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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-16

 キャバリィ王国の面々の危機はギューフ達を通じてギューフの魔法で移動中のハジメ達に知らされた。

 ギューフ5が深刻な面持ちで悩む。


「ローゼンリーゼは人を甚振る趣味があるようなので殺しはしないだろうけど、理性が薄れて血気盛んな純血エルフたちは二人を殺してしまうかもしれない。それだけは避けたいんだが……」

「そこは二人の判断に任せよう。二人はあくまでキャバリィ王国の人間だ。引き際くらい自分で見極めるだろう」

「しかし……いえ、私なんかより貴方の方が彼らとの付き合いは古いですからね」


 ギューフは己を納得させて引き下がった。

 二人は戦闘のプロであり、アトリーヌに忠誠を誓っている。

 アトリーヌも自分の預かり知らぬ場所で二人に命を賭けさせる気はないだろう。

 オルセラがふとハジメを見やる。


「コムラとローゼンリーゼが手を組むと余計に厄介にならないか?」

「個人的な意見だが、相乗効果と呼べるほどの連携はないだろう」

「その根拠は?」

「それぞれを派遣した母国の意識に差異があるからだ」


 ハジメはずっとエルフ側のアンバランスな戦力から、その気配を感じていた。


「この一件、正直シャイナ王国は事情を知っていればもっと戦力を貸せた筈だと俺は思う。なのに今に至るまで援軍がいないのは、ダエグがシャイナ王国に必要以上の借りを作りたくなくて詳しく事情を話していなかったんだろう。ドメルニ帝国もそうだ。最重要同盟国を守るにしては、幾ら最高戦力の【六将戦貴族エグザノブレス】とはいえたった一人は少々手抜き過ぎる」


 リサーリが顎を指に当てて唸る。


「確かに、ギューフ王が不意打ち仕掛けたとはいえ思ってたより将クラスが少ないとは思ってた。非戦闘タイプが奥に控えてるかもしれんけど」

「それはありうるけれども、姫の話じゃ円卓からしても言われたタイミングが悪かったんじゃないかってことみたいアルよ」

「業腹だがあの女が言うなら一定の信憑性はあるな」


 ジャンウーの言葉にハジメは苦虫から抽出した汁を飲んだような渋面を作る。

 そこに、ギューフ8が情報を付け加えた。


「更に言うと、ドメルニ帝国とエルヘイム自治区の関係は悪くはないが、大きく肩入れする程でもない。そしてシャイナ王国にとって今回の一件の裏はドメルニ帝国に知られたくないものだ。ローゼンリーゼも帝国もこの一件で貸しのひとつでも作れれば御の字程度の意識しかないだろう」

「ふん、なるほどな」


 オルセラは納得したのか鼻を鳴らす。

 

「強い共通意識で繋がっていないから、互いに互いを大して信用しないと」

「下手をすると互いに能力も明かしていないかもしれん。しかも聞いた感じ、ローゼンリーゼの黒の茨はバフにするもデバフにするもローゼンリーゼの意のままだろう。共通意識もなく信用もしていない相手にそんな危険なものを付与されるくらいならコムラは独力で戦い抜こうとする。転生者としても、冒険者としても、裏の刺客としても、リスクを避け安定をとるにはそれが正解だ」


 尤も、純血エルフの戦士や近衛たちはこの世界全体で見ると異常なまでの強さなので、本来はこれで足りる公算だったのだろう。二人の戦力を揃えていただけダエグは十分用心深い。


「或いは、天衣無縫のコムラは【影騎士】でも別格の実力者であるという信頼があるのかもしれん。皆、そろそろポイントだ。準備はいいな?」


 全員がハジメの問いに頷く。

 既にギューフ1の応答が途絶えた位置から逆算して、コムラといつ遭遇してもおかしくない位置関係だ。彼女と遭遇した際のための作戦は立案済みである。


 所定のポイントに辿り着いた六人。

 そのうちの三人、ハジメ、オルセラ、ギューフ5が浮遊から外れて着地する。

 残るジャンウー、リサーリ、ギューフ8はそのまま前進していく。

 ギューフ8が振り返り、「武運を」と言い残した。


 これでいい、と、ハジメは彼らにローゼンリーゼとの戦いの足止めと、可能ならば撃破を託す。


 ジャンウーの超リーチはコムラとは相性が最悪であるし、リサーリの糸も通用するかは五分五分かそれ以下。ならばむしろローゼンリーゼとの戦いに集中して貰った方が良い。イミテーションギューフの数が随分減った今ならば今までと違う戦いになるだろう。


