し込んだしな。しかし、工事は順調らしい」

「アマリリスちゃんやショージさんが上手く回してくれたみたいです」


 朝に話し合いのために出かけてから戻るまでの間にいくつかの建物は完全に移転が終了していた。この調子なら明後日には居住区の施設移転は全て完了するだろう。移転語の空き地は居住区の一部として色々な使い道を考えてあるそうで、ハジメは敢えて聞かずに完成を楽しみにしている。


「晩飯はどうしようか……今日は魔法使い組がいないから外食でもいいかもな」


 マリアンが弟子と仮弟子を率いて遠征と称して遊びに出かけたので今日は家が静かな筈だ。

 マリアンの思いつきのようにも見えるが、仮弟子三人――レニス・ミーティ・リューナの三人はブンゴがアグラニールとの戦いで持ち帰った手書きデータの解析に熱中しすぎて疲労の色が隠せなくなっていたので、多分目的はガス抜きだ。今頃クサズ温泉の水質と魔力の関係調査と称して露天風呂で歌っている頃だろう。


 ハジメの提案に、フェオは「そうですね」と頷く。


「最近お店に顔を出してなかったですしね。あ、そういえば知ってます? 最近鬼人の居住者さんが鬼人の郷土料理のお店を始めたんですよ。ハマオさんも店の立ち上げを手伝ったとかで、ハジメさんお得意の揚げ物も充実されてるんだとか」

「それは初耳だな。飲食店か……ハマオの料理に不満はないが、タイプの違う店がいくつかあると選ぶ楽しさが生まれそうだ」

「ハマオさんとしても歓迎だと思いますよ? エルヘイムの食文化をがっつり調べたいけどなかなか纏まった時間が作れないって言ってましたし、幾つも飲食店があれば休みやすくなります」


 仕事終わりなのに気づけば村の未来の話になり、色々と意見を出しながら二人は家に向う。今日は手の空いているウルリがクオンの面倒を見てくれている筈だ。

 噂をすれば、家の前で元気よくこちらに手を振っているクオン――の後ろで一緒に手を振る謎の若い女がいて二人は固まった。


「え、誰?」


 初対面の人が我が子と一緒に滅茶苦茶笑顔で手を振っているというある意味恐怖の光景を前にフェオはややガチめに怯える。ハジメも訝かしがったが、遠視スキルで冷静に観察する。


「ギルドの服を着ているからギルド関連だろうが、誰だっけ……なんか見覚えはあるんだが」

「あ、そういえばギルドの人が来るって。あれ、でもアマリリスちゃんが対応してくれた筈だけどなんでウチに? しかも挨拶にしては時間遅くない? 宿はちゃんと確保しておいたのに。こわっ」


 社会人として明らかに不審な上に夕暮れの日差しを浴び、更にクオンの背後にいるので実はクオンは彼女に気づいていないのではないかという不安さえかき立てられる光景である。

 ハジメは漸く彼女の情報を記憶から引きずり出す。


「あ、思い出したぞ。あいつはシオ達が前にいたギルドの受付嬢だ。名前はアイビー、好きなものは金とワインと美しい女」

「最低じゃないですか!!」


 ちなみにその後声の聞こえる距離まで近づいた所、第一声が「おっさん飯!!」だったのでハジメは「おっさんは飯じゃありません」と返しておいた。フェオはつい最近女にディープキスされた上にハジメから「(アイビーの)好きなものは女」という発言が出たせいで露骨に彼女を警戒していた。


 ウルリ曰く、彼女は仕事の準備もそこそこに昼間からクオン含む子供達と遊びほうけており、夕方になってクオンが帰路に就くと「おっさんはぁ! 就任祝いを奢って貰うッ!」と身勝手全開で着いてきたという。

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