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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-6

 スリサズはしばし不貞腐れていたが、やがて決意したように顔を上げる。


「ワレが強いと認めたあいてをいつまでも耳なしと呼んでいるのは、確かにかっこうがつかない。名を名乗るがいい」

「ハジメだ。ハジメ・ナナジマ」

「なに、ハジメだと? じゃあお前と一緒にいたあのデブエルフがエルフの偉大さを伝えるための耳なしのための村を作ったと噂のフェオか!」

「フェイクニュースが甚だしすぎる。というかデブ言うな。外ではあれは太っているうちに入らん」


 子供だからとはいえ本人の前で言えばワンチャン殴られるのではないかという失礼発言にハジメも流石に眉を潜める。


「だいたい、オルセラも肉付きは似たようなものだろ」

「オルセラ姉上は純血エルフの清い供物を得た上でああだから凄いのだ! 清くもない外界の食事で肉が膨れた外のエルフはみんなデブだ」

「そんな誤情報一体誰に教えられたんだ……」

「ダエグだ」

「騙されてるぞ。その飴だって使っている砂糖は森の外から仕入れられたものだ。食べ物はどこのものであれ食べ物に変わりない」


 思わず本音を口にするとスリサズは露骨に機嫌を損ねて飴を噛み割った。


 失言だったかも知れない、と自省する。

 ものの見方は本来時代や宗教、価値観によって大きくうつろうものだ。


「いや、すまん。俺からするとちょっと信じられなかっただけで、否定する気は――」

「姉上と同じこと、言うんだな」

「?」

「オルセラ姉上もよく言う。ダエグは嘘つきでエルヘイムの民が痩せすぎなんだって。ほんとうはみんな心のどこかで分かってる。外からくるにんげんはデブどころか山みたいな太っちょもいる」


 スリサズは先ほどの戦いで弾き飛ばされて無惨に千切れた植物片を指でつつく。

 すると、魔法が発生して周囲を包んだ。

 これはギューフが会話を聞かれないために使っていた魔法と同じものだ。


「おまえは姉上に似て強く、賢く、正直ものだ。だから問う……あれは本当なのか、ハジメ」

「外ではフェオが痩せている方だという話か?」

「ごまかすな。純血エルフは滅びるというのは、本当のことなのか。血族に連なる者として、ワレはそれを知りたい」

「……」


 スリサズの横顔には、ほぼ間違いないであろうという事実を受け入れる年齢不相応な覚悟が見て取れた。

 一方のハジメは、自分の伝えられた事実が真か否か、事実確認を行えていない。だから、情報を鵜呑みにしないためにも彼の疑問に即座には答えなかった。


「俺も話を聞いただけで詳しいことは知らないから、確認のために色々と聞きたい」

「申してみよ。聞いてやろう」


 尊大な態度のまま彼はハジメの質問を了承した。


「エルヘイム自治区のエルフはよく骨折するというのは本当か?」

「古の血族ではない子供ならば先ほどワレがこけたのと同じ程度で骨が折れてしまうことはよくある。魔法と薬ですぐに良くなる」

「そうか。ではエルヘイムの子供の数が段々減っているというのは?」

「血族は減っていない。エルヘイム全体では、減っているのではなく出来にくくなっているらしい。生まれてきてもすぐ病気で死にそうになるから子育ても大変だと召使いたちの会話で聞いた」

「ちょっとしたドアを開けたりものを取るのにも魔法ばかり使って身体をあまり動かさない、というのは?」

「それがエルヘイムの純血エルフの在り方だ。他の種族が出来ぬことが息をするように容易に出来るし、一歩も動かずに敵を圧倒するのが純血エルフの優れた存在たる所以のひとつだとダエグは言っていた」

「……オルセラはなんと?」

「そんなことをしていては細い体が余計に細くなるから戦いの訓練ではせめて体を動かせとよく怒られる。動かすようにしたらワレの体は少しだけ強くなった。姉上は正しかった」

