34-15
古の血族の中でもごく一部しか知らぬ隠し部屋のひとつの中。
そこに、暗闇の帷を破る魔力の光に照らされる少女がいた。
ダエグに協力して兄と姉の蛮行を止めようとするイースだ。
「敵一行の動きが鈍い。これも偽物。では本物は一体……くっ、二人のどちらの仕業かは分からないけれど、嫌な手を的確に打ってくる!」
特殊な索敵方法は気軽に城の全域をカバーできるが、その反面、索敵方法の詳細を知られれば古の血族クラスの人間なら誤魔化す術があることを思い知らされる。
「ギューフお兄様なら納得も出来るけれど、オルセラお姉様は虚を突くような魔法の使い方が得意なものだから……悔しいけれど、やられたかしら」
古の血族は統治者であって、魔法の英知は重視されても戦士としての資質は重視されない。オルセラは生まれる種族を間違えた天才であった。否、古のエルフの魔法を習得したことでより手の付けられない怪物になったというのが正しいのかも知れない。
イースは自分の方が優秀な筈なのに、いざ戦闘訓練になると絶対に勝つことが出来ないオルセラに嫉妬と、それ以上の羨望を抱いていた。
一族の誰もが本能的にオルセラを羨んでいる。
彼女を嫌う者も、自分が持っていないものをオルセラが持っていることへの妬みがあるからこそ彼女を決して無視出来ない。イースはその感情を理解できるようで、できない。オルセラに惹かれている理由が自分で言語化できないのだ。
イースは別に次代の長の座に興味はない。
ギューフがなるなら彼を支えるし、ならないなら代わりに座る。
そうした心のあり方がダエグに気に入られ、最も苦労なく生きる方法であり、血族に生まれた者としての最善であると思っている。
では、オルセラはどうなのだろう。
この戦いが勝利に終わればオルセラは里を永久追放されるだろう。
オルセラはそのことを大して気にはしないかもしれないが、弟や妹を心残りには思うだろう。その優しさはイースにも向けられていたのに、去って行く背を黙って見送ることは本当に最善なのだろうか。
ダエグは、本当にそれでよいのだろうか。
偉大なるおばは、無駄なことはしない。
オルセラに折檻したり律儀に挑まれた戦いを自ら受け取るのは、姉に対しても何か期待するものがあったからである筈だ。
「……いけない。一人でいると余計なことばかり考えてしまうわ」
かぶりを振って魔法で保温されたハーブティーで乾いた喉を潤す。
様々な想定外の事態が発生する中、イースの顔には疲労の色が見え始めていた。
常に索敵をしながら純血エルフの近衛たちに指示を飛ばす司令塔の役目は、7時間という長丁場を一人でこなすには長い。
実際にはそれ以上に早く決着が着くというのがダエグの目算であったが、ギューフが引き込んだ味方は予想を遙かに超えて厄介であった。
ひとつ、微かな反応が急に出現しては近衛を妨害して消える。
これもまたイースの悩みの種だ。
「これはきっと分身とか呼ばれる能力を利用した不意打ち……また近衛が妨害された」
転生者に時折その使い手がいるという分身は、本体と魔力的な繋がりがない限り元を絶つことが出来ない。しかも、この分身の使い手は気配の遮断と隠密行動に長けているらしく尻尾がまるで掴めず、不意打ちを警戒するように助言するのが精一杯の対応だった。
「それに、これも」
別の反応では、窓の外からの侵入者が近衛を不意打ちしていた。
これは反応からしてギューフの魔法で作られた植物の尖兵だ。
戦いが始まって暫くしてから、これらの反応が散発的に見られた。
「恐らくはギューフお兄様が予め魔力を込めた呪具を何者かが城の中に放り込んでいるんだわ。城は許可なくして入れないけれど、お兄様の魔力なら素通りできる。本来なら外からそれを行なう下手人を倒したい所だけど……」
この戦いは、ダエグの息のかかった者しか参加していない。
血族同士の内部抗争など民に決して口外してはならないからだ。
