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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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35-3

 壊せば何が起きるのかも分からない『聖者の躯』を魔物だと思い込んで倒していたと思うとハジメは肝が冷えた。ギューフはこちらの気を知ってか知らずか、頼もしげに微笑む。


「まさか『聖者の躯』が破壊されるだなんて、十三円卓議会は考えたこともなかっただろうね。そもそも彼らはその場所すらギルド経由のハジメの報告で初めて気づいた程度だろう」

「……だろうな。入るだけなら誰でも出来る遺跡だ。連中の決めた隠し場所である筈がない」


 そこで、暫く黙っていたエゼキエルが口を開いた。


「よもやとは思っておったが、十三円卓議会の連中は今挙がった以外、残り二つの『聖者の躯』の在りかを知らんのではないのか?」


 周囲の視線がベルナドットではなく自然とルシュリアに集まる。

 彼女は屈託のない笑みで頷いた。


「流石はバランギア竜皇国の御方、お見立て通りにございます。嘗ての十三円卓の原形となった連中は、天使族から『聖者の躯』を奪ってすぐに内部分裂したのです。その際の混乱のなか、『聖者の躯』のひとつはエルヘイムへ、ひとつは内部分裂の勝者へ……残る全ての躯は長きに亘る歴史に埋もれて行方知れずとなっておりますわ」


 ああー……と、その場の大半が呻いた。


 神の後継者になるとまで驕り高ぶり、勢いに乗った連中だ。

 自分だけが全ての力を握って頂点に立とうと考える人間が出てこない筈がない。

 これほど滑稽なことはないとばかりにルシュリアは鈴のように笑う。


「最初は滅んだとばかり思い込んでいたエルフの襲撃を受けてリスク分散の為に代表格が手分けして管理していたそうですが、皆様よほど自分が一度は手にしたものを失いたくなかったのでしょう。少しばかり生活に余裕が出来て間もなく、組織のトップの座を狙って内紛が勃発。彼らはそれぞれの躯を「王の証」と呼び、神々の遺産を随分無駄遣いしたようです。王を諦めきれずに文字通り死んでも渡さないという方が何名もいらっしゃったのか、本当に死ぬことで情報をも殺してしまったようですわ?」


 一方的に敵視する連中を追いやるために散々身勝手な振る舞いをしておいて、最後は仲間内で殺し合い、足を引っ張り合って弱体化。

 目を覆いたくなる惨状とはこのことだが、逆に全て揃えばそれはそれで碌でもないことが起きたようにも思え、ハジメはただただため息が出るばかりだった。その惨状を可笑しそうに語るルシュリアは心底不愉快だが、儀礼的に確認を取る。


「その情報、シャイナ王国の王族は誰もが知っているのか?」

「歴代がどうかは知りませぬが、当代では転生者の私兵を持つわたくしだけかと。間違っても盆暗のエーリッヒお兄様は知らないでしょう。知ったところで理解出来る頭脳があれがよいのですが……」


 人差指を顎に当ててさも心配そうな顔を作るルシュリアの態度は、暗に無理だと告げていた。


 王位はそれに値する正当性なくば民は従わない。

 果たして始祖シャイナは王になるだけの手腕とカリスマを持っていたのだろうか。

 王の資質はそれのみで決まることではないが、王が十三円卓にとって都合の良い添え物に過ぎないと民衆が知り、その円卓が魔王軍を呼び寄せているということまでもが知れ渡ったとき――世界最古の国家たるシャイナ王国の歴史は、幕を閉じるかもしれない。




 ◇ ◆




 その頃、十三円卓議会の議論は紛糾していた。


「どう始末を付けるのだ、ギューフ王の暴露を!! 斯様な事態は前代未聞!! こうなる前に事前に察知するための外交であろうが!!」

「ええい、黙れ黙れ! 王と最長老の内紛など外交の場で明かす外交官がいるか!! そもそも貴様とて【影騎士】の派遣を二人しか許さなかったであろう!! それが今日の問題の原因ではないのか!?」