「ちなみにだが、スリサズの両親は細かったのか?」

「父上は細い。母上は……外の純血エルフの里から嫁いで来たからけっこうデブだ。里の者は同じ里の者同士でコンインを交わすのになぜ血族のみ外のエルフが嫁ぐのかはよく知らないが、何百年か前から古の血族には必ず外の純血との間にシソンを残すしきたりができた、らしい。姉上が言っていた。ダエグはそれは嘘でずっと前から変わらずそうだったと言っている。姉上が嘘を言うとはワレには思えないので、きっと姉上が正しい……おい、もういいだろ」


 質問に次ぐ質問にスリサズは焦れてきたのか、疑りの視線をハジメに向けた。


「はぐらかしてるんじゃないだろうな。そんな質問で何かが分かるのか?」

「ああ。だいぶ、分かってきた」


 ここまでの質問はギューフに伝えられた内容と現実に差異がないかの確認であり、そして姉に妄信的な部分を加味してもスリサズの言葉には相応の信憑性が感じられる。

 だから、ハジメは誤魔化すことはしなかった。


「このままエルヘイム自治区が変わらなければ、純血エルフは他の種族より早く滅ぶことになるだろう。それが何百年後か、或いはもう少し先なのかまでは読めないが、そのときは近い」

「なんでだ? なんでワレら純血エルフは滅ぶのだ? 嘗ては守りの猪神グリンに救われ、こんなにも森と共存して優れた力を有しているというのに?」


 その通り、エルフは優れていた。

 優れていたが故に、彼らは滅ぶ。


「遺伝的劣化、と呼ばれるものが原因だ」

「それはどういう意味だ?」

「簡単に言えば、エルヘイムの純血エルフは特別な魔法の力と引き換えに体を弱めている。このままでは世代を重ねるほどに弱くなり続け、最後には子供を残せなくなり、絶滅……滅ぶことになる」


 ――それこそが、ギューフの口にした「怠惰」の意味。


 今に満足して未来を捨て去った種族が最後に辿り着く、終着点だった。


 純血エルフの里は純血のエルフの間でのみひたすら婚姻を結び、子を成してきたのだろう。

 他種族や血が混ざっている可能性のあるはぐれエルフとの婚姻は忌み嫌われる。

 何故なら純血を保てないからだ。


 しかし、純血であり続けることを貫けばいずれ純血エルフの体は同じ遺伝子に溢れ、遺伝子多様性を失い生物としての虚弱化を招く。転生者の一部はこれを聞けば「ハプスブルク家」という言葉を漏らすかもしれない。


 エルヘイム自治区のエルフはそれを繰り返してきた。

 新たな遺伝子を拒絶して森の賢人たる力を維持する為に、延々と、連綿と。

 途中で何者かがからくりに気付いて古の血族の延命を図ったようだが、それも時間稼ぎにしかなっていない。

 変化を拒む者は、進化に見放される宿命なのだ。


「ワレには理解できん。が、兄上と姉上は、知っておられるのだな」


 ぽつりとスリサズが呟き、ハジメは彼がそれをどこで知ったのか察しが付く。


「成程、二人の会話を耳にしたんだな」


 スリサズはこくりと素直に頷き、そして、消え入るようなか細い声を漏らす。


「滅ぶんだな、ワレ達は」

「どうかな。今のはあくまで純血エルフが変われなかった未来の話だ。ギューフが上手くやれば滅びの未来は回避できるかもしれない。そうだろう、ギューフ?」


 ハジメは振り返りもせず、背後にいる彼に声を掛けた。

 はっとしたスリサズが後ろを振り向く。

 そこにはギューフ本人がいた。


「勿論だよ、ハジメ殿。いや、距離感を縮めるためにハジメと呼び捨てさせてもらおうかな」

「兄上っ!?」

「かわいいスリサズ、ずっとかまってやれないばかりかオルセラまで借りてしまってすまない。だがスリサズよ、古の血族として兄はエルヘイムをこのまま滅ぼす訳にはいかない。そのための苦労は全て背負う覚悟がある。わかるね?」


