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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-10

 ハジメは初めて目撃するオルセラの戦闘能力に彼女への評価を上方修正した。

 ステータス的な部分もそうだが、恐らくそれに加えて細かな魔法による自己強化やスキルの威力増強も行なっている。大雑把な戦いに見えて効率的に力を振るえるよう精緻な魔力運用をしているようだ。


 しかし、それ以上に気になるのが彼女の武器。


(何故に道路標識……?)


 そう、彼女がぶん回している武器はどこからどう見ても道路標識だった。

 上に一時停止、下に横断歩道を示すプレートが固定された道路標識は根元の近くが少しひん曲がっており、そこに赤い塗料のようなものがこびり付いている。そして根元部分はコンクリートを固めた基礎ブロックになっており、見た感じハンマーとして使えそうだ。


 ああいうネタ的な武器も聖遺物級の装備に全くない訳ではないが、美しいエルフの娘が道路標識を肩に担いでぶん回す光景は得も言われぬミスマッチ感があった。

 ハジメの視線に気付いたオルセラは道路標識を肩から下ろして床にどすんと置く。


「これは転生特典の武器らしい。生まれた時から使えた。しかし我は転生者とやらが持つ異界の記憶とやらがないので実際のところ何故こんなものが使えるのかは知らん」

「……まぁ、ないケースじゃないか」

「その物言い、貴様も転生者か? 純血エルフの中にも偶に生まれる者がいたと記録がある。尤も、多くは里が退屈に過ぎて掟を破って外に出て行ったようだがな」

(転生者、か。この世界の住民はそれを頭のおかしいやつか異能者と表現するが、正確に言葉が伝わっているのを見るにエルヘイムでは確度の高い情報として伝わっているようだな)

 

 古のエルフなど、転生者側からすればなってみたいものなのかもしれない。

 そして、一部は里に残り情報を後世に残した。

 純血エルフほど歴史の長い種族なら驚くほどのことではない。


(しかし、俺の知る限りではたとえ転生時に過去の記憶の消滅を願ったとしても神に出会った記憶までは消えない筈だ。もっと特殊な注文をつけた可能性はないわけでもないが……いや、そんな話は今はいいか)


 仕事が終わればその辺りの話をする暇も出来るだろうし、そもそも知ったからといって何かが変わるとも思えない。今はそれより二人に同行するギューフ5の護衛の方が先決だ。


「して兄上、状況は?」

「バスパルハーガ共和国の護衛と合流予定だった私と近衛に変装した私はやられてしまったよ。外で暴れている私も保ってあと30分かな」

「今の時間は深夜1時半……あと5時間半で邪魔者を全員殲滅しなければならないと」

「逃げ切れるならそれに越したことはないけどね」


 ギューフ5が過激な発言を否定しないのは、敵が減るほどリスクが減るのは確かだからだろう。敵も必死で攻めに来る以上、交戦を避けるのは難しい。

 と、ギューフ5が他のギューフから念話を受け取る。


「む……ダエグは就任式典会場前で陣を構えて動かないようだ。成程、私を式典に出させないことさえ成功すればよい何らかの策があることの表れか、或いは決定的な情報を待っているのか……他の私は無事護衛と合流した。いよいよ本番開始だ」

