34-1 散財おじさん、世界の秘密を知る為にエルフの国で豪遊す
エルヘイム自治区――。
エルフの始まりの場所、国家に匹敵する影響力を持つ、全てのエルフを束ねる古の血族が治める地。
シャイナ王国王都からやや南西に向った先に広がる世界有数の巨大な森、シュバル大森林は迷いの森とは比べものにならないほど深く、昏く、最奥にある大断層は天然の要塞としても機能している。
過去に幾度かエルヘイム自治区は魔王軍の進撃を受けたが、その全てをシャイナ王国にも冒険者ギルドにも力を借りずに独力で撃退してきた。
流石にバランギア竜皇国ほど異常な存在とまでは考えられていないが、それでも世界でも有数の大国であるシャイナ王国の領土内にあって自治権を持つ彼らが世界で別格の存在であることは疑うべくもない。
「だから迷いの森でのさくせんは、対エルヘイム自治区をそうていしたテストケースとなる筈だったのだ! それをあのいじょーしゃが……!」
「へ~、プラネアたんにそんな過去がねぇ」
少しずつ成長して大きくなった鉢の上でスープを飲んだプラネアは、ショージの家で赤ら顔でくだを巻く。お酒を飲みたいと言いだしたので殆どジュースのような微アルコールの酒を少量あげてみたのだが、どうやら小さな体にはそれでも多かったようである。
普段はしない過去話をぺらぺら喋るプラネアの意外な経歴ににショージは内心驚いていた。
(ただのかわいい突然変異マンドラゴラかと思ってたらガチガチに魔王軍じゃん。再び悪の道に落ちないよう俺がしっかりスープ漬けにしないと……!)
ショージ、キモい使命感に目覚める。
幸い彼女はウルやルリに大変懐いているのでもう魔王ではなくウルやルリに忠誠を誓っているが、一応は気をつけようと心に誓うショージ。彼はまだウルが魔王だと知らなかったりする。
(にしても、それって実はこの土地をハジメが手に入れるかどうかって重要な分岐点だったのかねぇ……)
時系列で言うとまず最初にプラネアが迷いの森で作戦を開始し、その経過が順調でほぼ成功と言って過言ではない域に達したので、ついでに人類側の戦力を削ぐためにハジメを嵌める話になったらしい。
作戦立案は元を辿れば「下っ端で弱っちいが頭だけは回る悪魔」とやらの発案した作戦を、当時の悪魔の上司が自分の手柄にするためにボツにしたフリをしてこっそり流用したものだったそうだ。
この作戦が上手く行けばプラネアには数多の部下がつき、エルヘイム自治区の侵攻作戦が始まる筈だったらしい。
しかし、よりにもよって殺害しようと招き入れたのは人類最強冒険者のハジメで、プラネアは見事に返り討ち。むしろ命を留めたのが不思議なくらいだ。
「てかさ、モデルケースにされるってことは迷いの森って実は結構凄い場所なの?」
「エルフのかくれざとがある森ではおそらく最大だぞ。エルヘイム自治区に遷都するまえのエルフのみやこがあったんじゃないかという説もあったな」
(まぁフレイとフレイヤとグリン見てるとむしろ納得かな? あの二人と一匹は明らかに普通じゃないもん。特にグリン)
ブンゴと仲良くしているショージはとっくにグリンが神獣の類だということには気付いている。エルフの間で【守りの猪神】とまで呼ばれる存在が豚のフリしてシレっと住んでいる里だから、何かしら特別かもしれないとは薄々思っていた。
「そんなエルヘイム自治区からうちの村宛てに招待状ねぇ」
「にんげんのことはくわしくないが、気位のたかい純血エルフがよそのにんげんを招くのはふつーじゃないだろう」
「だよなぁ。いきなり新王就任パーティーにご招待は流石の俺も勘ぐるよ。ハジメが行くんだから何かしら上手くやるとは思うけどね」
先だっての天使の里騒動が終結しミニマトフェイの復帰に皆が沸き立つ中で突然届いた招待状。
聞けば招待主であり新王となるギューフは過去にフェオを婚約者候補として選んだそうだが、今はその枠からは外れているのでバランギア騒動と同じ展開にはならないだろう。
それでも、感じずにはいられない。
「エルヘイム自治区と本格的につながりが出来たら新たな可愛いエルフっ娘が村に来る可能性があるってことだよな!! なっ!!」