「このような事態になると知っておったらもっと連れ行ったに決まっておろう!!」

「どうする? こうなればエルヘイムを今こそ支配下に置くか? 総合戦力で言えば我々の方が上だし、【影騎士】を総動員すればいくら純血エルフとて……」

「バカを申すな! そのような派手な動きをすればエルヘイムの言葉が真実だと裏付けるようなものぞ!! 既に三国同盟の間でも動揺が広まっているなかで浅はかなことを申すな!!」

「浅はかだと!? 貴様、言うに事欠いて!!」

「おい、ちょっと……いい加減にしてくれよ!! 喧嘩してる場合か!?」

「若造が口を挟むなぁ!!」


 壮齢の大臣や議員たちが唾を撒き散らして責任を押し付け合い、罵り合う。

 もしこの様子が外に漏れれば民や王の失望を買うこと間違いないほどの醜態だ。

 世間に対して無関心である彼らがこれほど慌てるのは史上初のことだ。

 なにせ、絶対に覆らないし覆る筈もないと勝手に思い込んでいた秘め事が、自分たちの預かり知らぬところで勝手に覆ったのだ。円卓の机上から世界を動かしているつもりでいた彼らは、自分たちの理解力を越えた出来事を前に普段の対応力を失っていた。


 否、厳密にはそれは正確な表現ではない。

 大した危機を経験してこなかった議員たちは、大した対応能力がないだけだ。

 そんな当たり前のことにさえ、気づいている者は少数。

 その少数者もヒステリックなしわがれ声を浴びせられるのが嫌で黙っていた。

 話の流れが変わったのは、不毛な罵り合いに嫌気が差した議員の独り言であった。


「……ヤツはまたいたのだな。なんとか村の代表とかで」


 ヤツとは誰か、この場の全員が一瞬で理解する。


「死神ハジメ……」

「今回の件にもまたヤツが関わっていると?」

「わからん。証拠はない。一つだけ確かなのは、ギューフ王の側からの接触が関係の始まりであろうということだけだ」

「もうやめてくれ。憶測なんか聞きたくない」


 最若手の議員が心底うんざりしたように話を遮った。


「私はもううんざりなんだ。あの男の名前さえもできれば聞きたくない。今まで仕掛ければ仕掛けるだけこちらが無駄に疲れただけではないか。今、この忙しい時にヤツのことまで考えたくない」


 議員の中にはむっとした者もいたが、彼の言うことも一理あると考え直す。

 情報の封鎖が最優先だが、情報元がシャイナ王国という大国を以てしても干渉の難しい相手であることから全体的に冷静さを欠いてしまった。


「実際問題、エルヘイムに全く悟られずに王に干渉することは困難だろう。内紛を引き起こすにもあそこは各地に点在する純血エルフの里の者でさえ余所者扱いだ。ここは外交で圧力をじわじわかけながらギューフ王への付け入り方を探ることを提案する」

「……そうだな。幸い、その内向的な部分があればこそ噂も広まらずに済んでいる」

「では、各国への対応を早急に決めねばならんな。これを機にこちらから譲歩を引き出そうとする国もあろう。下手に出すぎぬようにしなければ」


 醜聞があったとて、シャイナ王国が大陸最大の国家であることは揺るぎない。技術力、生産力、人的資源……魔王軍の干渉を抜きにすれば治安も指折りによい。関係を拗らせれば困るのは相手側になる――そのような地位を築いてきた。

 幾何かの冷静さを取り戻した議員の一人が肩の力を抜いて豪奢な椅子の背もたれに身を預けた。一流の家具職人に作らせた、人体の構造的に長時間座っても健康リスクが少なくなるよう工夫を凝らした特注品だ。


 彼は無意識にその椅子の手すりを撫でる。

 世界中の殆どの人間がこのような椅子の存在を知らず、多くの者が椅子の特別さを理解出来ず、その椅子に座るということの意味を知る者は更に一握りで、その一握りの中から更に選りすぐりと判断されるよう努力することで、彼らはこの椅子を享受している。


