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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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35-2

 人を尊重しないと決定した瞬間に、人道は喪失する。

 他人を貶めるために。

 貶めることで、ちっぽけな己を慰めるために。


「彼らの派閥は、既に魔力適合に成功して強靭な肉体を得ていた種族達をそのまま汚染地域に閉じ込めて、二度と出られないようにしようと画策しました。最たる成功例がいなくなれば数に勝る否定派は最低限の手間で民心を掌握できますから」

「……なんて、残酷なことを」


 ただ考え方が違うだけの相手を、政治的に邪魔だから消せばいいという血の通わない理論で。

 予想はしていたとはいえ、現実を突きつけられたフェオは悲しげに項垂れる。


 『エルヘイムの告発』の際、ギューフは既にそのことに触れていた。

 魔族は、十三円卓の謀略で追放された者達の生き残りだと。

 なんと虚しく無意味な戦いなのだろうか。

 祖先を同じくする者同士で延々と殺し合うなどと。


 ベルナドットはため息をつく。

 彼は当事者で、当事者にしか抱き得ない葛藤や後悔があるだろう。

 思い出すだけで憂鬱になる負の記憶――それでも、彼は語る。


「旧神は人類の意思決定そのものは人類に任せていました。その力関係を背景に彼らは旧神の技術や戦況を分析し、情報操作でコントロールして遺伝子改良は戦士の証だのと彼らを言葉巧みに民を誘導し、好戦機運を作った。すなわち、敗北に向う旧神への恩を我らの手で返すのだと」


 ベルナドットの陰鬱な顔を見かねたマトフェイが代弁の説明を始める。


「かれらをそのまま戦場にむかわせても犠牲をむだにふやしてしまいます。だから彼らをサポートし、情報を伝達したり肉体を強化するシステムがひつようでした。十三円卓はそれを逆手にとり、彼らに服従の因子を埋め込み、とうじの人類の都市の中枢であった『聖なる躯』をとおした命令に迷いを持たないよう手を加えたのです。旧神にはつごうのいい部分だけつたえながら、どうせ彼らはもうすぐいなくなると内心でほくそえんで……」

「そこまで悪役面が出来るほど余裕はなかったと、わたくしは思います」


 口を挟んだのはルシュリアだった。


「もうすぐ旧神の庇護がなくなり地盤が揺らぐことへの焦燥。その旧神の力で生み出された新人類の単純な生物種としての優位性が牙を向く可能性に対する恐れ。地位を失うことを厭う権力欲、支配欲、物欲……持つ物が多ければ多いほど、失うことへの恐れも比例し、妄信的になってゆく。どれも卑小でありふれた人間というイキモノの考えそうなことでしょう?」


 顔も声も宝石姫と呼ばれる可憐なルシュリアのまま、しかし言葉は十三円卓を通した過去の人類の滑稽さを嘲笑うような途方もない悪意に満ちていた。

 フェオはこの姫が内に秘めた底なしの闇を初めて垣間見て言葉を失ったが、ギューフは臆することなく首肯する。


「戦争が終われば、賛成派と反対派の間には改良された遺伝子に基づく戦闘力という無視出来ない巨大な差異が必然的に生まれる。下に見られるのは嫌だが自分が変わるのも怖い。ならば相手を嵌めるしかないと思ったのだろう。平凡な人間にとって、変化ほど不安なものはないのだから」

「……かくして、準備は整った。LS計画の発動です」


 ベルナドットはおもむろに立ち上がり、遺跡の中に足を踏み入れた。

 全員がそれに続く。

 光源で壁画の照らされた遺跡内で、ベルナドットは光の矢印を魔法で生み出して壁画を指した。


「今現在魔王城及び魔王軍幹部の拠点とされる場所は、まだ旧神の庇護を得られぬまま苦しむ人々を安全圏に逃がすためのものでした。壁画内にはその避難の様子が描かれています」


 自分より弱い者ならば受け入れてもよい、そんな傲慢さがあるように思うのは考えすぎだろうか。だが、そう説明されれば納得できる部分もある。


「軍団は各拠点に編制された部隊の名残か。魔王軍拠点の機能を失ったドストルデル廃要塞を含めれば拠点と軍団数も考慮して数が一致する」

「そしてLS計画が発動。LS計画は超弩級規模の空間歪曲によるパッチワークを開始。汚染された土地を全て引き剥がし、無事な土地をつなぎ合わせた大地――現在の大陸が生まれます。引き剥がされた土地もひとまとめにして次元を隔てた場所に送り込まれ、これにて隔離は終了。遺伝子改良賛成派の主力は一部を除いて地上から消え去り――ヒューマンを主とする数に勝る無改造と、少数な軽度改造種ばかりが神代の終わりに残されました」


