34-12
ギューフ1は天衣無縫のコムラと逃走劇を繰り広げていた。
(流石はシャイナ王国の暗部、【影騎士】……! 魔力量の増えた今なら逃げる程度ならと思ったが、そんな旨い話はなかったか!)
「オラオラぁ! 男ならケツ振って逃げとらんで堂々せんかい!!」
床を滑るように猛スピードで逃げるギューフ1を、コムラは廊下を飛行して迫ってくる。屋内でこれほどの速度を出すのは飛ぶことに長けたハルピーならではの芸当だろう。
ギューフ1は反撃を試みているが、出来ることと言えば機雷のように触れた際に爆発する魔力をばらまく消極的な方法くらいだ。本来なら廊下を埋め尽くす魔力砲撃という手段も今ならば出来るが、それをしないのには理由がある。
(相対絶対加速、余りにも強力すぎる……!)
コムラの圧倒的速度は相手との相対によって発動するらしい。
これは逃走中にオロチが忍術で教えてくれたことだ。
彼の情報なくしてギューフは彼女から逃げることが出来なかっただろう。
「ああもうッ!! エルフは訳分からん魔法使うって聞いとったけど、ウチの加速をすり抜けるってどーゆーこっちゃ!!」
コムラは初めての経験に苛立ちを隠せないでいる。
彼女の相対絶対加速は、本来ならば相手が逃げるというアクションをして速度に差ができた時点でそれに追いつく速度を発揮することが出来る。
ギューフ1はそれを逆手に取り、己とコムラの位置座標から割り出される距離関係が常に一定に保たれるよう自らを移動させるというプログラミング的な魔法を組んだ。これは純血エルフの中でも古の血族クラスでなければ出来ない芸当だ。
コムラがギューフ1に接近を試みると魔法がリアルタイムで距離を計測して空間操作で二人の間が一定に保たれるよう操作する。なので厳密にはギューフ1は一歩も動いていない。魔法が発動している限り、コムラとギューフの速度は完全に同一になり、永遠に距離は縮まりも離れもしない。
機雷的魔法についても彼女の能力対策だ。
もしギューフ1が直接彼女に攻撃すれば、彼女は攻撃の速度を上回る速度でギューフを捕らえる。しかし機雷は設置した時点でギューフ1のコントロールを離れるため、コムラは機雷が爆発するのを避けることは出来てもギューフに接近することは叶わない。
(だが、逆を言えば出来るのはそれまで。距離を保つ空間魔法は常時発動で空間まで操るため下手な攻撃より魔力の消耗が激しい……彼女の体力より先に私の魔力が尽きるか)
もしかしたらスタミナ切れを狙えるかもしれないと思ったギューフ1だったが、そう甘い話はなかった。あれほど強力な転生特典は恐らく基礎ステータスを犠牲にしなければ得られない筈なのでコムラ本人の体力は然程ではないと読んだが、彼女は自らの欠点を認識した上で計画的にコツコツレベリングと熟練度上げをして欠点を補ってきたのだろう。彼女に戦闘に支障を来すような疲労は感知できない。
(だが、彼女が首にかけるアレと能力の厄介さを考えれば、時間稼ぎを続ける価値はある)
彼女が首にかけるゴーグル――それは嘗て転生者が作り出した『サーチゴーグル』という特殊なアイテムだ。『理』で出来た城の全ては見通せないにしても、彼女の能力とこのアイテムの組み合わせは逃げる側にとって余りにも凶悪であった。
幸い、目の前の存在が本物のギューフである可能性を捨てきれないコムラはいつまでも追いかけっこに乗ってくる。
速度自慢の筈の自分が追いつけないこと、そして万一相手が偽物だったら時間を無駄に浪費してしまっていることになる不安は彼女の心を苛む。
逃げの一手を決め込むギューフ1に業を煮やしたコムラは、口汚い挑発に出た。
「王様やなんやと囃し立てられてんのに誰にも助けてもらえんとは人徳ゼロのハリボテ王やなぁ!? そやって何でもかんでも面倒ごとから逃げるしょーもない性根を見透かされてんのちゃか!? 騒ぎばっか起こして周りに戦わしといて、おのれは耳なしがどうとか見下しとる相手に背ぇ向けて! 純血エルフの王も蓋開けてみれば存外に俗物やなぁ!!」
