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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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35-5

 遺跡前のアウトドア茶会の途中、エゼキエルが口を開く。


「我々はそろそろおいとまする。ここからはエルフと天使とこの村の締約となるのだろう?」

「確かにそうなりますけど、別に知られて困る話ではないですよ」

「村長の気遣いには感謝するが、我々の聞きたい話は粗方聞き終えたのでな」


 バランギア竜皇国の側にこれ以上留まるメリットがないのだろう。

 客観的に見ても関係のない第三者に見せつけるものではない。

 エゼキエルが席を立つと前にガルバラエルが立ってハジメに声をかける。


「用向きあらば尋ねてこい。こちらにあらばこちらから赴く。我らの立場は依然変わりない」

「元々一本独鈷の国だからな。今回のことも粗方は知っていたんだろ?」

「足を運ぶ価値はそれなりにあった、と言っておく」


 ガルバラエルはエゼキエルの半歩後ろに立ち、竜人固有のものと思われる魔法で転移した。

 彼らがいなくなるとルシュリアも立ち上がる。


「では、そろそろわたくしたちも。立場上ややこしいことになりましょう?」

「その通りだ。帰れ」

「まぁ、つっけんどんで素直じゃありませんこと♪」


 ルシュリアの好意的解釈の気色悪さにハジメは鳥肌が立つ。

 とはいえ、シャイナ王国の思惑に反目する勢力同士の友好条約に王国の姫がいるのはよくないのは事実。彼女の気紛れや手違いでシャイナ王国側に情報が筒抜けになる可能性は否めない。ハジメはこの女はしないだろうと思っているが、それは感覚的印象であって何の根拠もない。


 ギューフもベルナドットも、口には出さずともルシュリアのことは能ある厄介者という認識だ。彼女のことは十三円卓とはまったく別の意味で信用していない。

 二人はハジメがルシュリアの性根を承知した上で問題ないと判断したから今までの彼女の参加を許したに過ぎず、彼女が言い出さなければ彼ら側からお帰り願っていただろう。


「ではハジメ、お別れのチューを! んーっ」

「殺すぞ貴様」

「はいはーいルシュリアそこまで。そこまでアルよ~」


 わざとらしいキス待ち顔で近寄ろうとしたルシュリアの両脇を猫を持つようにジャンウーが抱えて引き剥がす。頬を膨らませて不満顔を作るルシュリアの所作一つ一つがわざとらしかった。

 ジャンウーが改めて彼女を片手で抱えて空いた手で上空に如意棒を伸ばすと、近くの巨木の葉が震えて中からワイバーンに跨がった誰かが上空に近づいてくる。恐らくはルシュリアの私兵だろう。乗り手が上空で如意棒の先端を掴むと、二人がふわりと浮く。

 別れ際、ルシュリアはわんぱくそうな笑みで手を振る。


「わたくし、場合によってはコモレビ村に部下共々亡命しますので~!」

「もう少し兄を信じてみたらどうだ? という訳で来るな」

「あの歳で未だに馬鹿ならもう一生治りませんわ~! というわけで押しかけます~!」


 仮にも実兄で次期国王に対して端的な侮辱を堂々口にする姫に、ジャンウーは困り果てた顔で息を吐く。


「この娘はもう……ハジメー! こっちも頑張ってはみるけどダメだったとしても恨まないで欲しいアル~~~!」


 ルシュリア達もこの場を去り彼女らの耳目がなくなったところで、ギューフがぽつりと漏らす。


「私はあの姫が恐ろしい。あれは本当に人間なのだろうか……ハジメ殿という執着の対象がいなかったら本当に何をするのか全く読めないほど、彼女の心は漆黒に包まれて何一つ見通すことができない」


 ベルナドットも同意して頷く。


「あんなにも悪の気を感じる人間は神代にもいませんでしたよ。生まれた時代が時代ならば、十三円卓議会どころか大陸全てを内側から蝕み崩壊させる猛毒ともなったことでしょう」


 二人は互いに頷き合い、ハジメを見やる。


「「あれの対応はお願いします」」

「虫唾がフルマラソンなんだが」


 不快感の余り普段出ない類の語彙が飛び出すハジメだが、逆に目を離したところであれが彼らと話し合いの場を設けたら何をしでかすかという不安もあるので二つ返事で拒否も躊躇われ、渋々頷いた。フェオもすごく嫌そうだったが口は挟まなかった。

