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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-11

 ギューフ9は、危機に瀕していた。


「はぁ、はぁ……」

「随分息あがっとるなぁキミ。最初の威勢はどないしたん?」


 手元のショートソードをくるくる回して手遊びするハルピーの女を前に、ギューフ9の護衛をしていた最後の一人が肩で息をする。最初は数人いたのだが、瞬く間に敗北してもはや彼が頼みの綱だ。


 彼の名前はラド――エルヘイムの外に点在する純血エルフの里に住む数少ないギューフの友人だ。彼は純血エルフの里の中でも最も融和に前向きな里の出で、更には転生者。今日の為に危険を承知で城まで忍び込んでくれた義に篤い男でもある。


 やや悪人面でキザな物言いを好むラドが肩で息をして玉の汗を流す理由は、彼の攻撃が目の前の女――コムラに一撃たりとて命中せず、逆に幾度もの攻撃を受けて体が傷だらけになっているからだ。


(なんという速度! このオレがたった一人のハルピーを捉えられんと言うのか!!)


 冒険者としても一定の実績を収めベテランクラスに上り詰めたラドにとってこれは屈辱であった。

 ラドの転生特典は『鎌鼬』。

 手足の先から真空の刃を発生させて敵を切り裂く強力無比な飛び道具だ。

 自慢ではないがラドはその鎌鼬を殆ど標的から外したことがない。

 それはレベル70クラスまで練り上げたラドの技量と努力の賜物であり、また、鎌鼬そのものの恐ろしい速度のためでもある。


 しかし、コムラには当たらない。

 あらゆる速度、数、範囲の刃を放っても悉くを紙一重で回避し、次の瞬間には懐に入られる。エルフ特有の魔法や体術でなんとか致命的なダメージを反らしてはきたが、それももう限界に近かった。


(相性の差か、力量の差か! オレより年上ではありそうだが、同じ転生者でこうも違うとは……!)

「攻撃せんならせんでかまへんよ~。普通に近づいて斬るだけやもんねぇ」

「……ッ!」


 思わず歯ぎしりする。

 余裕綽々の顔に一泡吹かせてやりたいが、何度考え直しても手が足りない。

 ラドは既に彼女の能力のいくつかの短所を見抜いてはいたが、それはラドが勝利を呼び込める情報たりえず、抵抗する手段がない。考えれば考えるほどにラドとコムラの相性は最悪だった。


 しかし、ラドは諦めきれなかった。


(エルヘイムの惨状とギューフの苦悩! それを知ってどうして気楽に逃げられようか! ギューフ、お前は優しい! 優しい者ほど改革は苦しく心を痛めるものだ! ならば、苦しみを共に分かち合う者にオレはなりたいッ!!)


 ならば、最後の最後まで諦めることは出来ない。

 敵わぬ相手だとしても、無傷で通してなるものか。

 ラドは一か八か、最後の策に出る。


「せめて一太刀、このラドの『斬風』の名に賭けて!!」


 ラドは全身をコマのように回転させる。

 その速度はすぐに人間ではあり得ない回転速度に達し、とうとう彼の体を浮かせた。回転の残像でまるでコマの中心に顔だけぽつんとあるような極めてシュールな姿になったラドは、体をコムラめがけて傾けると一気に加速を開始した。彼が生前見かけたアニメに影響されて作り出した本当にふざけた技だが、コムラを捉えるにはこれしかない。


「うわ、なにこの……何やホンマに!? 何で顔だけ回転してないん!?」

「貴様の回避は攻撃が自分に向けられた瞬間に発動するッ!! ならば空間ごと無差別に全てを切り裂いてくれるわぁぁぁぁッ!!!」


 とうとう体が宙から浮いて地面に対して平行になったラドは、両手両足から無差別に『鎌鼬』を放ちながら突風の如くコムラに突っ込んでいった。

 コマのように回転する全身からは誰を狙った訳でもない真空の刃が十重二十重に入り乱れて背後のギューフを除くありとあらゆるものを間断なくギャリギャリと刻み尽くし、直進すればなんでもいいと不規則に軌道を変えて動きを読ませない。