彼女の言うこともあながち間違ってはいない。
ダエグと意見を違えるギューフの人望の不足が今という状況を招いているし、周囲を戦いに巻き込んで自分は逃げ続けているし、周囲はエルフ以外の種族を耳なしと馬鹿にするし、己が俗物と呼ばれても文句が言えないこともギューフは分かっている。
分かっているが、それでもギューフは今、徹底的にコムラにストレスを与えて損耗させることを選んだ。
「ふっ……君の上司たちには及ばないよ。君は円卓がどうやって生まれたのか知っているのかい?」
「ハァ!? 初代国王シャイナが集めた最高評議会の席が名前を変えて残ったモンやろが!!」
「そんなカバーストーリーを額面通りに受け取っているのかい?」
「……知っとったとして、ウチのやることは変わらへんわ!!」
「そうか、知っているのか。最高評議会の祖となった方々が何をやらかしたのかを知っていながら冒険者としての名誉も志も捨てて狗に成り下がるとは、本当に興味深いな。ああ、他意はないつもりだけど」
「おどれ……ッ!!」
好き好んで従っている訳ではない――そんな激情が彼女の額の青筋から伝わってくる。その怒りで判断を誤るほど彼女の精神は若くはないが、少なくともストレスはかかるだろう。
「本当に興味深いよ。ものの見方次第というやつかな? 確かに十三円卓は人類の守護者であるというのも嘘ではない。でも、彼らが構築した機構が機能する限り、魔王軍との争いは絶対に終わらない。分かっていて魔物に食い殺される無辜の民たちを見捨てる気分というのはどうなんだい? やはり良心の呵責というものがあったりするのかな?」
「じゃかあしい……その口、ウチの前で二度と利けんようにしたるッ!!!」
ギューフ1は、イミテーションドールとして魔力が尽きるその瞬間まで精一杯彼女の神経を逆撫でし続ける。ほんの少し、決してコムラが悪人ではないであろうことに申し訳なさを感じながら。
◆ ◇
逃走を続けるギューフ5、ギューフ8とその護衛たち。
一時は近衛を蹴散らしてかなり敵との遭遇回数が減ったが、外のギューフ6が敗北したことで再び敵との遭遇階数が増加していった。ハジメは体力的にまったく問題ないが、他の護衛たちはそうはいかない。今は平気でもこれから何時間も緊張状態と臨戦態勢を続けるより、どこかで休憩した方が良い。
ハジメはそれとなくオルセラにその旨を伝える。
「あと5時間近くこの調子で継続戦闘していてはダエグとの戦いに影響が出るんじゃないか? ギューフの数も減ってこちらに狙いが集中しつつある」
「この程度、我は明日の昼までやっても問題ない。戦えなくなったら勝手に逃げるなりすればよいだろう」
オルセラは軽々と道路標識をフルスイングして衝撃波で近衛を吹き飛ばす。
一見すると虚勢か驕りにも聞こえるが、実際にオルセラのオーラを感じるに消耗と呼べるほどの疲れは感じられない。筋力と同等にスタミナもかなりのもののようだ。
「それに」と、続く一撃を振りかぶりながらオルセラが視線の先を睨む。
「疲労で言えば近衛の連中の方が激しい。魔法で意識とダメージは回復できても、一度意識不明にまで追い込まれた負担は確実に蓄積していく。集中力もな。幾らローテーションを回したところで奴らは夜明けまで保つまい」
「近衛レベルでもそんな体力なのか。ちょっと軟弱すぎるな」
「もやしの集合体だ」
(仮にも同族相手にあんまりな比喩……)
しかし、知れば知るほどなんでそんなもやしの集合体の中からオルセラのようなパワータイプが産まれたのかが不思議でならない。転生者だからなのか、転生者が何かしたのか、或いは突然変異や隔世遺伝なのか――何にせよ、ダエグは恐らく最初は喜んだのではないかと思う。
しかし、ダエグの期待に反して何の理由かオルセラは極度に反抗的になり、今ではこの有様だ。
もしもクオンやこれから出来るかも知れない我が子がこんな風に成長したら果たして自分はどう思うだろうか。
