35-4
確かにルシュリアの即興演劇は出来がよかったが、シナリオは悪辣極まる。
「自分たちで恨みを買うような真似をした挙げ句、実際に襲ってくるのかどうかもよく分からない連中を殺す為に洗脳しておびき寄せ、事実を知らない勇者に殺させる。その間に巻き添えで死んだ無辜の民の犠牲が幾つ並ぼうが、『魔王軍との戦いをしなければ未来にはもっと犠牲が出る』と歪んだ理論で正当化し、今更やめるのも怖いし自分が死ぬ訳ではないから適当に民草が回復したらまた呼び出す……」
フェオが「それだけじゃありませんよ」と顔を顰める。
「聞けば十三円卓は【影騎士】という一騎当千の戦力を保有しているんでしょ? 勇者より遙かに強い彼らを利用すればもっと民の犠牲を減らし短期決戦に持ち込める筈なのに、なんで表向き隠してるのかちょっと考えたんですけど……聞いた感じ、都合の悪い相手の暗殺にしか使ってませんよね。ということは、自分たちの身を守るためだけの戦力じゃないですか。そりゃ王侯貴族や議会がやられれば国は大混乱に陥るので防備を固めるのは分かりますけど、明らかに我が身可愛さが優先してません?」
「流石はフェオ様、ご慧眼ですわ。なんでも【影騎士】は嘗て魔王軍にうっかり負けてしまった時代の失敗を踏まえて結成されたものだそうで、十三円卓議会を維持する為にのみ活動します。仮に民を守ったり勇者を援護するような行動をしたとしても、理由は十三円卓がそうしなければ都合が悪いから以上の理由は一切存在しません」
ルシュリアはおかしそうに微笑む。
この狂った国家の愚かな議会が紡ぐ歪な歴史を愉しむように。
「十三円卓議会は魔界の様子までは知りようがありませんから、自分たちでは上手くやっているつもりのようです。しかしハジメ。貴方は魔界の様子について伝聞とは言え聞き及んでいる筈です。であれば、分かりますわよね?」
「魔界はまるで衰退などしていないし、文明に関しては竜人に劣らない大都市を築くに至ってるらしい。逆に、嵌められて追放されたという歴史は忘れ去られている。十三円卓の想定する状況やもくろみとは真逆だ。不可侵の壁も部分的に既に破られている」
吸血鬼、上位魔族、妖狐……彼らが単身で魔界とこちらの世界を行き来することが出来るのは、彼らの存在そのものが証明している。
そして、断界巨神グレゴリオンの存在――十三円卓が二千年余り続けた「かもしれない」は、今となってはただ魔族と人間の双方に犠牲を強い続けているだけだ。
ルシュリアは申し訳程度に補足する。
「とはいえ、魔界も誰もが善人という訳ではないでしょう。或いは今、邪悪なる転生者が魔族としてこの世界に生まれ、未来の驚異となるやもしれません。尤も……邪悪な者なんて世界中どこからだって生まれる可能性がありますけれど」
「自己紹介か?」
「それほど大それた女ではありませんわ?」
思わず嫌味が漏れたが、正論だ。
環境が育む悪もあるだろうが、魔界に関しては聞いた限りその例には含まれない。
むしろ、調べてみれば地上の方が凶悪事件が多かったなどというオチがつきかねない。
「それに、魔王軍襲撃は結果的にシャイナ王国の役に立ったこともあったようでして……王家の支持率がよろしくない時に何故か突然魔王軍が攻めてきて異様に早く防備を固めて支持率が上昇したり、経済政策に失敗して金がドブに沈んだ際に何故か魔王軍襲撃が起きて各国から寄付金が集まってきたり、国内での反乱の知らせが王都に入った途端に何故か魔王軍が攻めてきて、反乱が起きた土地に魔王軍が攻め入ったことで戦力を減らさずに済んだり……とっても不思議ですねぇ」
最早知りたくもなかった醜悪な人間の本性が、歴史の隙間にぎっしりと詰まっていた。
ルシュリアは更にトッピングを付け加える。
「ちなみに、歴代十三円卓議会の方々の中に罪の意識に耐えかねて世に真実を公表した者はいません。できずに歴史から消えた方は何人かいたようですが、殆どの皆様が特に何の罪にも問われず、罪の意識を抱くこともなく、受け取るものを最大限に受け取って争いとは無縁に平穏に余生を過ごしていったようですよ?」
一体これまでに何人の大量虐殺を指示した者がいたのだろう。
十三円卓はその罪を十三に分割して背負うのではなく、分割して小さくなった罪を皆でリレーしながら隠蔽することで今まで変わらず存続することができた。