 一人だけルシュリアの邪悪さを掴めなかったらしいイースのきょとんとした顔に今は癒やしを感じる。


『やらんぞ。我との婚姻で満足せよ』


 そしてこのオルセラの脳内に直接語りかける超空間シスコン念話である。


(狙ってない。というか、聞いてたのか)

『億劫ではあるが、兄上が関わるから回線だけ繋げて作業しながら流し聞きしていた』


 割と重要な話をオーディオブックのように扱われるのは釈然としないが、これも契約の代償だ。彼女に聞かれて困ることではないとはいえ、なんともプライバシーのない話である。

 ちなみにこの契約はフェオも噛んでいるのでオルセラからの念話に彼女は気づいている。ハジメ宛の念なので内容までは分からないのが不満なのか、彼女は器用にも念の気配みで不機嫌さを伝えてきた。ぶつけられたオルセラは嫌がるどころか関心する。


『ふむ、念の扱いが上手いではないか。先祖返りの気があるな。鍛えれば純血の感覚を体得できるやもしれんが、それは別の機会としよう』


 オルセラが聞き耳を立てる中、三組織での話し合いが改めて行なわれる。


 エルヘイム自治区のギューフが話の口火を切った。


「我々はコモレビ村との友好条約を望んでいます」


 少し前ならば「あのエルヘイムと!?」と色めき立つような状況だが、フェオにそのような浮ついた気持ちはない。ギューフの本気が言葉に乗っているからだ。


「魔王軍システムに関知はしませんが、エルヘイムは種族的に後がない。現状に甘えるという判断自体を絶つために『聖者の胴』の破壊は譲れません。自ら退路を断つのもそうですが、誰かに譲渡するのも危険すぎますので。これは他の如何なる組織、国家による干渉があろうと実行します。重要なのはその前後を整えることです」


 ただ壊すだけなら簡単だが、壊してエルヘイムが急激に変化する訳ではない。

 同盟関係にある勢力との摺り合わせは政治的に必要だろう。


「エルフ達が外の世界を知るために必要なのは、当然外の世界に降り立つことです。しかし選民思想で凝り固まった今のエルフ達をそのまま外に出せば、種族的優位から思い上がってトラブルを頻発させるのは目に見えています。仮にそこをクリアしても、食事や空気が身体に合わない者も大勢出ましょう」


 ギューフは聡明にもエルヘイムの民が自治区の外に出るというのが何を意味するのかをよく理解していた。


「外に興味のあるエルフたちを選定し、外の文化を学習してもらい、留学などを通してエルヘイムの出入りを段階的に解除していく過程が重要になります。言い方は悪いですが、いきなり野に放つのは不安に過ぎますので」

「現にお前の妹が村の中で公然猥褻寸前のことを堂々と――」

「その節は大変申し訳なく、妹にはよくよく言い聞かせますので」


 ギューフは神速で頭を下げた。

 オルセラは念話で不満げなオーラを飛ばしてきたが、あれは人前でディープキスを始めた彼女が悪いのでもう少し慎みを持って欲しい。


「ともかくですね……将来を目指すに、エルヘイムと外の世界の中間に位置する場所を我々はとても重視しています。今現在その条件を満たす理想的な場所はどこか? ――コモレビ村です」


 コモレビ村はフェオの方針で森と融合した村というコンセプトを踏襲しつつ外の街に劣らないような利便性を目指して設計されている。しかも、その森も近くに純血エルフの隠れ里がある程度にはエルフ好きする森だ。外の世界を学んだり体感するにはまさに絶妙な場所である。


「もちろんエルヘイムに累積する問題はそれだけではありませんが、私は政治的、経済的問題に関してはさほど労せず解決可能なものとして認識しています。十三円卓から政治的な攻撃を受け続ける貴方方にとって頼りがいのある隣人になれるかと」


 ギューフの手はにこやかな笑顔と共にコモレビ村村長たるフェオに差し出される。

 フェオは彼の顔を見て、手を見て、これは政治的なものであることに気づいた。


 ギューフが以前からコモレビ村を目に掛けて優遇していたのは、最初からこの関係性に繋ぐための計算があったものと思われる。勿論個人的な思いもあったものとは思いたいが、国家に匹敵する自治区の長なら将来を見据えた動きをするのは当然のことだ。それが多くの人間の命運を背負う者の宿命だからだ。