(……クオンがグレたらもう諦めるしかないかもしれん)
「……? 何を急に遠い目をしている?」
「いや、とりとめもない未来を考えていた」
オルセラに思い切り胡乱な目をされてしまった。
もしクオンがグレたらショックより癇癪で何を破壊するか分からないことに対する胃の痛みが上回るだろう。余りにも不安な未来を幻視したハジメは、どうかクオンに反抗期が来ませんようにと儚い願望を未来に抱いた。
と――オルセラと二人のギューフの足が同時に止まった。
「兄上」
「ああ。ダエグは数より質を取ったようだ」
二人の纏う緊張感が急激に増し、オルセラが初めて道路標識をまともに構えた。
ハジメたち他の面子には感じ取れなかったが、彼らはエルフ特有の感覚で気付いたのだろう――迫り来る何かに。
「近衛の中の更に精鋭、といった感じか?」
ハジメの問いに、オルセラが頭を振る。
「いいや、近衛の実力など横並びだ。しかし、使い方次第であらゆる戦局に対応しうる魔法の使い手が大勢集まれば出来ることもある――次に来る奴は今までの近衛ほど軽く吹き飛んではくれないぞ」
その言葉の直後、文字通り廊下を埋め尽くす魔力の奔流が破壊力を伴ってハジメ達に迫った。オルセラが一息と共に振り落とした道路標識が魔力を真っ二つに分断することでダメージは避けられたが、その攻撃の瞬間に三つの影が凄まじい速度で迫ってきた。
純血エルフの近衛――しかし、今までとは明らかに違う。
心配になるほど白かった皮膚のあちこちが入れ墨のような茶色い紋様に染められ、そこから漏れ出した魔力が彼らの全身を包み込んでいた。彼らは血走った目で壮絶な笑みを浮かべ、それぞれが手に取った武器を振り翳す。
「ダエグ様ノ、ノ、ノ、秘術ハ世界一ィ!!」
「エヘヘァ、アハハァ!! 漲ル、滾ル、溢ルルゥ!!」
「長ハ生キテオレバヨシ!! ヨシ!! ヨヨヨ、シ?」
この中で最も戦闘能力の低いリサーリが狂気的な様相に気圧されて悲鳴をあげた。
「ギャァァア怖ァァアッ!! 目がイっちゃってるッ!?」
尋常ではない様子で涎を垂らしながら振るわれた彼らの攻撃にハジメは咄嗟に盾を展開するが、そこから伝わった衝撃はこれまでの近衛のものとは比べものにならないほど暴力的で破壊的なものだった。
「もやしにあるまじき……ッ、竜覚醒レベルの隠し札か!? 聞いていないぞギューフ!」
「私も予想外です! 恐らくはダエグの組んだ儀式魔法を基に複数の近衛の魔力を共食いした強制強化だ!」
「ちなみにこいつら、何人の魔力で用意できる!」
「強化1人に対して恐らく近衛3人から4人の魔力を吸い尽くすかと……」
「つまり、まだまだ数を用意出来るわけだ!!」
戦いは、最長老ダエグの介入によって新たな局面を迎えた。
入れ墨のような紋様の中に儀式や術式の要素を取り込んだ力――疑似刻印魔法。
純血エルフのトップ層から古の血族クラス、或いは非凡なダークエルフでなければ編むことの出来ない、まさにこの世界の魔法の極致。
この魔法の優れた所は、刻印さえ刻めば後の魔力充填は別のもので補える所にある。充填された魔力は刻印を刻まれた者を魔法で覆い込み、感覚や筋力、瞬発力に魔法攻撃力までありとあらゆる部分を強化し、バリアや衝撃吸収としても機能する。
「さながら魔法のパワードスーツか……オルセラ!」
「ふんッ!!」
名を呼ぶが早いか、オルセラは道路標識を刺突として繰り出して近衛たちを受け止める盾を攻撃した。裏側からの衝撃はそのまま武器を押しつける近衛たちにダイレクトに伝わり、弾き飛ばす。
宙を舞った近衛たちは空中で不自然な挙動をすると床や壁に着地し、またもや魔法の推進力で肉薄してきた。
「ヒャアアハアアアッ!!」
「キンキンと喧しいッ!!」
道路標識を握るオルセラの腕に力が籠もり、標識のブロック部分で殴り飛ばす。ヒュゴッッ、と、風切り音と鈍い衝突音が混ざり合って弾丸のような勢いで近衛が弾き飛ばされる。
