34-5
晩餐会の後、ハジメは個人的にギューフを労れないかと彼を探していた。
無論、ギューフと天使族のやりとりなどあの場で聞けなかった話などを知りたい思いはあるが、今は彼に差し入れを渡したいのが気持ちして大きい。
しかし、客人とは言え村長護衛に過ぎないハジメに城のエルフ達はギューフのことを話そうとはしない。
オルセラは「あちらから会いに来るのを待て」としか言わないため、ハジメは前にタイミングの合わなかったバランギアの皇に今なら会えるかもしれないと城を歩く。
すると、不意に廊下からハジメを待ち構えていたかのように子供のエルフが姿を現した。
年齢が7、8歳程度の男の子で、顔立ちはどこかギューフに似ている。
少年は精一杯の睨み――身長差が大きいので全く迫力はない――を効かせてハジメをいきなり指さす。
「お前! ワレの魔法の特訓のマトになるという役目を血族の名の下に課す!」
血族には問題児しかいないのだろうか、とハジメはあんまりな感想を抱いた。
いきなり初対面の相手を魔法の的にしようとするとんでもない子供に、ハジメは「まぁ、いいが」とあっさり承諾の意を示した。
貴族の子弟はもっと酷いのもたまにいるし、子供の我が儘に付き合うことに抵抗はない。
少年は気を良くしたのかうんうん頷く。
「耳なしにしてはシュショーだな! ホメてつかわす!」
オルセラを通り越す傍若無人少年は、ついてこいとばかりに歩き出す。
年の割にはやや心配になる細さだが外の純血エルフほどではなく、この年頃の男の子にしては珍しく腰まで金髪を伸ばしている。
外界からの客がいる中で護衛も連れずにウロウロしていいのか、それとも護衛の必要が無いほど強いのか――何にせよ、ただやられるとは言っていない。
足取りからして行先は城の庭園の一角。
道中でハジメは少年に話しかける。
「名前を聞いても良いか?」
「スリサズだ! 覚えておけ、子分!」
「子分になった覚えはない。差し迫った用事がないから付き合うだけだ」
「……なまいきなやつ。痛めつけてやるからカクゴしろ」
スリサズは不満げに頬を膨らませる。
エーリッヒに続いてまたもや世間知らずの高慢王族だが、こっちはまだ子供なので成長の余地はあるだろう。夜の帳が森を覆う庭園の一角、強い光を放つ不思議な植物が四方に植えられたエリアに来ると、スリサズはなんの合図もなしにいきなり魔力を滾らせる。
「捕らえよ、シモベたち!」
直後、足下の整えられた芝生が太く丈夫な蔓に変異してハジメの足を絡み取ろうとする。
色々と対処する方法はあるが、ハジメはあえて好きに縛らせてみた。
蔓が足に食い込む力はなかなかのもので、低位のモンスター程度なら絞め殺せるだろう。拘束が切ったスリサズはほくそ笑むと詠唱もなしに巨大花を出現させる。シードフラワーという魔物の一種に似た巨大な花の中央が膨らみ、弾丸のような種が飛来する。
高速換装で大盾を出現させて防ぐと、スリサズがまた不満を露にした。
「防御するな、マトのくせに!」
「防がないとは言っていない。俺も無駄に痛いのは嫌だからな」
「チョコザイな! でももう終わりだ! 種よ、呼び声に応えて芽吹け!」
発射された種は、どういう原理か盾に命中した時点で土もないのに発芽してツタのように根を張る。足が動かない現状、ハジメに反撃の術はないと彼は思ったようだ。
しかし、アデプトクラスの冒険者はこの程度で子供に遅れを取りはしない。
植物の重みが増した盾を、ハジメはそのまま地面に叩き付ける。
「ステークホールド」
「うわっ!?」
ドンッ!! と、大盾の先端が大地に叩き付けられると同時に纏わり付いていた植物が衝撃で弾け飛んだ。スリサズは大気の震えと音に驚いて尻餅をつく。
ステークホールドは本来敵の攻撃をどっしり構えて防ぐ防御技で、タイミング良く発動させると威力次第で相手の攻撃を弾くことも出来る。そこから更に技の熟練度を上げたり格闘系スキルを習得することで、叩き付けた際に衝撃波が発生するようになる。ハジメはこれを利用して拘束を解いたのだ。
呆然とハジメを見つめるスリサズは、まさか破られるとは思わなかったのか思考に空白が生まれていた。その時間を有効活用するため、ハジメは純血エルフの魔法を分析する。
(やはり、純血エルフは現代魔法とも異なる、もっとおとぎ話の魔法らしい魔法を使うな。詠唱は恐らく必要なし。予備動作も小さなもので充分らしい。この年齢でこれだけ操れるとは、外のエルフを見下すだけのことはあるということか)