 いつから様子を窺っていたのか、ギューフはしゃがんでスリサズを抱きしめる。

 スリサズは寂しそうに、しかし精一杯うなづいてギューフをぎゅっと抱き返した。


「はい、兄上……全ての純血エルフの頂点に立つ者は、全ての責任を負う者。ワレと兄上とでは背負うものの重さが違うことも理解しております」

「そうだ。しかし、スリサズがかわいい弟であることは私もオルセラも片時たりとも忘れたことはない。事が終わった暁にはもっと家族らしいことを沢山しよう。だから、今聞いた話は他の誰にも言ってはいけないよ。約束できるかい?」

「家族らしい……! 勿論です、兄上!!」


 スリサズが幼いが故の純真な笑顔を浮かべると、ギューフも優しくうなづく。

 二人は顔を近づけ、互いに互いの尖った耳を片手の人差指と中指で挟む。

 純血エルフにとっての指切りの約束のようなものなのだろう。


「さあ、スリサズ。今日はもう遅い。お菓子を食べたことはダエグには黙っていてあげるから、よく歯磨きしてから寝るんだよ」

「そ、そうでした……! すぐに磨いてきますっ!!」


 はっと顔を青くして口を抑えている辺り、過去にダエグに盛大に叱られた経験がトラウマになっているようだ。急いで駆け出した元気なスリサズを優しい笑みで見送り、ギューフはハジメの方を向く。


「弟がご迷惑をおかけして申し訳ない。そして、家族に代わって面倒を見ていただいたことを感謝します」

「家族の代わりになったつもりはない。あの子は自分の意思で俺と関わりを持つことを決めただけだ」

「そうかもしれません。スリサズが鬱憤を溜めていることには気付いていましたが、まさかこんな形で客人に八つ当たりするとは……その後素直に貴方の存在を受け入れたのも予想外のことでした。正直なところ焦りましたが、可愛い弟が予想を超えて成長しているようで嬉しくもあり複雑な気分です」

「仲が良いのだな、血族は」

「そうあり続けたいものです」


 ギューフは強かな男だとハジメは思った。

 盗み聞き防止の魔法がいつの間にかギューフによって上書きされている。


「貴方と今日中にまたお話する機会が訪れたのはまこと僥倖なこと。もう少し家族の話をさせていただいてよろしいかな?」

「構わんが、その前に……」


 ハジメは懐からギューフにあるものを渡す。


「なんか家族のことで色々苦労してるようだから、なんだ。個人的に選別を受け取ってくれ」

「えっ、あっ、はい……いやちょっと、ハジメ? これ君、すごい高い薬……ていうかゲンナマ!? ちょ、受け取り切れない、物理的に量が多くて受け取り切れないよ!?」

「いいからいいから。お金は人の心に余裕を生む。無利子無担保。効果がなかったらそのうち返してくれればいい」

「いやこれ明らかにヤバイ取引の現場ぁ!! 見られたらスキャンダルになる奴ぅ!! 魔法で見られないようにしてるけどさ!!」


 色々言いながらも受け取りを拒否しきれないギューフにギガエリクシールと共に2兆5600億Gまで押しつけたところで「流石にそろそろ勘弁してくれません!?」と足まで金に埋まった状態にて困惑の表情でベットを止められた。


「まったく、お金をかけることに抵抗がないと聞いてはいましたけど、まさかこんな……落としちゃったじゃないですか」

「だから懐に詰めるのを手伝っているだろ? 財布扱い下手だなお前」

「そりゃ使いませんからね。エルヘイム自治区でGを使っているのはダエグと近衛だけです」


 王族は身の回りのことを召使いに全部任せるから自力で生活出来ないという話は聞いた事があるが、ギューフも出来る男に見えてそのきらいはなくもないようだ。

 ゲーム的なところがあるこの世界では金のやりとりは変に簡略化されているので意識せずとも割とスムーズに金を回収出来る筈なのだが、ギューフはびっくりするほど動きが遅かった。


