34-14
――実のところ、スリサズは夜更かしこそ少しはしたが、直前まで熟睡していた。
この部屋はスリサズが見つけた秘密の隠し部屋――だと本人は思っているが、実際にはオルセラが先に発見していて彼が見つけられるよう細工をしていた――で、時折訪れるダエグの気配が感じられない日にスリサズはこの部屋でこっそり遊んでいた。
ここには贅沢ではないが古の血族として触れることのない庶民のちょっとした玩具や自治区の外から来た品が置かれており、それらは品が古いものの娯楽を味わう機会の極端に少ないスリサズにとっては夢の空間であった。
この日、歯磨きを終えて自室に戻ったスリサズは、ダエグの気配が遠いことやハジメ、ギューフとのやりとりなどいくつかのことが気になって寝付けず、ついこの隠し部屋で夜更かしをしてしまったのだ。
収納箱の中が魔法で空間を弄られたベッド部屋になっていることも知っていたスリサズは、途中で眠気を催してこの中で熟睡していた。一応、朝の目覚めに使用人が自室に来るのを察知して転移で自らを自室のベッドの上に自動転送できるよう先人が仕込んだ巧妙な魔法をセットして。
スリサズはまだ幼く、普段ならこんな夜更けに目覚めることはない。
しかし、入室者を察知したベッドが自動でスリサズを起こした。
自分しかこの場所を知らないと信じて疑わなかったスリサズはひどく驚いたが、入って来る気配の中にオルセラとギューフのものを感じて「2人もここを見つけたんだ」と勝手に納得して落ち着いていた。
ところが、聞こえてきた会話に再びスリサズは動揺する。
『我はダエグと戦う。戦わねばならぬ。そして絶対に勝つ』
今まで聞いた事のない、迫真に迫った姉の声。
オルセラの声に相槌を打つ短い声は、今晩知り合ったハジメだった。
二人の会話は続く。
『お前は兄上が我につけた護衛だ。それは理解した。しかしこの戦いは我とダエグの戦いで……ダエグは、お前が邪魔だと思ったら排除しようとするだろう……』
スリサズはその内容に震え上がった。
ダエグの恐ろしさをよく知っていたからだ。
オルセラは確かに強い。
肉体に限って言えば、エルフに並び立つ者はいない。
しかし、そんなオルセラをしてダエグの圧倒的な魔法の前には一方的に傷つけられることが殆どだ。どんなに近づこうとしても吹き飛ばされ、焼かれ、凍らされ、雷に貫かれ、地に突き上げられ、ありとあらゆる攻撃をオルセラはその身に浴びてきた。
ダエグに一撃を加えたのも、幾重にも重なる絶望的な攻撃の中のほんの僅かな隙を貫いたという偶然に近いものに、スリサズには見えた。
もしあれが加減為しに襲いかかれば、きっと――。
『お前が強く、役立つことは……納得した。兄上にとって善き友人になれそうだとも、思った。そんなお前を、ダエグは……殺すことも厭わない、と、思う』
おばであるダエグが人を殺す。
それが嘘だと言い切れないほどには、あの老婆は強く狡猾だ。
スリサズは、オルセラがハジメに自分から離れるよう言うつもりではないかと思った。
オルセラとダエグが喧嘩になるきっかけはいつだって同じ。
二人の中での『いい』と『悪い』が食い違ったとき。
そしてそれは、いつだって古の血族の中でのやりとりで起きた。
スリサズは気付いている。
オルセラは自分のことで喧嘩はしないが、家族が間違った扱いを受けていると思った時には誰よりも勇敢になる。家族のためならばオルセラは傷つくことなど恐ろしくないのだ。だから、何度でも戦って傷つく。
今回は、その極めつけになるだろう。
オルセラは嘗てないほどにこの戦いで傷つくことになる。
なのに、一人で行かせるなどと、そんなことが許されていいのだろうか。
スリサズは弱いから戦力にならないのは分かる。
しかし、ハジメは強く、優しい。
でなければ、スリサズはハジメとオルセラを似ているなどと感じない。ハジメが手を貸せばオルセラは本当にダエグに勝てるかもしれない。
(駄目だ、オルセラ姉上! 優しいからってそんなことをしては!)