 皆と共に壁画を見上げるベルナドットは自嘲げに笑う。


「私たち天使は……なんでこんな馬鹿な計画に乗らなければならなかったんでしょうね。今なら、違う選択もできたのかな」


 ベルナドットは、これらの出来事を知っていながら何も出来なかった。

 あくまで彼らは人類の要望と神の意見の摺り合わせ役。

 人類の決定そのものをおかしいと思っても、意見する立場にない。

 

 暫くベルナドットは鑑賞に浸っていたが、ちびマトフェイのローキックが彼の太ももにパァン! と、クリーンヒットした。


「アッバァ痛ったぁ!?」

「もうしわけないとは思いましたが、いまドミニオン(ベルナドット)待ちの時間ですよ」

「……そういうズバズバ言うところは有り難いけど、手加減してくれないかなぁ。肌が張り裂けるかと思ったよ」


 太ももをさすりながら涙目を浮かべる威厳喪失ドミニオン。

 しかし、結果的に気持ちを切り替えられたのか持ち直したベルナドットは話を続ける。


「さて、ここの壁画にはもう一つ重要なものがあります」


 ハジメとフェオにはそれに心当たりがあった。


「もしや、あの台座か?」


 メーガスによる神器探しのきっかけとなった台座。フェオは半ば無意識に台座のある方を向く。


「人体と神器らしきものが刻まれたものですよね。私、あそこからはなんだか嫌な気配を感じるんですよね……」

「その気配の正体までは分からないが、少なくとも直ちに我々に影響を及ぼすものがないことは保証するよ」


 ハジメはそこに描かれた人体の正体をほぼ確信していた。

 しかして、予想はベルナドットによりあっさりと裏付けられる。


「神器というのは正解だ。そしてここに刻まれた頭、右手、左手、右足、左足、そして胴。これは間違いなく、『聖者の躯』のことを示している。『聖者の躯』は比喩でもなんでもなく、本当に旧神の間で聖者とされた存在のからだそのものなんだ。ただし……」


 ベルナドットの表情に、初めて警戒にも似た焦燥が滲み出る。


「本当は骸じゃない。バラバラのまま生きているんです」


 頭、左腕、胴――『聖者』の正体。

 それは、天使の中でさえも伝説となった、気の遠くなるほど遠い過去の神話。


 ――聖者はあるとき星に降臨した。


 ――聖者は民の声を聞き、民を苦しみから解き放つ術を見出した。


 ――それすなわち、尽きることのない永遠の命。


 ――民が喜ぶと聖者も喜んだ。


 ――民が悲しむと聖者も悲しんだ。


 ――いつしか、世界は誰も飢えず、病まず、死なず、存在し続けることの苦すらない存在へと昇華していった。


 ――やがて民は聖者と共に、元の星を捨てて未知なる世界への旅路へと就いた。


「……これが、天使族の知る聖者という存在の情報のあらましです。カルマも似たり寄ったりでしょう。実際には永遠の命の是非を巡った戦争など様々あったようですが、つまるところ、聖者とは旧神を神の位に至らしめた存在。旧神にも終ぞその来歴や正体を暴くことの叶わなかった何者かなのです」


 ベルナドットの言葉を受けて、フェオは狼狽していた。


「え……っと。ごめんなさい。その、意味が分かりません。いえ、つまり聖者が神にとっての更に神のような存在だというのは理解しました。でも――」

「そんな大切な存在を何故バラバラに引き裂いてコンピュータ代わりに使っていたのかが分からない、だな」

「そう、それですハジメさん。私にはこんぴゅうたというものの知識がないんですが、察するに道具のように使っていたということですよね? エルフで言えば守りの猪神様の身体を、も、もぎとって、玩具にするようなものです、よ……?」


 口にするのも躊躇われる背教的行為にフェオがどもる。

 宗教における御神体と置き換えて考えれば、信仰者にとっては天地がひっくり返るあり得ない行為だ。聞いた感じでは聖者は善性の存在のように扱われていたようなので、何故そのような帰結を迎えたのかが理解できない。