 ハジメは盾を最低限の数に減らし、通路に均等に『攻性魂殻』で杖を並べていく。操ってはおらず、本当に浮かせているだけという状態だ。

 オルセラは砲台樹兵――魔法さえ撃てればなんでもいいという彼女の性格が伝わってくる不格好さだ――を通路に延々と設置していく。二人に会話はないが、念話は通じていた。


『最初は逃げ場のないほどの衝撃波で飽和攻撃でもしてやろうかと思ったが、嫌がらせの塊のような作戦だな。単独で戦う場合、貴様ならどうする?』


 それこそもっと泥臭い持久戦しかない。

 コムラの転生特典は回避の究極系に近い。

 ハジメ一人で実行できなくもないが、消耗もかかる時間も倍以上に膨れ上がるだろう。あれを圧倒出来るとすればメタを張れる転生特典か、時空間魔法の類しかないだろう。


『如何に古の血族と言えど時空間魔法は易々と発動出来るものではない。転移のような単純に空間と空間を繋ぐことより、繋いだ状態や操作した状態を継続することが真に困難なのだ。天使の優れた所はそこであると兄上から聞いている』


 二人の間に緊張感はない。

 この作戦に自信があるからだ。

 問題はコムラがどこまで粘るか、ただそれのみ。




 ◆ ◇




 コムラははちみつドリンクをちびちび飲みながら残るギューフの元へと飛んでいた。サーチゴーグルに記録したギューフの魔力の残滓の追跡が彼女を導く。

 しかし、その速度はギューフ1と延々追いかけっこをしていた時に比べれば遙かに遅い。


(時間と体力、ごっつ持ってかれた……)


 追いつきそうで追いつけない追跡、避けたり切り払わなければならないちまちまとした魔法、挙げ句に倒してみれば唯の分身だったという徒労感。

 顔と態度には出さないが、ギューフ1の時間稼ぎは着実にコムラを疲労させていた。


(……あの王、いらんことばっか言うてからに。うちかて、【影騎士】が正義やなんて思とる訳ないやろが)


 【影騎士】はいい年をこいてもまだ世界の謎を追いかけ回す馬鹿な転生者や知恵者がいずれ辿り着く真実の壁だ。若さが抜けて世界の輪郭を理解した頃になって、守るものが出来て、それでも無邪気に過去を探る者に諦めを促すシステムだ。


 失いたくないと躊躇った者は影となり、躊躇わない者は影に食われる。

 よく出来たシステムだと、今でも思う。


(アカンな。こんなこと思い出して苛々してたらやっこさんの思うツボやわ。気持ち切り替えな)


 コムラはかぶりを振って、甘酸っぱく味付けされたはちみつドリンクをまた一口呷る。最高級素材で作られたドリンクによってじわじわと削れた体力、集中力は回復しているが、逆を言えばこれが回復の限界だ。戦闘に突入すれば回復量を消費量が上回るだろう。だから次の戦闘まで少しでも負担の少ない形になるよう移動速度も敢えて抑えている。


(エルフ共も暴れとるし、ローゼンリーゼも戦っとるんなら寡兵の相手のが消耗激しい筈や。焦らんとじわじわやったろやないか……)


 まだ時間はある。

 コムラの集中力、精神力の万全を10としても、消耗はまだ3程度だ。

 精神もすり減らさないよう温存しなければ判断ミスを招く。


 と――風の流れで自分の向う先に魔力濃度の高さを感じたコムラはドリンクを懐の道具袋に仕舞って武器を意識する。

 サーチゴーグルの探りが当たったと同時に、この気配は戦いではなく足止めだと直感が囁いた。


 上等だ、と、コムラは舌なめずりする。

 コムラの力の正体を推察した者は誰しもが足止めを試みる。

 あの手この手で次々に仕掛けられる罠や布陣を嫌というほど見てきたし、全て突破してきた結果が『天衣無縫』の称号だ。


(あの王の訳分からん時間稼ぎにゃ嵌められたが、もう通じひんで!!)


