表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/348

8-3

 ハジメの言葉に訳が分からないとばかりに固まるサンドラ。それに対し、ハジメは珍しく諭すような口調で語りかける。


「人間は誰にでも愛を向けることが出来る。そして、誰をも嫌うことが出来る。嫌われない人間なんていないし、何も悪いことをしていなくとも嫌われることはある。そんなことを気にしてもしょうがない」


 ハジメ自身、何をしても嫌われる人間だ。

 金持ち冒険者、実力者というだけで嫉妬や悪評を流す人は多いし、全く根拠のない悪評も数多くある。人格攻撃も当たり前だし、最近は女性関連の悪評をやたら流されるようになった。


 だが、ハジメはそれを解消しようと動いたことはないし、解消することも出来ないだろうと思っている。

 なら、しなくていいのだ。

 どうせ自分にはそういう生き方しかないのだから。


「サンドラ。俺やお前みたいな人間は、どうせ何をしても嫌われる。お前が成功するようになったところで、お前を嫌う人間はどうせ現れる。だから成功する、失敗するなんてことを余り深く気にするな。同類としてのアドバイスだ」

「同類……一流冒険者のハジメさんが、私と同類!? ば、馬鹿にしないでください!!」


 その一言だけは許容できないとばかりに、怒りにぶるぶると手を震わせながらサンドラが叫ぶ。


「私を慰めるためにいい加減なこと言ってますよね!?」

「俺はいい加減なことは言わない。世の中、生まれてきた時点で間の悪い奴はいるものだ」

「知った風なこと言わないでッ!!」


 サンドラの心の何かしらの琴線に触れたのか、彼女はヒステリックにハジメを糾弾する。


「親に侮蔑の目を向けられる気持ちが貴方に分かるの!?」

「親に捨てられた俺に親の話を持ち出されてもな……」

「えっ」


 サンドラのヒステリーが急速にしぼんだ。


「親に捨てられ、拾われたはいいがまた捨てられを繰り返した。一般的な親という存在の感覚は分からん。ただ、俺のことを気味悪がって早く捨てたかったんだろうと想像はしている」

「……」


 サンドラはすごく気まずそうな顔をする。

 しかし、負けじとまた奮起する。


「毎日毎日同僚に露骨に無視されたり、役立たずと公言される気持ちが分かる!?」

「分かるような分からんような……だな。背後からひそひそと人殺しだとか死ねばいいと言われることは割と頻繁にあるが」

「えっ」

「誰かを殺害したことはないのだが、したことになっているらしい。国も俺が何か犯罪を犯していないか定期的に調べに来る。別にしていないのだが、どうも何を言われても信用できないらしい」

「……」


 サンドラが何故か申し訳なさそうな顔になる。

 だが、折れない女サンドラは再度奮起した。


「も、モノアイマンなんてどうせ人類の裏切り者だって言われて、人間を邪魔したくて失敗ばかりしてるんだろって罵られた気持ちが、貴方にわ、分かりますでしょうか……?」


 何故かは分からないが腰が低いな、と思いつつハジメは思ったことを口にする。


「それは少し分かるかもしれん。冒険者として活動し始めてから未だにずっと『どうせあいつは人類を裏切る』と言われ続けているし、仕事を受けるたびに『冒険者の食い扶持減らしだ』とか『いつか国の命運を左右する仕事を請けた途端に裏切るつもりだ』とか言われるしな」

「ハジメさんは何でそんなに不幸なのぉ……?」

「そう感じたことはない」

「ふえぇぇぇぇぇぇ!! 不幸自慢で負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 世界で唯一これなら誰にも負けないって思ってたのにぃぃぃぃぃぃ!!」


