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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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34-3

 背後に二人の護衛を連れて以前より立派な装いになったギューフは爽やかで気軽に挨拶する。


「お久しぶりです、コモレビ村の皆さん。また会えてうれしいな」


 主催者にして新王のいきなりの登場に、フェオ達も、オルセラさえも仰天する。


「ギューフ新王!? も、もしや自らお出迎えに!?」

「兄上! 我らの長ともあろう御方が軽々にお動きになられては……!」

「先に訪れた客人達の挨拶回りが終わったから気晴らしに城を歩いていただけだ。私の為を思ってのことだろうが、そうカリカリせずともよいではないかオルセラ」

「しかし……! ……いえ、もうよいです」


 オルセラは不満げだが、ギューフに根負けするように引き下がる。

 これまで感情らしい感情を見せなかったオルセラだが、ハジメは今のやりとりからほんの少し家族らしい近しさや空気感が滲んでる気がした。そも、本来ならギューフのことを新王と呼ぶべきなのに兄上とずっと呼んでいるのを見るに、兄弟仲は悪くないのが覗える。

 ギューフは笑顔のままルシュリアに「割って入ってすまないが、彼らと話をしてよいかな?」と断りを入れ、彼女の承諾を得たことで大手を振ってコモレビ村の人間を城に誘う。


「少し歩き疲れました。休憩がてら近くの貴賓室へ行きましょう」


 実際にはコモレビ村の人間に宛がわれた貴賓室に案内するということだが、王が自ら案内するのでは周囲に示しがつかないのか「休みたいから」と自らの都合で場所を移すという体にしているのだろう。


 オルセラは渋々ついてゆくが、護衛たちの表情には不満がありありと浮かんでいた。よく見ると以前にコモレビ村に来た際に連れていた護衛ではないことにハジメは気付く。服や装備がよりエルフの伝統寄りで、何より体が細い。


(あのときの護衛たちの体つきは標準寄りだったし、何より感情が露骨に顔に出ていなかった。ギューフが自ら案内を買って出る真似をしたのは護衛を信頼してないからか? どうもエルフも一枚岩ではないようだな……)


 それはそれとして、エルフの見たくないところが見える度に思うが、なんでこんな環境の中で育ったギューフはこんなに気遣いの出来る真っ当な常識を持った人間に育ったのかが不思議でならない。まさに生まれながらの善玉である。


「近い将来【偽善王】と【善玉王】が肩を並べる時代が……」

「ブッフォ!!」


 うっかり口から漏れ出た言葉にアマリリスが吹き出し、「笑わせるな!」の意を込めて軽くどつかれた。彼女に攻撃されるのは初めてである。


(そんなに面白かったか?)

(善玉王って言葉どうやったら思いつくわけ……っ、ふっ、くふぅ、耐えろ私の腹筋……!)


 ハジメの頭のネジは止め穴のすぐ近くを通りかかっていたが、ネジは穴に、穴はネジに紙一重で気付かずに町中ですれ違ってしまったために邂逅の未来は叶わなかった。


 ギューフの後をついて城を移動すると、廊下のドアがひとつ、前触れもなく開いた。

 自動ドア――ではなく、魔法で開けたのだろう。


「さ、こちらです」


 辿り着いた貴賓室は、その名に恥じぬ豪華さであった。

 エルフらしく木製のアイテムを基調としながら、その一つ一つが精緻な装飾と丁寧な加工を施され、素材も一級品が用いられているのが分かる。エルフ文化の独自色を持ちながら高水準に纏まった素晴らしい部屋だ。

 フェオはこの部屋にもインスピレーションを擽られるものがあったようだが、今はギューフの存在の方が大事なので一瞬視線を泳がせるに留まった。


 護衛も部屋に入ろうとしたが、ギューフはそれを手で制した。

 そしてコモレビ村の全員とオルセラが部屋に入ると、即座に何らかの魔法を行使した。フェオがはっと顔を上げる。


「森の声が消えた……」

「護衛に話を聞かれたくないので、簡易ながら外と中の空間を少し弄りました。森との感覚が消えたのは空間の壁が邪魔になっているからです。それにしても、フェオさんは古いエルフの血が隔世遺伝しているようですね。外界に出たエルフはその殆どが森との繋がりを失ったと聞きます」

「確かに他のエルフは森の声が聞こえない人が多いですね。私の両親はまだありますが、今では私の方が感覚が強いみたいです」


 フェオが森の案内人を務めていた所以、森の状態を強く感じ取る力。

 今まで気にしたことがなかったが、どうやら種族固有スキルの類のようだ。

 改めてギューフは貴賓室の上座のソファに座り、他の皆に着席を促す。

 

