35-1 転生おじさんとエルフ娘、積み重なる歴史を垣間見る
エルヘイム自治区での一件が片付いた数日後、村はにわかに活気づいていた。
その理由は、エルヘイムのあれこれとは全く関係ないフェオ主導の村の拡張計画によるものだった。
計画の為に村のビルダージョブが総動員され、元祖ビルダーのショージを中心にゴルドバッハ、シルヴァーン、カルパの陣頭指揮の下に工事が進められている。
シルヴァーンは机に置かれた計画仕様書を眺めながら自身の顎に蓄えた白髭を撫でる。
「村の拡張張路線にゃあ反対だって話だったが、随分大胆に広げるんだなぁ。エルヘイム自治区で何か自然との調和のコツを掴んできたのかねぇ?」
「みたいだぜ」
ショージが工具片手に現れてシルヴァーンの隣に座る。
ドワーフのシルヴァーンは身長が低いため、座った状態のショージと立っている彼で丁度目線の高さが近くなる。
「ま、人が増えることで苦情とかもちらほら上がるようにはなってたからな。ほれ、トリプルブイやらジジイたちの金音が煩いだとか、農業に使う堆肥のにおいが気になるだとかさ」
「それで村を大まかに三種の区画で区切るってぇ訳か。既に建てたモンまで移動させるんだから、ビルダーだらけの村ならではだな」
フェオの立てた拡張計画は、コモレビ村の敷地を現在の3倍以上開拓し、現在の村の位置を居住区として他に公共区と作業区を設けるというものだ。
「公共区には美術館や図書館、役場など日常的に使うわけじゃないものを集めて村の顔にする。そして農地を挟んで作業区を置くことで騒音に対処しつつも村の物流の拠点とする。最後にそれらの区画を簡単に移動できる新たな道を作ると。ほぉ、面白ぇ道だな」
図面にある道は地上ではなく吊り橋式で、三角形型に配置された3区画をそれぞれ繋ぐように出来ている。地上経由ではやや時間のかかる場所に直進でショートカット出来るので痒いところに手が届きそうだ。
デザインはなかなか大胆ではあるが、利便性や安全性にも配慮されているし、何より村を一望できるようデザインされているので観光客ウケもいいだろう。この吊り橋そのものが名物になるかもしれないくらいだ。
「考えたもんだ。公共区に移動する建物は面積取ってるモンが大きいから、こいつらを移動させれば実質的に居住区も拡張できる。しかし、転移台も増やしてるのは地下通路あるのに必要かぁ?」
各セクションに新たに接地された転移台を用いれば地下通路を使わずともワープができそうなので疑問に思ったシルヴァーンだったが、彼に比べて村を駆け回ることが多いショージはその意図に気付いていた。
「頻繁に行き来すると転移酔いがあって不便だし、有事の地下避難用が主な用途みたいだぜ? それに、転移に頼るより歩いて森を感じて欲しいのが本音じゃないかな」
「成程なぁ。別に森なんぞ感じたくないヤツにも一応配慮しつつか。嬢ちゃんらしい」
フェオは森と調和した村をコンセプトにはしているが、そのために住む人間に迷惑をかけることを避けたがっていた。村は人が住んでこその村だ。森と人と、どちらもが損をしない落とし所を彼女は常日頃から意識していた。
「しっかし、エルヘイムくんだりまで行ってハジメのヤツぁまた別嬪の女引っかけてきたんだって?」
「スゴかったよそりゃもうスゴかった。セックスィ~で日焼けしたおっぱいとかチラリズムしかないファッションとか舌とかもうスゴすぎて、スゴいもん見た」
「女の感想聞いてんじゃねえよ」
真面目くさった顔で語彙力の腐ったことを言うショージの頭をシルヴァーンが定規ではたく。
ショージは美少女同士のディープキスという童貞には刺激が強すぎる光景を目撃したせいでオルセラに関する他の情報が頭に入っていないのであった。
◇ ◆
村が活気づいているその頃、『迷いの森』に存在する遺跡のなかでひっそりと集合する者たちがいた。
天使族の長ベルナドットと聖職者幼女天使マトフェイ。
バランギア皇国の皇エゼキエルと熾四聖天、【雷聖】ガルバラエル。
エルヘイム自治区の純血エルフの王ギューフとその妹の一人であるイース。
シャイナ王国王女ルシュリアと部下のジャンウー。
そして、コモレビ村村長のフェオと夫のハジメ。
世界鳴動の事態が迫る中、彼らは――。
「そろそろ焼けたぞ。ほら、食えギューフ」
「かたじけない。ではさっそく」
「お、お兄様。動物の肉を自ら率先して口になさることは……!!」
「じゃあお前も食え。イースだったか。長に従うのがエルフの掟なんだろ」
「ええっ!?」
「ハジメ、わたくしにも何かくださらないのかしら?」
「ピーマンの種でも囓ってろ」