「オレ自身が弾丸となる!! 超!! 回転斬影弾ぁぁぁぁんッッ!!!」


 室内故に逃げ場はなく、無差別故に先手を打てない。

 これが彼が考えつく精一杯の『天衣無縫』破り。

 しかし、コムラは斬撃の嵐に一切の躊躇いなく飛び込んできた。


「ンなやり方、こちとら何度も経験しとんじゃボケがぁッ!! ノックパイルトラストッ!!」


 勝負は一瞬。

 カウンター気味に打ち込まれた短剣スキル最重の一撃が、ラドの放つ真空の刃を根元から破壊して彼の体を吹き飛ばした。余りに完璧に決まったカウンターにラドの意識が遠ざかり、ギューフ9の元まで跳ねながら転がる。


 殆ど意識のないまま、それでもラドは力なく持ち上げた腕を彷徨わせる。

 ギューフ9はその手を握った。


「お、れ……刃……とど、い――」

「ああ、届いたよラド。見事だ。エルフの長が見事であったと断言するとも」

「――」


 ラドはその言葉が届いたのか、満足げに笑うとそのまま意識を失った。

 二人の目の前に、コムラが仁王立ちする。

 捨身の攻撃にカウンターを入れたとはいえラドの予想は間違っていなかったのか、その肌には浅いとはいえ無数の傷痕が刻まれていた。彼女はその傷にポーションを雑にかけてあっさりと回復すると、ショートソードの切っ先をギューフ9に向けた。


「一応聞いといたるけど、あんた偽物?」

「その前にひとついいかい」

「なに?」

「ラドに一本で良いからポーションを与えてやってくれ。このままでは不憫だ」

「……ま、ええよ。なかなか男前な友達持ってるやん。言えた義理やないけど大事にしぃや?」


 コムラは返答を待たずショートソードの腹で思い切りギューフの顔を叩きのめした。幻影が割れ、その中からはイミテーションドールが姿を現した。

 コムラはそれを確認するや踵を返し、ふと思い出したように一本だけ安いポーションを意識のないラドに雑にかけると、「残り6人」と呟き、即座にその場を後にした。




 ◆ ◇




 ハジメたちが食堂を後にして反対サイドの近衛を蹴散らしているその頃、キャバリィ王国の贅沢な護衛に守られるギューフ2はオフェンスを務めるリベル・トラット将軍の繰り広げる華のある戦いの目撃者となっていた。


「ハッハー! 遅い遅い!」


 軽快なステップを踏みながら蔓の魔法全てを躱して自由に跳躍するリベルが飛び込む姿勢のまま愛槍の聖遺物ロンギヌスを地面に突き立てる。

 体が逆さまな曲芸めいた姿勢で突き立った槍と片手一本という不安定な筈の態勢でバランスを保ったリベルは、着地の衝撃に合わせて槍を掴む手や体をバネのように縮めると、反動と体捌きで跳ねながら一瞬で姿勢を整えて刃を振るう。


「スプリットカッター!!」


 槍の長いリーチを利用した横薙ぎの斬撃――殺さないよう峰打ちスキルは発動させている――は近接魔法を今正に発動させようとしていた近衛数名を狙い澄まして吹き飛ばした。

 その流れを殺さずリベルは即座に槍の持ち手を巧みに移動させて背後の近衛を槍の石突で叩きのめす。


「ピックノックっとぉ!」

「ごふッ!?」


 近衛は槍の穂先を避けられる距離にいたにも拘わらず、リベルの巧みな槍捌きで突然伸ばされたリーチに不意を突かれて鳩尾を撃ち抜かれる。だが、近衛は他にもいる。剣を持つ冷静な近衛がタイミングを見計らって一気にリベルに肉薄した。


「調子に乗るな、耳なし風情がぁッ!! ディビジョンッ!!」


 なんのことはない初歩的な唐竹割りのスキルで振り下ろされる剣は、しかし近衛の巧みな魔力運用で数倍の威力にまで跳ね上がっている。だが、リベルはそれに対してまったく臆さず飛び込むと、柄で受ける構えを取りながら長い足の膝で受け止める反対の柄を蹴り上げた。


「ほいさ!」

「な――!?」


 そのタイミングはまさに槍と剣が接触する瞬間であり、更にはディビジョンの威力が充分に乗り切る直前であった。スキルに依らない純粋な体技を応用したカウンターだ。スキルが強引にキャンセルされて呆然とする近衛に対し、リベルは流れるように蹴り上げた足で強烈な蹴撃をかます。


