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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-17

 時は少し遡り――瞑想室前。


 そこには床を埋め尽くすほどの夥しい血痕が飛散していた。

 血の主は二人、ユーリとリベル。

 打って出なければ瞑想室を奪還されると判断した二人は、茨による出血を覚悟で近衛及びローゼンリーゼと交戦していた。


 だが、場を満たす空気は決して悲壮感などではない。


「どうした、腰抜け共ッ!! それが貴様等の精一杯だというのなら、貴様等に主君を守る力などないぞッ!!」

「根性ないねぇ!! ウチの新兵はこの程度でへばらないぜぇ!?」


 夥しい傷と血を流してもなお、衰えることのない戦意。

 爛々と輝く相貌に宿った闘志は、隙あらば敵の喉笛を噛み千切らんばかりにエルフとローゼンリーゼを睨め付ける。


 場を呑み込む気迫に、エルフ達は生唾を飲んで後ずさった。

 彼らは経験したことがなかった。

 命を賭した戦いにて死をも恐れず勇猛に戦う、真の戦士との激戦を。


 たった二人の戦士が放つ戦争の気配に、エルフ達は呑まれかけていた。


「なんだこれは……これが死に損ないの耳なしがする目か!?」

「おっ……俺の手は何故震えているんだ?」

「臆するな!! 物量で押し込めばよいだけのこ――!」

 

 言いかけたエルフの胴体に、リベルのデモリッションスティンガーが叩き込まれる。愛槍ではなくギューフが生成した使い捨ての槍だ。ただ一撃の威力さえあればよいという使い捨て武器とも少し違う法則で作られたそれは、また一人、エルフを吹き飛ばして他の者まで巻き添えにする。


 吹き飛んだエルフの合間から、理性の薄れた強化近衛が前進して夥しい魔法を乱射する。


「肉塊トナレェ、耳ナシィィィッッ!!!」

「お断りだね」


 茨を纏った魔法に対し、リベルは回避しながらスキル、カウンターサークルを発動する。ギューフのバフを受けたカウンターサークルは疑似的にだが最上位カウンタースキルの朔月鏡に近い性能になっており、リベルの天才的な技量を合わせて放たれた魔法を次々に跳ね返す。


 跳ね返された魔法をエルフ達が回避したり防ぐが、防いだエルフの体に次々に無数の刺し傷が現れ、絶叫する。


「ぎゃああああ!! 血が、純血が零れるぅぅぅ!!」

「痛いよぉ、痛いぃ!! くそぉ、茨だ!! 跳ね返された魔法の茨がぁ!!」


 痛みに慣れていないエルフたちが大仰に叫び、藻掻き苦しむ。

 魔法を用いて全てに片を付ける純血エルフ達にとって、茨の傷みは過剰なまでに強く感じられるようだ。


 ――茨のバフは跳ね返されても有効で敵味方の識別がない。

 戦いの中でそのことに気付いたリベルは数で攻める相手に対し、跳ね返す方法が有効であると気付いた。無論、跳ね返しに際に魔法と武器が接触して彼の腕はみるみるうちに血まみれになっていくが、それでもカウンターの腕を鈍らせない。


「接近戦を挑んでもいいんだぜ?」

「くそっ……!!」


 血まみれの手を気にせず手招きで挑発するリベルに、エルフ達が尻込みする。

 これまで、幾度か埒があかないと疑似刻印で強化されたエルフがリベルに肉薄したが、全て天才的な身のこなしで動きを見切られ、沈められてきた。廊下の隅には彼に片付けられた兵が十人以上転がっている。中には魔法の不意打ちを受けて敗れた者も混ざっていた。


 リベルはレベルに劣るが、そのレベル差を埋めるバフを得た状態であれば、経験不足な近衛や戦士たちに後れを取る理由がなかった。


 それに、リベルの愛槍ロンギヌスには、実は持ち主の血がかかるとそれを回復に転化して還元するという固有の特性がある。回復量自体はリジェネレート以下だが、リジェネレートと重ねがけし、更にギューフの継続回復魔法も重ねれば、あとは痛みさえ耐えれば継戦は可能だった。