厳しい条件の中でダエグもかなりの人数を集めたが、そもそも純血エルフの戦士は人口に対して数が少ないのにそこから更に厳選し、そして主戦力は城の中で戦っているため外の人数にも限度がある。
おまけに、イミテーションギューフが外で大暴れしたせいで戦士たちには少なからず疲労の色が見られ、それが敵のゲリラ的な妨害のダメージをじわじわ増大させていた。
「……」
イースは、何故このような無為な争いをしなければならないのだろうか、と、不意に思った。
今より二千余年前――神代が終わりを告げようとしていた時代、エルフの血は絶えようとしていた。
それを『守りの猪神』の慈悲によって永らえたエルフは、旧神の庇護の下にあった人類に対抗する力を得て時間を稼ぐために一度だけヒューマンを相手取って戦争を起こしたことがある。
エルヘイム自治区が国家に匹敵する影響力を保持しているのは、そのたった一度の戦争の結果が今日まで効力を発揮しているからだ。
詳細な内容はイースもまだ知らないが、少なくともギューフとダエグの意見を割る原因のひとつにはなっているようだった。
――何故、ダエグはその仲違いの原因を教えてくれないのだろうか。
――今、血族の中で誰よりも物わかりのよい筈のイースにも言えないのだろうか。
――言えないということは、言えばイースは言うことを聞かなくなると思っているのだろうか。
現実の時間は彼女の思考を待ってはくれない。
敵にも味方にも大きな動きがあった。
「……瞑想室に向う新たな反応。これが本物のオルセラお姉様たちか。コムラは漸く偽のお兄様を撃破したみたいね。それにローゼンリーゼ様も瞑想室に……彼女の能力は瞑想室の回復能力も役立たない。ここは全ての通路を封鎖して徹底的に追い詰めるのが吉ね。あの竜人は、偽情報でも掴ませて遠ざけられないかしら……」
イースは聡明であるが故に、自らが抱いた根源的な疑問を考えないようにした。
しかし、一度抱いた疑問を容易に忘却できない程度に、彼女は優秀であった。
◆ ◇
先だって瞑想室を占拠していたリベル、ユーリ、ギューフ2。
レベル的にも数的にも不利な彼らであったが、瞑想室の強襲とその後の防衛は意外にも上手く行っていた。
その要因は、ギューフ2が瞑想室から得られる魔力を運用出来るようになったからである。
「こりゃ別ゲーだな……」
瞑想室の出入り口から外に身を乗り出して様子を見ながら呆れた声を漏らすリベルの視線の先には、ギューフ2の手によって生み出された魔力植物群が襲い来るエルフに次々に突進していく姿があった。
「さしずめ樹木の獣、樹兵とでも呼ぶべきか。こんな兵士がうちの軍にもいたら戦も死ぬほど楽だろうなぁ」
樹兵猪は突進で敵の気勢を削ぎ、樹兵熊は魔力を纏った拳で敵を殴り飛ばし、合間を飛ぶ小さな樹兵兎が小さな体躯に見合わぬ猛烈な蹴りをかます。
これらの樹兵たちは立てこもり当初こそリベルとユーリの補助を少しばかりしてくれる程度だったが、時間が経つにつれてギューフ2が瞑想室の中に儀式魔法で作り上げた蓄魔樹という魔力タンクに部屋から吸収した魔力を充填していくうちに段々と増え、蓄えた魔力が増えるごとに段々と樹兵は凶悪な性能と数になっていった。
しかも、大型の樹兵は破壊されてもその破片からトレントのような弱体化した樹兵を生み出して更に時間稼ぎをしてくるなど、もはや悪辣なまでのしぶとさであった。
時折、これらの樹兵を強引に破壊した理性の怪しいエルフが突入してきたが、その先には砲撃樹兵の支援を受けるリベルとユーリが待ち構えている。
ここにブンゴかショージがいたら「タワーディフェンスゲームかよ」と発言したことだろう。
また一人、樹兵を突破して瞳の淀んだ近衛が瞑想室に接近してきた。
「ハァァアァッ!!!」
近衛が空中で無数の木の楔を生み出し、次々に複雑な軌道を描いて発射していく。ホーミングアローのような追尾性と物理的攻撃力、更に込められた魔力による爆発ダメージもある面倒な魔法だ。