「アハハハ……ま、私が焼いてアゲルから我慢するヨロシよ、ルシュリア」
「はぁい」
「ふむ。ハジメさんはルシュリア姫にだけ過剰なまでに辛辣ですね? もぐもぐ」
「邪悪な気がかんじられるからでしょう。むぐむぐ」
「天使の方々はちょっと食べ過ぎです。たまには飲み物も口にしてくださいね?」
「「はぁい」」
「おいガルバラエル。幾ら護衛とはいえここで何も食さないのも無礼に当たるぞ。フェオ殿の言葉を借りれば貴様は食べなさすぎだ」
「皇が仰るのであれば」
「あ、ちょ、それまだ火が通ってな……! ああ!? ブレスで焼いた!?」
――ゆるっゆるにバーベキューしていた。
こんがり焼ける肉に野菜、香ばしくて食欲をそそる音と匂い。
簡素なテントの下という開放感のある空間。
食材のみならず飲み物も各地から持ち込まれたものだが、贅を尽くした食事会とは呼べないハードルの低さの下の食事会はお前ら貴重な時間使って何やってるんだと突っ込まれそうなほどダラダラしていた。
無論、彼らも別に遊びに来た訳ではない。
『エルヘイムの告発』で各国が知ることになった十三円卓の正体と思惑についてきちんとコモレビ村に伝える為にやってきたのだ。そこで話し合いの場をどうするかということになったときに確実に盗み聞きされない場所ということで森の遺跡が選ばれた。
神代以前の記録が壁画として記された、例のあの謎の遺跡である。
しかしこんな何もない場所はどうなんだとフェオが疑問を呈し、別に話し合うだけなら豪華な部屋など必要ないとギューフが言いだし、ただ突っ立っているのはあんまりだからキャンプでもしようとベルナドットが言いだした結果が現状である。
一応は遺跡周辺の警備をNINJA旅団に依頼してあるのでかなり機密性の高い空間だが、バーベキューに興じる機会のない連中ばかりなので新鮮がっており意外と雰囲気はいい。
ハジメにはよくは分からないが、「大学生の寄せ集め初キャンプに挑戦してるみたいな空気感」とはジャンウーの言である。
(しかし、フェオの緊張を解くという意味ではいい提案だったな。多分あのまま突入してたら緊張でガチガチだったろう)
各々好き勝手にバーベキューを楽しんでいる様を見ると「こいつら単にはしゃぎたいだけでは?」という本来の目的以上のものを感じずにはいられないが、政治家が話し合いをするときに高級料亭に行く気分にはこういう理由も僅かに含まれているのかも知れないとハジメは思った。
「おや、マトフェイ。口元にソースがこびり付いていますよ?」
「言われなくても分かってますぅ!」
「前に見た時より身体の成長度は増しましたが、まだまだ精神が引っ張られていますね」
「……おや、そろそろトウモロコシの食べ時を通り過ぎそうだな。では失敬して」
「アッそれルシュリアの為に焼いてたヤツアル!」
「ルシュリアが我慢すれば何の問題もない。どうしても食べたいならこんなのもあるぞ」
「いやそれさっきエゼキエルくんが焼き加減間違えて綺麗に炭にしちゃったヤツぅ!!」
「や、焼き加減を間違えてなどいない! 美しく炭化したことで炭として燃料に出来る!」
「貴様等、無礼講とはいえ意識して礼を欠く真似をするならば……」
「まずいな。フェオ、例の作戦を」
「はい。ガルバラエルさん、こちら村で育てた家畜のお肉ですのでどうか味見をして品評を!!」
「ガルバラエル、応じよ」
「むぐっ……赤身がベースの歯ごたえある食感と脂のバランス。バランギアで好まれる味ではないが、歯ごたえを求めるならば質の高さは申し分ない」
「ん? イース、肉を食べたいなら取っていいんだぞ」
「いや、だって、ダエグおばあさまを嵌めた人達と一緒にエルフの掟を破って食肉だなんて、これではまるでオルセラお姉様が大好きな当てつけのようではないですか!」
「何をいまさら。ダエグはばっちり隠れて肉を食っていたぞ」
「え、嘘……こんな美味しいものをひとりで?」
「そうだ」
(美味しいって認めた。というか、そういえばダエグの隠し部屋にそんなメモもあったな)
……イースはギューフの秘書としてと同時に、あの事件以降塞ぎ込んでしまったダエグの代わりに彼を見張る者として自ら名乗りを挙げて使命感を胸に意気揚々とやってきたらしい。
その結果知ることになったのがダエグの裏切りなので本気でショックなのだろうが、その純真さが彼女がいくら能力が高くともまだまだ子供であることを物語っていた。
ギューフはこれも妹に真実を知らせるためと心を鬼にして真実を告げる。