「さて……コモレビ村の皆様におかれては、恐らく道中で不快な思いをしたのではないかと察しております。ホストとしては本来不手際なルートでしたが、皆様にはどうかエルヘイム自治区を覆う生の空気を一度知っておいて欲しかった。身勝手な新王の我が儘を大目に見て頂きたい」


 頭を下げこそしないが、言っていることは事実上の謝罪だ。

 フェオは慌てて手を振る。


「いえいえ、お構いなく! 我々もエルヘイムがどんな場所か知りたかったので……しかしギューフ新王は、その……知っていたのですよね。何故故郷のイメージを下げるようなことを敢えて選ばれたのですか?」

「一つは、他の国賓達の知る事実を貴方たちだけ知らないという事態にならないためです。他国の要人達は以前からエルヘイムの民の性根を目撃する機会が何度かありましたからね」

「他国と条件を揃える為、か……」


 結果的には知っている者もいたが、代表のフェオが生の空気を知ることの出来る機会と考えるとなかなか貴重な時間だ。


「一つは、ということはそれだけではないのですね」

「そうです、フェオさん。もう一つの理由は、明日より先の未来の為にも貴方がたとは隠し事なく腹を割って話せる関係になりたかったからです。今、この場を設けているのもそうです」

「――こ、光栄です」


 なんとか絞り出したフェオの言葉には、動揺が混じっていた。

 それもそうだろう。

 国家に匹敵する影響力を持つエルヘイム自治区と、村の認定すら貰えていないコモレビ村では存在の格がまったく違う。そんな目上の存在から親密な関係を築きたいと名指しされれば誰だって動揺する。


 天使の里もエルヘイム自治区もコモレビ村に近づいてくる。

 まるでコモレビ村こそが台風の目であるかのようだ。

 否――コモレビ村は通常の国家ではあり得ない伝手や人材を内包した場所で、言ってしまえば特異点だ。

 もしかすれば、とっくにここは台風の目であったのかもしれない。


「……皆さんはエルヘイム自治区のエルフ達の姿をごらんになったと思います。自治区の純血エルフは選民思想が強く、外の世界を下界と呼び自分たちを高尚な存在だと考えています」


 この話題はフェオでは言いづらいだろうとハジメが話を回すために率先して挙手した。


「それ自体は、他でもある話はないでしょうか? バランギアなどでも似た経験はしました」

「砕けた口調で結構ですよ、ハジメさん。貴方とも友人になりたい」

「そうか。では、クローズドな場では敬語を外させて貰う」


 オルセラは不快そうな顔をし、アマリリスは「よくそんなあっさり敬語外せるな……」と若干呆れているが、多分ハジメが空気読めないだけである。


「話を戻しましょう。確かに竜人も他種族を見下す傾向にありますし、竜人は客観的に見てもあらゆる面で優れた種族です。ですがエルヘイムと比較すれば、町並みの差は一目瞭然。エルヘイム自治区の建築技術は便利な部分はあれど発展はほぼしていません」


 確かにエルフの家は質素なもので、数百年前の文化レベルでも問題なく作れそうなほど簡素な組み方だった。むしろ、町並みを見るにそもそも発展させるつもりがないのではないかとさえ思えてくる。


「竜人と純血エルフの違いはそこにあります。竜人は環境に適応して進化することを重視し町をより絢爛なものへと変貌させてきたのに対し、純血エルフたちはこの地を特別視し、そこに留まる自分たちを選ばれし民と考えています。だから変わらない。変わる必要があるとも思わない。結果、そこには停滞が生まれます」

「それは一概に悪いことではないと思うが……安定を望むのは人の常だ」

「いいえ、事ここに至っては、もはや悪と断じるほかない大罪です。その証拠が彼らの痩せ細った姿……信じられないかもしれませんが、あれは怠惰の証なのです」

「怠惰……?」


 ハジメの感覚では、痩せ細った人間と太った人間を比較した際に怠惰なのは後者だ。この世界は現代日本ほど食材に溢れていないとはいえ、太っている人間というのは自己管理を怠っている場合が多い。異世界でもそれは同じことだ。

 だが、ギューフには全く別の光景が見えていた。


「このままでは、純血エルフは遠からん未来に絶滅します」




 ◇ ◆




 ――結局、ギューフは暴露の理由だけを述べ、内容には触れなかった。


 それでも、彼の掲げた理由はハジメ達に彼の抱く危機感を理解させるのに十分な内容だった。話の筋は通っていて、成程確かに、彼が純血エルフの未来を憂う理由がよくわかった。

 熱弁を振るったギューフは一息つくと、時計に目をやった。


「――ふぅ。名残惜しいですが、そろそろ別の客人にも顔を見せなければなりません……近いうちにまた改めてお話をしましょう。これにて失礼します。オルセラ、後は頼むよ。そろそろ近衛の彼らが痺れを切らす」