 その反対サイドでは、ユーリとローゼンリーゼが激突する。


「強がっちゃって、いつまで悲鳴をあげずにいられるかしら!?」

「痛みがどうした? たかが痛み如きで足を止める者に勝利は掴めぬッ!」


 常人なら耐えられずに無実の罪でも赦しを乞うほどの痛みに全身を苛まれながら、ユーリは顔色一つ変えずにローゼンリーゼの盾で防ぎながら猛攻と戦線を押し上げる。

 さしものユーリもギューフのバフなしにこの状況でローゼンリーゼと張り合うのは難しいが、それでもユーリが止まらないのはウェアウォルフという種族に生まれたが故の恵体か、或いは戦士としての場数なのか。


「アハハハ!! アハハハハハハッ!! いい! いい男じゃないのッ!!」


 最初は余裕の表情だったローゼンリーゼだが、腕が全て黒い茨の紋様に覆い尽くされても一切揺るぐことのない鉄壁のガードを前に、次第に興奮が勝るようになっていた。

 彼女は戦いで地位を勝ち取ってきた存在だ。

 『黒薔薇』と呼ばれるようになってからも、戦果を挙げつつけた。

 だから理解できる。

 目の前の男が――茨の傷みを耐えられる男が、如何に希有であるか。


「大抵の男が女より先に音を上げるわ! だから私の部下も女ばかり! でも貴方は生粋の戦士ね! 貴方を親衛隊長に選んだ女王の慧眼を褒めてあげる!!」

「では女王にそう伝えておこう!」

「でも一つだけ貴方の女王は間違っているッ!!」


 鮮やかに突きを主体としたスキルでユーリを阻むローゼンリーゼが、一際強力な薙ぎ払いを放ち、恍惚さえ混じった壮絶な笑みで言い放つ。


「これほどの男、私ならば侍らせずに伴侶にするッ!! あなたが欲しい……欲しくなっちゃったのよねぇッ!!」

「サディストと付き合う趣味はないッ!!」


 更に強烈な追撃を受けてもユーリは防ぎきったが、足下の流血が邪魔して体が後方に滑ってしまう。それでも、ユーリは焦らず重心を操作して絶対に姿勢を崩さなかった。

 その様にさえ、ローゼンリーゼはうっとりしていた。


「女はね、靡かない男ほどムキになって熱を上げるものよ? キャバリィ王国親衛隊長ユーリ。貴方の返答次第では私、この件から身を引くことも吝かではないかもね」

「俺は甘言も変節者も信用しない」

「お~いユーリ、浮気か~? 馬に蹴られて剣で斬られるぞ」

「してない。それに剣に斬られるの間違いだろ」


 背後でからかったリベルの軽口をユーリは遇う。

 二人の頭の中には剣になった変態(エクスリカバー)馬になった変態(ラムレイズン)のイメージが怒り狂っていた。どういう種類の怒りなのかは二人には皆目見当が付かないが、女王の側近がモテるとあの二人(?)はたまにそうなる。