 ハジメたちの疑問に、ベルナドットは肩をすくめて首を横に振る。


「正直、分かりません。そもそも旧神は永遠の命を得たことでかなり現人類とは常識や文化性が異なっていたので、明瞭な答えが残されていたとして理解できるものかは疑問ですね。過去のデータで見たのですが、旧神にとって死なない身体を利用して様々な死に方をしては蘇ることがアクティビティとして扱われていたそうですよ?」

「ううん、確かにそれは……理解しようとして出来るものではないな」


 ハジメは思わず唸る。

 人間にとって死は一度、命はひとつだ。

 この原則が旧神に当てはまらない以上、もはや彼らは人間とは全く別種の存在と思った方がいいのかもしれない。人体の損壊という行為が持つ意味やそれに対する感性さえも異なっているとしたら、もしかしたら彼らにとって聖者の解体は疑問を挟む余地すらないほど当たり前だったのかもしれない。


「無論、聖者という絶対者が自我を持って動いていることに危機感を抱いた可能性もあります。与えることが出来るなら奪うこともできる。旧神の命の絶対的優位性も聖者次第だったのかもしれません。言い伝えなんて伝えた者のさじ加減で何とでも言い換えられますからね」

「当事者たちが現在の神によって姿を消した今、真相は謎のままか」


 聖者の来歴についてはエルフも竜人も知らなかったのか、神妙な顔で情報を整理しているようだった。ルシュリアは相変わらずにこにこ笑っているが、護衛のジャンウーは努めて深く考えないようにしている風に見えた。

 ベルナドットが手を叩いて注目を集める。


「前置きはこのくらいにして、具体的に『聖者の躯』がどのような物質であるかに触れましょう。ギューフくん、躯が果たす役割とは何かな?」

(くん付けで呼ぶ間柄なのか……?)


 ベルナドットに馴れ馴れしく指名されたギューフは、まるで生徒の如く慇懃に答える。そういえばこいつら内通してたんだったとハジメは思い出した。


「躯は、魔王軍システムを司り維持する役割を担っています」

「その通り。聖者の肉体はすなわち途方もない情報の集積体と言えます。旧神はそれをエネルギー源としてもコンピュータとしても利用していた。そのときに入力されたシステムが今も律儀に魔王軍をこの世界に駆り立てています」


 マトフェイが魔法を使うと、虚空に文字の羅列が浮かび上がる。


 そこには『論理的思考の一部制限』、『精神的危険度が高い者を優先して選定』、『魔王に対する忠誠心の付与』、『人命救助命令を管理者権限により凍結』、『魔王軍召集命令の簡略化、及び外部入力コマンド追加』という五つの項目が大きく表示され、その他細かなものがおまけ程度に並んでいた。


 これが、今現在『聖者の躯』によって運営されている魔王軍システムの概要。

 恐らくこれ以外の部分は当時のLS計画をそのまま流用しているのだろう。

 論理的思考を制限されているのでは、魔王軍もおかしさに気付けない筈である。

 ハジメはふと疑問を投げかける。


「十三円卓がシステム側を握っているのならば、奴らは魔王軍をもっと効率的に操ることが出来るのではないのか?」


 ハジメは手っ取り早い方法ばかり思いつく性格なので、彼らの婉曲さが疑問だった。しかし何事にも理由があるように、彼らには彼らの事情があった。


「考えたとしても出来ませんよ。彼らは旧神に要望を出し、旧神は天使に実行を命じた。彼ら自身はシステムの書き換え方など知らない。神なき後の天使をアテにしていたのでしょうが、我々はもう付き合いきれなかったのでね。今、彼らが自力で出来るのは魔王軍を地上に招き入れる操作のみです」

「なるほどな」


 少々皮肉の籠もったベルナドットの笑みに、ハジメ達は納得した。

 確か、ベルナドットは以前神代の終わりに天使族が経験した出来事について語ったことがあった。当時の人類は神の遺産を我が物にしようとし、管理端末――今になって思えばそれこそが『聖者の躯』だったのだろう――を奪い取り、散々面倒を見て貰った天使族を隷属させようとした。


「人間は群れると集合知を生み出すこともありますが、時として思考能力が低下して集団で暴挙に出ます。一種、神の統治の限界だったのかもしれませんが、それはさておき……『聖者の躯』の問題はまだあります。ハジメさん、何かおわかりか?」