スリサズは直感的に、一度意を決したら譲らないオルセラより自分の我が儘を聞いてくれたハジメの方が説得出来る可能性が高いと判断した。
「ハジメ! 姉上の護衛を放棄するのは、こ、このワレが許さないぞ!!」
少しうわずってしまいみっともなかったかもしれないが、せめてオルセラのためにハジメだけは説得してみせると、スリサズは勇気と知恵を振り絞った。
◆ ◇
正直な所、話を切り出しておきながらオルセラはハジメの扱いをどうするか決断に足踏みをしていた。
現実的に考えて、本当にギューフの理想を重んじるならプライドを捨ててハジメの力を借りるべきだ。
オルセラは戦闘中段々とギアを上げて彼を試したが、彼の操る盾は平然とオルセラの戦闘速度や思考に追従してきた。彼の能力は疑うべくもなく、『契約』を躱せば理想の盾となるだろう。
しかし、どうしても心は抵抗する。
オルセラに並び立つ戦士は、エルヘイム自治区にずっといなかった。
兄弟は等しく弱者で、絶対強者であるダエグの圧政を受けて過ちを過ちと認識できないよう育てられていた。知恵を得た者も、ダエグに逆らうことは損が余りにも大きかった。
だからオルセラは戦ってきた。
ダエグは好き勝手しているのに他の者の好き勝手を許さないことに納得できなかった。反抗を始めた頃は到底敵う相手ではなかったが、信念が利害関係を上回った。
己の意思で破滅の道を進むならば勝手にすればいい。
だが、騙されたり強制されて選ばされた道がどん詰まりなのはおかしい。
オルセラは幼少期に見た赤子のスリサズのことをよく覚えている。
スリサズは血族の中でも特に生まれながらに虚弱で、赤子からそれなりに大きくなるまで何度も死にかけては魔法で強引に治療をされてきた。まだ死をそれほど理解できてはいなかったが、泣きじゃくる弟の小さな手が賢明にオルセラの指を握る様は彼女に家族愛を強く目覚めさせた。
普通ならば肉体を強くしようと考える筈だ。なのにダエグは「純血エルフかくあるべし」と運動自体を野蛮な行為と定義しようとしていた。
――ダエグには死に向うスリサズが見えないのか!
オルセラはそのとき、初めて同族に激しい怒りを覚えた。
ダエグの言い分を信じて育った未来のスリサズは、ダエグの言うがままに純血エルフの妻を娶り、その間に更に肉体の未熟な子供を授かるだろう。
子供は今度こそ延命虚しく死んでしまうかも知れない。
その未来は、純血への拘りを捨てることで回避出来るかもしれないのに、ダエグはその道を頑なに閉ざしそうとする。
オルセラは何度もダエグの非を糾弾したが、常にあしらわれ、やがて口答えするなと魔法の折檻が飛んでくるようになった。
家族の未来より血族の誇りを取り、しかし言葉を尽くしても押さえつけて否定してくる。オルセラを見下ろすその目は、手に入れた品が期待と違ったような失望が見て取れた。
――ダエグは、孫子を支配することしか頭にない!
――他の兄弟家族たちのために強い自分がもっと強くなって、弟や妹の未来を閉ざさないようしなければならない!
――純血など関係ないし、寿命まで待てない!
――この純血主義の塊を倒さなければならない!