が、やはり不自然な減速をしながら姿勢を整えようとし、更なる後続の近衛にキャッチされて停止する。増援の出現よりも、ハジメは彼らの理性的な動きに驚いた。
「明らかに理性に支障を来しているのに連携するのか……」
「ダエグの術の妙だろうね。力量に見合わない力に振り回せないよう精神を律する魔法をかけられてるんだ。そのせいで力と行動に均衡が伴わず精神に変調を来す。判断能力はそのままに、恐怖心を失って」
「弱点を克服した狂戦士……だが、代償も軽くはあるまい」
巨大な道路標識を驚くほどの速度で正確に操り二人の近衛を吹き飛ばしたオルセラが頷く。
「見ろ。本気の一撃を叩き込んでも動きやがるが、脂汗が浮かんでいる。身の程に合わない魔力を留めておくのは大変だよなぁ」
ニィ、と、好戦的な笑みを浮かべたオルセラは「守りは任せた」とだけ言い残して吶喊する。援護に回ろうとしたハジメだったが、背後からの気配に振り返る。
「ジャンウー、リサーリ、後ろからも来るぞ!」
「挟み打ちか! 上等アル!!」
ジャンウーの手が光り、彼女は金の装飾を施された鉄棒を構えていた。
ここまで殆どオルセラが片付けたため初めて見るジャンウーの戦闘。
猛スピードで接近する敵に対し、ジャンウーは届かない筈の鉄棒を振り抜き、叫ぶ。
「伸びろ如意棒!! メガスウィングッ!!」
直後、衝撃。
ゴギャギャギャッ、と、鈍い音を立てて距離がある筈の狂戦士化した近衛たちが弾き飛ばされる。蔓を操る魔法や空間指定魔法が発動途中でかき消えた。
恐らく、相応にレベルが高い者でなければ何が起きたのか分からなかっただろう。しかし、ハジメの鍛え抜かれた動体視力と経験で何をしたのかは理解できた。
「転生特典武器か」
「ご明察! 如意金箍棒は自在に長さを変えられるアル!」
日本でも極めて知名度の高い中国の奇書、西遊記の登場人物である孫悟空が愛用したとされるその棒は、非常に重く自在に長さを変えることが出来たという。
中国舞踏さながらにくるくる如意棒を回してポーズを決めるジャンウーは額に緊箍児を、背に觔斗雲まで用意してハジメにウィンクした。
「ま、別に西遊記マニアでも孫悟空ラブでもなんでもないんだけど、装備が魅力的だったから色々性能はアレンジして貰っちゃったの」
彼女はその場から動かず、如意棒を振る一瞬だけ棒のリーチを伸ばして一方的に近衛を吹き飛ばし続ける。よほどの実力がなければこれを防ぐのは難しいだろうが、これだけピーキーな動きをする上に他の装備まであるということはコスト的に使用難易度も高そうだ。
この世界の転生者で武器など装備を転生特典とする人間は比較的少数派だ。
理由までは知らないが、そもそもこの世界にはあちこちに強力でデザインの凝った武器がある、武器より特殊能力の方が汎用性が高くコスト管理をしやすい、武器に性能を詰め込みすぎると自分を強化するコストが足りなくなるなどが考えられる。
ハジメのイメージとして、武器を特典に選んだ人間は純粋な力量に優れたまともな人間が多い印象がある。無論、例外はいくらでもあるが、今の所ジャンウーは似非中国人以外その条件に当てはまっているように思えた。
ジャンウーは徹底的に相手の先手を取って動きを封じ、リサーリに合図を送る。
「リサーリ! 今の隙に!」
「分かってますって!」
リサーリの手袋から幾重もの糸が煌めき、姿勢を崩された近衛たちの体に糸が絡まり、食い込んだ。
「ナンダコレハ!? 体ガ動カン!!」
「糸ダ! 糸ニカラマ、カレ、カラルラ……」
「ヌゥ……ウオオオオオオッ!!」
近衛の一人が全身に炎を纏って糸を焼き切ろうとするが、彼の意に反して糸はなかなか焼き切ることが出来ない。それどころか新たな糸が絡まって余計に動きを封じられた。
彼らを拘束したリサーリは、はぁ、とため息をつく。
「抗魔力の糸が保ってよかった……おかげで熱吸収の糸が間に合った。城の構造そのものを利用した拘束だから簡単には抜けませんよっと」
「今の一瞬でそこまで用意したのか?」