そして、悪行を連綿と連ねてきた人々は、既に死後の世界という司法の手が決して届かない世界へと次々に逃亡に成功している。
――自ら変化などしたくない。
何一つでも手に握ったものを失いたくない。
行動に対して自身でリスクも責任も負いたくない。
だから、変化せず、自分たちは変わらず利益を得られて、リスクを他人に負わせられ、責任は有耶無耶にできる機構の中に引きこもる。
それで他の連中が苦しんだとしても、自分は苦しまずに済むからそれでいい。
――変化せずに今のままでいいじゃないか。
――他の連中は知らないが、自分は今に満足してるから。
ハジメは、十三円卓議会は間違いなく二千余年前に魔王軍を追放した人類の思想を正しく引き継いでいると思った。
場が淀んだ空気に包まれる中、ベルナドットが口を開く。
「ついでみたいになりますが、神器についても触れておきます。ルシュリア姫が口にしましたが、神器とは本来武器ではなく、『聖者の躯』が実行するシステムに物理的に介入する万能鍵として旧神が作り出したものです」
「成程。神器が魔王軍の拠点や魔王を倒せるのも、魔王軍に特攻が乗るのも、『聖者の躯』から実行される命令を貫通できるからか」
「とはいえ、この神器も嘗ての内輪争いで一度は散逸し、全部は集まってない状態ですが……」
今現在、十ある神器のうち八つはシャイナ王国が、一つはリ=ティリが、残り一つは行方知れずとなっている。尤も、リ=ティリの神器である魔本は最近トリプルブイがカルマの協力を得て複製の製造に成功したため、厳密にはいま世界に神器は11個あるというややこしい状態だが。
「神器なくして魔王軍討伐はありえない。しかし神器には適合システムがありまして、その最たるものに『躯の命令を悪用する者に資格を与えず』というものがあります。なので十三円卓議会は何も知らない勇者に真実を知らせないまま上手く操る必要性があったんですね」
「勇者一行は自覚なき円卓の加担者ということか」
「ちなみにハジメさんが神器に適合しなかった理由は――」
「さる考古学者曰く、神器は持ち手が使命に忠実であるかが適合に関係すると聞いた」
「とても鋭い学者さんですね。その理解で問題ありません」
鋭いどころか神なのだが、神器の真相は存外思っていたほどのものではなかった。ある意味では大事なのだろうが、今を生きる人間としては十三円卓や躯周りの情報のインパクトが強すぎてどうしても拍子抜け感が否めない。
ハジメはそのついでに、地味に気になっていたことを訊ねる。
「ところで、この遺跡の台座にはどういう意味があるんだ? 『神の躯』と神器が関連しているところまでは理解できたが、ここまで理解出来ているならこの遺跡のギミックも理解しているのだろう?」
「え? なにが?」
「だからこの遺跡に隠されたギミックの話をしているが……」
ベルナドットとハジメはしばしぽかんと見つめ合う。
「いや、遺跡の壁画を解説して回っていたということは、ここについて知ってるんじゃないのか」
「いえ全く。多分、人類を守る旧神とはまた別の旧神が気紛れになんかしたのを後で誰かが手を加えたんじゃないかなーくらいで。でも壁画の内容は我々天使族の知るものと合致していたので説明に丁度いいなって思って説明に利用しただけです」
「……」
「……」
「……」
「……なぁ~んですかその『コイツ思わせぶりなこと言っておいて肝心なこと知らないのかよ』みたいな残念なものを見る視線はぁッ!? 私たちはあくまで人類の管理をしていた旧神によって作られた存在で、それ以外の好き勝手に動き回ってた旧神の方が圧倒的に数は多いんですよ!? 我々にあの常時脳みそお花畑の奇行種共の動向まで管理しろとぉッ!? ア゛ぁん゛ッ!!?」
「いや、別に。確かにすごいがっかりしたが、お前が悪いとは言わない」
「がっかりしたってハッキリ言ってますねぇッ!?」
「ドミニオン、ハジメは元々こういうこと言う性格なので。どうどう」
肩を怒らせて目を血走らせるほど荒れ狂うベルナドットの背をちびマトフェイが優しく撫でて宥める。後半ドスの利いた声が漏れた辺り、彼らの奔放さを何度も目の当たりする機会があったのだろう。どうやら人類を管理していた旧神は良識派な方だったようだ。
冷静に考えたら死に方のバリエーションをアクティビティにしているような連中がまともな筈はない。案外神獣との戦いでも不死身の肉体と行きすぎた文明力を活かしてヒャッハー戦法をとりまくっていたのかも知れない。