ダエグとオルセラの戦いは、この瞬間に宿命づけられた。
奇しくもこの日を境に、何故かオルセラは道路標識と呼ばれるあの武器を扱えるようになっていた。変な夢を何度か見た気もするが、その内容は今は思い出せないし興味もない。
武器を手にしてからのオルセラの成長は目覚ましく、1年後には年上の血族を練習試合で追い詰めるようになり、3年後には熟練の近衛すら防げない打撃を繰り出し、5年後にはもはや純粋な戦闘の実力ではダエグ以外手がつけられないことが市囲の純血エルフにすら知れ渡っていた。
それでも近年まで一撃も当てられなかったのが、ダエグという伝説の魔法使いだった。
その戦いに見ず知らずのハジメを巻き込むことに抵抗があった。
スリサズに怪我をさせず誠実に話に付き合っていた彼に、善人の気質を感じたのもそれに拍車をかけた。彼の戦闘センスが予想を遙かに超えて高かったという事実を認識した後は、もはや自分で彼を戦いから遠ざける言い訳を探しているようにさえ思えていた。
しかし、スリサズがハジメにぶつけた言葉が胸を打った。
「ハジメ! 姉上の護衛を放棄するのは、こ、このワレが許さないぞ!!」
オルセラがスリサズの未来を心配するのと同じように、スリサズはオルセラのことが心配なのだ。そしてオルセラを守る者としてハジメに期待を寄せている。
嬉しさと寂しさがあった。
スリサズに他の兄弟を、まして姉を心配する優しさが育まれていたこと。
そしてもう一つ、オルセラは自分が思っているほど強い存在ではないと指摘されたかのような気分。
背中合わせの感情はしかし、スリサズを否定することはしない。
自分の中には思い込みがあった、と、自覚できた。
――強い我は誰かに助けを求める必要がないといつも言ってきた。
――しかしそれは、誰も信じていないのと同じことではないか。
――共に並んだ者が傷つき、期待が裏切られ、期待を裏切るのが怖くて強がっているだけなのではないか。
自然と、躊躇は消えていた。
オルセラは一人孤独に戦い抜く必要はなく、これは己ではなく血族の未来の為の戦いである。戦い方は、よりよい方を選ぶ。
「心配するな、かわいいスリサズ。我は無茶はするが、今は意地を張って戦うべきではないことくらい分かっている」
「あ、姉上……それでは!」
「冒険者、『死神』ハジメ。貴様の死神たる所以を我に示し、共にダエグとの戦いに赴け。我と運命を共にする覚悟はよいか?」
オルセラの問いに、ハジメは躊躇なく返答した。
「ああ。俺が全力で力を貸すから、本懐を遂げるといい。ギューフも異論ないな?」
「もちろん。それを期待して君に助力を求めたのだから」
ギューフは柔和な、どこか安心したような笑みで頷いた。
「ではハジメ。顔を近づけ、我が接吻を受けよ」
「ああ、接吻……いやわからん。なんで唐突にそれ生えてきた?」
この男、意外と細かいことを気にするな、とオルセラは思った。
(ジャンウーさん。オルセラ様ってなんか……)
(気にすることとしないことの差が極端アルヨー……)
(確かに、あの子は自分が納得できるかどうかが一番の判断基準な所はありますね)
他の面々のひそひそ話が聞こえるが、興味がないので無視する。
スリサズは「セップン?」と首を傾げたが、ギューフがすかさず「ダエグには絶対に内緒だぞ」と言いながらチーズタルトをスリサズに差し出して気をそらす。さりげなく音も届きにくく遮断していることにも気付かずスリサズはおっかなびっくりタルトを口に含むと、くわっと目を見開いた。本当に美味しいものを食べた時の反応である。
面倒に思いつつも、黙っていては話が進みそうにないとオルセラは言葉を並べて説明する。
「ダエグの戦いでは僅かな意思の齟齬が命取りになるが故、契約の印を刻んで意思を繋げる必要がある。印はより思考に近い場所、すなわち顔のどこかが望ましい。合理的に考えれば口腔内、口蓋あたりだ。見た目にも目立たない」
「うん、待て。ちょっと待て。もしかしてその印って婚姻とかの際にする奴なんじゃないのか? 怒られるぞ。俺が妻に怒られるぞ」
「問題ない。兄上が頂点に立てばその辺のルールも有耶無耶に出来る。ほら、口を開けんか。舌が入らん」
「舌まで入れるのか!?」
何を驚いているのかとオルセラは呆れる。