「そうら、ホリゾンタルシュートッ!!」

「うがぁッ!?」


 痛烈な蹴り飛ばしで吹き飛んだ近衛は、その背後で仲間ごとリベルに空間指定魔法を放とうとしていた別の近衛に強かに衝突し、まとめて吹き飛んだ。蹴りをモロに受けた近衛は既に意識を失い、衝突された近衛は壁に激突した際の衝撃と蹴られた近衛から伝わる衝撃に挟まれて意識を失う。


 手元でくるりとロンギヌスを回したリベルは「ま、こんなもんだろ」と飄々とした態度で槍を肩に担いで不敵に笑う。


 もう一人の護衛、ユーリに守られながら彼に近づいたギューフ2は彼の戦いぶりを素直に称賛した。


「最小限の手間で最大の結果、お美事です。近衛達と戦った感想をお伺いしてもよろしいですか?」

「インタビューじゃなくて軍事的なアドバイスと取っていいかな。まず次の行動が顔に出ちゃってるのはやめさせた方が良いな。魔法使用の予備動作の少なさは目を見張るもんがあるのに台無しだ。あとは何と言ってもこの打たれ弱さ。訓練内容の偏りが見て取れるよ」

「とても参考になります。しかし、表情が読めるだけでこれほどに先手を打てるものなのですか? 私には近衛の行動が全て貴方に筒抜けになっているようにさえ思えましたよ」


 リベル将軍が強いのは分かっていたが、それでも純血エルフの魔法のアドバンテージはレベルを大きく上回るものがある。彼は純血エルフとの戦闘は今回が初めてなのに何故こうも鮮やかに先手に回り続けることが出来たのか、ギューフは不思議でならなかった。

 ユーリが小さくため息をつく。


「無駄です、ギューフ王。こいつはどうせカンだと言うに決まっています」

「そうとは限らないじゃん。まぁカンなんだけど」


 あっけらかんと告げられた理由にはさしものギューフも面食らう。


「カン……で、こんなことが出来るものなのですか」

「何十年も戦いに身を置いてる戦士だと結構そういうカンが働くらしーよ?」

「貴様まだ戦歴10年未満だろうが」


 他人事のような説明に呆れるユーリの言葉を聞いて、ギューフは得心した。


「リベル将軍は戦神に愛されて生まれてきたのですね」


 天性のものとしか言いようのない、転生者も驚愕させる才覚。

 彼は偶然にもそれを握りしめてこの世に生を受けたのだろう。

 きっと、理由も理屈もなく、ただやれるからというだけで困難を可能にする天才に分類される存在だ。


「貴様が恵まれた戦士なのは結構だがな。たまにはその才覚を書類仕事の手伝いにも使え」

「そりゃーうちの麗しき女王に言って然るべきじゃない?」

「言ってやってくれる御仁なら苦労せん! 国の立ち上げ前はよく前線に出てたのに最近国王代理級の仕事に忙殺されて親衛隊長の仕事をまるで出来ない俺の何とも言えない気持ちが分かるか!? 俺はアイツに王の器は見出したが、それはそれとして元々文官志望でもないのになんで毎日書類とにらめっこせねばならんッッ!!」


 クワっと相貌を見開くユーリの有無を言わさぬ気迫に、リベルが「ソ、ソウネ……」と気圧され気味に頷く。

 確かに親衛隊長ユーリは筋骨隆々の浅黒い肌が逞しさを感じさせるウェアウォルフという何をどう考えてもバリバリ最前線で戦うべき存在なのに、書類仕事で忙殺されていると思うと何か間違っている感が否めない。

 他国の政治にどうこう言う気はないギューフも、もう少しどうにかしてあげてはどうなんだ? と同情せざるを得なかった。


 ――話によると、アトリーヌとユーリは幼馴染みらしい。

 二人とも同じ村で遊んで育ち、二人同時に冒険者になり、二人同時に昇格し、常に苦楽を共にした末にアトリーヌの建国に立ち会い、そのまま親衛隊長というポストに就いた。

 言ってしまえば最古にして最初の臣下。

 互いに気心の知れた間柄で、国王が重要な仕事を任せるには相応しい信頼関係だ。

 これでユーリが書類仕事に不向きならまだ女王も考え直したのかも知れないが、残念な事にユーリはまめな性格のせいかアトリーヌよりも書類とのにらめっこが得意であったのが不幸の始まりであったようだ。