「エルヘイムに貨幣経済はないと聞いていたが、ダエグだけでなく近衛もか?」

「エルヘイムの装備品は鉱物の不足や戦闘の少なさ故に植物由来が多いので耐久力に難があります。ダエグはそのことを気にして貨幣を集め、他国との取引で近衛の装備の近代化を進めていたんです。他の純血は貨幣経済の恩恵を知らないのでみなバカにしています」

「時には争いの種にもなるからな。とはいえ近代化は国防を考えれば正しい選択だな」

「ええ、正しい。そして近衛の士気を高めダエグの命令をよく聞くようにするため、ダエグは更に近衛に嗜好品の類を国庫の金を使って特別に分け与えています。民たちには外のものは堕落の象徴としながら、実利を考えての二枚舌というわけです」

「食いつきの良い餌になりそうだ」


 古の血族を守るエリートと考えれば多少の特別待遇は許されるのかもしれない。

 しかし、外から入る恩恵を受けるのはダエグと近衛のみで、他の血族や民、自治区外の純血エルフの里は律儀に掟を守らなければならない。

 歪な現状にギューフは苦々しげだった。


「民には外の魅力を知らせないことで統治を盤石に。その一方で、邪魔なだけだと思っていた紙切れと硬貨が実は外で万能の変換器の燃料になると知った近衛の心は、今やダエグの側にあります」


 古来より、生物は自分に利がある時にこそ他の生物に力を貸す。

 人間はその特性がより顕著であり、おいしい思いをさせてくれる者の側に人は集まり、徒党を組む。貴族制でも民主主義制でもその構造が変わることはない。


「労働に対する対価を以てして士気を上げるダエグは合理的です。結果として近衛が王よりダエグの命令を優先するようになっても、最長老ダエグが経験に基づく知恵で導いていれば結果的にそれはエルヘイムや王を守ることにもなると正当化が可能だ。ダエグと近衛の中ではそれは疑う余地のない完璧な理論となっています」

「予想以上に実権を握られているではないか。味方はいないのか?」

「エルヘイム自治区の外の純血の里では私の方が影響力が上です。せめてそれくらいは根回しをしておかなければダエグの一強になりすぎるので。とはいえ、近衛は体こそ細いものの装備も実力もさるもの。私の用意できる手勢では止められますまい」


 彼の口調は、ダエグの機嫌を損ねれば近衛が全員敵に回るかのような物言いだった。

 オルセラといい彼といい、既にダエグとの決戦を見据えている。


「ダエグは実力行使でお前を止める気なんだな?」

「私が思い描く純血エルフの未来をダエグは決して受け入れはしないでしょう。滅びのリスクを背負ってでも未来に賭けるか、滅びまでの間を引き延して解決を未来に託すか……ダエグとて同じ血同士で争いたくはない筈ですが、使命感がそれを凌駕する。これは正義と正義の押し付け合いです」


 夜空を見上げるギューフの瞳には、覚悟の他に微かな寂寥せきりょう感が同居していた。


「……私も自分の身の回りには気をつけますが、私の手勢は外に追い出されているのでオルセラが最後の切り札です。あの子の優しさにつけ込んでいるようで己が嫌になりますが、ダエグを止められる可能性がある味方はあの子しかいない」

「それで、俺に助成の依頼か? 先に言っておくが、ダエグを倒せというのは無理筋だぞ。コモレビ村はエルヘイムの暴露や未来の関係には興味があるが、内紛に手を貸すとなれば話は別だ。我々はよその謀略に加担する気はない」


 冷たい言い方だが、エルヘイム自治区とコモレビ村の関係は今のところフェオを通して間接的に小さな繋がりがあるに過ぎない。自治区から利益を享受しているとも言い難く、力を貸す義理がない。

 なにより、これは完全にエルヘイムの身内争いだ。

 冒険者としても介入する正当性がない。


 ギューフは「そこまでの贅沢はいいません」と首を振り、しかし頼みがあることを否定はしなかった。


「オルセラを守ってくれませんか」


 そこには統治者としてではなく、妹を心配する兄の顔があった。

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