33-15 fin
皆がミニマトフェイの帰還を歓迎している頃、ハジメとベルナドットは別室で向かい合っていた。
「天使族は、コモレビ村と友好条約を結びたいと考えています。このことを村の代表であるフェオ氏にお伝えしていただきたく、書面を用意しています」
恭しくも差し出された高級そうな便せんをテーブルの反対から見つめるハジメは、説明を求める視線をベルナドットに投げかける。
「中身はどのようなものなんだ?」
「我々が条約締結を求める理由などが簡潔に。ただ、書面に残すには少々重い事情もありますので、そうした細かな説明は後日また話し合いの場を設けられればと思っています」
「ふむ。断る理由はないが……流石にそれだけではな」
フェオは迷いなく善意で受け取るだろうが、受け取ったことで引き返せなくなると言う考え方もある。そうでなくとも条約というのは思惑と思惑の絡み合いであり、何か叶えたい目的があってこそ持ちかけるものだ。
フェオの人が良い分、自分は厳しくあるべきだ。
極めて不器用ながら世渡りししてきたハジメはすぐに封筒を手にすることはしなかった。
ベルナドットはそれを不快には思わなかったようで、説明を始める。
「先だってシャルアが口にしたとおり、我々天使族の秘匿は破られつつあります。『開かずの書物』も大きなきっかけではありますが、他にも様々な情勢の動きがあり、我々がずっとここに留まるのは遠からん未来に難しくなるであろうという見立てがあるのです」
「それは一体?」
「これは貴方方にだからこそ話せることですが、近々エルヘイム自治区にてギューフ王子がエルフの次代の王に就任し、会見を開く予定です。そこでギューフ王子は神代の時代から秘匿され続けてきたある事実を暴露すると、我々宛に通達がありました」
「……大事の予感しかしないな」
曰く、天使族は中立を保ちつつも各国や大きな組織の情報を収集するためにいくつかの組織や国と契約を交わして天使を送り込んでいたらしい。シャルアは冒険者ギルドの、マトフェイは教会の、それぞれトップとの古い契約から地上で活動していたという。
そのうちの一人がエルヘイム自治区におり、ギューフ王子はその天使をメッセンジャーにしたようだ。
「エルヘイム自治区は天使族の里とは最も古い付き合いでして、古の血族とは協力こそしないものの数十年おきに会談をする程度には近い。同じ秘密を守っている点でも我々に近しい存在です。しかし、エルヘイムの在り方に限界が来ていると感じたギューフ王子は大きく動こうとしています」
「秘匿を解くということだな。あの王子、涼しい顔で大それたことを考えていた訳だ」
少し前に村に顔を出した彼の朗らかな笑みの裏が僅かに垣間見えた気がした。
「ギューフ王子が暴露するのは、神代の末期に起きた大混乱――少し前にお話しした【LS計画】の全容に等しい。我々にも義理があります故、今はそのことはお話できません。書状もそこまで踏み込んだことは書いていない。交渉もギューフ王子の暴露の後を予定しており、対話の場を設けるための前段階に過ぎないものです」
「深く考えずにとっとと受け取れと?」
「受け取らないのは結構です。我々と組むことで不利益が絶対にないとは言い切れない。しかし、交渉の席すら予め捨ててしまうのは下策だと個人的には思います。コモレビ村と我々は、互いに味方が必要な者同士です。そうでしょう?」
「うちの事情もある程度は把握しているという訳だ。いいだろう。責任を以てフェオに届けさせていただく」
ハジメはこれ以上の探りは実りがないと判断し、封筒を受け取ると丁寧に道具袋の貴重品入れに仕舞い込んだ。
コモレビ村の未来に味方が多い方が良いのは確かだ。
天使族がこれだけ腹を割って話をしたのは、条約締結の自信の表れとも言える。
それに、真偽の程は定かではないがエルヘイム自治区を中心にこれから吹き荒れる大嵐の予兆を伝えてきたのは彼なりの誠意だとハジメは感じていた。
「受け取ったついでに幾つか質問させてもらう。アグラニールの顔から複数の口が生えていたそうだが、理由を知っているか?」
「知っています。ギューフ王子も話を聞けば心当たりがあるとおっしゃると思いますよ。暴露と関係のあることですから」
「――その秘密というのは、俺の破壊した【左】と関係があるのか?」
「……よい質問です、とだけ言わせてください」
その答えは、ハジメ自身も未来の大騒動と関わりなしではいられないことへの宣言とも受け取れた。それだけの含みが今の返答には籠もっていたとハジメは思う。
このことは、村に帰ってから改めて考える必要がありそうだ。
最後にハジメはひとつ、ごく個人的な疑問を訊ねた。