 サンドラは泣きながらその場に崩れ落ちた。

 ハジメはどうやらよく分からない勝負に勝ったらしい。

 このあと滅茶苦茶フェオに「女の子を泣かせるなんて!!」と怒られた。


 閑話休題。


「俺なりに、サンドラの失敗確率が低下する方法を考えてみた」

「そ、そうですか……」


 フェオはサンドラを庇うようにしながらハジメに警戒心を向けている。何故そこまで警戒されなければならないのかとも思うが、ハジメはおじさんで二人はうら若き乙女である。存在しているだけで警戒されるとは、げにおじさんとは悲しい生き物……などと考えつつ、ハジメは自分なりの見解を聞かせる。


「サンドラの失敗の最大の要因は、嫌われるかもしれないという恐怖が生み出す焦りだ。焦れば焦るほど人は失敗しやすいが、焦るなといわれて焦らないようになれる訳でもない。焦りを抑えるには、焦る必要のない環境が必要だ」

「ふむふむ、それでハジメさんは何を思いついたんですか? 頭のネジをちゃんと締めてから考えたんですよね?」

「俺はいつも真剣だ。それで……焦りを減退させるために、こんなものを用意した」


 そう言いながらハジメは道具入れの中から、太陽光を反射して美しく輝きまくっていっそ眩しさが鬱陶しい防具一式を取り出した。


「こないだ偶然ドロップしたが処分し忘れていたダイヤモンド装備だ。これをサンドラに着てもらう」

「ほら始まった。お得意の散財アイデアですね」

「そうとも言うが、ちゃんと理論は考えてある」


 ダイヤモンド装備とはこの世界の上級装備の一つで、装備全面にダイヤモンドが仕込まれている豪奢極まりない装備である。効果としてはあらゆる属性に対して一定の耐性を得られることと、性能が高水準で纏まっている点がある。


 流石はダイヤモンド……と世間は当たり前のように言うが、ハジメ的にはダイヤモンドはモース硬度は高いが金槌で叩いたら割れるなど別に衝撃に強いわけではないので装備品に向いてないのでは? と思う。無論、この世界ではその法則は通用せず、ダイヤモンドは衝撃にも強い。


 このダイヤモンド装備、総合的には高い性能を誇るが尖った強みがないので上位冒険者には意外と人気がなく、悪目立ちしてしまう。ハジメとしてもこの装備は使い道がない部類だ。

 しかし、フェオやサンドラクラスの冒険者の装備品とは比べ物にならないほど高性能なことも確かだ。


「これをサンドラが装備すれば、この島の平均レベル帯モンスターの攻撃で怪我をする可能性は限りなく低くなるだろう。つまり、敵の攻撃に対して焦る必要性が薄まる。そして武器についても……」


 そう言いながら、ハジメはこれまた売りそびれていたドロップ品の棍棒を次々に取り出す。


「このように、もしすっぽかして無くなっても予備を次々に渡す。これで武器を落としたり壊さないように心配する必要性がなくなる」

「なるほど。で、本音は?」

「換金して金にするのも嫌なのでどんどん使い潰してほしい」

「ほらね」


 知ってた、とばかりに目頭を押さえて首を横に振るフェオ。

 前にも触れたが、この世界の魔物は倒すとドロップアイテムを落とす。装備品の類はそうそう落ちないが、ハジメくらい大量に任務をこなしていれば話は別である。


「という訳でサンドラ。お前は今回の仕事に限り、ガンガン装備を使い潰していいぞ」

「あの……その……参考までに聞きたいんですが、その装備一式は購入すると幾らくらいに……?」

「ダイヤ装備は相場で500万Gくらいじゃないか?」


 このダイヤ量で500万Gは割と頭おかしい安さな気がするハジメだが、この世界では装備に加工されると貴金属含めてグンと値段が落ちるのはなぜだろうか。それでもサンドラにとっては超大金なのか、顔面蒼白で冷や汗を絶え間なく垂らしている。