「きっしょ!! 鼻のしたをのばすのは勝手にすればいいが、わたしにスープを献上するしごとをサボるのはゆるさんからな!!」
「どぅふふ、分かってるよプラネアた~~ん! 俺には君がいるもんねぇ!!」
「にょわー!? だから頬ずりをするなぁぁぁ~~~~!!」
プラネアは、いい加減にこのきっしょい男から逃れる術が欲しいと改めて切に思うのであった。
◇ ◆
フェオは目の前の二つの書状を前に思案に耽っていた。
「天使族との条約締結交渉と、突如として届いたエルヘイム自治区からの新王就任式典への招待状……ハジメさんの話ではこの二つには繋がりがあるってことですけど」
「ああ。詳しくは話してくれなかったが、結構な大事を覚悟した方がいいだろう」
村の増改築を繰り返す中でこっそり作った質素な村長執務室には、ハジメ、アマリリス、そして王宮からたまにやてきているついでに巻き込まれた悪魔リサーリがいる。リサーリはルシュリアの遣いでもあるが、どっちかというと心の忠誠はウルの側にあるのでハジメは基本的に彼には融通を利かせている。
そのリサーリに視線を向けると、やや強ばりながらも毅然とした態度で挙手する。
「王女様から村宛てに言づてを預かっているんですが、この場で伝えてよろしいでしょうか」
「許可する」
「では……」
一つ咳払いを挟み告げられた言葉は――史上最も衝撃的なものだった。
「エルヘイム自治区の暴露で最も慌てふためくのは脳みそ十三円の連中で、成り行きによってはシャイナ王国自体にとってもよろしくないことになる……とのことです」
「政治的に大事件ではないか」
冒険者が絶対に巻き込まれたくないし防ぎようもないタイプの問題だとハジメは直感した。
バランギアの一件の際はまだクオンとレヴァンナを名指しだったから二人を取り巻く問題に矮小化されたが、ギューフ王子の暴露とやらは恐らくハジメ達が関わらなくとも勝手に発生するイベントだ。
つまり、自治区への招待に行っても行かなくても大事件は起きるし、防ぐことも実質出来ない。
「エルヘイム自治区は完全に独立でもする気か?」
思わず漏れた一言に、リサーリは「これ以上は私も知らされてないので」と両手を挙げて降参のポーズを取る。彼が嘘をつくメリットはないので本当に知らないのだろう。
(……ベルナドットはギューフの暴露を『LS計画の全容に等しい』と言っていた。神代ほどの過去の計画に、一体何故十三円卓に都合の悪い情報が含まれているんだ? 奴らが困ること……既得権益の喪失……或いはシャイナ王国における何らかの正当性が揺らぐ、とか?)
例えば、統治者の正当性が揺らぐのはどの国家もひっくり返す大事件だ。
しかし、それならギューフがそれを知っていたとして暴露などしないだろう。
なにせ、シャイナ王国をひっくり返したところでエルヘイム自治区に王国を乗っ取るメリットもなければ方法もない。政治的な武器にするのが精々だ。
十三円卓がひっくり返るスキャンダルだったとしてもやはり理由がないし、そもそも彼らの存在はシャイナ王国の建国の後に結成された存在の筈なのでLS計画と繋がらないように思う。
では、シャイナ王国に残された『暴露されると困る事柄』とは何か。
他の国になくて、シャイナ王国にしかないもの。
「神器の管理権限……?」
無意識に漏れた言葉に、フェオが反応する。
「ハジメさん、心当たりが?」
「いや……別に確証はないし、全く関係ないかもしれない。ただ、十三円卓が困る話とは何かと思った時にふと考えついた」
「神器の管理権限ですか……確か神器は対魔王軍特攻の特殊な聖遺物で、始祖シャイナ王が全てを創り出したとされていますね。だからシャイナ王国は全神器の管理を世界に認められていると」
世間に広まる基礎的な神器の知識だが、アマリリスも顎に手を当てて考え始める。
「だとすれば、それは全て嘘で実は管理の正当性なんかないとか? 神代の時代になんかあったとか。確かに実質的な神器の管理は十三円卓がやってるし、過去のなにかしらの歴史を隠蔽しててもおかしくないよね」
「確かに歴史は権力者に都合よく作られることもあるが、さっきも言った通り全く確証はない。あまり先入観で推測すると肝心な時に当てが外れるぞ」