 ギューフの指が動くと同時に空間の閉鎖が解除され、彼は何事もなかったかのように勝手に開いた貴賓室の出入り口から去って行った。近衛の護衛を引き連れ、妹をその場に置いて。


 扉が閉まり、暫くその場を沈黙が支配した。

 そんな中で真っ先に口を開いたのはオルセラだった。


「言わずとも分かろうが、念のために言っておく。明日、兄上の演説が終わるまで今の話を別の有象無象の耳にさえずらないことだ」

「承知しました。みんな、いい?」


 フェオが確認を取ると、全員が了承の意を示す。

 しかし、まさかオルセラが付き人として残るとは予想外である。

 アマリリスがリラックスした姿勢ではぁ、とため息をついた。


「あーいうストレートな政治家って貴族にはあんまいないから緊張で喉渇いちゃった。ナルカ、お茶出して~」

「はい、お嬢様。他の皆様もどうぞ? 客人用のお菓子なども用意してありましたよ」


 いつの間に見つけていたのか、ナルカがテーブルに手早くお茶と茶菓子を用意してゆく。お菓子はエルフらしさこそないが上質なものだった。

 ナルカはテーブルに全員分の紅茶を並べ終えると、一人分のお茶と茶菓子を盆にのせて堂々と立ちっぱなしのオルセラの前に行く。


「オルセラ様もどうぞ?」

「要らぬ気遣いだ」

「それがメイドのお仕事ですので。しかし、立ちっぱなしもお辛いでしょう。せめてお座りになられては如何ですか?」

「……ちっ」


 思いっきり舌打ちして魔法で近くの椅子を手繰り寄せたオルセラは、未だに態度が悪い。ナルカは仕事柄そんな相手など屁でもないのかニコニコ笑いながら小さなテーブルを寄せてお茶と茶菓子をオルセラの前に置いていった。

 既に紅茶を半分ほど飲んだアマリリスがフランクに問いかける。


「ねぇ、オルセラさん。貴方も古の血族なんでしょ? 貴方はギューフ新王の思惑を知ってたみたいだけど、それって貴方も賛成ってこと?」

「貴殿等に教えるようなことではない」

「でもわざわざこの場に残されたってことは、少なくともギューフ新王からすれば貴方が裏切ることはないとお考えであるということでしょ?」

「くどいな……」


 オルセラの視線がこれまで以上に冷めてゆく。

 彼女はギューフの言いつけは守るが、コモレビ村の面々自体に興味はないようだ。

 興味のない人間から興味のない話を振られると人は苦痛に思うものである。

 が、それで諦めると彼女がいるだけで空気が悪くなる一方だ。

 

 アマリリスは「そっか~」と呟くと、おもむろに立ち上がった。


「オルセラさんはここにいるのが嫌みたいだし、私いまからギューフ王子追いかけて付き人を自由にしてあげて欲しいって直談判してくるわ!」

「ええッ!!」


 どストレートな提案にフェオが悲鳴を上げ、オルセラが僅かに動揺した。

 思惑は知らないが、万一これでオルセラが外されたら彼女は「頼まれたことを実行出来ない」とギューフに判断されたということになる訳で、プライドが傷つく可能性がある。

 それは可哀想ではないかと思ったハジメは口を挟む。


「待て、アマリリス。コミュ障というのはこういう感じの生き物で意外と繊細なこともある。彼女を哀れに思うならそれはやめてあげるんだ」

「勝手に哀れむな……!」

「でもぉ、せっかく豪華な部屋なのにそこに楽しそうじゃない人がイヤイヤ居座ってるっていうのはとってもやさしい私としては見捨てる訳にはいかないしぃ」

「貴様等、わざとだな……ッ!!」


 みるみるうちにオルセラの怒りゲージが蓄積されていく。

 ここでハジメはアマリリスの思惑に気付く。

 彼女は最初からオルセラの心情を探るために大胆なことを言いだし、そしてハジメの壊滅的弁護で青筋を立てたことに気付いてこのセンで感情を引き出せると判断し自らノったのだ。


 怒りで歯を食いしばり体から激憤のオーラが滲んだオルセラだったが、やがて彼女は大きくため息をつくと魔力を霧散させた。


「もういい。わかった。こんな下らないことに我と兄上の時間を浪費させることの方が無駄な時間だ。多少は無意味な問答に付き合ってやる。それに、貴殿等との付き合いは思ったより長引きそうだ……」

「いえーい、ナイスアシストハジメ!」

「この人多分素だよアマリリスちゃん」

「なんかすまん」

「はぁ……全く、なんなのだこの珍客は」


 ため息を漏らしたオルセラは、諦めたようにナルカの淹れた紅茶に手を伸ばした。

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