「そんな超高級装備を、私のためだけに……!? も、も、もし壊したら弁償代で小遣いどころか預金残高全てが粉みじんに……!!」

「弁償はしなくていい。ダイヤが壊れてもまだまだ装備品はある。遠慮なく使い潰して壊しまくり、俺に存分に迷惑をかけろ。そうすると俺は嬉しい」

「ヒィィィィィィィィ!? この人絶対アタマおかしいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「そう、おかしいの。だから遠慮なく迷惑かけていいんだよ、サンドラちゃん!!」


 開き直ったフェオも肯定派に回るが、どっちにしろ装備するのは既定路線。サンドラは恐怖に慄きながら全身を高級装備に包むのであった。




 ◇ ◆




 防御力を高めて危機感による緊張を減らす作戦。

 その結果は、少々予想外の方向に帰結する。


 戦いにて魔物を相手に必死に棍棒を振り回すサンドラ。

 先ほどまでならふらふらと危なっかしい戦いをするところだが、今は違う。


「鎧を傷つけないでください!! 籠手を傷つけないでください!!」

「グギャアッ!!」

「ナイススウィング、サンドラちゃん!!」

「うむ、ふらつかないから援護もしやすい」


 鎧を傷つけてはいけないという脅迫観念に駆られる余り、サンドラはこれまでの振り回しからは想像もつかないほど正しい姿勢から正確に敵を迎撃していく。失敗したくない恐怖から失敗できない恐怖に移り変わってしまったのか、臆病なサンドラからは目に見えて迂闊な行動が減っていった。


 また、装備を傷つけないために無駄に突撃しなくなった結果、周りの声もよく聞こえるようになり、ハジメもフェオもサンドラと連携しやすくなっていた。


「サンドラちゃん、右お願い!!」

「は、は、はひぃ!!」

「援護で数は減らしてやる。全滅させたら先を急ぐぞ」


 先ほどまでサンドラが足を引っ張っていたが、今のサンドラはくよくよ考える暇がないため必死にパーティに歩調を合わせている。

 余り飛ばし過ぎると逆にサンドラが本格的についていけなくなるが、彼女自身のポテンシャルは相応にあるので今のところは多少引っ張るくらいで丁度よさそうだ。


 こうしてハジメたちは当初の遅れを何とか取り戻した。


 なお、フェオとサンドラは気付かなかったようだが、別ルートから頂上を目指していた別の冒険者集団を俺たちは途中で追い抜いている。きっと彼らがサンドラを切り捨てて先に進んだ集団だろう。自分たちで切り捨てたサンドラが逆に自分たちを追い抜くとは、なかなか皮肉な話だ。


 その日の夜――寝ずの番をしていたハジメに、テントを抜け出したフェオが近づいてきた。


「少し、いいですか?」

「構わない」


 周囲の岩に座っていたハジメの横に、フェオがちょこんと座る。

 恐らく何らかの相談だろう、とハジメは思う。

 今日の戦い、サンドラが持ち直した後のフェオは少々先を急いている気がした。でなければサンドラをもう少し気遣っていた筈だ。


「どうしたんだ?」

「あの……実は、サンドラちゃんとハジメさんの不幸合戦、聞いちゃいました」

「そうか」


 あの時フェオはだいぶ離れた場所でココアの汚れを水魔法で落としていたが、聞き耳というスキルがあれば会話を盗み聞きすることは可能だ。斥候スカウタージョブの彼女は聞き耳の能力が上がりやすいし、不自然には思わなかった。