「それより、次で決めるぞ」

「ああ」


 二人はローゼンリーゼ目がけて武器を構え、血みどろのまま闘志を爆発させる。

 余りの圧にローゼンリーゼの後ろにいたエルフたちの肩が跳ねる中、彼女だけはニィィ、と、口元を吊り上げた。


「あらら、前線指揮官を潰せば兵は再び統率を失うって? 確かに正しい選択だけど――それは私を抜ければの話よねぇッ!!」


 瞬間、今度はローゼンリーゼの闘志が爆発し、影からよりドス黒く鋭い茨が彼女を纏っていく。


「帝国最強【六将戦貴族】もいよいよ本領発揮といったところか」

「今まで真剣じゃなかったって訳じゃないだろうが、とんでもないタマに目ぇつけられたなお前……!」


 彼女から湧き上がる気迫はユーリとリベルの二人がかりにも劣らぬ程の熱狂的な闘志を惜しげもなく撒き散らす。

 二人とローゼンリーゼの間で激突した闘志は、その場の全員に不可避の激突を予感させる。


「……」

「……」

「……」


 沈黙が、あった。

 あれほど暴れ回っていたエルフたちさえ、本能的に間に入ってはいけないと察するほどの、嵐の直前に訪れる耳が痛い程の沈黙が。


 やがて、静寂は破られる。


「――受けよッ!! 臥神劫滅破がじんごうめっぱぁッッ!!!」

「宿れ天の裁きッ!! ライッッ!! ディィィーーーーーンッッ!!!」


 あらん限りの力とオーラが込められた必殺の剛斧。

 そして、万物を貫く神速の刺突。

 どちらも二人のような若い年齢で習得していること自体が驚愕に値する、掛け値無しの最上位スキル。


 それでも、ローゼンリーゼはそれを迎撃するために笑って前に出た。


 負ける気はなかった。

 逃がす気もなかった。

 ただ、高ぶりすぎていた。


 二人の闘志の奥に隠れ、二人の合間を一直線に光が通り抜けた瞬間に、その高ぶりが祟ったことをローゼンリーゼは悟った。


「ッ!?」


 判断は一瞬。

 ローゼンリーゼは二人の全力の一撃を打ち破る為に込めた力を、咄嗟に光を切り払う方に振り切った。


「スラッシュライザーッ!!」


 果たして、彼女が振り上げた傘は寸分の狂いもなく正確に光を迎撃したが、その威力は恐るべきものだった。咄嗟とは言え渾身の力を込めた彼女の手が痺れるほどの反動を以てしてなんとか天井に切り払うが、まともに受ければ重傷だったかもしれない。


 何者が放った魔法か、という疑問はない。

 戦いに於いて仕込みや伏兵は当たり前のものだ。

 ただ、もしもそれがユーリとリベルの援護のためのものであったならば二人の動きとタイミングが一致してないような気がした。


(あの弾道に重ねて攻撃するには、二人が離れすぎて――まさか、狙いが違う!?)


 そして気付いた時には、もう遅かった。

 二人は勢いよくローゼンリーゼの両脇を通り抜け、背後で呆けている純血エルフの集団をスキルで薙ぎ払った。衝撃と突風が吹き荒れる中、二人の背が遠ざかっていく。


「もう会うこともないかもしれないが、ごきげんようローゼンリーゼ」

「俺たち早退しまーす! バイバーイ!!」

「しまった!!」


 二人の狙いは最初から退路を塞ぐ純血エルフ達だった。

 二人の渾身の一撃は数十人はいた純血エルフたちを見事に吹き飛ばし、それによって空いた穴を通って曲がり角に姿を消した。

 更に、包囲の反対サイドの純血エルフが慌てふためく。


「後ろだ! 後ろから撃たれた!!」


 みっともないほど動揺するエルフ達に指示することすら一瞬忘れ、ローゼンリーゼは出し抜かれた事実に唖然とする。


「不退転をアピールする為にわざと血を流して闘志を見せ、賭けに出ると見せかけて撤退のタイミングを窺っていた!? しかも、包囲網の一番の壁である私を素通りして!?」

「そうだよ」


 彼女の疑問に、瞑想室からぬっと顔を出したギューフ2が微笑で答える。


「二人は君が登場してすぐに『これ以上は業務範囲外だ』って撤退を視野に入れた作戦を立てていた。もちろん不意打ちのタイミングは私の協力あってのものだが、そっちに逃げるのは決定事項だった。仮に追跡されてもキャバリィ王国の客室に逃げ込む方が早いってね。そして、ただ撤退するだけでは芸がないから最後になるべく多くの敵兵を薙ぎ払ったというわけだ」


 二人の行動力に感心するように頷くギューフ2は、体が光へとほつれ、消滅寸前だった。


「最も危険な敵へ向うのが最も安全で効果的な作戦……戦人の考え方は、興味深い――」


 やがて体が魔力に溶けたギューフ2の体から、こつん、と力を失ったイミテーションドールが落下して床をころころと転がる。

 ローゼンリーゼはしばし無言でそれを見つめたあと、おもむろにヒールで踏み潰した。しかし彼女の表情は不思議と晴れやかで、うっとりとしていた。


「自分に酔って玉砕する馬鹿さも嫌いじゃないけれど、情熱を持ちながら知的でもあるのね、ユーリ! ああ、ユーリ、ユーリ! もっと名前を呼んでいればよかった、やっと名前を呼んでくれた! ふぅ、ふぅ、いけない……今はこの気持ちを抑えないと……ああでも、この興奮はどこかで発散しないと眠れないわぁッ!!」