 あの後、コムラは近衛エルフを脅して近づけない魔法の対策アイテムを用意させた。それが、彼らの魔力が込められた木製の腕輪だった。

 この腕輪は自らが受ける空間的干渉に抵抗するもので、コムラ自身というより干渉しようとした相手が一方的に魔力ロスを強いられるものになっている。空間操作を遮断できるようなものでもないが、ロスが発生する度に空間干渉が緩まるのでもう地獄の追いかけっこにはならない筈である。


 果たして、曲がり角を軽やかにカーブしたコムラの目の前には、三つの人影があった。


(悪童オルセラ、『死神』ハジメ、そしてギューフ王……!!)


 たったの三人。

 されど、要注意の三人。


 ダエグから「特に何をするか分からない凶暴な孫」と伝えられたオルセラは道路標識に寄りかかってこちらを眺めており、十三円卓が極端なまでに警戒するハジメは武器も構えず無言で眺めている。しかし、廊下を浮遊する無数の杖や周囲を浮く盾を見るに、転生特典を発動して既に臨戦態勢だ。謎の不細工な植物もあちこちにあり、多く空いた穴を見るに何かを発射するエルフ特有の魔法か何かだろう。

 ギューフは特に異常はない。


 恐らく、二人はギューフ側に着いた存在のなかでトップツーの実力者。

 すなわち、二人と共にいるギューフこそオリジナルである可能性は高い。


「一瞬で仕留めたるわ――!!」


 不安要素はもはやない。

 体力の温存をやめたコムラは敵が待ち構える通路めがけて疾風の如く翼を羽ばたかせた。


 さあ、宙を浮く杖は何を使うのか。

 威力に乏しいが追跡するホーミングアローか、目眩ましの光や幻術か、或いは逃げ場のない超高熱のボルカニックレイジか。何が来ても対応できるよう彼女の目は既にサーチゴーグルに覆われている。


 十三円卓が警戒する男と最長老と称されたエルフが厄介がる女の細工や如何に――。


「至大なる星の引力と廻る定めは空の摂理――汝、大地より離るること能わじ」

「その詠唱、まさか!?」

「――グラビトンテリトリーッ!!」


 直後、整列した全ての杖が加重空間で通路を隙なく埋め尽くす。

 コムラは、考えたなと内心で感心する。


(確かに嫌な魔法や! むかつくけど着眼点がええ!)


 グラビトンテリトリーによる重力増加は、単純にその中を移動する際に余分に体力を消耗するし跳躍や飛行もやりにくくなる。しかも移動ルートの限られる城の中では接近するために必ず通らなければならない。

 ハジメ自身は攻撃をしている訳ではないから相対絶対加速で一気に接近することも出来ない。


 更に、不細工な植物たちが魔力の塊を放つ。

 塊は誰を狙うでもなく浮遊しながらコムラに接近すると、途中で複数のホーミングアローの魔法に変化して襲い来る。使用者が植物を経由して更に時限発動するため、これも相手に一気に接近できない。


「大したもんやと感心するわ! せやけどな……あんま『天衣無縫』舐めてんとちゃうぞぉッ!!」


 時間をかければこんなものは幾らでも突破出来る。

 間接的な攻撃であっても避け続ければいつか必ず相手の喉元に辿り着く。

 コムラは飛行から走行に切り替え、短剣を片手に躊躇いなくグラビトンテリトリーに突っ込んだ。


 ホーミングアローは高速換装で腕に装備した軽量タイプの対魔力盾で弾き、空いた手でショートソードの白刃を煌めかせ、コムラは舞うように突き進む。予想通り、彼女は着実に敵に近づきつつあった。


 が。


「なんか……遠ない?」


 距離は縮まってはいる。

 サーチゴーグルが示す目標相対距離がそれを証明している。

 しかし、そのペースはまるで子供の三輪車かなにかで必死に追いかけているかのように遅々としすぎている。


 まさか、また空間魔法を使っているのか?