 フェオは空を見上げ、ため息をつく。


「死神ハジメの噂は前から聞いてたんですけど、そこまで露骨な言われようだったなんて知らなかった……それに、ハジメさんに親がいないのも」

「いない訳じゃない。ただ、もう顔も名前も思い出せず、繋がりがないだけだ。俺の金を目当てに親だと名乗る奴はたまにいるがな」

「酷いです……すごく、酷い。なのにハジメさん、世間話みたいに語るんですね」

「正直、どうでもいい話だからな」


 三十年、そうして生きていた。

 そしてこれからの生も、そうして浪費していく。

 今更何を感じるわけでもない。


「それに、天におわします神は俺のことを一応見てくれている。そう思えるだけ、世の中に絶望してる連中よりは幾分かマシな立場だと思ってる」

「神様は……死ぬために戦うことをお認めになりません」

「そうだな。悩ましいところだ」

「普通、そこ悩むところじゃないんですけどね」


 むっとした顔のフェオに頬をつつかれる。

 死ねないなら生きるしかない――成程、道理だ。

 ハジメ自身、その道理で現世を生きている。

 一通りハジメの頬をつつくことに満足したのか、フェオは手を引っ込めて膝を抱える。


「……サンドラちゃん、何でレヴィアタンの瞳を手に入れたいって言ってるか聞きました?」

「いや、聞いていない」


 視線で先を促すと、フェオは空を見上げた。


「目的なんてないそうです」

「……ない?」

「はい。ただただ、手に入れたという実績があれば今より周りに認めて貰えるから……最初はちょっと不思議に思いましたけど、サンドラちゃんの不幸話を聞いて納得しました。誰にも認められない、認められたという実感がない世界を生き続けることが、本当に辛かったんだと思います」

「それは人が抱いて当たり前の感情だ」

「ですよね。でも、だからこそサンドラちゃんに『どうせ嫌われるんだから気にするな』……なんて言える人、ハジメさんしかいなかったんじゃないかと思います。だって、普通に考えたらヒドイ言葉ですよ」


 確かにそうだ。好かれることを渇望する人に、どうせ嫌われるとはこの上なく酷い言い草だろう。事実、サンドラも怒った。


「でもサンドラちゃん、その言葉を聞いてから肩の力がかなり抜けたと思います。ハジメさんがサンドラちゃんに言ったからこそ、あの酷い言葉を飲み込めたんじゃないかなって思うんです。だって……『頑張れ』や『きっと出来る』なんて言葉、綺麗すぎて飲み込めない時がある。逆に諦めの言葉は甘くて飲み込みやすいから――気付いたらそればかり飲んでしまうくらいに」

「……そうかもな」


 この世に存在するあらゆる否定の言葉は、突き詰めれば一種の諦めだ。

 無理だと諦める。

 仕方ないと諦める。

 相手を理解することを諦める。

 諦めることに慣れ過ぎると、やがてすべてを否定するようになる。


 しかし、諦めることが悪いことではない。


「根が真面目な人間ほど頑張り過ぎる。社会や他人が個人に求めている事柄を際限なく受け止めすぎて、自分の許容量を超えてパンクしてしまう。そんな人は、どこかで妥協して諦めなければ壊れてしまう」

「ハジメさんはそれを知っていたからサンドラちゃんにああ言えたんですね。私じゃ絶対思いつかなかったなぁ……ね、ハジメさん」

「どうした?」


 月明かりに顔を照らされたフェオは、ハジメに微笑みかける。


「わたし、ハジメさんの手を借りないと出来ないことが山ほどあります。なので、私が色んなことを出来るようになるまで死なないでくれません?」

「なかなかに、図々しい物言いをするな。君は」

「クオンちゃんのお世話然り、土地の管理然り、ハジメさんにはまだまだ返してもらっていない貸しが沢山ありますので」

「おい、土地の管理は住まわせていることと交換条件だろう。それを言えば今回の件で君は俺に貸しが出来てるんじゃないか。それで差し引きゼロだろう」

「いいえ、今しがたサンドラちゃんの件で新たに借りが出来ました。返さないうちに死なれると困ります」

「わざとだな、フェオ。君が意地悪だとは知らなかった」

「いじけてます?」

「いじけてない」

「いじけてますよぉ。なんかカワイイ」

「……もう寝ろ。明日に響くぞ」

「はぁい」


 くすくす笑うフェオに何か言い返したくなったが、結局何も思い浮かばず、ハジメはため息をついた。

 これは、どんな魔物よりも強敵だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