確かにオルセラも少し抵抗はあるが、魔法技術でそこまで器用ではないオルセラとしてはそれが一番速く済むのだ。だいたい、オルセラほど美しい娘の接吻が受けられるのに拒否感を示すのは女として少しカチンとくる。
「一時契約だ。本来の掟では解除にややこしい処理が必要だが、それも兄上がなんとかしてくれるだろうから後でちゃんと取ってやる。舌で」
「時間かかっていいから他の手段で刻んでくれ、頼むから……!」
「これは必要な過程だ。愛の証明ではなく儀式だ」
「フェオはそうだとしても絶対いじける!」
「ええい、うじうじと! 我の護衛と嫁のどちらが大事か!!」
「正直なところ嫁だが!?」
業を煮やしたオルセラは「これ以上拒否するなら頬にベージュ色のキスマークで契約してやるぞ!!」と最悪な脅しをかけ、ハジメは渋々彼女に口を差し出すのであった。
なお、オルセラはこの手の魔法が本当に不得手らしく、彼女の舌はまあまあ長くハジメの口腔を暴れ回った。
「――ぷはっ。まったく、ダエグとの戦いに万全を期すためだというのに今更文句を言いおって……そもそも古の血族の接吻を受けるのは普通は一生に一度もない奇蹟の機会だぞ。己の幸運に自覚がないのか?」
「……そ、そうか……そうだな」
涎を拭うオルセラの意見にハジメは首肯するが、それは役得の自覚ではなく、アマリリスとウルの入れ知恵で「女性が不機嫌な際はなるべく相手を肯定し、怒りが収まるまで言うことを素直に受け止めるべし」と教えられていたからに過ぎない。
結果的にそれでオルセラの女としてのプライドは保たれたので正解ではあったが、ハジメはこの戦いが終わったらフェオに限らず全員の妻に全ての事情を話して土下座しようと決意した。
「さて」
オルセラは口直しとばかりにまたチーズタルトを手にする。
他の面々も食べたことで残り少なくなったタルトをまだ食べ足りないのだろうか。余りにもマイペースなエルフだなとハジメが若干精神的疲労を感じていると、頭の奥に久しぶりの感覚が響く。
『聞こえているな?』
オルセラの声だった。
これは念話だ。
『そうだ。先ほどの契約で可能になっている。我が主、貴様が従の関係ではあるが、貴様からも我に向けて回線を開けるようにしてある。試しに我の思考を読んで力を行使してみせよ』
オルセラが唐突に指から魔法を発動する。
その瞬間、ハジメはオルセラが何の意図で魔法を使い、何が動いたのかを感知できた。【攻性魂殻】を行使してそれ――部屋の隅に置かれていた戦いの初歩中の初歩の参考書が空中で静止し、元の場所に戻る。
オルセラから満足半分、驚き半分の感情が伝わってくる。
『反応がよくてよろしい。契約の印をわざわざ結んだ甲斐がある。しかし、貴様……その能力は転生特典ではないな。見た目に騙された』
そんなことまで読み取れるのだろうか。
『貴様が力を行使する感覚を契約で共有したときに気付いたに過ぎぬ。我は我に必要だと思った思考を共有するのみだ。貴様の方からも何かしてみよ』
ハジメはチーズタルトの最後の一切れを【攻性魂殻】で自らの元に手繰り寄せる。
すると、オルセラがそれより素早く空中でチーズタルトを掠め取った。
周囲には殆どオルセラが自分で取ったように見えるであろうほど完璧なタイミングであり、そしてハジメには彼女がそれを行なう意思、方法、力加減までもが感じ取れたためタルトが崩れることもなかった。
掴み取ったチーズタルトをオルセラはハジメめがけて投げ、ハジメはそれをキャッチして食べた。オルセラから食べろという意思を感じたからだ。確かに集中力の回復に糖分は多少効く。オルセラは更に先ほど手に取ったチーズタルトも投げてきた。
『相互の思考に齟齬はなさそうだが、一応ダエグとの戦いの前に何度か慣らす。あの糞婆との戦いでは厘毫でも無駄な時間を削らなければならん。これまで我の思考と行動に追従できる者などおらぬと考えておったが、貴様を選んだ我の目に狂いはなかったようだ』
最初は共闘しやすすぎて気持ち悪いとまで言っていたのに随分扱いが変わったものである。
『勘違いをするな。今も違和感がなさすぎて気持ち悪い。心の相性と体の相性は別ということなのだろう。兄上はこれを見越して護衛をつけたのか? だとしたら兄ながら人が悪い』
ハジメは「本当だよ」と思った。
心はそうではないのに体の相性が良いばかりに護衛対象から口の中に舌を突っ込まれる羽目に陥って、その原因が護衛対象の兄など酷すぎる。