「敵も本格的に動き出したようだぞ」


 ハジメの視線の先には、廊下の角から突如として不意打ち的に発射された無数の鮮やかな魔法攻撃が迫っていた。

 オルセラは床に下ろしていた道路標識のブロック部分を蹴り上げて肩に担ぐと、標識を振り抜いた。


「うらぁッ!!」


 気合一閃。

 振り抜きによって押し出された空気が衝撃波となって魔法を消し飛ばし、廊下の奥まで突き抜ける。

 オルセラはそのまま肉食獣のようにしなやかに疾走して角まで距離を詰めると、建物の角に標識のブロック部分を叩き付けた。

 城は『理』に類する強度なのか粉砕こそされないが、ハンマーを通して壁越しに伝わった衝撃波に角待ちしていた近衛が悲鳴を上げて吹き飛ばされた。


 流石は血族一の暴力自慢を名乗るだけあって、凄まじい力任せだ。

 ハジメもこれほどシンプルなパワーファイターはそうお目にかかったことがない。

 馬鹿力だけで言えば怒るほどに強くなるオオミツもいたが、オルセラの動きは荒々しくとも彼と違って無駄がなく、実際に効率的でもある。


 ギューフが唐突に口を開く。


「背後から敵が1、2……3人。魔法で姿、音、臭いを消しているな」

「感知、索敵には……いや、ほんの僅かに分かる?」


 本当に微細な感覚だが、ハジメにはその気配が感じ取れた。

 もしかしたら今まで習得したことのない感知系スキルがいつの間にか発現していたのかもしれない。冒険者なら誰しも一度はそうした経験があるものだ。

 気配を頼りに大盾を複数展開して進路妨害してみると、確かに気配のあった場所から景色の紙を破るように三人の近衛が姿を現し、魔法で加速して強引に盾を抜けようとする。


「くっ、王に気取られたか! 魔法に依らぬ力で物を動かすとは野蛮人らしい所業よ!」

「ええい、何なのだこの盾は!? 邪魔過ぎる!!」

「くっ……干渉してどかそうにも、押し負けるだと!?」


 近衛の一人が魔法の力で盾を動かす力そのものに干渉しようとするが、ハジメのオーラの強度が高すぎて上手く行っていないようだ。彼らがまごついている間にオルセラが踵を返したため、ハジメは時間稼ぎの盾だけ残して他の盾をギューフと自身を守るように展開する。


「オルセラ、そのままかましていいぞ」

「……!!」


 言わんとすることを理解したオルセラは、片足を踏ん張って道路標識を振りかぶるとそのままスイングで衝撃波を発射した。ハジメはタイミングを合わせてスキルを発動する。


「エクスペンド」


 盾専用のこのスキルは盾によるガードの判定をオーラで拡大するスキルで、下の上程度のスキルながら盾使いは重宝するものだ。

 拡大率は所持する盾の大きさと数に比例し、両手に盾を持つランパートガーダーという特殊なジョブの間では必須とまでされている。

 では、無数の武器を操れるハジメが沢山の大盾を展開した状態でエクスペンドを発動すればどうなるのか?

 正解は、全身を覆うのを通り越して複層ガードまで出来る壁の出来上がりだ。

 衝撃波が盾の上を吹き抜けて衝撃に床が震えるが、盾の内部はそよ風ひとつない。


(衝撃波を上手く飛ばして盾に直撃しないように調整してくれたか。これなら殆ど負担なく凌げそうだ)


 衝撃波はそのまま足止めされていた近衛に直撃。

 宙を浮く盾を利用してガードしようとした者もいたが、その瞬間にハジメが攻性魂殻を緩めたことで衝撃波に吹き飛ばされる盾に吹き飛ばされて余分な打撃ダメージを負っていた。


 このエクスペンドが余りにも攻性魂殻と相性が良すぎて、ハジメは盾スキルを未だ中ランク前半までしか習得していない。というか、実は盾全般が攻性魂殻と相性が良いのかもしれない。

 今までのハジメの人生では戦いが殲滅や継戦能力に即したものだったが、こうして護衛に使ってみると思った以上にこのスタイルは今という状況に合致していた。


(俺自身が尖ったアタッカーだったから気付かなかったな。なんというか、オルセラの大雑把な破壊力とは絶妙なかみ合わせだ。ライカゲは速すぎて後出しの連携が出来ないし、魔法使いのアタッカーも一緒に殲滅に回った方が手っ取り早いし)


 第二の追っ手を蹴散らしたオルセラは、また道路標識を担ぐと嫌そうな顔でハジメを睨んだ。


「邪魔したか?」

「違う。気持ち悪いくらいに戦いやすいから気持ち悪がっている」

「たまたま戦闘スタイルの相性がよかったようだ」

「なんか調子狂うな……一人でやる方が楽な筈なのに」


 自分自身でも戸惑いのあるオルセラの態度に、ギューフは珍しいものを見たとばかりに少し頬が綻んでいた。


「孤独に戦うばかりが戦いではないということじゃないか、オルセラよ?」

「……知りませぬ。小腹が空いたので厨房にでも行きましょう」

「こんな時間に夜食か。コーヒーでもあるといいんだが」

「家族の躾けでは夜食は厳禁。これはダエグが怒るな。この非常時だから二倍は怒るぞ」

「相手の集中力を乱す心理戦か。案外有効かもしれん」


 オルセラはこれ以上喋るのも面倒とばかりに道路標識をごりごりと床を擦って引きずりながら歩き出す。自在に出現と消失をさせられる筈なのにわざとやるのも、もしかしてダエグへの嫌がらせなのだろうか。


(いや、あれはちょっと拗ねたい気分なだけだよハジメ)

(そんなに俺と相性が良いのが嫌か?)

