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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-22

 世には多くの魔法使いが存在する。

 広義においてはハジメもそうだが、一般的にはやはり魔法使いと言えば魔法を主体として戦ったり研究する者を指し、基本的に後衛かデスクの存在だ。


 現代魔法の始祖、エイン・フィレモス・アルパ。

 研究者と冒険者の両側面を併せ持つ『風天要塞』マリアン・ラファル。

 他にも魔法で勇名、或いは悪名を轟かせた者は数多くいる。

 魔王であるウルの魔法は、本気を出したところを未だお目にかかったことがない。


 それに対して、古の血族の最長老ダエグは如何ほどであるのか。


「芋引き婆がぁぁぁぁぁッッ!!!」


 渾身の力を込めて投擲された道路標識が、マッハコーンを置き去りに通路を貫く。

 直撃すれば城壁を木っ端微塵に粉砕して尚も止まらない程の運動エネルギーの塊に対し、しわくちゃの老婆は水晶の上に座ったまま腕すら動かさない。


 異変はすぐに現れた。

 エアロバーストのような風の影響を消し去るフィールドを通過したことで道路標識の衝撃波が減退し、グラビトンテリトリーのような過重空間が下ではなく道路標識に対して反対の方向に働いてエネルギーが奪われ、その先にバリアのような障壁を幾重にも重ねて作られた巨大な魔力の腕が道路標識を受け止めんと迎撃する。


 道路標識と魔力の腕が接触した瞬間、虹色の光が散った。

 腕を構成する様々な属性の障壁が接触と同時に砕け散ることによって生み出された光だ。アイスリアクティブのように砕けることでより効率的に衝撃を拡散しているようだが、驚異的なのがその多層構造ぶり。

 バウムクーヘンやミルクレープどころではない、一体何百の障壁を引き飛ばせばあれほどの厚みになるのか気が遠くなるような層の数で徹底的に威力を削がれた道路標識は、遂に魔力の腕に受け止められる。


 オルセラはそのときには瞬時に疾駆で標識まで追いつき、底部のブロックを蹴り飛ばして腕を貫通しようとする。

 が、そのタイミングを見計らったかのように標識を受け止めた腕が光に溶けると、強烈な斥力となってオルセラと標識を押し返した。恐らくは風と闇の複合で、ハジメの知らない魔法だ。斥力に逆らいきれなかったオルセラは後方に弾き飛ばされ、ハジメが攻性魂殻で速度を減らして怪我なく受け止める。


巫山戯ふざけやがって、あの婆め……!」

「やれやれ、名乗りも挨拶もなしに突進か。猪の如き勇猛と言えば聞こえはよいが、考えもなしに力でねじ伏せようとするのは浅はかであるぞ、孫よ」

「うだうだ喧しい。すぐ喋れなくしてやる……!!」


 オルセラは敵愾心を剥き出しにハジメの手から降りると道路標識を構える。

 ダエグは問答無用な彼女の様子に嘆息すると、視線をハジメへと向けた。


「そこなおぬし。確かギューフ王の招いたどこぞの村の護衛であったか? 古の血族に弓引くとは身の程を知らぬ猿よなぁ」

「オルセラの護衛としてギューフ王より依頼を賜ったハジメ・ナナジマだ。何者か知りたくばシャイナ王国の冒険者ギルドに問い合わせてくれ。自分より丁寧かつ客観的に教えてくれるだろう」

「痴れ者め、このエルヘイム自治区の最長老と呼ばれる儂に楯突くことの意味が分かっておるのか? 貴様の母国とちっぽけな村の未来に暗雲が立ちこめておるぞ?」


 見え透いた挑発と、脅し。

 無論、ハジメはそれを特になんとも思わない。


「正式な依頼者と正式な報酬を元に正式な書類で受諾された正式な依頼を遂行することにはなんの問題もない。これは冒険者ギルドの不可侵の自治的な秩序だ。シャイナ王国の国内法に準拠したものであり、自治区とはいえシャイナ王国の一部であるエルヘイムにもこれを否定する法的根拠はない。これを侵害するのは単なる不法行為に他ならない」


 略式めいているが、有効な主張ではある。

 世界最大の国家であるシャイナ王国の全土に根を張る冒険者ギルドは、国家に対しても一定の独立性を担保し、更には国境を跨いだ組織でもある。

 この件についてハジメや関連する村が責められるのは完全にお門違いであり、それでも悪印象を抱くというのであればそれは根拠のない感情論でしかない。仮にそれを遠因に敵対するにしても、ギューフが勝てば問題は存在しなくなる。