砲撃樹兵はこれに即座に反応して類似した魔法をギューフの操作で発射し、その悉くが迎撃される。
近衛はそれでもおかまいなしに自分の右腕に樹木の巨大ドリルを展開すると、ドリルの螺旋の合間から魔力を滾らせた。
「ドラゴンノ硬皮モ抉リトル、コレガ俺ノドリルダァァァァーーーーッ!!!」
恐らくは近衛の中でも上澄みの実力者。
複合属性の魔力の渦が矛としても盾としても機能し、魔力、重量、加速を加えた特大の破壊力となって三人に迫る。
「あ、これ無理だな。ユーリ頼んだ!」
「微力ながら力をお貸しします」
「任せろ」
ユーリは瞑想室を離れ、右手に大盾、左手に戦斧を構える。
盾は聖遺物級装備ガラハド。
斧は制作者不明の業物で、アトリーヌがニヴィアと名付けた。
「アッハッハァァァ!! 穿テ! 回レ! 肉ヲ抉ラレテ泣キ喚ケェェェッ!!」
「貴様如きに王女の盾は穿てぬ。デスパレート!!」
ユーリの盾が深紅のオーラに染まり、彼の全身を包む。
盾スキル上位のデスパレートは、持ち手が耐えられない衝撃が襲っても盾を維持するために肉体が押し止められるというまさに捨身の防御だ。無論、上位スキルだけあって防御力の上昇幅も凄まじく、デスパレートを前にすると生半可な攻撃では衝撃や破壊力が盾に触れる前にオーラに弾かれ霧散するほどである。
ユーリの盾とエルフの巨大なドリルが衝突し、凄まじい衝撃と旋風が周囲を舞う。
リベルは攻撃の圧だけでこの技が魔王軍幹部クラスも一撃で沈められる程の技であろうことが理解出来た。自分であれば防ぐことも躱すことも難しい、純然たる力押しだ。
矛と盾、しばしの均衡。
先に姿勢を崩したのは、ユーリだった。
ただし、デスパレートは退けないスキルなので姿勢は後ろに崩れたのではない。
「どうした……この、程度かぁッ!!」
ユーリは、膨大な質量と魔力が織りなす巨大ドリルをデスパレートで受け止めたまま、盾で押し返したのだ。自慢の一撃が敵を穿つどころか自分を押し込み、近衛は目を剥く。
「ナァッ!?」
「ぬぅぅぅぅあああああああああああッッ!!!」
「クソ、獣風情、ニッ……!? 何故、何故螺旋ガ阻マレル!?」
近衛がドリルの奥で驚愕に目を剥き、更に魔力を放出して推進しながら押し返そうとする。しかし、押し返せない。それどころか咆哮を上げて前進する速度を上げていく。
まるで城壁が自ら敵に迫っていくかのように、防御力が近衛に押し寄せていく。
ユーリはそのまま猛然とドリルを押し、押し、押し返し、とうとう盾を突き上げてドリルの切っ先が上に逸れた。
その瞬間――絶妙なタイミングでデスパレートを解いたユーリの黄金の斧が輝く。
「裂地怒濤ッッ!!!」
下から振り上がった剛斧の一撃が、ドリルを両断した。
更に、振り上げた斧は更に容赦なく隙だらけの獲物を狙って獰猛に輝く。
ドリルを破壊された反動で回避できない近衛を助けようと後方のエルフから様々な魔力の手や援護が飛来したが、斧を目の前にした近衛は滲んだ理性で目の前の現実を正視し、恐怖に心が屈した。
「コッ、殺サナイデ――」
「金剛破斬断ッッ!!!」
直後、衝撃。
渾身の力で振り下ろされた斧より発せられた破壊力とオーラの塊が、斬撃とも打撃とも判別のつかない荒々しい破壊力の塊となって目の前の近衛諸共複数のエルフたちを通路の奥まで吹き飛ばした。
殺してはいないが、恐怖で危うい精神の均衡が崩れたのか、その近衛は意識と込められた魔力を霧散させ、戦闘不能に陥った。
振り下ろした斧を持ち上げたユーリは満足げに息を吐く。
「――ふぅ。やはり俺にはこちらの方が性に合う」
どこか爽快感さえ浮かべた表情で斧を構え直したユーリの好戦的な笑みに、リベルもギューフ2も苦笑いした。
「派手にやってんなぁ……」
「こんな攻撃的な盾使いは見たことがないけど、外の世界ではどうなんだい?」