(戦いは一人でやるものと思って生きてきた子だから戸惑ってるだけさ)


 ひそひそとささやかれるその言葉は、言外に彼女が自らの殻を破るのを手伝ってあげて欲しいと言っているようにも聞こえた。

 と――オルセラがぴたりと足を止める。

 もしや今の話が聞こえていたのだろうかと考えた刹那、ギューフが「大丈夫だ」とオルセラに声を掛ける。


「この先にいるのは味方だよ」


 ギューフの声の通り、先の通路から近づいてきた者たちはハジメにも見覚えがあるものだった。


「おっ、ハジメだ。おーい! ジャンウーアルよ~!」

「あんたまたその口調やるんですか……」

「その喋り方は外の流行なのかな? 差し支えなければそのうち教えてくれたまえ」


 ルシュリアの護衛として城に訪れていた似非チャイナのジャンウー、元魔王軍所属悪魔リサーリ、そしてギューフ8。

 ギューフとギューフが偶然出くわすという珍事もそうだが、ギューフ同士が「また会えてうれしいよギューフ」「ギューフこそ無事で何より」と一人コントみたいなことをしているのは突っ込み待ちなのだろうか、と、ハジメはしばし判断に困った。




 ◇ ◆




 城の食堂に近寄っていく近衛たちは警戒心を露にして慎重に進んでいた。

 この先にはなんと二人ものギューフがいる。

 ばらけて逃走する方が有利な筈なのに2人集合しているということは、このギューフのどちらかが本物の可能性がある。


「確かダエグ殿によると、王の使えるイミテーションドールは最大でも10個。城内で確認された王の姿は破壊された人形も含めて10人だったな」

「つまり、全員偽物の可能性もあるということだな」

「ああ。しかしどちらにせよ王は城の外を出ていないことはイース様によって確認済みだ。仮に10人全て偽物だとしても全て破壊すれば本物はじり貧になり、動かざるを得ない。それはそれとして王のどれかが本物である可能性も否めない」


 彼らはハジメが最後のひとつのイミテーションドールをマイルに渡したことを知らないが、破壊されたイミテーションドールの出所は突き止めていた。


 イミテーションドールは制作者のダエグにしか分からない製造印が施されており、それを調べた結果、それらは随分前にバランギア竜皇国が気紛れに購入した10個のドールのうちのひとつであることが判明した。

 そしてハジメはバランギア竜皇国と事前に接触し、その後ギューフと接触していることから、バランギアから受け取ったドールをギューフが使っているという結論に達した。

 近衛の一人が悔しそうに歯がみする。


「おのれ竜人共め。いたずらに状況を掻き乱しおって……」

「堪えよ。如何に我らとて竜人と事を構えれば火傷では済まん」

「だから余計に口惜しいのだ……! 同じ神代以前から続く血統であるのは認めるが、どこまで行っても竜は竜のままか」

「それより問題はオルセラ様だ」


 自治区外から仕入れた重装備で身を固めた近衛がじりじりと距離を詰めていく。彼らはオルセラが参戦したという知らせを受けて駆けつけた防御特化の近衛重装隊だ。細身の純血エルフに似合わぬ装備は衣装に着せられているような滑稽さがあるが、そうでもしなければオルセラの攻撃を凌げない。


「唯でさえ手の着けられないじゃじゃ馬姫なのに、あの広域破壊の衝撃波を屋内で臆面もなく放ってこられるのでは厄介極まりない。しかも、よりにもよって厨房に籠もるとは……」


 目頭を押さえて項垂れる近衛。

 厨房を破壊されると翌日以降国賓に提供する食事に支障が出てしまう。特に困るのが食材で、外来の客用に特別に仕入れた肉や魚介などはあまり数がない上に今から補充するのも困難だ。


 しかし、厨房から追い出そうにもオルセラの驚異的な膂力から放たれる武器の衝撃波は近衛でさえ来るのが分かっていても防ぐのが難しい破壊力を秘めている。出入り口が少ない厨房は格好の的にされてしまうのだ。