そんなイカレ連中相手に互角だった神獣の強さを実感すると共に、当時の彼らの困惑と苦労が忍ばれた。
こうして重苦しい真面目な話し合いの空気は一旦霧散し、過去の怒りに囚われる天使族の長を除いて全員の肩の力が抜ける。
「はぁぁぁ……まったく、これから実務的交渉だというのに、なんでこんなに疲れなきゃならないんですか」
ベルナドットは精神的疲労から残業に忙殺されたサラリーマンのような陰鬱さで俯く。
天使族は『エルヘイムの告発』以前からコモレビ村に友好条約の話を持ちかけていた。その件についての話し合いがまだ残っているのだ。
ちびマトフェイはそれに待ったをかける。
「ドミニオン、少しティーブレイクをはさみましょう。たがいにとってそれがよいかと。みなさんもよろしいですか?」
「異議無し」
「うむ」
「お茶菓子もご用意していますわ」
フェオがほっと息を吐く。
これ以上話が続くと情報の整理がつかない所だった。
よい話し合いには適度な休息も必要である。
薄暗くきな臭い世界の闇の話は一旦捨て置き、ハジメたちは遺跡を出て大自然のアウトドア茶会に興じることにした。
◆ ◇
――この日、一人のヒューマンの女性がコモレビ村に到着した。
「ここが出張先のコモレビ村かぁ! 思った以上に茶色と緑塗れ~!」
異様なハイテンションで周囲の奇異の視線を集める彼女は、アイビー。
つい最近までギルド・ロムラン支部所属だったギャル風の若手受付嬢である。
彼女はくるりと振り返ると、護衛兼案内役の冒険者――リカントの少女ユユの手を握って感謝する。
「村の案内までしてくれるなんてありがとね、ユユちゃん!」
「うん、どういたしまして」
笑顔で応えるユユ。
二人はこれが初めましてではなく、実は以前からの顔見知りだ。
とはいえ、親しい仲だった訳ではなく、こうして笑って手を取り合う関係になるとは互いに思っていなかった。
「いやー、まさか出張先にいるとは。シオちゃんとリリちゃんも元気?」
「村にいるよ。後で案内しよっか?」
「それよかアタシはクオンちゃんに会いたい! あと新職場! おっさんはその後で」
「アハハ……職場を一番にしようね」
欲望に忠実なアイビーにユユは苦笑いした。
――数ヶ月前、ハジメはとある理由から冒険者の等級を隠して田舎のギルド・ロムラン支部で暫く活動していた時期があった。
このとき彼の担当受付嬢だったのが当時新人だったアイビーである。
当時のロムラン支部にはレイザンという悪行三昧なのに罰されないハーフエルフの男がおり、その男の洗脳魔法のせいで嘗てのシオ、ユユ、リリアン三人娘は彼の取り巻き悪女のような状態になっていた。
そのレイザンを断罪して三人を解き放ち、何故か現地で『爆おじ』という異名をつけられたのがハジメであった。解決後にハジメはクオンを連れて一度ギルドに訪れ、彼女の愛らしさにアイビーはすっかりメロメロになってしまった。
「で、で、おっさんまだ未婚? 逆玉チャンスある?」
アイビーが期待の視線を向ける。
彼女はロムランでの騒ぎの後にハジメが冴えない冒険者おじさんではなく超高級取りで超可愛い義娘がいることを知り結婚を申し込もうとしたことがある。もちろん財産とクオン可愛がり目当てという欲望まっしぐらな理由だ。
ユユは肩をすくめて現実を叩き付ける。
「残念、もう美人の奥さんがいます」
「え~~~~~……ちぇっ、流石に取られたかぁ。クオンちゃんのママの権利欲しかったなぁ」
がっくり項垂れながらがっつり俗物的なアイビー。
彼女の我欲に忠実な性格は業務態度にも時折表れており、彼女は冒険者相手にテーブルに肘を突いて応対することもあった。とはいえ、それは当時彼女がいたギルドの特殊な事情故の行動でもあった。
受付嬢としては面倒見がよくて態度が気安く、どこか憎めないのがアイビーのチャームポイントだ。
「まぁいっか。当分ここで働けるってことはクオンちゃんと遊んだりおっさんから小遣い貰える機会もあるってことだし!」
「いやお小遣い貰ったら賄賂だよぉッ!?」
「チップよチップ。わざわざロムランからこんな田舎くんだりの出張に応じたんだからそれくらい役得がほ~し~い~~~!!」
両手をバタバタさせて堂々見返りを主張するアイビーの逞しさと明るさに、ユユも仕方ない人だなぁと頬が綻ぶ。そこにいるだけで空気が軽くなるというか、不思議と見ていて腹が立たない人懐っこさが彼女にはある。