「いやぁ、俺もここまでの奴はユーリ以外見たことないな。そもそもウェアウォルフで盾持ってる時点で結構異端だし」
戦闘慣れして様々な場所に赴くリベルが「異端」と言うくらいだから、本当に珍しいのだろうとギューフ2は思う。そもそも、ウェアウォルフ自体が余り母国ガナンドルの外に出てこないが、伝聞でも現実でもウェアウォルフは誰もが近接戦闘能力のスペシャリストで守るくらいなら攻撃で食い破るという考えの持ち主だ。
ユーリの場合、子供の頃からそうした好戦的な社会ではなく一般的な農村で育ったことから偏重した考えを持たず、アトリーヌの盾になるという意識と好戦的な種族的特性との兼ね合いによって『超攻撃的な盾』というスタイルに行き着いたのだろう。
「攻撃にも100%、防御にも100%。フツーはそんなの攻防の切り替え時に隙が生まれるから仲間の援護ありきじゃないと上手く戦えないけど、ユーリはその切り替えが抜群に上手い。種族の本能と理性の融合なんだろうな」
「あの戦闘スタイルはウェアウォルフとしての才覚とユーリの信念が組み合わさったことで生まれた独自のスタイルなんだね」
ギューフ2は思わず感心した。
妹のオルセラも魔法と物理の両方を使うが、彼女の場合は魔法が不得手なので物理が上手く行かない際に敵を崩すサブウェポンとして魔法を行使する節がある。だがユーリにとっては攻撃も防御も敵を退ける手段として本人の中で一貫しているのだろう。
ギューフ2は確かにユーリに助成こそしたが、彼はそのバフをあてにしてあんな無茶をした訳ではないだろう。彼の戦士としての度胸とそれに見合った練度が見て取れた。
(相反するように見える思想も考え方ひとつで両立させることもできる、か……)
きっとギューフとダエグにそれは当てはまらないのだろう。
ただ、その考え方は記憶に刻んでおくべきだとギューフ2は思った。
ひとまず気にしなければならないのは、黒薔薇のローゼンリーゼと天衣無縫のコムラがどのタイミングでここに辿り着くかだ。
天衣無縫のコムラは先ほど遂にギューフ1を撃破したが、ここに到達するまでには少しだけ間がある。問題はローゼンリーゼの方だ。彼女の力の詳細は未だに不明瞭だが、ギューフ2はある情報を過去に耳にしたことがある。
それは、ローゼンリーゼが身に纏うあのドレスは『茨』の力を宿し、ドレスの継承者はいつも茨に関連した二つ名を名乗る伝統となっていること。
そして、『茨』の継承者は代々【六将戦貴族】の誰より持久戦に秀でた者が多いということ。
(そのような者に瞑想室を奪還されるのは避けたい。なんとかオルセラやハジメ達と合流してから――)
「――随分と」
戦場に、鈴の音のように声が響いた。
「無様な状況になってるじゃない。近衛には優秀な現場指揮官が不足してるみたいね」
かつ、かつ、と、ヒールの音を響かせて。
近衛の誰もが青ざめるほどの恐怖と絶望を添えて。
黒薔薇のローゼンリーゼは、修羅場に不相応なまでににこやかな笑みで、三人の視線の先に堂々と躍り出た。
彼女は状況を見て、エルフ達を見て、傘でとんとんと床を叩く。
すると、彼女の黒い衣服や足下の影より立体感の感じられない漆黒の茨が溢れでて、エルフ達の体に纏わり付く。
彼女に想像を絶する苦痛を味あわされた一部のエルフ達が激痛を覚悟して縮こまるが、その瞬間はやってこなかった。
「その茨は敵を傷つける茨。貴方たちの振る武器、放つ魔法、全てに茨の力が上乗せされる。ここまでお膳立てされたからには、出来るわよね? それとも、やっぱり痛みが一度必要かしら?」
「ヒッ……」
「出来ますッ!! 出来ますぅッ!!」
振り返ったローゼンリーゼの表情を見て、彼女の恐ろしさを知る近衛達が恐怖にうわずった声で即座に頷く。
その尋常ではない様に、事情を知らぬエルフたちも漸く自分たちに纏わり付く茨の意味を察して青ざめると頷いた。