「肉のような味と食感の新果実開発のためとはいえ、それはもう各国の高級肉をシェフに調理して貰い、何回も何回も過剰に思えるほど食べていたようだ。けっこう前から家族に黙って」
非情な現実を前にイースは悲しそうな目で目の前の肉を見つめ、やがて魔法で取ってタレをつけて頬張る。バランギア産の脂がたっぷり乗った最高級牛肉だ。口の中で溶ける牛脂の旨味と肉の柔らかな食感が広がる程に、これを独占していたダエグによる裏切りの傷もまた深くなる。
イースの瞳の縁から一筋の涙が伝った。
「お……おばあさまの裏切り者ぉぉぉぉーーーーッ!!!」
イースからすれば悲痛な慟哭なのだろうが、世間知らずな純真少女のリアクションに対して周囲の視線はとても生暖かった。
しかし、和やかな雰囲気も食事を終えて本題に入ると霧散した。
神獣と旧神が相争った神代――人類は、今とは比較にならない天変地異と破壊、そして再生の時代に翻弄されていた。一部の旧神は途方もない力の衝突の狭間に巻き込まれて死んでゆく人類を哀れみ、保護していた――と、この辺りの事情はベルナドットから以前聞いている。
語られるのはその詳細――運命の分岐点。
「ラストサンクチュアリ計画……それが魔王軍システムと呼ばれるものの始まりでした」
ベルナドットの口から語られる真実を、ハジメとフェオは一言一句漏らすまいと聞き入る。他の面々も粗方は知っているのだろうが、他ならぬ世界の運営者であった天使族が事をどう捉えているのか興味があるのか、バーベキュー終わりのドリンク片手に耳を傾けている。
「当時、神獣と旧神の戦闘により世界の半分に及ぼうかという面積が高濃度魔力に汚染されていました。生き物は多かれ少なかれ魔力に影響を受けていますが、その濃度が余りにも高まりすぎると生命活動に支障を来します。自然に霧散を待つことで多生和らぎはしますが、当時は汚染の速度の方が圧倒的に早く、このままでは人類は旧神の街の中でしか生きていけない生物になってしまうことが危惧されていました」
まるで環境問題のような話である。
環境は再生させるより破壊する方が圧倒的に容易い。
神獣も旧神も殆どはそんなことを気にしている余裕はなかっただろう。
「このとき、人類は二つの派閥に割れていました。一つは後天的魔力適合による人類存続を唱える勢力。旧神の技術力を用いて遺伝子に改良を加え、魔力汚染に抗しうる肉体を得る。今現在地上に存在する殆どの種族がこの改良によって誕生しました。どれか一つでも種族が生き延びられるように、それぞれが違う特性を持って」
犬の特性を持つリカント、猫の特性を持つキャットマン、鳥の特性を持つハルピー……この世界に存在する多種多様な種族の根源はそこにあったようだ。
エゼキエルが横から補足する。
「我々竜人は違う。神代の終わりと同時に世界の環境は激変したため、我々は新たなる竜の在り方へと適合した。エンシェントドラゴンも神代は終わるなら自らも去ると竜族の後を始祖の皇に託し、姿を消した。エルフもまた原種……最後まで旧神の元に下らず守りの猪神の庇護下で生き伸びた。竜人とエルフは例外的種族なのだ」
「成程な。それで、もう一つの派閥とは?」
「遺伝子改良に否定的で、高濃度魔力汚染を解決することで生き延びようとした派閥……今現在のヒューマンの先祖たちです」
世界で最も人口の多い種族、ヒューマン。
皮肉にも、純血エルフと違って彼らは変わらないことによって生き延びたようだ。
「当時、既に第三勢力である今の神の介入が始まっており、遠からん終戦の兆しが見えていました。そこで遺伝子改良否定派は魔力汚染された土地や空間を旧神の力で別次元に封じ込めるという作戦を立案したのです」
「汚染された土地を諦めて、無事な土地で生きてこうと言うことか。現実的な選択だな」
「遺伝子改良肯定派も苦労が少ないに越したことはない。双方合意の下、当時の人類の議会で採択されることとなりました。しかしその裏で、否定派――後の十三円卓議会は既に暗躍を開始していたのです」
フェオが恐る恐る訊ねる。
「一体、何をしたんですか……?」
「遺伝子改良賛成派の主力の追放。彼らは一部旧神が自分たちのために必死の抵抗を続ける中、神なき戦後の権力の空白を埋める皮算用を始めていたのです」
恐らく、まだその頃は第三の神が人とどう関わろうとするのかさえ判然としていなかった筈だ。
ある意味逞しいし、結果としてそれが戦後の世界の安定の一助にはなったのかもしれない。
ただ、彼らにギューフのような種の存続の使命感があったのか、それとも自らの豪勢な権力の椅子を維持するために他の者たちをどう利用するか机の上で考えた結果だったのかは定かではない。