 ローゼンリーゼを纏う茨が喜びを表現するように活き活きとうねる。

 彼女の視線は、火照りの発散先――先ほどの不意打ちの主へと向く。

 あの一撃の後に続いた攻撃によって大半のエルフたちの包囲網を崩壊させたギューフ8と、彼を守護するジャンウー及びリサーリがそこにいた。


 幸か不幸か、ギューフ8はこれまでローゼンリーゼが遭遇してきた偽物たちとは比べものにならないほどの魔力を携え、まっすぐな目で彼女を見つめていた。


「二人は異国の王のために充分に働いてくれた。これより、このギューフがお相手いたす。勝手な王の我が儘に付き合っていただこう、客人よ」

「とてもいい顔をしているわ、王様……! この体の火照り、冷めるまで踊りましょう!」


 偽物のギューフの殆どが潰えたことで、彼らに分割された魔力は生き残るギューフに収束する。今のギューフ8は、古の血族の長の名に恥じぬ力を発揮するだけの魔力をその身に蓄えていた。


 遂に、次代のエルフの王が動き出す。





 ……その頃、撤退中のユーリに並走するリベルは、ふと懐から血まみれの端末を取り出して、げっ、と顔色を悪くしていた。


「なんだそれは?」

「ユーギア研究所製の通信装置なんだけど……」


 リベルが画面の血を拭ってユーリに見せると、そこには嘗てキャバリィ王国でゼノギア騒動の一件で暫くリベルが面倒を見ていた魔族の無表情系少女、シノノメからのメッセージ着信が夥しく並んでいた。


 メッセージは『バイタルの乱れを確認』から始まり、『継続的な戦闘を確認』、『異常な痛覚刺激を確認』、『訓練と異なる戦闘中と認識してよいか』、『なるべく早急に状況の説明を求む』、『メッセージ送信開始から10分が経過』、『バイタルはまだ安定期ではあるが、これ以上の返答がない場合は危機的状況と見なし亀型ゼノギア(ガルダートル)で出撃す』、『疑問。シノノメのことを疎ましがっている?』と、さっきまで平然としていたユーリも思わず画面越しに得体の知れない迫力を感じるショートメッセージがつらつらと連なっている。

 見ている間にもまた一つピコン、とメッセージが増え、リベルは慌てて返信メッセージを人差指で必死にぽちぽち打ち込んでいく。


「なんか……重いな」

「最近会えてないからいじけてんだよ……」

「女というのは幼くとも立派に女なのだな」

「お前はもっとやべぇ女に目ぇつけられただろうが」


 二人は顔を見合わせ、揃ってため息をついた。




 ――場所は戻り、瞑想室前。


「純血エルフの頂点、想像以上だわッ!!」


 興奮のままに漆黒の日傘を振るうローゼンリーゼの猛攻を、ギューフは顔色一つ変えずに弾く。バリアや障壁という言葉では説明出来ない結晶化した魔力の塊が自在に陣形を変えてローゼンリーゼの傘を阻み、結晶から魔法を発射したり直接打撃の為に接近し、ローゼンリーゼがそれを躱し、いなし、捌く。


 合間にジャンウーの如意棒やリサーリの糸による攻撃と妨害が入るが、ローゼンリーゼは最初こそ攻撃を受けていたが、数分もすると予備動作や微かな指の動きから動きを予測して防御するようになり、今では平然と回避している。