「躯を肉体に取り込んで化物になったと思しきどっかの魔法使いがいるな」

「アグラニール・ヴァーダルスタインですね。やはり気づいていましたか……」


 ベルナドットが魔法を使うと、虚空にアグラニールの姿が投影された。


「ご存じない方もいらっしゃると思いますが、この男は魔法学術都市リ=ティリにてエイン・フィレモス・アルパの遺品を盗んで逃走した男です。この男、どうやら遺品の中に『聖者の頭』が存在することやその性質をどこかから掴んでいたようで、今現在は……こうなっています」


 ハジメの知るアグラニールの横に、新たな姿が映し出される。

 ジャンウーがその姿に思わず身を引き、ルシュリアは素で物珍しげに声を漏らす。


「う、わっ……」

「まぁ」


 相応に整った顔立ちだったアグラニールは前頭部から後ろの頭がグロテスクなまでに肥大化し、膨れた頭には無数の人間の口が白い歯をちらつかせて何かを唱えている。元の形が人間であるが故に、余計に強烈な違和感と不快感を催す悍ましい姿だ。

 口が増えれば詠唱できる魔法の量も増える。

 思考能力の高すぎる彼にとって、これは望ましい姿なのかもしれない。

 それが証拠に投影されたアグラニールの表情はずっと楽しげだ。


 天使族の里を守る為の攻防戦でマルタ達が目撃したという彼の変わり果てた異形の伝聞とそれは一致していたが、いざ視覚的になるとその異形ぶりを思い知らされる。


「『聖者の躯』はそれ単体では休止したままですが、物質的に欠損している事に対して自覚があるのか、生体結合性質があります。迂闊に触れれば情報に比例した肉体を具現化させるために急速に活性化し、触れた者を取り込み、それを糧に無限に近しい膨張を続けるでしょう」


 創作の物語には時折、他の生物を取り込むことで強化されていく生物や能力が登場することがある。転生特典にも似たような力の持ち主が過去にいた。

 しかし、それは強化のための取り込みだ。

 『聖者の躯』はそうではなく、情報と肉体の均衡を保つために莫大な情報に現実世界が引っ張られる形で肉体側が膨張するらしい。つまり、『聖者の躯』自身に取り込むという感覚はなく、ただ結合性質というトリガーに合わせて情報と質量の釣り合いを取るための作用が勝手に物質を浸食していくということだ。


 それを「無限に近しい」と表現したということは、もしかしたら、『聖者の躯』の欠損に釣り合いが取れるのは同じ『聖者の躯』のみで、それ以外をどんなに取り込んでも釣り合いが取れることはないのかもしれない。それこそヨートゥンのような規格外な質量の魔物でさえも、だ。

 結合性質の恐ろしさもそうだが、同時に旧神が崇めた『聖者』という存在の桁外れのスケールを感じずにはいられない。


 「ただし」と、ベルナドットは念を置く。


「普通の人間ならば『聖者の躯』が持つ圧倒的情報量に呑み込まれて記憶や理性、人間性を失い怪物化しますが、この男のように例外もありえます。彼は本来なら肉体が膨張を続けて既に異形の怪物として否応なく発見される筈なのに、今も潜伏を続けるほどには思考能力を保っている。恐らくは彼の転生特典である異常な思考能力の高さや入念な準備で膨張を抑えこみながらコントロールしているのでしょう」


 最後にアグラニールを目撃して以降も、ハジメたちはNINJA旅団にも頼んでずっとアグラニールの捜索を行なっているが、未だ手がかりらしいものすら見つかっていない。


「彼の危険性は追々話さなければなりませんが、最後の問題に触れます。すなわち、台座の彫刻によって五つあることが示唆されている『聖者の躯』はどこにあるのか? ……ということです。ハジメさん、お心当たりは?」

「エルヘイムが管理する『胴』。アグラニールが奪い取った『頭』。それと、十三円卓も魔王軍への命令の為に最低ひとつは確保している筈だ。そして……」


 今もはっきりと覚えている、あの異形。

 ハジメと今は亡きタクトが二人がかりで押さえ込み、後にハジメが破壊した――。


「十五年前、未踏破遺跡の最奥部で破壊されたのが『左』。そういうことでいいんだな」

「はい。ハジメさん、当時はそんなこと知る由もなかったでしょうが、貴方は『聖者の躯』を破壊した世界で唯一の存在です」


 ハジメは、漸く十三円卓議会が執拗にハジメを危険視する理由を理解した。

 間違いなく、彼らに取ってハジメ・ナナジマという男は危険人物だった。

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