以前にハジメはフレイとフレイヤが彼と同じく無詠唱で植物を媒介した不思議な魔法を使っているのを目撃したことがあるため、予想はしていた。
フェオは媒介形式の魔法とエルフ独自の感覚を組み合わせて古代魔法を効率的に運用していると想定していたが、体感ではその予想は概ね合っているのではないかと感じる。
媒介形式とは、いわゆる儀式魔法やマジックアイテムの魔法発動原理に関わる形式であり解釈だ。厳密には装備品や杖で魔法の威力などが左右されるのも媒介形式で説明がつく。
つまり、純血エルフはまったく丸腰で魔法を使っているようでいて、実際には装備あってこそ効率的に魔法が使える部分があるということだ。
かといって、装備なしで即座に弱くなるかと問われると微妙だ。
彼らは装備がなくとも無詠唱で魔法は使えると仮定すべきだ。
それこそが純血エルフ独自の感覚であり、その感覚を使うことで本来は極めて煩雑な古代魔法をするする使用することが出来ると思われる。
事実、スリサズがここまでに行使した魔法は現代魔法には存在しないものばかりだ。
(子供でこれとなるとダエグの魔法の規模は計り知れないものがあるな。そのダエグに一度は土をつけたオルセラも)
戦略分析に余念のないハジメが盾を持ち上げると、呆然としていたスリサズがはっとして慌てて立ち上がる。
「まっ、まだ終わってないぞ!」
ムキになったスリサズが手で印のようなものを結ぶと、先ほどの衝撃で弾け飛んだ植物の破片が膨れ上がってトレント――人型樹木のような魔物――に似た姿に変貌する。数十にも増えたトレントモドキが一斉に手から植物の蔓を伸ばしてハジメを絡め取りにかかった。
「範囲攻撃による制圧か。なかなか狙いはいいが、このマトは避けるぞ」
その場で回避して凌げないようしっかり狙われた蔓であったため、ハジメも回避しながら大盾のパリィで蔓を弾き、時にいなして包囲網を抜ける。
すると、その先にスリサズが先回りしていた。
息を切らすスリサズはにやりと笑うと両手を天に掲げた。
直後、頭上に突如として不自然な雷雲のようなものが発生した。
雷光が中で蠢くそれは落雷系魔法の前兆――それも相応に規模が大きい。
(逃げ出す場所を誘導していたか。思っていた以上に強かだな)
「罠にハマまったな! 天よりの裁きを受けよ!」
スリサズが手を振り下ろすと同時に、雷雲から光の柱のように真っ直ぐな雷がハジメ目がけて降り注ぐ。
雷属性最上位に似た魔法があったのを思い出しながら、ハジメはそれを盾で受け止めた。
空間を稲妻の光が埋め尽くし、大地が焼け焦げ、亀裂が走る。
放電が終わりスパークを残して光が消えていくなかでスリサズは勝ち誇ったように笑う。
「どうだ、耳なし! なんでお前らなんかのためにオルセラ姉上が駆り出されなきゃならないんだ! おかげでワレは構ってもらえなくて……ナマイキなんだよ!!」
「それが本音みたいだな」
「うっ!? そ、そんな……ワレの本気が効いてない!?」
彼の全力に等しい一撃だったのか、ハジメが雷をいなして無傷で現れたことにスリサズは腰を抜かす。
実際には雷対策の装備に高速換装した上でフィールド魔法を重ねたことで無傷で済んだため手間はかけて凌いでいるが、仮に直撃しても容易に耐えられる威力ではあった。相応の実力者が目撃したなら、もっと簡単な方法はあっただろうにと呆れるだろう。
スリサズは気付いていないだろうが、ハジメと彼の騒ぎは遠目からいくつかの目に監視されている。その中にはもしかしたら明日にも対立するかもしれない者もいるだろう。そうした相手に簡単に手の内を晒すほどハジメはお人好しではない。
狼狽えるスリサズに、ハジメは一歩近づく。
スリサズはすっかり先ほどの威勢を失って後ずさった。
「どうした。まだ時間はあるから付き合っても構わんぞ」
「……ッ、……お前、本当は強いんだろ! なんでやり返してこない! ワレが子供だからってグロウしてるのか!」
「マトをご所望だったろう。少なくとも俺の知ってるマトは訓練相手をぶん殴らない。大体、おれは子供をぶん殴る趣味はない。お前が度を超した悪い子じゃない限りはな」
「……」
見たところ、既にスリサズの戦意は削がれている。
察するに、彼は普段はオルセラに甘えているのだろう。