 フェオは少し考え、意を決したように彼の手を取った。


「頼られるばかりは主義に反するので、持ちつ持たれつでいきましょう」


 コモレビ村は規模は小さくともエルヘイムに下に見られるつもりはない。

 正当な自治区と村の認定すらない寄せ集めの関係であったとしても、《《エルヘイムに認めて貰うことで成り立つ村にはならない》》。

 仲良くするのは構わないが、フェオはそこを譲ってはいけないと判断した。


「……いいですね、そうしましょう」


 ギューフは、彼にしては珍しく歯を見せて笑った。

 互いに競い合うことで高みを目指す競争相手を見つけたように。


 書類については事前にある程度纏めていたので、二人はその場でサインを交わす。まだ双方に強制力のないソフトな友好条約だが、エルヘイムが自ら足を運んで取りに行った条約は稀であり、フェオはただサインを記すだけの羽根ペンがこれほど重厚に感じたのは初めてであった。

 最後に書類に込められた魔法が発動し、条約は正当な理由なしに破棄、改竄することの許されないものとなった。


 続いて、ベルナドットとフェオが相対する。


「既に書面ではお伝えしましたが、我々天使族もコモレビ村との友好条約を望んでいます。これは既に天使族とエルヘイムで結ばれた条約と同じものである所に我々の本気度を感じて貰えると嬉しいですね」


 にこやかなベルナドットだが、幼い容姿とは裏腹に今まで周囲に揶揄われていた時の空気感は既にない。言葉通り彼も本気で条約に取り組む姿勢だ。


「天使族がその秘密を守ってこられたのは、神代の情報や『聖者の躯』にまつわる過去の事実が漏れなかったからに他なりません。しかし、時代は変わった。天使族がいつまでも里に籠もったままでいられる保証のない時代が近くまで来ていると我々は考えています。そのための友好条約の相手として、ギューフくん、そして他ならぬ天使の同胞が信頼に足ると見出したコモレビ村を見出した次第です」


 フェオがマトフェイに視線をやると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らしたが、ちらちらフェオの様子を窺っている。ここにはいないがシャルアもまた信頼を担保した天使なのだろう。

 彼女とは仲の良かったフェオはそんなに信頼していてくれたことが嬉しかったが、その友情のみを根拠に条約を結ぶほど己に甘えられない。


「我々はマトフェイちゃんやシャルアくんを通して貴方方に知られていますが、我々は貴方方や取り巻く事情を一部しか知らない。特に、過去ではなく現在と未来の展望についてです」


 フェオの鋭い指摘に、ベルナドットは鷹揚に頷く。


「ご尤もな意見ですね。この際です、時間の許す限りお話をしましょう。お聞きしたいことがありましたらなんなりと。天使の知恵を絞って答えさせていただきます」


 時空の監視者、神代の忘れ形見――その知恵や、如何ほどか。

 話し合いは村長たるフェオの主導だったが、折角の質問の機会は有効活用したい。

 ハジメはフェオに目配せして彼女がうなづいたのを確認し、未だ残る疑問をぶつける。


「『聖者の躯』の破壊というのは、天使の言う変化に含まれるのか?」

「はい。尤も、我々は『躯』そのものへの干渉は基本的に考えておりません。ただ状況は常に気を配っていきたいのです。システムの中枢の破壊が与える影響を適切に捌くために」

「そこも気になっていた。そもそも『聖者の胴』の破壊は魔王軍システムにどの程度影響を与えるのだ? 俺が『左』を破壊して以降、魔王軍の行動には変化を感じなかったが……」


 このことはずっとハジメの気にかかっていた。

 先ほどのLS計画関連の説明でも、『左』が破壊されたことによる影響については触れられていなかった。もしも一つ二つ破壊しても影響がないなら、天使族や十三円卓の反応が過剰に思える。そこに何かコモレビ村側の知らない事情があるのではないかとハジメは疑っていた。

 ベルナドットは落ち着き払って答える。


「結論から言いますと、『胴』の破壊で急に魔王軍システムが変わることはありません。しかし、『左』の破壊より以前からシステムには細かな綻びが存在しました。人間界に独断で姿を現す魔族たちがその典型です。そして『左』の破壊によって綻びはより大きくなり、それまではあり得なかった明確な変化が幾つか確認されています」