念のために釘を刺したハジメは、改めてフェオに問う。
「それよりどうする? 古の血族からの招待、それも事が新王就任式典となると、生半可な理由では断れない。かといって行けばトラブルに巻き込まれる可能性も否めない。決断が必要だ」
「あ、それは行きます」
フェオはあっさりとギューフの誘いに乗った。
「トラブルとは言いますけど、自分で案内した客人を危険に巻き込むようなことがあればギューフ王子側の格を損なう事態ですし、最強の護衛も連れて行くので身の心配はしてませんよ。幸い招待人数は護衛や秘書などを含めて複数人でもよいことになってますし」
「最強の……」
「護衛……」
アマリリスとサリーサの視線が自然とハジメに収束する。
もちろんフェオを一人で行かせる気などさらさらなかったハジメは頼まれなくてもその五人に自分を捻じ込むつもりだった。フェオはそんなハジメの性根も理解していたのか、頼もしげに笑う。
「コモレビ村の村長として、村の未来に関わる出来事を知らず過ごすなど言語道断! 堂々と乗り込んで十三円卓がケチョンケチョンにされる様を見物してやりましょう!」
(((あ、最後のやつが一番の本音だこれ)))
フェオは十三円卓の嫌がらせは堪えていないが、それはそれとして自分にもハジメにも嫌がらせをしてくる円卓がシンプルに嫌いだった。
一応は十三円卓も普段は王国を維持する為の仕事をずっとやっている重要な機関ではあるのだが、国のための力を国の為じゃないことにも行使し始めた政治家のことを守るほど民は慈悲深くないのである。
◆ ◇
エルヘイム自治区に向かうに当たっての一通りの準備を終了したフェオ一行は、最終確認をしていた。
「本当にこの格好でいいのかなぁ……」
式典用の正装に身を包んだフェオは不安げに唸る。
彼女が身に纏う服は立派なドレスだが、貴族女性が一般的に身に付けるものに比べてフリルなどが少なく、どちらかと言えば仰々しい男性の礼服的エッセンスが取り入れられている。
これは、フェオが貴族ではないから貴族に寄せる必要が無く、かといって村の代表として赴く以上は服に格式が必要という判断からアマリリスとショージが二人がかりでデザインした自信作だそうだ。
ドレスコード的に言えば貴族の社交場でも何ら問題ないレベルに達しているが、フェオとしては気になったのはそこではない。
「やっぱりエルヘイム自治区に行く以上は純血エルフの服装に寄せた方が……」
彼女の言葉にドレスの着付けを手伝っていたナルカ――アマリリスの専属侍女でキャットマンの女性で、年齢もフェオと余り変わらない――は呆れたように腰に手を当ててやんわり叱る。
「フェオ様。そのお話は散々皆様で話し合った上で今の方針に決定したではないですか。いけませんよ、今更そんな変節は」
「そうだけどぉ……」
フェオは仕事柄アマリリスと行動を共にすることが多く、その関係でナルカとは対等な友人関係に近い。しかもナルカの言葉はまったくの正論で、それを言われると弱ってしまう。
――話は数日前に遡る。
式典参加に当たっていつものようにハジメが散財のために参加者の衣装を作ろうと言いだしたのだが、この際に純血エルフに寄せた正装を提案した際にハジメたちから突っ込みが入ったのだ。
『フェオはコモレビ村の代表として正式に招かれて赴くのだから、フェオがエルヘイム側に寄せるのはおかしい。コモレビ村はエルフという種族の庇護下にある訳ではないし、それを求めてもいない』
こればかりはエルフとそうでない種族の感覚の差なのだろう。
少なくともフェオは、エルヘイムの古の血族に名指しで招かれた際にあちらに忖度せず我が道を進むという発想は咄嗟に出てこない。
古の血族は全てのエルフの祖であり、彼ら無しにエルフという種族は存在し得ないという認識ははぐれエルフのフェオでさえ深層意識に畏敬の念が染みついている。故に彼女の感覚としては、王に謁見するのにその辺をうろつくような私服で行くのは無礼だと世間の人が考えるのと同じ感覚のつもりだった。