 淡々とした物言いが癪に障ったとばかりに皺だらけの眉間に更に皺を寄せたダエグは、得も言われぬ迫力を帯びた声で警告する。


「この職務は高度に政治的な内容を孕んだものだ。個人が干渉してよいものではない。依頼料を突き返して来た道を引き返すならば情けをかけてやってもよいが、貴様の頑なな態度が答えと取ってよいのかな?」

「ダエグ殿は世間知らずでいらっしゃるな」

「なに?」

「自分のような高位冒険者にとっては特に、一度引き受けた依頼を私的な理由で無責任に撤回するというのは依頼主とギルドに対する重大な背信行為に他ならない。すなわち、純血エルフの次代の王への背信だ。明確な役職ですらない最長老とどちらを優先すべきかは、冒険者であれば誰であれ明白であると答えるだろう。自分もそうだ。全ては依頼主のために――基本中の基本だ」


 幾らダエグが今は実権を握っていたとしても、依頼主が就任式典前とはいえ実質的な王のギューフである以上はそれを断る方が無礼千万。ダエグの脅しは全てが的外れだ。

 ただし、この老獪なる最長老はそのようなことは最初から理解している。

 理解した上で、それはあくまで理屈であり現実とは違うのを知っている。

 一定以上の権力を握る者は、正当性を歪めて影響力を及ぼすからだ。


 とはいえ、この戦いでギューフが勝ったとてダエグが急に何も出来なくなる訳ではない。いたずらに話に応じない姿勢を取ることで不必要にトラブルを抱え込むのは面倒なので、多少の譲歩は必要だ。


「自分はあなたに個人的な敵意がある訳ではない。そこで、こういうのはどうだろうか。自分が受けたのはあくまでオルセラの護衛だ。オルセラが貴方に戦いを挑んだとて護衛は有効な仕事なので自分はオルセラを守る。しかし、自分から貴方へ攻撃を加えるのは依頼の拡大解釈のしすぎなのでそれはしない。王と最長老、互いの顔を立てるにはそれが冒険者としての精一杯だ」

「……ふむ。まるっきり阿呆という訳ではないようだが、我が孫が納得するかな?」


 ダエグは譲歩を引き出した上で、ハジメとオルセラの不和を暗に誘う。

 しかし、オルセラは反対するどころかハジメの提案に賛同した。


「当たり前だ。糞婆はこの手で叩き潰す。邪魔してくれる方が不愉快極まりない!」


 最初から彼女がそれを求めていることは知っていたので、互いの思考に齟齬などない。契約による繋がりでそれは話し合うまでもなかった。


「では、話は成立ということでよろしいか」

「まぁ、よかろう」


 孫の気質を知るからこそか、ダエグは深く言及しなかった。

 或いはこうなることまで予想通りで、ハジメの人としての程度を図りつつも言質を取ることが最初からの目的であったのかもしれない。

 そして、恐らくこの老婆は平気でハジメも攻撃対象に加えるだろう。


 ハジメとオルセラにこれ以上の会話はなく、ダエグもまた何も言わない。

 何の合図もなしに、オルセラは弾かれるように再びダエグへと駆け出していき、ダエグは迎撃の為に芸術的なまでに緻密で複雑な魔法を瞬時に組み上げていく。質、量、速度、どれをとってもオルセラどころかギューフが垣間見せた魔法とも比べものにならない熟練度を見せつけて。


(頼むぞ、オルセラ。やれることは何でもやるが、最後はお前がやれるかどうかだ)


 ハジメは、全霊を籠めて彼女の援護を開始した。




 ◇ ◆




 オルセラもしつけという名の暴力に最初から恐れがなかった訳ではない。

 もはや遠い昔のことなので記憶は曖昧だが、それは微かに覚えている。


 ダエグとの対決を決意したのはいつだっただろうか。

 多分、運命を変えた一つのきっかけというものはない。

 己の気質、積み重ねられた現実、エルヘイムの現状――木の葉が地に落ち、やがて分解されて土壌を育むように、オルセラは当然のこととしてダエグへの叛意を降り積もらせていった。