 流石は人類を見守っていた時空の監視者だ。

 先ほどの説明と同じように、ホログラムのデータで説明を始める。


「まず、魔王軍に不適正な存在が魔王軍の一員として力を与えられるケース。将来的な精神の危険度を基準として選定される魔王軍にとって、後入り悪魔のリサーリ・ブエルや純戦闘能力皆無のプラネアと呼ばれているマンドラゴラは本来軍に組み込まれない筈なのです。彼らのようなイレギュラーは『左』の破壊より以前には確認されたことがありません」

「あいつらがな……確かにリサーリは魔王軍らしくない頭のキレがある……ん? プラネア? あいつ魔王軍だったのか?」

「そういえば偶にそんなこと叫んだりウルちゃんをまおうさまって呼んでたような?」


 ハジメとフェオは二人揃って首を傾げる。

 あのショージのペットのチョロかわマスコットと魔王軍という単語がどうにも結びつかない。確かにあんなナリで魔王軍に参加するのは場違いにも程があるが……。


 ――彼らの中では未だに二人の出会いのきっかけとなった指揮官クラスの植物魔物とプラネアがまるで結びついていないから、当然の反応である。ショージだって最近まで知らなかったのだ。


 ベルナドットは別に説明する必要性も感じないので「実はそうなんですよ」とさらりと流した。


「魔王軍システムの綻びは魔王軍のみならず、軍に選定されなかった魔界の魔族の間でも微かに。『大魔の忍館』の主であるキャロライン・ターンワルツは堂々と魔王の逃亡を扶助しましたし、リサーリの兄であるサリーサは魔王軍システムそのものに不信感を抱き、解明には至らなかったとは言え調べるまでに至りました。高位の魔物の一部では、思考の縛りが緩みだしているのです」

「あれもそうなのか……そして二人の高位悪魔が魔王軍に選抜されない理由は、その精神的危険度の低さ故ということか?」

「その通りです。差し迫った脅威が何もない魔界は平和そのものでして、逆に高位魔族ほど選定に引っかかりづらいのです。」

「あの、ちょっと質問いいですか? 思考の縛りについてなんですけど」


 フェオが律儀に挙手する。


「歴代魔王軍の中には戦いを拒否して逃亡した魔王や勇者に恋した魔王もいたと伝えられていますが、これはその思考の縛りの緩みとは別問題なんですか?」

「まるっきり無関係ではないですね。先ほどの話に遡りますが、魔王軍システムは『左』の破壊前から元々緩みが僅かながら散見されました。その一つが、魔王の自我が強すぎると時折システムの抑制を上回ってしまうというものです」


 魔族を統べる者として、魔王には様々な特権がある。

 それらの条件などが絡み合って、魔王だけは縛りが緩んでいたのだろう。

 『左』の破壊は、その縛りをより大きく、魔王以外にも波及するほどこじ開けてしまったようだ。それでもシステムの大本からすれば誤差程度のもののようだが。


「とはいえ、現魔王ウルシュミ・リヴィエレイアの場合、彼女の余りある天性の器が大きすぎて文字通りシステム的な魔王の座に納まらなかったようですが。おかげで彼女は勇者を騙して逃亡に成功していますし」

「そうだったんですね……ウルちゃん、よかったね」

「彼女は争いを好まない性格のようですし、今後魔界との交流の鍵となるでしょう。魔王存命の内は十三円卓議会も新たな魔王軍を呼び込めませんので」

「ふむ……話は脱線するが、そもそもなんでシステムは緩んでいるんだ?」

「はっきりとしたことは言えません。メンテナンス不足やシステムの想定と現実の相違によるエラーの蓄積などが考えられますが、少なくとも行方不明の『神の躯』が実は破壊されていた、というのは観測データ上限りなく可能性が低いです」


 と、一度切断した筈の念話からオルセラの声が再度響く。


『おいハジメ、兄上は訳知り顔をしているが実際にはウルシュミとかいう魔王とお前らに面識がある風な口ぶりに滅茶苦茶混乱しているぞ』

(そういえばギューフには一言も言ったことがなかったな……魔王の亡命先はコモレビ村だ。一部を除いてそのことは隠してるからギューフに伝えるなら秘密を漏らさないよう念を押してくれよ)

『覚えておく』


 この契約、今更ながらオルセラの言う通り便利である。

 それにしても、ベルナドットはウルのことに明らかに気づいてる口ぶりなのでてっきりギューフも知ってるのかと思ったが、為政者ともなると知ったかぶりも上手いようだ。

 いや、本当に他意はないし演技力としては必要なのだろうが、やはりバレているのに澄まし顔をしていると滑稽に見えてしまうものである。 

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