 華奢な体からは想像もつかないタフネスは、未だ彼女の動きを衰えさせることはない。


「バケモノアルよ、あの子。装備無しでもアデプトクラスはあるアル」

「そんなあるある聞きたくないっす」

「あれが一流の戦士の動きなのだね。勉強になるよ」


 ギューフ8がオーケストラの指揮者のように荘厳に手でリズムを奏でると、宙を浮く魔力結晶が更に激しくローゼンリーゼを攻め立てる。


 ローゼンリーゼも化物だが、ギューフ8の戦闘も超人的だ。

 そもそも魔力を結晶化させる時点で規格外なのに、それを複数同時に打撃、射撃、防御の役割を兼任できる武器として扱うのはもはや純血エルフでも困難だろう。そんな代物を十全に操るばかりか、ローゼンリーゼの適応能力に引けを取らない運用をやってのけているのだ。


 二人は、古の血族の破格の魔法技術に畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 当の本人は、その魔力結晶に混ざって手から時折超高速の魔法を放ってローゼンリーゼが詰めてきた距離を突き放していた。その魔法さえ、自在に弾道を変える上に常人なら一撃で死ぬほどの魔力を内包している。


「ハジメの戦い方を参考に組んでみたやり方だが、思った以上に燃費が良い。この戦闘方法にはまだ発展の余地がありそうだ」

「これで即席戦法って訳。そそるじゃない……古の血族なんて眉唾物だと思ってたけど、なかなかどうして他の純血とは格が違うってことを見せつけてくれるわねぇ」


 何度目の接敵か、二人の目線が交錯する。

 得も言われぬ緊張感――二人は、未だに本格的に激突していない。

 ローゼンリーゼは最初こそ本気で肉薄していたが、幾度かのダメージを受けたことで次第に冷静さを取り戻すように動きから無駄がそぎ落とされていった。


 どこかで、勝負を仕掛ける瞬間が来る――ジャンウーとリサーリが固唾を呑んだ、その瞬間。


「……やぁーめた」


 突然、ローゼンリーゼはギューフ達に背を向けて道を引き返し始めた。


「大分火照りは冷めちゃったし、これって正式に皇帝に命ぜられたお仕事じゃないし、ここで全力出すのは割に合わないわ。むしろこれだけ長く付き合ってあげたんだから充分でしょ。ふあぁ……個人的な収穫はあったことだし、おいとまさせていただきますわ、ギューフ王?」

「互いにその方がいいだろう。おやすみ、ローゼンリーゼ嬢」


 呆気ないほど簡単に、ローゼンリーゼは通路をかつかつとヒールを鳴らして遠ざかっていった。


 その姿を見送ったギューフ8は、ふっ、と、安堵の籠もった息を吐く。


「流石に彼女が本気で来たら難しかったかな……妹ほどではないが、一晩くらいなら平然と戦えそうな生命力を感じたよ」

「てことは……彼女、本気じゃなかっ、たん、ですか……?」


 信じられない、という顔で恐る恐る問うリサーリに、ギューフ8は頷く。


「ハジメが言っていただろう? 各国の思惑は異なるから密な連携はないって。ドメルニ帝国はいま、内政に些か問題を抱えているからね。今の状況で国家の最高戦力の一人の戦闘能力が得体の知れないエルヘイム自治区に把握され、そこから情報が漏れるのを避けたかったんだ。厄介な能力ほど対策を立てられやすいからね」


 ドメルニ帝国にとってエルヘイム自治区は友達の友達に過ぎない。

 シャイナ王国を介してしか知り合ったことのない相手にいきなり一枚とはいえ勝負カードを晒すことは迂闊な行動と言えるだろう。故にローゼンリーゼはたとえ戦い足りなくともこれ以上は戦うべきではない。彼女の立場がそうさせる。


「とはいえ、ダエグとの新たな交渉を経てメリットが上回れば再度出てくる可能性はあるけれども……そこはなんとも言えないかな。さ、瞑想室に一度入ろう。幸い他の僕が内部を整えてくれている」


 ギューフ8がフィンガスーナップを鳴らすと、床に飛び散った夥しい血痕が一カ所に収束して深紅の花束へと変わる。彼はそれを魔法を用いず自ら拾い上げて、血の主達に感謝するように一瞬目を閉じると、そのまま瞑想室へと入っていった。


 ――数分後、事態は激変する。

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