 この椅子は魔法の椅子だ。

 十三円卓議会というシステムに情報を入力し、国家という巨大な乗り物を自在に操作できる。彼らは、そうだと思い込んでいる。


「既に情報を漏らした者を特殊不敬罪で処罰する法律は整えた。それに、結局エルヘイム自治区の言葉の真偽など各国には確かめようもない。ただ、今まで以上に間諜には気をつけなければならん」

「そうだな。最近はドメルニ帝国でよくない機運もあると聞く。地盤固めはしっかりと、だな」

「記憶を操作された【影騎士】共は使い物になるのか?」

「念入りに検査したが、そのときの任務の記憶を失ったのみで問題はないとのことだ。引き続き『頭』の持ち主を探させるが、誰が消したのかを特定できんのは頭が痛い」

「頭が痛いと言えば、エーリッヒ王子の即位についても話を進めなければならん……はぁ。最悪、あのぼんくらのとんちき発言と疑惑の噴出が同時に起きた際の対応も考えておかねば」


 ある意味ハジメより厄介な問題に、全員が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 エーリッヒ王子を即位させるくらいなら他の王位継承権者に継いで欲しいと願うほど、エーリッヒには父親の持っていた政治家適正が感じられない。

 にも関わらず現国王はエーリッヒを溺愛して止まず、エーリッヒも自分には期待されるだけの能力があると勘違いして為政者ごっこに拍車がかかる一方だ。


 同じくらい溺愛されており才能的にも申し分のないルシュリア姫ならば或いはとも思ったが、彼女はよりにもよってあの厄介なハジメにぞっこんときた。

 自ら選んだ転生者の私兵で側近を固めるルシュリアは、彼らが利用できないかと動き出したときには既に干渉できない存在になっていた。


 動き出すのが遅れたのも、彼女が私兵を認められているのも、元を辿るとたった一人の男のせいだ。


「耄碌王め。年々頑固に磨きがかかって今ではものの役に立たん。昔はあれでもう少し賢い男だったのにな」

「いっそ第二王子辺りを焚き付けて王を弑させ、遺言状でも偽装するか?」

「馬鹿者。そこまでしてしまえば流石に我々が疑われるわ。あれはもう少しで自然にくたばるよう食事に細工してある。それまで待て」


 思えば国王の判断力に陰りが見え始めたのもルシュリア姫とハジメが邂逅した辺りからだったと議員達は思い出し、かぶりを振って頭から追い出す。

 一度は忘れかけたのに、あの男は何度だって十三円卓議会の邪魔をする――。




 ◆ ◇




「――十三円卓にとっても王族の扱いは頭の痛い問題でしょうね」


 十三円卓の思惑についてルシュリアが披露した考察に、ハジメは不承不承ながらも頷く。


「始祖シャイナに連なる王族の血は、本当にお飾りなんだな」

「仰る通りですわ。当時の争いを生き延びた十三円卓の祖先たちは、争いの中でたったひとつだけ学びを得ました。組織のトップには傀儡を饐えて他の幹部級による合議制を取れば、全員の立場を平等にすれば内部分裂を抑制できる。後の流れはおわかりですわね?」

「敢えて始祖シャイナを煽てて国興しをさせ、その引き立て役を装って甲斐甲斐しく世話をすることで建国後の地位を確立し、あとは何も知らぬ無知な王を蚊帳の外に魔王軍システムを粛々と利用し、邪魔者は消して回る、か」

「円卓の祖先達にはもう一つ注目すべき点がありました。血筋ではなく円卓議会という機構を以てしてシステムを管理したことです。流石に自分の子孫がどうしようもない愚か者だったらと考えるとぞっとしたのでしょう」