しかし、衣装をわざわざ純血エルフに寄せるというのはフェオがエルヘイムに恭順の意を示しているとも取れる。コモレビ村は種族的、文化的にもエルフの意向によって左右される場所ではないのだから村長たるフェオが率先して誤解を招く格好をするはやめるべきと言われると、フェオも強く反論できなかった。
「別にそのことが悪い訳じゃないけど立場上服を選びましょう、かぁ。はー……政治ってめんどくさい」
「ご自身で選んだ道でしょう?」
「ふつーの村長は古の血族に名指しで呼ばれませーん」
「その不満はギューフ新王にぶつけられては?」
「ナルカちゃんのいじわるぅ」
「うふふっ、褒め言葉としてお受け取りしておきます」
余裕ある微笑みで返すナルカを見ていると反論する気もなくなり、ただ脱力で項垂れる。おかげでフェオは見事に緊張をほぐされてしまった。
ナルカはアマリリスにはダダ甘なのに、フェオの事は時々こうして揶揄ってくるので、たまにフェオは自分が世話のかかる妹か何かだと思われているのではと錯覚する時がある。
着付けを終えて最後の仕上げに白羽根をあしらった帽子を被ったフェオは、式典に参加する他の面々の元へ歩み寄り、様子を見る。
「皆さんも準備バッチリみたいですね」
「ああ」
副村長アマリリス、秘書係のナルカ、護衛のハジメ、オロチ、及びアマリリス腹心の部下の一人であるリカントのマイル。全員がフェオに合わせて色彩を統一した正装に身を包んでいる。
当然のように全ての衣装が惜しみなく金をかけられているが、過剰な装飾は避けているので貴族より豪華ではなく、代わりにスマートさを強調している。ナルカのメイド服も今回のために新調されたもので、彼女は着心地の良さとデザインにかなり喜んでいた。
更に人数を増やすことも出来るが、式典に参加するだけなら無駄に増やす必要も無い。もし緊急事態につき援軍が必要ならインスタンツサモンで呼び出すだけなので、必要最低限に絞ってこの面々に決まった。
「マイルさんとこうして行動を共にするのって珍しいですね。普段はアマリリスちゃんの護衛をするにしても離れた場所から守ってますし」
「……これでもお嬢様の護衛歴は長い。礼儀作法についても必要に応じて身に付けた。それに、護衛は威圧感がある方がいい」
護衛用のサングラスをずらすと、マイルの生まれつき鋭い目が露になる。
長身のリザードマン、睨みを利かすリカント、そしてハジメが並ぶと、確かに下心ある輩は簡単にフェオたちに近寄れないだろう。マイル自身、他の護衛二人には劣るが一級冒険者ラインの技量と戦闘力、戦闘経験がある。
ちなみにオロチは仕事柄、変身の術で骨格や皮膚の色合いが若干変わっている。が、フェオたちくらい彼の顔に見慣れていないと違いが分かりづらいので本当に効果あんの? と周囲は若干不安であった。
「不安か? フェオ」
ハジメが優しく問いかける。
彼の気遣いは嬉しい。
しかし、フェオの心にはそれを上回る感情が渦巻いていた。
「細々した不安はありますけど、正直ちょっとワクワクしてもいます。同じエルフですら足を踏み入ることのないエルヘイム自治区の中がどうなっているのか、とか、ギューフ新王の宣言は世界の何を変えるのか、とか!」
「冒険者の顔をしてるな。何を隠そう、実は俺もエルヘイム自治区は入ったことがないんだ」
「村の発展の参考になりそうな部分はしっかり見て盗んじゃいましょう!」
「いい発見があるといいな。散財は流石に期待できないが、興味がある」
「ハジメさんが散財以外に興味を持つとは珍しい!」
「失礼な。俺にだって知的好奇心の欠片くらいはある」
「あ、今意地張って言い返しました? なんかカワイイ」
「あんまり嬉しくない」
少しだけむっとしたハジメの表情がおかしかった。
ただ、そんな二人にオロチとアマリリスが何かを言いよどむような微妙な視線を一瞬向けたことは不思議に思った。
こうして準備を終えた六人は、所定の時間に迎えにくるらしいエルヘイム自治区の迎えを待った。
10月からね、続きは書いてたんですよ。
まさか年明けても章が終わらないくらい長くなると思ってなかったんですよ……。
というわけで、34章は間違いなく過去最長の章となります!