「LS計画のLSとは、一体なんだ?」
ベルナドットは、簡潔に答えた。
「ラスト・サンクチュアリの頭文字です」
「ラストサンクチュアリ……か。覚えておこう」
こうして騒動は無事に幕を閉じた。
しかし、僅かな人間たちだけは今が嵐の前の静けさだと気付いている。
――連綿と続く歴史の塵に埋もれ続けてきた真実が目を覚ますまで、あと僅か。
◇ ◆
騒動の後日――ハジメはベニザクラに質問攻めに遭っていた。
「なんと……【二代目剣聖】コテツ、聞きしに勝る剣豪ではないか!!」
「まぁ、そうだな……」
「まるで聞いた事のないスキルに剣技! くぅぅぅ、許されるならば見たかったッ!! アザンもウンザンも、皆の戦いを含めて見たかったぞぉ!!」
(テンションが凄い……)
ハジメからすればどんなビックリドッキリな奥の手が出てくるのか分かったものではないので気の休まる瞬間がなかったが、他人から聞けば頂上剣士決定戦のようなとんでもない剣戟の応酬なのでその道を志す者なら誰しも興味はあるだろう。
コテツもさることながら、コテツ相手に拮抗した戦いを見せたアザン、ウンザン、シズクの戦いぶりも気になっているようで、特にアザンとウンザンが本気を出した辺りからテンションが振り切れている。
流石にずっと質問の嵐なので気疲れしてきたが、強さを求める鬼人の性というのも無邪気な可愛さがあるものである。
「さあ、いよいよ残るは最後! ハジメがどうやって決着をつけたのかだ! これを聞かずして眠れるものか!」
(説明してしまえば呆気のない話なんだが……まぁ、ベニが楽しんでいるならいいか)
ハジメがやったのは至極単純。
敢えてコテツに最大のスキルを発動させた上で、そのスキルを押し切れるよう【攻性魂殻】をぶつけてスキル発動終了後の避けられない隙を無理矢理こじ開けただけだ。
「果てのスキルは強力無比な反面、それ以上スキルコンボの類が出来ないからな」
「しかし、聞いた話ではコテツは瞬間的にレベル150にまで到達していたそうではないか。幾ら【攻性魂殻】でも押し切るのは難しかったのではないか?」
「使い方次第だ。あのときは【攻性魂殻・多連斬】を使ったからな」
「ナーハヴァイゼン? いつぞや練習していたフェアゼッツェンのように、力の配分を変えた戦法か?」
「ああ。多連斬はゴリゴリの力押しだ」
【攻性魂殻】の本質は、触れずしてまるで握っているかのように自在に武器を操る点にある。多数の武器を扱えているのはハジメのオーラ操作が熟達したことで段々武器を増やしていった末に辿り着いた戦闘スタイルであって、前者の方が主たる力に当たる。
「普段の【攻性魂殻】は敵の死角や背面、頭上や足下などあらゆる角度から三次元的に攻撃することに使用しているが、力の配分や頭の処理能力に限界があるので操れる数には限界がある」
今のハジメでは同時使用は二十個が限界で、実際にはそれも無理をした状態なので一五、六辺りが長時間安定して使えるラインだ。
「一方、【攻性魂殻・多連斬】は使用する武器は全て同じ種類に統一し、俺の手で発動させたスキルと連動させるだけなので処理能力を大きく使わない。その分、一度に操る本数を増やすことが出来る」
ベニザクラは顎に指を当てて考え、そして気付く。
「普段それを使わないのは……過剰火力だからか」
「そうだ。使い時の難しい運用法だから、通常の【攻性魂殻】の方が圧倒的に便利だな」
今現在レベル130辺りのハジメがそこまでのバカ火力を出す必要のある相手は世界を見渡しても殆どいない。
それに、この技には大きな欠点もあった。
「多連斬は全ての剣が同じスキルを使用し、俺の剣に追従するように動く。そうすると、動きが単純で避けられやすくなってしまう」
「圧倒的避けづらさという普段の運用の利点を大きく殺してしまうのだな」
「そうだ。あの時もコテツが様子見の回避や一撃に全てを込めた類のスキルを使って俺を殺しに来ていたら厳しい戦いになっていたかもしれない」
奇しくも、コテツは【インスタントレベル】という力があったが故に最後の最後でボロを出した。だから彼は大技で勝負をかけたし、ハジメは押し切ることが出来たのだ。
「ちなみに好奇心から聞くが、一撃に全てを込めた斬撃が飛んできたらどう対処する気だったんだ?」
「ショージが趣味で作った一風変わった鎧があってな。それならどんな強力無比な攻撃であろうと一撃なら防げるという算段があった。無論、それに備えて事前に装飾やバフで防御力はギリギリまで引き上げていたがな」
当時ハジメが懐に仕込んでいた指輪装備を大量に通したチェーン(この世界の指輪装備は首掛けチェーンにリングを通して装着しても効果を発揮できる)を見せつけると、ベニザクラは呆れを通り越して感心した顔で「周到……」と漏らした。