オルセラは念話を打ち切り、ギューフに提案をする。
「兄上、瞑想室へ向いましょう」
「あちらには既に別のギューフが到着して籠城しているが?」
「ダエグとの戦いの途中に【影騎士】と【六将戦貴族】やらいう連中の横やりが入っては面倒極まりありませぬ故、後顧の憂いを断っておきたい。瞑想室に3人も兄上が集まれば敵も必然的に瞑想室へ向う筈。彼奴等を倒し、万全の態勢でダエグとの戦いに臨みたく……それに、囮もそう長くは誤魔化せませぬ故」
オルセラの提案は悪くないものだとハジメは感じた。
シャイナ王国お抱えの暗殺部隊とドメルニ帝国最高戦力の一角――特に『天衣無縫』のコムラはハジメでも戦いづらい手合いだ。それが世界最強の魔法使いと共に攻めてくれば、流石に勝利の確約は極めて難しいものになるだろう。
今の所その二人の戦力とは奇跡的に遭遇していないが、タイムリミットまで現時点であと約4時間もある以上はどこかで戦うことになる。その際に選ぶ場所が瞑想室というのはこちらが回復しやすく――瞑想室の詳細はオルセラとの繋がりによって知った――敵の進路を予測しやすい。
ギューフ5の視線がハジメに向く。
「ハジメ殿は如何お考えか?」
「オルセラの意見に賛成だ。特に『天衣無縫』のコムラはダエグに合流される前に率先して潰しておきたい。ダエグはコムラを過小評価してるんだろうが、あれは優秀な後衛と手を組むといよいよ手がつけられなくなる」
「そうか――分かった。今、コムラはギューフ1を追跡している。保ってあと数分だが、なるべく瞑想室に近づけるよう伝えておいたよ」
「では、我々もここを経とう。もうオルセラの時間稼ぎがいつ終わってもおかしくない。ジャンウー、リサーリ、構わないか?」
「異議無しアル!」
「右に同じ。はぁ……バケモンの相手は御免なんで出来れば代わりに戦って貰いたいですけどねぇ」
胃が痛そうに腹をさするリサーリだが、彼は一発でも敵の攻撃が直撃すると即気絶、当たり所が悪いと死ぬかも知れないくらいに周囲とレベル差が開いているのでまっとうな感想である。
「これも全てルシュリアって奴のせいだから奴への逆襲を胸に今は雌伏の時だぞ、リサーリ」
「逆襲の予定ねえっすけどね!?」
「ルシュリアのせいなことは否定しない正直なリサーリくんでアル」
「あんたどっちの味方だジャンウーさん!? 俺の不安定な立場知ってますよねぇ!?」
その一方、いい加減に戦いに巻き込まれる前に部屋に帰るようギューフ8に説得されたスリサズは、オルセラの方を心配そうに見つめる。
オルセラはその視線に気付いてふっと笑うとしゃがんで彼の頭を優しく撫でた。
「我の勝利を疑うのか?」
「そ、そんなことはありませぬ! 姉上は誰よりも強いのだから!」
「その通りだ。今日こそあの糞婆との因縁にけりを付けて戻ってくる。そのときは、チーズタルトを一緒に食べような」
わしわしと撫でられるスリサズの恥じらいと嬉しさが入り交じった上目遣いの視線が、姉弟の関係性を雄弁に語っていた。
スリサズは躊躇いがちに頷くと、視線をハジメの方へと向ける。
「ハジメ! 姉上は強いし絶対勝つんだぞ!」
「そうだな」
「でも……ワレは姉上が怪我するところを見るのはもう嫌だ。ハジメ、お前にメーレーする。いや、ちがうか。願いを託す」
一度は高慢に言いかけながら、一度考え直したスリサズは真摯な瞳でハジメの胸に拳をとん、と当てた。
「姉上を守ってくれ」
スリサズの拳を通して、生命力や魔力のようなものがハジメに流れ込んでくる。
恐らくは彼に今できる精一杯の助成なのだろう。
思えば子供にこんな風に切なる願いを託されたことは初めてかも知れない。
スリサズとハジメは契約などしていないが、彼が非力でも姉を守りたいと強く望んでいることくらいはハジメに伝わってきた。
「その願い、託された」
たった一言の素っ気なくさえ思える返事。
ハジメはそれ以上の言葉を並べる必要を感じなかったし、スリサズもその一言で納得してくれたのか。決意の表情で拳を下ろした。
ジャンウーが「男の子って感じ」とニヤニヤ笑い、オルセラはいまいち理解できない感覚だったのか「我にはあんな感じじゃないのに、なんでスリサズはこいつに懐いてるんだ……」と少し面白くなさそうにいじけていた。
男同士にしかない空気感というのもあるので恨まないで欲しい。