 ダエグは確かにエルヘイム自治区において有能であった。

 内政、外交、国内産業、魔法、軍事、あらゆる分野に影響力を及ぼせたのはそれだけの能力があってこそ。里への貢献度でいえば長――王を凌ぐ働きを見せるほどの重鎮だ。

 オルセラとダエグを比較すれば、エルヘイムとして必要性が高いのはダエグだろう。

 所詮オルセラは血族の中に偶然丈夫な肉体を持って生まれた小娘に過ぎない。


 しかし、そんなことはオルセラにはどうでもいい。

 ただ、そう、ダエグが気に入らない。

 言葉が気に入らない。

 行動が気に入らない。

 地位はどうでもいいが、地位を利用して自己を正当化する様は気に入らない。


 どんなに権力と知恵を握ろうが所詮人間一人では間違えることもある。

 その間違いをどうあっても認めたがらない矮小な存在が、弟妹を傷つけ、選べるはずの道を勝手に塞ぎ、何の責任も取らずに自己満足の中で死んでゆくことが許せない。


 死ぬなら無様に負けてから死ね。

 オルセラの苛烈な性分は、そう言っていた。


「うるぅあああああああッッ!!!」


 奥歯を噛み締め、道路標識を振るう。

 込められた膂力と魔力が次々にダエグの妨害を突き破るが、奥に控えるダエグから空間を埋め尽くす量の魔力砲の乱撃が殺到して接近を許さない。オルセラは構わず道路標識を振り回しながら突き進んだ。

 余りにも攻撃密度が高すぎて防ぎきれない攻撃も数多あったが、オルセラの周囲を衛星の如く回るハジメの盾が彼女の動きを妨害しない範囲で攻撃を弾くおかげで強引に突き進める。


「猪口才な」


 ダエグのしわがれ声と共に、魔力砲がオルセラを避けてハジメを狙う。

 ハジメは盾と杖、槍を上手く取り回して最小限の手間で防ぎながらオルセラの防御をも維持する。唯のヒューマンに生まれた身ながらこれだけのマルチタスクを破綻させないのは彼の才能としか言い様がない。


 と、ハジメが唐突に左に体を傾けた。

 瞬間、先ほどまでハジメがいた空間が歪んで樹木の剣が無数に突き出す。

 危うく串刺しになりかけた危機にハジメは眉一つ動かさない。

 空間を越えた訳ではなく、見えないほど小さな植物の破片を飛ばして一気に解き放ったらしい。しかし、ハジメの察知能力はそれらを完璧に捉え、読み切っていた。もし彼も攻撃に参加していたらどうなったかと想像してしまう程には、彼は隙を見せない。

 更に立て続けに攻撃しようとしたところでハジメがダエグの攻撃を魔法で相殺すると、ダエグは怪訝そうに眉を潜めた。


「耳なしの分際で易々と……入れ知恵があるとはいえ、この儂の魔法を?」

「現実も見えなくなったか、糞婆ぁぁぁッ!!」


 魔力にオーラと呼ばれる力を混ぜ込み、一気に距離を詰める。


 ダエグに勝利するには肉弾戦に持ち込むしかない。

 オルセラは魔法でダエグに勝てないことはずっと前から気付いていた。

 100年以上の経験値を持つ者を相手に同じ土俵に立っては、追いつくまで何十年もかかってしまう。盲点的な隙を探ろうにも魔法の生き字引たるダエグにそんな都合の良い隙があるとは思えなかった。

 だから、オルセラは生まれ持った恵体を鍛え上げるやり方を選んだ。


 古の血族は、スキルによる攻撃力の強化がない。

 より厳密には、一挙手一投足に至るまでスキルのブーストに当たる力を自分で感覚的にコントロール出来るのでスキルに頼る必要が無い。これは竜人にも当てはまるが、彼らはより身体能力を伸ばす為にスキルの概念を上手く利用する術へと進み、古の血族は持ち前の魔法を伸ばす方を選んだ。

 だからエルフは魔法で圧倒的に優位な種族となったが、逆を言えばそのために身体能力を捨てたということ。ダエグもその例に漏れず、故にオルセラの勝機はそこにしかない。


 全て肉体に頼ることも考えたが、魔法に対抗するのに生まれ持った魔法の力を捨て去ればダエグへの対抗手段も減ることになる。オルセラが最終的に選んだのは魔法剣士のように、武器を主軸に補助として魔法を用いる戦い方だった。


「砕けろォッ!!」

「愚か者が。一度のまぐれ当たりでのぼせおって」

 

 振り翳した道路標識に纏わせた魔力が、ダエグが虚空から召喚した錬金術とも地属性魔法とも知れない巨大な斧と激突する。オルセラの魔力がダエグを貫くことは出来ないが、道路標識の威力を増させ、ダエグの魔法を少しばかり弱めて綻びを作ることくらいは出来る。

 オルセラの道路標識が魔力の斧に罅を入れ、砕け散らせる。


 直後、死角から何かが飛来してオルセラに激突する寸前にハジメの盾に防がれた。

 亀裂水晶をコアとした魔力結晶が複数浮遊し、オルセラを全方位から攻撃していた。


「ちぃぃぃッ!!」


 道路標識の中腹あたりを軸に振り回して水晶を弾くが、亀裂水晶は()()()()()()()()()()()()()という特異な性質を持ったアイテム故にオルセラの剛腕を以てしても砕くことは出来ない。