 いや、だとすれば腕輪の効果で相手の消耗が激しくなり、距離も縮まりやすくなる筈だ。

 では、一体何が――と思って相手の様子を凝視したコムラは、一瞬絶句した。


 ハジメとオルセラ、ギューフはコムラの接近に合わせてすたすたと歩いて後退していたのだ。しかも一糸乱れぬぴったり同じ歩幅で。


「はぁッ!?」


 よく見ると、廊下を浮く杖も植物砲台もその速度に合わせて後退している。

 通常、グラビトンテリトリーを発生させるとその重力フィールドの位置は固定されるのだが、何かスキルの組み合わせ、ないしエルフの魔法を併用することで魔法が杖について延々とコムラを追跡している。


 喩えるなら、ハイハイを覚えた子供に「あんよが上手、あんよが上手♪」と煽てながらもっと歩かせようとゆっくり後退して自分を追跡させる親みたいなことを彼らはしていた。


「ふッッッざけとんのかおどれらァァァァーーーーーッッ!!?」


 激憤に吠えるコムラの額の血管がはちきれんばかりに浮き出る。

 突破出来ると踏んでフルスロットルで駆け出したのに、このペースでは全部突破する頃にはギューフ1の追跡以上の疲労に肩で息をするハメに陥る。信じられない程馬鹿馬鹿しい戦術だが、コムラを肉体的、精神的に消耗させるには余りにも有効的すぎた。


 まずい、と、戦士としてのコムラの勘が警告する。

 冒険者には深追いの欲と折り合いをつけなければならない瞬間があり、そうした際に培った経験が「乗るなコムラ、下がれ!」と告げていた。

 はらわたが煮えたぎるような激憤と屈辱だが、ここは勘に従うしかない。

 コムラは一転、踵を返した。


(しゃーない!! 別ルート通って援軍連れて包囲してもろて、先に別の連中を片付けた方が効率的……って、んんッ!!?)


 敵の攻撃を避けながら後退するコムラだが、思う以上にグラビトンテリトリーの効果範囲から抜け出せない。一体何故かと疑問に思ったコムラは、ある嫌な予感がして後ろの様子を見る。


 ハジメたちが、コムラの後退に合わせてすたすたと前進していた。


 当然、それに合わせてグラビトンテリトリーの効果範囲もコムラを追いかけてくる。


ぉぉぉぉんどれぇぇぇエェェーーーーーッッッ!!?」


 人をおちょくる天才としか思えない最悪の嫌がらせにコムラは怒髪衝天の余り般若も慄く怨嗟の怒号を撒き散らした。

 しかし、どんなに怒り狂おうがハジメとオルセラは淡々と近づくか離れるかをしているのみ。その無表情な作業感が余計にコムラの神経を逆撫でした。


 この状況、決して誰にも脱出出来ない布陣ではない。しかし、転生特典との相性から近接に特化したビルドな上に地の理も敵に回したコムラ単独ではどうしようもない。


(近衛エルフ共を援軍によこせェ、イースちゃんッ!!)


 あまりの苦境にコムラはエルフを統率するイースに強く念じる。預かった腕輪を通せば声は通じるとエルフから教わった。それは正しく、イースから念話が届く。

 しかしその内容は彼女を落胆させるものだった。


『敵の位置が悪くて……今向わせ――ああっ!!』


 イースが叫んだ瞬間、ハジメ側の背後から回り込んできたエルフ達がオルセラの無造作な道路標識の投擲の餌食になってボウリングのピンのように跳ね飛ばされた。

 投擲した道路標識は次の瞬間にはまたオルセラの手に戻る。


『力になれそうにありません! ご武運を!』

「~~~~~~ッッ!!!」


 もどかしさの余り奥歯を砕けんばかりに噛み締めるが、イースが悪い訳ではないし、当たり散らしても何も変わらない。


(我慢ッ、我慢ッ、我慢ッッ!!)


 この状況、挑発に乗った方が負ける。

 敵の作戦に嵌められたことを認めなければならない。

 コムラは必死で自分に言い聞かせながら――とはいえ敵の隙はつけるよう意識は割きつつ――背を向けて撤退を続けた。


 もう、ドリンクで回復分が気のせいだったかのようにコムラは消耗していた。

 途中で魔法や飛び道具を何度か発射したのだが、距離がある上に幾重のもグラビトンテリトリーに力を奪われ碌に効かない。その情報が得られただけで価値があると必死で自分を励ました。


(あと少し、あと少し――!!)


 果てしなく感じる時間の中で、コムラはやっと加重空間の出口を目前とした。

 しかしその瞬間、コムラの相対絶対加速が攻撃可能対象を捉えた。


「――!!」


 コムラは、ハジメかオルセラ、ないしギューフがうっかり功を焦って自分以上の速度で動いたのだとほくそ笑んだ。


(最後の最後でボロ出しおったなッ!! おどれらなんぞ、近づけば終いじゃッ!!)