ところが他所から来た取るに足らない種族たちに大好きな姉がつきっきりになっているのが気に食わず、八つ当たりの対象にハジメを選んだのだ。
ある意味ハジメが選ばれて良かったと思う。
マイル辺りは主を馬鹿にする相手を容赦なく撃ちそうだ。
あとは適当なところで手打ちにすれば丸く収まる。
「どうだ、ここいらで中断しても――」
「う――」
「う?」
「う゛ぇえええええええええええん!! うっ、うわ゛っ……う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!! びええええええええええええええええッ!!」
古の血族、全力のギャン泣きである。
これでは完全にハジメ側がいじめっ子だ。
子供だけが許される最終兵器の破壊力に、ハジメは頭を掻いた。
「これは、手強いな……」
「なんでぇっ、なんでぇっ、うええええええええええええんッ!!」
「オルセラ呼ぶか?」
「やだっ、やだぁっ、うええええええ! ひっぐ、ぅええええええええッ!!」
ぶんぶん横に首を振って更に泣きじゃくるスリサズに一瞬聖水をぶっかけて冷静にさせようかと思ったハジメだったが、泣きたい気持ちを強制的に打ち消すのもどうかと思い、仕方なく曲芸を披露したり世間話をしてなんとか宥められないか試行錯誤するハメに陥るのであった。
(クオンとその友達は殆ど泣かないから、こういうのは経験不足だ……くっ、ルシュリアがにやけ面でこっちを見ている気がする! 絶対見ている気がする!)
……ちなみに後でリサーリに聞いたところ窓に張り付いてオペラグラスで遠くを見ながらニヤニヤしたのち「まぁまぁ面白かったですわ」と呟いていたと目撃証言が挙がった。あいつだけは泣いていても殴る。
――結局、スリサズの大泣きが一通り収まるまで実に20分を要した。
泣き止ませる決め手になったのは、たまにフレイとフレイヤから受け取る手作りお菓子がまだあったのを思い出してダメ元に差し出したことだった。
抹茶飴のようなハーブを練り込んだ飴で他の村の子供には「美味しくなさそう」と不評だが、飴から漂う香りが彼に馴染のあるものだったようだ。
泣き腫らした目から漸く涙が零れるのが止まり、スリサズは口の中でカラコロと音を立てながら飴を舐める。
「うまい。城で出るお菓子ではないけど、気に入った」
「マトの係からは解放ということでいいか?」
「おまえには勝ちたいけど、いまは勝てない。むかつくけどもういい」
妙なところで潔いものだ、と、ハジメは思った。
オルセラのことを慕っている風だったので、彼女のさばさばした部分を真似ているのかもしれない。ワレというやや使い慣れない感のある一人称もオルセラの真似と言われれば頷ける。
当のオルセラは途中で来てくれないかと願ったのに最後まで助けには来なかった。
「……そういえば、仮にも古の血族のエルフと余所者が庭で暴れていたのに誰も来ないな」
「ワレが古の血族の出来損ないだから、興味がないんだ」
からり、と、飴を転がしながらスリサズが寂しそうに呟く。
「ワレは血族の中でも弱い、体も細い。他の血族は勝手をすれば母親やダエグに指導されるが、ワレは後でめんどうそうに怒られるだけだ。直しても意味がないと思われてるんだ」
「……それはまた、冷たい家族だな」
「オルセラ姉上くらいだ、遊んでくれるのは。ギューフ兄上も優しいが、いそがしいから一緒にはいてくれない。耳なしは気付かなかっただろうが、姉上は戦ってるときも泣いてるときも魔法で『助けはいるか』と聞いてくれた」
傲慢不遜な態度ばかりが目立つオルセラの思わぬ側面に驚く。
が、ふと引っかかるものを感じたハジメは首を傾げる。
「……ん? いや待て。助けって……オルセラは来なかったじゃないか」
「ワレがことわったんだから来ないにきまってるだろ。もとめればゼッタイに姉上は来る」
「……格好つけて無茶するのも程々にな」
「かっ、かっこつけてない!」
かぁっと耳を赤くして怒鳴るスリサズが風の魔法を飛ばしてくるが、盾でいなす。ムキになっているのを見るに、オルセラに格好悪い姿を見せたくなかったのではというハジメの推察はいい線を行っているようだ。
彼女が来なかったのは弟の意思を汲んでのことだろう。
(あいつ、いいお姉ちゃんしてるんだな……意外すぎる)
普段は滅茶苦茶不良なのに兄弟想い。
アマリリス辺りが好きそうな設定である。後で教えておこう。