 更に、殴った際に砕け散る周囲の魔力結晶が虚空で魔法陣を描いて空間指定魔法として発動する。これは流石にハジメの盾でも防ぐことが出来ず、数十にも及ぶ魔法がオルセラの至近距離で炸裂した。


「……ッ」


 一撃一撃が骨の髄まで響く悪辣な威力だ。

 オルセラでもこれほど痛いのなら、一般的な純血エルフが浴びればショック死するかもしれない。ダメージそのものより痛みが強いのは、ダエグがしつけとして効果的になるよう傷はなくとも痛みの強い魔法を求めたからだ。


 ダエグがくつくつと愉快げに笑う。


「以前は斧を叩き割った勢いで偶然その武器が儂を掠めたからのぉ。二度目も同じ方法で上手く行くとよいのぉ」

(そりゃあするよな、対策を……)


 鋭い眼光でダエグを睨みながらも、オルセラの思考は冷静だった。

 自分も同じ状況になれば同じようなことを考えるだろう。

 理性と学習能力ある人間として警戒し、対策を取るのは当然のことだ。


 ダエグは畳みかけるように小憎たらしい笑みを浮かべる。


「ほれ、どうした? 式典までもうとっくに一時間を切っておるぞ? そのような小出しの力で遊んでおる暇があるのかえ?」

「そう言って魔力を過剰に使わせて消耗を狙っていることを知らん我ではない」

「婆のスタミナに負けると思うておるとは、随分と殊勝になったなぁ?」

「ほざけ。まだ自前の魔力は欠片も使っていないだろう。そちらこそ温存のフリをしているのではないか? 例えば魔法道具に予め魔力を蓄積して小出しに使うとかな。何歳になっても小物めいた動きをする様は滑稽だ」


 ダエグは肯定も否定もせずに鼻で笑うが、ダエグの私室を調べたオルセラは既に彼女の魔力ストックの存在を知っている。この戦い、ダエグがどんなに魔法を多用しても絶対に魔力切れを起こすことはない。

 更に、ダエグは魔力を犠牲に集中力や体力を回復させる術を開発している。魔力効率が良いとは言えないものだが、魔力量で圧倒的に勝っているためその欠点も欠点たりえない。これもダエグの部屋で発覚した事実だ。


 消耗戦ではダエグには絶対に勝てない。

 かといって、ただ力でねじ伏せられるほど耄碌した相手でもない。


(まだだ。針の穴に糸を通すには、もっとこの糞婆の手の内を探らなければならん)


 ハジメとの事前の打ち合わせで既にいくつかの方法を考えてはいる。

 温存している力があるのはお互い様だ。

 しかし、早く手札を切りすぎればダエグの隠し札でカウンターを喰らう可能性は否めない。だからダエグを焦らせ、向こうから手を引き出させるのが望ましい――と、これはハジメの言だ。そして彼はその方法も既に考えていた。


 オルセラはハジメと感覚を共有し、彼の技能を己の身で使用する。


「コインシューター」


 人差指と親指で銃を象るように手を構えると、指先から金貨が発射されてダエグに迫った。ダエグはその行動に面食らいつつも魔法で難なく防ぐ。命中と同時に金貨は消えてなくなった。


 ギャンブラーというジョブで得られるコインシューターは、持ち金を消費して攻撃するスキルだ。ただし、ギャンブラー自体がなかなか初期ジョブの類なのでこの攻撃スキルはかなり弱く、低レベルの敵にしか通じない。むしろ低レベルでも金さえあればそれなりの威力になることが売りのスキルだ。


 ダエグはこのスキルを知らなかったようで、しかも威力も低かったことから怪訝そうに首を傾げる。


「なんだ、それは? わらべの遊びか?」

「下界の技だ。持ち金を消費して攻撃に転化する」

「耳なしの貧弱な技。奇をてらってはいるがまるで効果があるとは……いや、待て」


 ふとおかしい点に気付いたダエグの疑問に先回りするようにオルセラは懐から金貨袋を取り出す。


「我は金など持っておらぬのでこういうものを使っている」


 じゃらじゃらと音を立てる金貨袋を見たダエグの目が豹変し、血走った。


「そ、れ、は……その袋は……儂の金ッ!?」

「ここに来るまでの間に変な部屋があってな、そこの棚の中に詰まっていたので拝借した。城の中にあるということは血族の共通の資産。我が使うことにはなんの問題もあるまい? そら、袋の中身をもっと使わせてもらうか。コインシューター、コインシューター」