 コムラは相対絶対加速の中で刃を構える。

 相対絶対加速は速度こそ速いが、移動間の加重の負担が消える訳ではないので肉体には容赦なく負荷がかかる。しかしそれを押しても、コムラは目的を果たしたかった。


 ――彼女が怒り狂ったり消耗していなければ、少し違った判断があったかもしれない。相対絶対加速の発動条件は次の一秒ではもう満たさないかもしれない。そうした焦りもあったのかもしれない。


 結果的に、彼女の刃はギューフを貫いた。


「取ったッ!! これで――」


 ギューフは、ぱりんと割れた。

 中からイミテーションドールがころんと落ちる。


「……え?」


 偽物。

 これだけの労力を費やしておいて、唯の偽物。

 しかも、コムラはその偽物から霧散する魔力がやけに弱々しいことにも気付く。


 ハジメとオルセラが、この戦いが始まってから初めて口を開く。


「そのギューフは別のギューフに魔力の殆どを譲渡したので、ほぼハリボテだ」

「逃げ切っておけば良かったのに貴様、偽物に吊られてまたグラビトンテリトリーの中に戻ってきたな」

「……は?」


 コムラは今になって周囲を見渡す。

 そこは、先ほどコムラが逃げる決断を下した場所よりも更に奥。

 グラビトンテリトリーに埋め尽くされた空間の丁度中腹辺りであった。


 つまり、ここから逃げ出す為に先ほど消耗した体力や精神力と同じかそれ以上の消耗が確定した。


「……はは。ははは。あははは……クソったれの邪魔外道共がぁぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!」


 コムラは死力を尽くしてハジメ達の側を目がけてグラビトンテリトリーを突破しようと藻掻いたが、徹底して妨害の後ろすたすた歩きを受けてみるみるうちに消耗。とうとうあと一歩で脱出できるところで足をもつれさせて転倒した。

 そして、床に這いつくばったまま追撃のホーミングアロー(自動発動なので止められないためオルセラは「あ」とつい声を漏らした)を十六発喰らって床を転がるボロ雑巾になった。


 尊厳も容赦もドラマもない、惨めな敗北であった。

 意識不明を確認したオルセラとハジメは目を見合わせる。


「空間操作に対策をしていた時はどうするかと思ったが、想定の範囲内で片付いたな」

「一応死なない程度に回復して巻物の中に拘束する」


 グラビトンテリトリーの空間で消耗させるのはハジメの発案であった。

 オルセラはそれに加えてギューフ1の逃走戦法を丸パクリして対応しようとしたが、腕輪による空間操作対策に気付いて魔法による相手との相対速度を完璧に読み取る方法に変えた。そして、その読み取りを元にハジメが相手より絶妙に遅い熟練の足運びを逆算し、更にその足運びの感覚をオルセラがコピーする相互の情報交換が功を奏して二人は常にコムラより遅い状態を維持することができた。


 ちなみに二人に付随していたイミテーションドールのギューフ5は、魔力節約のために意識すらほぼ消してオルセラの操り人形状態だった。移動はハジメの足の動きを自動コピーしており、転移でコムラをおびき寄せるために近づいたのはオルセラの遠隔操作だ。


 確かにコムラ対策として練られた作戦と言えなくもないが、一度でもミスすれば相手に接近を許す綱渡りの作戦であったことは否めない。

 オルセラとの意識共有がなければこうも上手くいかなかっただろう。


 もっと言えば、こんな無茶な作戦は思いついても普通は誰も実行に移さない。

 二人とも頭のネジが飛び、かつ戦士として完成された肉体があったからこその奇蹟のすたすた歩きだったのである。


 ……ハジメの頭のネジは果てしない旅路の末にやっと穴に帰り着いたと安堵したものの、よく見たらそれはオルセラの頭のネジ穴だったので肩を落として去って行った。

 ネジは後にかなり穴の形がそっくりだったとコメントし、そういえばあの穴に嵌まっていたネジはどこにいったのだろうと思い出したように首を傾げたという。


 【影騎士】『天衣無縫』のコムラ、脱落。

 タイムリミットまで、あと3時間半。

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