「まっさかぁ。城の中で大変なことが起こったときに俺だけでも逃げられるよう事前にウロウロしながら壁の溝や絨毯の繊維の隙間に山ほど糸を仕込んでただけですよ……ふんっ」
リサーリが軽く腕を振ると、拘束された近衛たち全員の両手が挙げられた状態で纏めて縛られ、足も同じように縛られる。ハジメ視点だと納豆を包んでいる藁みたいに見えてシュールだった。
「ま、いずれ魔法で千切られて突破はされるでしょうけど、念入りに編んだから最低でも数分くらいは大丈夫でしょ。あービビった……」
心臓の辺りをさすってほっと息を吐くリサーリだが、純血エルフにも気付かれないレベルで糸を仕込んでいる上にそれを自在に操る力量がある辺り、彼はレベルでは表せない厄介さの塊である。
(……そういえばこいつ、初対面の時は魔王軍で子供を拉致してたからクオンが一緒にいなければ普通に殺しててもおかしくなかったんだな)
今のハジメなら遅れを取りはしないが、それはそれとして面白い人材ではある。ルシュリアに仕えるくらいならウルの方に正式に仕えて欲しい旨を今度正式に伝えよう。
後方は大丈夫そうなので改めてオルセラを確認すると、そこには凄惨な光景が待っていた。
「しつっ! けぇんっ! だよっ! オラァァァァァッ!!」
「ギャアアアッ!? アギッ!! ゲフッ!?」
「ユルシテッ!! オユルシヲ、ヲオオオオオッ!?」
「……うわぁ。これはひどい」
般若の形相で振り翳された凶器は、体を丸めて縮こまる近衛達を容赦なく、絶え間なく打ち据える。もはやそれは戦いではなく、オルセラがただ道路標識で近衛を滅多打ちに叩き伏せているだけだった。
彼らに施された程度の強化では、オルセラとの純然たる力の差を覆せなかったようだ。
なまじ魔力の鎧で意識が飛ばないために何度も何度も重量のある道路標識の先端やブロックを腹に叩き付けられ、彼らは恐怖と苦悶に震えながら嵐のような暴力を浴びせられていた。
近衛もただ無為にやられている訳ではなく、殴られながらも様々な魔法を展開してはいるのだが、オルセラの猛攻による苦痛と恐怖が上回る上に道路標識のスイングで発動前に破壊されてしまっている。
これでは長く苦しむためにパワーアップしたようなものだ。
流石に哀れになったハジメはギューフに意見を求める。
「あれは殴り続ける以外に無力化させられないのか?」
「あるには、ある。でも……多分、それをしては近衛達は死ぬだろう。あれはオルセラの優しさなんだ。ダエグに乗せられて命まで賭けることはないってね」
「うーん、そんな優しい攻撃に見えない……」
「くたばれオラァッ!! 何が優良種だッ!! 力に集る寄生虫がァッ!!」
さっきから響く荒々しい暴言の数々には純粋な侮蔑が感じられて、ハジメにはギューフのような好意的解釈はとても出来そうにない。
と――殴られていた近衛の一人が突如として跳ねると、道路標識に抱きついた。
「抵抗ニ失敗セキトキハ、ミ、ミ、身ヲ以テシテ忠誠ヲ――!」
「あん?」
オルセラはその近衛を振り払おうと構えたが、足に他の近衛が縋り付く。
「純血エルフ、万歳ッッ!!!」
「エルフノ未来ニ栄光アレェェェェッッ!!!」
「こいつら、何を……」
ハジメでも感知できる急速な魔力の高まりと近衛の様子の変化に気付いた時には、既に彼らの体は魔力の白光を放っていた。ギューフ5と8が異口同音に叫ぶ。
「「自爆!?」」
「しまっ――!」
エルフについて自分以上に熟知しているオルセラが無反応だったから気が緩んだのかも知れない。念のために彼女の近くに転がしたままにしていた盾を『攻性魂殻』で動かした時には、間に合わないと心のどこかで感じていた。
(助けられない。俺の判断が甘いせいで。俺の力が足りないせいで――)
一瞬――死んだ友達の言葉が脳裏を過った。
『助けられなかったのが嫌だったんだろう? じゃあ助けられるモノをイメージしろよ』
耳を劈く爆音と衝撃が、城の廊下を埋め尽くした。