 十三円卓はあくまで一定の能力と判断力のある人間にしか座らせてはならない。

 十三円卓は秩序を維持する消極的な存在でなくてはならない。

 そのためには個人が突出してはいけない。

 されど、時に非情でなければならない。

 同じ志を持つ後継は常に一定量用意する必要がある。

 王には逆らわないが事実を知らせもしないという適度な距離を保つ必要がある。


 そして、それらの条件をクリアできる人間でなければ出世出来ない議会という閉鎖的空間に権力を集中させる。


「まぁ、システムそのものの存在意義が矮小なのでどんなに選別したところで脳みそは十三円から値上がりしませんが」


 笑顔で辛辣に切り捨てたルシュリアは、ほう、と悩ましげにため息をつく。


「ギューフ王は『人理絶対守護聖域ラストサンクチュアリ』を停滞の螺旋と表現していましたが、十三円卓議会はそんな高尚なことなど考えておりません。彼らは唯、なんとなく上手く行っているシステムを漫然と続けているだけですわ」

「……魔王軍を世界に招くのも、なんとなくか?」

「建前はありますよ?」


 まるで演劇の一幕のようにルシュリアが流麗に語り出す。


「おお、彼方の地にて今も尚生きながらえる、怪物と成り果てし戦士たち! 怨恨憎悪を糧とし、力を蓄え、文明を発展させ、いつか不可逆の筈の次元の壁を越えてくるに違いない! これを放置するは愚策なり! 我らは今、人の世の中心ぞ! 我らが倒れれば人類の未来や如何に!? 倒さねばならぬ、倒さねばならぬ!」


 これは彼女なりの十三円卓の建前の解釈なのだろう。

 ミュージカル調な理由は知らない。


「されど暴力に優れたる傍若無人な彼奴等を打ち倒すは容易にあらず! なれば、我らは知恵を巡らせよう! 倒せる数だけおびき寄せよう! 神の遺構に縋れば容易なり! されど五つの地獄の軍団とそれを収める魔の首魁、それは神の予言に記されし脅威なり! 留意せよ、されど絶望することなかれ! 鍵たる神器も我らが手にあり! さあ勇者よ名乗り出よ! 救世の戦いに身を投じ、邪悪なる者を討ち滅ぼせ! 一度で無理なら十度、十度で無理なら百度でも! 続けていれば、いつか敵は討ち滅ぼせる!!」


 勝てる見込みのある量の魔族をシステムで恣意的に呼び出しては彼らへの干渉効果がある神器を持たせて討伐させ、これを延々と繰り返すことで魔族を倒す。完全に楽勝にならないのは、システム上軍団の最小単位以下に減らして呼び出すことは出来ないからだろう。

 本陣の敵を倒せなくとも、弱らせ続ければいずれ衰退する――消耗戦だ。


「邪悪なる魔王軍! されど、彼の者たちが邪悪であればある程に正義は輝けり!」

(……魔王軍が悪意を好むのは、人にとって敵である方が都合がよいからそうなるよう意識を植え付けられていると。人類側としても、敵がいれば纏まる意識もある。ルシュリアの言いたいのはそんな所か)

「されど、戦えば民は傷つき、癒やしを求める。常に魔王軍と戦うことはできない。戦士にも世界にも休息は必要なり……備えよ、次なる勇者よ! 次の戦いの為に、次の次の戦いの為に! 生まれ、増え、成長し、また聖戦に身を投じるのだ!!」


 魔王軍が敵として攻め込んでくれば、思考能力に制限があるとはいえ少なからず犠牲は出て、土地は焼かれ、破壊される。十三円卓には、それをねじ曲げて人類側による魔族の一方的虐殺に変える方法はない。だから魔王軍を討伐したら、次の戦争が出来るくらいに回復するまで待ち、回復を終えたらまた魔王軍を呼ぶ。


 民などまたその辺から雑草のように生えてくる。

 それが彼らの本音だろう。


「聖戦は退くこと許されず、諦めること能わず! 引けば地上は侵略される()()()()()! さすれば今まで以上の無辜の民の地が大地に流れる()()()()()! 辛苦の戦いの果て、希望を掴むために! そのために、十三円卓は存続し続けるのである……」


 最後に丁寧なお辞儀(カーテシー)を披露する様はさながら演劇役者で、天使たちや竜人たちが思わず拍手を送っていた。そのまま王族をやめて演劇役者になればいいとハジメは思った。

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