そこにあるのは防御力や体力、ダメージ減退、食いしばりなどの装備がチェーンがはち切れるのではないかと思うほどぎゅうぎゅうに詰まっていた。ハジメが厳選した絶対耐えるリングたちなので、値段で換算すると普通に億超えである。
ちなみにベニザクラには説明しなかったが、鎧の方は「肩代わりの甲冑」といい、世にも珍しい使い捨て鎧だ。
最大の特徴は、この鎧にはゲームにおけるHPのようなものがあり、耐久値がないということ。
普通の鎧であれば、敵からの攻撃に対して装備者のステータス防御に鎧の防御力が加算されたものが発動することで装備者のダメージが軽減される。ダメージを受ける度に鎧は耐久力が減っていくが、全損するまで装備することはまずないし、耐久力が減ってくれば鍛冶屋などでメンテナンスをすればよいので繰り返し使える。
対して、「身代わりの甲冑」は装備者の受けたダメージを全て甲冑自身のHPで肩代わりするという装備品の常識を覆す効果を持つ。
甲冑のHPがある限りは絶対に装備者は傷つかないが、HPを使い切った瞬間に鎧は弾け飛んで使用不能になる。
短期的に見れば強力だが、ダメージは全て余すことなくHPで処理するために通常の鎧よりも寿命は遙かに短く、強敵相手だと一度の戦闘で全損も充分ありうる。
つまり、この鎧はハイリスクハイリターンの使い捨て装備なのだ。
作ったショージ自身が「こんないつ使い手が無防備になるか分からん危ねーもん本当は売りたくねえよ」とぼやくほどの珍品である。
ちなみに作るのにアホほど手間がかかるらしいので気軽に金で買えないのもマイナス10000ハジメポイントだ。
ハジメはこの鎧を購入して事前に調べ、そのHPがたとえハジメやライカゲでも最大級の単発攻撃を数発当てなければ全損しないことを確認し、「分単位の戦いでは脆く、秒単位での戦いならば強い」という寸評を下した。
……ちなみにテストのために三つは鎧を破壊したのでショージに珍しくマジギレされた。今回の戦いでは幸い傷一つつかなかったのだが、そのことをショージに伝えると「しっかり備えて警戒してるときに限って警戒してるモンが来ないで勝つ時ってなんなんだろうな……」と釈然としない顔をしていた。
順調に面倒臭い職人化している気がするが、元々面倒臭いところがあるので見分けがつかない。
閑話休題。
ベニザクラは一通り話を聞けて大満足なのか「私もいつか……」と未来への希望に思いを馳せる。彼女のレベルの上がりは村の中でも尋常ではなく、既にレベル80の大台を突破しているほどだ。
流石にここからはレベルアップに要求される経験値量的に派手には伸びなくなるだろうが、彼女ならば本当にあの域まで到達する日が来るような気がする。
「……ところでハジメ。アスラガイストとかフェアゼッツェンとかナーハヴァイゼンとか、ハジメのパーソナルスキルはなんというか、ちょっと気取った感じがあるのは何故なんだ?」
割と前々から気になっていたのか、「これ聞いちゃいけない系かなぁ」と若干不安を隠せない顔をしたベニザクラの疑問。
ハジメは年甲斐もなくそういう感じのネーミングが好きなのかも、とか考えているのだろうが全くの杞憂である。何故ならハジメにドイツ語ネーミングなど思いつく筈がないからだ。
「俺のパーソナルスキルもヴァリエーションも全部メーガスが勝手に名付けてるから、それは俺に言われてもな」
「えぇ……あの人そういう趣味だったのか?」
「グレゴリオンとか見たらきっと装甲に頬ずりして喜ぶぞ」
「その、なんだ。変わった後見人を持つことの苦労もあるんだな……?」
かわいそうなものを見る目をされた。
別に彼女がメーガスとしての活動でハジメに苦労をかけたことはない。
変なところに関しても、【攻性魂殻】の新たな運用法が物になった瞬間前触れなく現れて「名付けてッ!!」と自分の命名を披露するとむふーと満足して去って行くことが何度かあったのでもう慣れたと言うと、そっと手を握られて「私はいつでも相談に乗るぞ」と真心と慈しみの籠もった美しい微笑みを披露された。
ハジメは、おい神、あんたのせいでかわいそうなやつ扱いされてるぞ――と内心で毒づいたが、神は完璧なスルーを披露した。
33章は大変だった……まさか書き切るまでに二ヶ月もかかるとは想像もしませんでした。
猛暑、新型コロナ、仕事、用事、とにかく書く時間が取れなくて、本編自体も結構書き直し多かったかも。でも結果的にはいい感じに仕上がったと思います。次はちょっとイベント的な話になるけど、その前にちょっと休むかな……。