「儀式魔法の準備はどうか?」

「式は既に。魔力の充填に10分はかかります」

「もどかしい10分だ……」


 廊下には微かに食べ物の匂いが漂っており、近衛達は無性に腹が減る。

 エルフは動物や魚の肉を食べないが、それでも美味に調理された食材から漂う香しい匂いに自然と唾液腺が緩む。

 エルフにとって堕落の極みである夜食を壁の向こうの彼らが自由に行えることを、一部の近衛は妬ましく思った。




 ◆ ◇




 厨房内部では、集合した面々が思い思いに夜食を摘まんだり飲み物を飲んでいた。

 客人用に用意され、いつでも提供できるよう魔法でベストな温度を保った夜食を食べながら、彼らは今後の方針について話し合う。


「近衛がここに突入してくるまであと10分程度。7、8分後には夜食も話し合いも終わらせた方が良いだろうね」

「オルセラを警戒して婉曲な手を取らざるを得ないんだろう」


 エルフの魔法に長けたギューフ5とギューフ8。

 彼らは夜食に興じている風だが、実は食べるものも飲むものも全て幻影なのでどちらが本物かということは見た目には分からない。

 コーヒーを手にしたハジメと中華まん風の食べ物を手にしたジャンウーが今後を話し合う。


「戦力が集中していた方が敵の無力化は早いが、相手に転生特典持ちがいると一塊も危険だ。前衛と後衛に別れて一定の距離を取りながら移動するのはどうだろうか」

「ん、いいね。敵に見つかりやすくはなるけど、そもそもおおよその位置はバレてるみたいだし」

「ところで、お前達が護衛をしているのはルシュリアの命令か?」

「そんな分かりやすい命令しないよ。あの子はさ」


 ジャンウーは苦笑いして肩をすくめる。


「親切心で夜の見回りのお手伝いをして、もし困っている人がいたら身分の高い相手を優先して手伝ってあげて、だって。もし追求されても姫のけなげな善意だった、まさかこうなるとは思わなかったで片付くような賢しい言い回しでしょ?」

「らしいと言えばらしいか。ちなみにだが、差し支えなければお前の能力が知りたい」

「そうね……リーチが超長い。空飛べる。後はまぁ、ちょっとした洗脳対策があるかな。あんま強力じゃないから隙は出来ちゃうけど、少なくとも操られて貴方を襲うことはないよ。そういうハジメの力は……まぁ、事前調査でざっとは知ってるから言わなくて良いかぁ」


 ジャンウーは大口を開けてあっという間に中華まん風の食べ物を平らげるとハンカチで口元を拭う。この状況で食欲が衰えない豪胆さは実力の証と取るべきだろう。少なくとも合流するまでの道でいくらか近衛を叩き伏せてきたのは確かだ。

 リサーリがハジメと同じくコーヒーを啜りながら、不安げにため息をつく。


「王女に言われたからって本当にいいんですかね、こんなことして。そりゃあの姫が十三円卓を見下してるのは何となく知ってますけど」

「リサーリ。ルシュリアはこの件をどう見てるんだ?」

「姫はこの一件でギューフ王が本懐を遂げても世界はすぐには変わらないだろうと言っていましたが、これを境に潮目が変わるだろうとも言ってました。どちらにせよアグラニール・バーダルシュタインが野放しになっている以上遅かれ早かれの問題だとか。なぁに知ってるんですかね、あの姫は……」


 ジャンウーは「少なくとも今回の一件にルシュリアはそこまで頓着してないよ」と二つ目の中華まん風の食べ物に手を伸ばす。


「ノリで分かるもん、大体。今回はあくまで無垢な姫を演じるついでの見物としか思ってないでしょうね」

「箪笥の角に小指をぶつけて無様に床を転げて悶え苦しめば良い」

「ハジメさんてば相変わらず姫に異常に辛辣……ん?」


 ぴくり、と、リサーリの指が動く。

 よく見ればその指には糸が張っており、床の絨毯の隙間を縫ってどこかへと伸びている。そういえば彼は誰にも気付かれず周到に糸を張るのが得意技だったと思い出す。


「ギューフ王、索敵の糸に反応が。反対サイドにも近衛が集まり始めていますよ?」

「なに? ふむ……成程、儀式魔法で挟み打ちにする腹づもりか。諸君、少し早いが夜食会はお開きにしよう!」

「あ、待って、このあんまんだけ食べさせて!」


 慌ててばくばくと手に持つ中華まん風食べ物を平らげたジャンウーの食い意地に周囲は苦笑いした。

 ふとハジメがオルセラの方を見ると、彼女はいつの間にかチーズタルト3ホールを1人でぺろりと平らげていた。視線に気付いたオルセラは悪びれもせず甘味の余韻を味わうような舌なめずりをする。


「純血エルフは動物由来の食物を口にすると堕落するとかいう莫迦の考えた食の規律がある。当然チーズもバターも卵黄も全て駄目だ。なのに城の料理人は食べた後に浄化の儀式をすれば堕落を免れるとかなんとか意味の分からんルールで外で料理を学んで城で作る。我も浄化の儀式をするから食わせろと言えば否否否とやかましい。こんな莫迦らしいことがあるか? 牛の乳くらいで堕落してたまるか」

「とりあえずお前がチーズタルトをこよなく愛することは分かったから4つ目に手を伸ばすのはやめろ」

「……ちっ」


 オルセラは舌打ちしながらチーズタルトを道具入れに放り込んだ。

 ここにも食い意地の張った女がいたようである。

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