 にやにや笑いながら次々に発射された金貨は大した効果も発揮せず魔力に阻まれて消えていく。

 消えるのだ。

 コインシューターで発射された金貨は、完全に、跡形もなく、使い捨てのように。


 オルセラはさっきからダエグが長年をかけて秘密裏に貿易を行なったりしてこつこつ集めた未来の為の資産を、延々無駄遣いしているのである。


 ダエグの金なのでオルセラの懐は一切痛まないし、ダエグの表向きの理論ではエルヘイムに金など必要ない()()()()()()()()のでこの行為にはメリットはないが問題もない。


 ダエグ自身の教えでは問題ないので、これはある種ダエグが自ら招いた事態だ。

 そこまでも含めた皮肉と挑発に気付いたダエグはわなわなと腕を震わせ、目を剥いて絶叫した。


「こ……こ……この悪たれめがぁぁぁぁぁッッ!!! 儂の金をッ、儂の目の前でッ!! 簒奪者がッ!! 厚顔無恥な恥知らずがッ!! 古の血族にあるまじき、最も劣った、下劣な、うっるゥゥあィがぁあぁあああああああッッ!!!」


 ダエグは唾を撒き散らし、激情の余りに亡者のように行き場のない手を振り回す。

 そこにあったのは威厳ある最長老の姿ではない。

 勝手に有り金を無駄遣いされたことに理性を忘れて獣のように怒り狂う、みっともない欲まみれの老人の醜態が目の前に広がっていた。

 オルセラは心底愉快な気分でその様を笑い飛ばした。


「はははははは!! にらめっこか!? 面白い顔だ!! 負けを認めてもいいぞ!!」


 あのダエグにこんな醜態をさらさせる方法を思いついたハジメを褒めて遣わしたい。笑いながらオルセラはどんどんコインシューターを使用し、ダエグの金はダエグの魔法に防がれ、ダエグの目の前で消滅していく。その度にダエグの怒りの炎に油が注がれる。


「こんなに面白い見世物はないなぁ!!」

「くっ、くびっ、縊り殺してやろうか小娘がぁあぁぁぁッ!!」

「こういうのもあるぞ!  ロスカットウォール!!」


 今度は札束のバリアだ。

 大した効果もないバリアは怒りのまま放たれたダエグの魔法で弾け飛ぶが、当然これにも金が消費される。ダエグは自分の手でダエグの金を吹き飛ばしたのだ。

 ダエグの怒りは怒髪天を衝き、溶岩のような怒りで煮えたぎった憎悪を口から撒き散らす。

 

「許さん許さん許さん許さん小ぉぉぉむぅぅぅすぅぅぅめぇぇぇ如きがぁぁぁあああああああああああッッ!!!」

「あっはっはっはっはっはっは!! く、くくく……ふはははははははッ!!」


 発狂する老婆とは対照的に、清々しいまでに晴れやかに笑うオルセラ。

 その様を後方から見ていたハジメは、目的の為とはいえ自分はとても悪いことに加担しているのではないかという得も言われぬ気分になった。


(ここまで効くとは予想外だ……)


 実際のところ、コインシューターのようなギャンブラースキルで一度に消費できる金額などたかが知れている。オルセラはコツを覚えたのかどんどん発射速度が速く、魔法で複数の銃口まで作り出しているが、ダエグの総資産と比較すると小遣い以下の消費だろう。理性的に考えればあんなに怒ることではない。


 しかし、金への執着が強い人間はそうは考えない。

 少しくらい減っても困らない、でなはく、自分が苦労して手に入れた自分だけの為の金が簒奪されていると考える。それが必要経費であっても、法律によって定められた税であったとしても、許せないのだ。事実、ハジメは冒険者の仕事をするなかで金に執着する余り自ら破滅の坂を転がり落ちる人物を何人も見てきた。

 あの成金部屋の様相と経験則からしてそれなりに効果はあると踏んでの作戦だったが、端から見るとオルセラが悪人にしか見えない。


(いや、今更善人ぶるのはよそう。これでダエグには戦いを長引かせるデメリットと、短期決戦のメリットが生まれた。まだ理性と感情が辛うじてブレーキをかけているようだが、あの調子では長く保つまい)


 自分の判断が遅れれば遅れるほど、ダエグ以外の存在のせいでダエグの資産が減っていく。国家を運営する立場に等しい彼女であれば、決断せざるを得ないだろう。


 ――就任式典開始まで、あと40分。

 ダエグとの激戦も、ロクエルとギューフによるエルフ救出作戦も、まだ終わらない。

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