ローゼンリーゼは恐怖による支配で従順になったエルフ達を見渡してころころと笑う。
「最初からこうしていた方が早かったかしらね? さあ、質より数を! 茨を押しつけて、押しつけて、相手が苦痛に悲鳴を漏らして許しを請うため這いつくばるまで間断なく徹底的に攻撃なさいッ!!」
「させっかッ!!」
瞬間、リベルはいつの間にかローゼンリーゼの至近距離まで接近して彼女目がけて槍スキルのヴォーパルピアッサーを解き放っていた。ローゼンリーゼが茨を振りまき始めたときには、既に彼はギューフに短く頼み事をして樹兵の配置をさりげなく換えさせると、その裏に紛れて彼女の視界に映らないよう一気に接近していたのだ。
恐るべき判断能力と、躊躇いのない刺突。
しかし、その切っ先はローゼンリーゼの黒い傘と衝突し、阻まれる。
否、阻まれただけではない。
「グッ、クソが……スパイクダメージかよッ!!」
刃と刃が交錯した瞬間、リベルの手のあちこちが裂けて出血した。
ローゼンリーゼの傘は届いていない。
しかし、傘にいつのまにか半透明な黒い茨が纏わり付き、槍を伝ってリベルの手を茨で突き刺していた。
この世界では極めて珍しい、触れるだけで傷をつけられる厄介なバフ――ダンジョンギミックや特殊な装備で発動するので効果は限定的になる筈だが、帝国の最高戦力は常識など知らない。
「そら、早く決着をつけないと大変なことになっちゃうわよ?」
ローゼンリーゼの口元が吊り上がり、そのまま傘でリベルを攻め立てる。
純粋な前衛としても高レベルな連撃をリベルは押され気味ながら全て上手く受け流して捌くが、受ける度に腕や体に小さな傷が無数に増え、あっという間に彼の体は血まみれになっていた。
恐ろしい事に、装備で守られている筈の場所も内から鮮血が漏れ出ている。これこそがスパイクダメージの恐ろしいところで、ダメージそのものは小さくとも触れると絶対に傷を免れないのだ。
たまらずリベルは弾き飛ばされた勢いを利用して離脱するが、その直後、ローゼンリーゼが空いた片手を振り下ろすと同時にエルフ達からの援護魔法が次々に飛来した。
「いかん、リベル!!」
即座にユーリが割り込んで盾で全てを防ぐが、命中した魔法の一つ一つに纏わり付く茨が重装備を貫いてユーリの体を傷つけ、腕から出血する。
ユーリはそれに顔色ひとつ変えずに受け続けるが、途中でギューフ2が割り込ませた樹兵の熊が盾になったことでリベル共々一度瞑想室まで撤退した。
互いにポーションで回復しつつリジェネレートの魔法をかけたことで傷は修復されるが、エルフたちの飽和攻撃が壁役の熊を凄まじい勢いで削っていく。魔法に付随する茨のスパイクダメージと手数の相乗効果だ。
サイズの小さな樹兵は軒並み破壊され、修復も追いつかず、二人が一度退いたことも相まって瞑想室の防衛線は崩壊寸前だった。
リベルが苦々しげに部屋の外を見る。
「当たっても受けても掠ってもスパイクダメージが乗って来やがる。しかも手応えからして茨は武器や魔法にエンチャントされてるから威力や防御力にもバフが乗ってんぞ。こんなもん、まともには堪えられんぜ!!」
「これが帝国最強、【六将戦貴族】の一角……という訳か。当たっても回避しても傷を負うのでは自分の傷の状態も把握しづらくなるし、何より人間は苦痛に弱い。回復可能な傷だとしても、何度も受け続ければ肉体的にも精神的にも蝕まれ、消耗していくだろう」
ユーリの表情に焦りはないが、それは戦場においては常に冷静でなければ活路を見いだせないからそうしているだけで、状況の悪さを覆せるかという問題とは別の話だった。
ギューフ2は何度目になるか分からぬ自責の念を抱いた。
「甘かった……! ダエグが自ら攻めてこないのは慢心も含まれるものと思っていた! あのダエグがそんな甘い判断をする筈がないのに……!」
最悪の統率者の出現に、ギューフ2はこの護衛チームの壊滅を覚悟せざるを得なかった。