「ええい、自分で言っていてなんか無性に腹がたってきた! リベル、お前が守りをやれ!! 次の近衛は俺が蹴散らすッ!!」

「そうだそうだ、いいぞユーリ! 溜まりに溜まった鬱憤ここで晴らしてやれ!」


 意識が八つ当たりに逸れた今が好機とばかりに囃し立てるリベル。

 次にユーリと激突する相手が可哀想になってきたギューフだった。


(……しかし、幾ら戦巧者とはいえ彼らはレベル70ライン。ここから先は転生者も出てくることを考えると我々は捨て石だ。折を見て他のギューフと合流し、二人をそちらに預けて私は囮となるべきだな)


 二人を信じていない訳ではないが、流石に【影騎士】や【六将戦貴族エグザノブレス】が相手では時間稼ぎにしかならない。

 リベルは飄々と、ユーリは八つ当たり気味。

 この愉快な状態がいつまで続くのだろうか。

 不意にユーリが振り返る。


「ギューフ王」

「なんだい?」

「我々はあくまで女王の勅命に従って王の護衛をしている。よって、我々がどんな無茶をしようが、或いは戦いを避けようが、全ては女王の意向に従ったまでのことだということはお心に留めていおいて頂きたい」

「……そうか。うん。じゃあ変な気遣いはなしにしよう。我々は適当に戦って、運悪く強敵に当たったら無茶せず時間を稼げればそれでいい」


 ギューフ2の言葉に2人は頷いた。

 2人はギューフ2が「やられても問題ない護衛」ということを理解したし、ギューフ2は2人に抱いた「自分の政争に巻き込んでしまった」という加害者意識を取り除いた。

 薄情な会話なのに、ギューフは自然と笑みが漏れた。


「気楽な関係というのはいいものだね。折角だ、瞑想室に立て籠もるのはどうだろう?」

「瞑想? お祈りかなんかするんですか?」

「いいや。エルフの瞑想室は地脈の効果が最大に発揮される場所で、傷の治療や魔力の自然回復に最適なんだ。恐らく倒れた兵がそこに運び込まれたり、疲れた兵が回復に訪れる筈」


 軍隊を率いる側であるユーリとリベルはすぐさまその利点に気付く。


「成程、回復手段を減らして近衛を消耗させるということですか」

「逆に俺らは回復し放題。籠城には持ってこいだ」

「そこならば私も少しばかり力を振るいやすくなるよ。案内しよう」


 ギューフ2は、誰かと共に同じ目的で活動することの連帯感に心地よさを覚えた。

 いつか、このような特殊な環境でなくともエルフの皆と同じ感覚に包まれることが出来たら、それはどれほど幸せなことだろうか。


 現実は厳しいかも知れない。

 だからこそ、今という経験をギューフ2は大切にしたいと切に思った。


 ――それから暫くして、外で巨大蛇型魔法ニーズヘグで大暴れしていたギューフ6が遂に力尽き、イミテーションドールとなって砕け散った。


 また、本来ギューフ4と合流予定だったバスパルハーガ共和国の腕利き冒険者たちはせめてもの義理立てと戦いに参加していたが、近衛の魔法による物量攻撃で押し込まれ、最後には通りすがりのローゼンリーゼの苦痛の茨の餌食となり、戦いの舞台から脱落した。


 彼らは、決して弱くもなければ転生者も混ざっていた。

 しかし、護衛のギューフを連れていないことと差別意識から純血エルフ達の魔法攻撃がより容赦なくなったこととローゼンリーゼとのブッキングが重なったのは不運と言えよう。

 茨の激痛に耐えきれなかった冒険者たちの苦悶の絶叫にうっとりと酔いしれるローゼンリーゼの姿に近衛たちは恐れ戦き、協力的になっていった。


 更に、ギューフ1を護衛していた変人近衛たちが天衣無縫のコムラと交戦し、全滅。

 コムラの転生特典の情報を予め知らされていた彼らの捨て身の時間稼ぎでギューフ1は奇跡的に逃走に成功したが、護衛のいなくなったギューフ1が近衛から逃げ切れる可能性は極めて低い。


 時刻は深夜2時を過ぎ、タイムリミットまであと5時間近く。

 時間稼ぎも虚しく、10人いたギューフは半分以下になろうとしていた。

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シュトゥルム・ウント・ドランクゥゥゥゥ!! ですね
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