アイビーは今回、コモレビ村の要望で市役所のフロアの一部をギルドの出張支部とする計画の労働力として派遣されてきた。
実は、前々から村の内部にギルド関連の組織がないことは村会議でも問題視されていた。
ギルドは平民と国の公的機関の橋渡し的な役割を担う側面がある。
村で犯罪が起きた際の裁定や村所属の冒険者たちの仕事外での書類処理にもギルド支部はあった方がよい。ギルドは信頼性の高い郵送業務も行なっているので、彼らがいれば冒険者以外の一般村民もある程度の公的書類はギルドに任せることができるようになるなど、ギルド支部を招くメリットは大きい。
建築に参加した大工たちの「折角建てた立派な市役所が十三円卓の妨害のせいで公民館レベルの役にしか立ってないのが勿体ない」というご尤もな意見も無視出来ず、コモレビ村は以前からギルドにその件について働きかけていた。
それが最近になって実を結び、遂に正規職員第一号が村に足を踏み入れた、というのが現在の流れである。
ちなみにアイビーが選ばれたのは、コモレビ村を取り巻く事情の複雑さからなかなか派遣する人間が決まらないなかで噂を聞きつけたアイビーが「ここ、おっさんとクオンちゃんの住んでるとこじゃん!!」と気づいて特別扱いして貰うために自ら志願したというのが真相である。
これまでの護衛すがらの会話ですっかり彼女と打ち解けたユユは彼女を手招きする。
「じゃ、市役所に案内するよ。市役所は最近移転したからちょっと離れているの。道すがら村の説明でも聞いていってね?」
「あいあーい……おお、すっごいナイスバディのお姉さんいる! なにあのメガネとセーター。えっちじゃん」
早速通りすがりのメーガスに目を奪われて足を止めるアイビーに、ユユは憎めないけどそれはそれとして世話が焼けるなと思った。
「ちょっとぉ、そんなに目移りしてると迷子になっちゃうよ?」
「だって気になるんだもーん。あ、そうそうちなみにおっさんの奥さんってどんな感じなの?」
「えーっと、どの奥さんかな」
「……は?」
「あの、ハジメさん今奥さん三人いるから。結婚した奥さんと内縁の奥さんが二人。そのうちもっと増えそうって話になってるんだけど……あ、ほら、あそこの赤い角の人もハジメさんの内縁の奥さんだよ」
ユユが指さす先には、陶器のように白い玉の肌に不釣り合いな大刀を背負った武者姿の女性がいた。肌角の色が珍しい鬼人のベニザクラだ。
すらりと引き締まりながらも女性的な膨らみがくっきりと感じられる体型。
艶のある黒い長髪に飾りのついた真っ赤な角。
物憂げな表情が綻んだ瞬間は女性さえも胸がときめくほどの美女である。
アイビーは唖然とした表情でどこかに向うベニザクラをたっぷり凝視した後、呆然と言葉を漏らす。
「あれで正妻じゃないとか、おっさん勝ち組すぎる……レズじゃないけどそこ代われ……」
「あの人は村でも飛び抜けて綺麗な一人だけど、多分ハジメさんは見た目で選んでないと思うよ。モノアイマンの子もいるもん。あ、でもサンドラちゃんはハジメさんと結ばれてから前以上に可愛くなった気がするなぁ」
「……ほう。ほうほう」
アイビーは何かに気づいたのか、顎をさすって悪巧みの顔をする。
「つまり、正妻に拘らなければまだ玉の輿チャンスがある!!」
「あれぇ!? そうなる!? そうなるんだ!? いやでも、そんな不純な動機で結婚狙ってたら流石にハジメさんの周りの人に怒られるよ!?」
主に正妻フェオと義妹のオルトリンド、あと「キャラ被ってるしポジション奪うな!」とか言いそうなシオに。
アイビーは「えー」とさも不満げな声を漏らすが、「まぁ仕方ないか……」と気を取り直す。
「妻はハードルが高いから、優しく話聞いてあげる代わりにたまに高いご飯とかプレゼントを奢ってくれるやさしいおっさんという辺りの妥当な関係を目指そっと」
「パパ活みたい!?」
「なんにせよ、こんな田舎まで出張に応じたんだから絶対にタダでは帰らないぞぉッ!! うお~~~~~!!」
「ダメだぁこの人……」
こうして、実質的な村の一員にアイビー含む幾人かのギルド職員が加わった。
ちなみにアイビーはこのあと村の食堂のレベルの高さとコスパの良さ、最近改善されてきた店の品揃えの良さに「コモレビ村サイコー!」と満面の笑みで腕を空に振り上げ、村を『こんな田舎』呼ばわりした事実を都合良く忘却したのであった。




