33-13
知られざる神話大戦、旧神と神獣の熾烈な戦い。
そこに割り込んで入った第三の神。
ゴッズロゴスたちの運命も、当然揺さぶられる。
「戦場が混迷を極めた頃、我々の知らない計画がいつの間にか進行していました。LS計画と呼ばれたその計画では、神獣と旧神の衝突によって高濃度魔力に汚染された地域から非汚染地域への人類の避難と、最終防衛線の構築が予定されていました。ちなみにその頃にはカルマさんは封印処理されているので彼女は経緯を知らないと思います」
『ま、知らなくても稚拙な計画だったのは分かるわ。結局ザコ神は全部ダウンした訳だし、今じゃ旧神なんて殆どの人類が知らないじゃない?』
「否定はしませんけどね……その稚拙な計画を大急ぎで実行させられた私たちの身にもなって欲しいものです」
乾いた笑いを浮かべるベルナドットを見るに、当時相当苦労したのだろう。
ハジメは自分なりに彼の苦労を推し測る。
「上司からいきなり寝耳に水の業務変更を迫られて、しかもその業務が多岐に関わるため総見直ししなければならなくなった上に期限が目前に迫っていて「早よ言えやッ!!」と内心ブチ切れるもその時間も勿体なくて馬車馬のように働かされ、仕事に疲れ果てたみたいな?」
『しかもその後、旧神は全滅。散々頑張らせておいて会社倒産、雇用者はみんな御用になり社員だけ取り残されている状態になった訳ね』
「妙に解像度の高いこと言うのはおやめなさい。言っておきますけど私は未だに夢に見ますからね」
落ち込みでそのまま地面に沈みそうなくらいの重苦しい空気にカルマは哀れみを送る。
『こりゃ重傷みたい。ダメよハジメ、いじめちゃ!』
「なんかすまん。それはそれとしてお前もちょっといじめに参加していたが」
「本当に全く変わってませんねカルマさん……」
しれっと責任から逃れようとするカルマと見逃さなかったハジメの漫才めいたやりとりに、ベルナドットも気を持ち直したようだ。
「あの時は困りました。我々はあくまで神の意を反映する存在であって、我々自身に能動的な人間の管理能力は求められないはずでしたから。旧神の構築した立派な都市もシステムも避難先には持ち込めず、主の指示も完全に途絶え、更にいくつかの面倒事に見舞われた我々は仕事へのモチベーションを喪失し、見事に路頭に迷った訳です」
筆は線を引く為にある。
レバーは倒す為にある。
ゴッズロゴスは、命令を聞いて行動に反映する為だけにあった。
その大前提が消滅したことで、彼らは自分で生き方を決めなければならなくなったようだ。
「仕える神が消えた以上、自分たちで身の振り方を決めなければならない。そのうえ、当時の人間達は旧神の全滅を知って何を思ったか自分たちがその後釜に納まろうとゴッズロゴスの施設を襲撃したり、都市管理の中央端末を盗んだり、我々を屈服させて奴隷にしようとする者までいた始末です」
「……ぞっとしない話だ」
「彼らを支えた四半世紀の関係性は一体なんだったのか……世間知らずの未熟な我々は訳も分からず、しかし旧神が守ると決めた人々を傷つけるわけにもいかず、時空を操作して外界と接触を断つことにしたのです」
絶対の安全が喪失したとき、戦争の中の平和を享受していた人間達の心からは一体何が溢れたのだろうか。飼い慣らされていたことへの恐怖か、上位者に成り上がる欲望なのか、或いは、もっと本能的で形のないものだったのか。
無償の奉仕に対する感謝が受けて当たり前の利権へと変貌するというのは、変化のない時代が度々生み出す光景だ。そして平和が少しでも脅かされると、そこに人間の真実の姿が垣間見える。
時としてその真実は理性を取り戻すことであり、そして本性を剥き出しに理性を手放すことにもなりうる。
全員が全員そうだった訳ではないだろうが、 人とゴッズロゴスの関係はそこで終了したのだ。
「世界から隔離されたここ――今は天使族の里と呼ばれる場所に集まった我々は昼も夜もなく話し合い、やがてゴッズロゴスの名を捨てて天使を名乗り、人との関わり方を掟に定めました」
一つ、天使は神に遺された者として人類の行く末を見守り続ける。
二つ、天使は如何なる集団にも属さず独立を貫く。
三つ、天使は神から受け継いだ遺産をみだりに振るわない。
四つ、天使は人類に真実を語らず、力を与えず、里の存在を秘中の秘とする。
五つ、天使は掟を破ったとき、ドミニオンの沙汰を受ける。
「掟は他にもありますが、それはさておき……先に行っておきます。私が結論を話さず長々と話をしたのは、我々には我々のルールとそれを作る理由があったことを事前に知らせる必要が――」
と、ずっと沈黙していたイスラが突然立ちあがった。
「話はちゃんと聞いていました。理解も示します。だから、もういいでしょ」
ここまでの愚痴混じりの天使の歴史話も、本当はとっくに遮りたいのを我慢してマトフェイの立場を理解するためにずっと聞きに徹した。
しかし、いい加減に我慢の限界だったようだ。
「はっきりさせてくれませんか。僕たちはマトフェイに会えるのか、会えないのか」
「言っておきますけどベルナドットさん! 掟に背いたからもう処刑しましたなんてオチの言い訳だったとか後で言いだしたらマジでぶちのめしますからね!」
普段は理性的で低姿勢なイスラも、ふざけてばかりのマオマオも、マトフェイの為に真剣だった。
二人の剣幕に、ベルナドットは一つため息を吐くと立ち上がった。
「……これ以上は何を言っても逆効果ですか。分かりました、然るべき場所へ案内します。ただ、人数を絞らせていただきたい。大人数で押しかける場所ではないのです」
「ではイスラとマオマオは確定として、俺もついてゆこう。カルマ、中立の立場としてもう少し付き合ってくれないか」
『別にいいけどねー。この子たちはやっぱ三人揃ってるときが一番面白いし』
他の皆を残し、ベルナドットを先頭に転移陣へ歩みを進める四人。
その背に、シャルアが声をかける。
「イスラくん」
「はい?」
「マトフェイの望むものを考えれば、迷うことはない。自称愛の天使からのせめてもの助言だよ」
「……ありがとうございます」
イスラは頼もしげにシャルアに礼をして、ハジメたちと共に転移陣の光に飛び込んだ。
導かれた先は、またもや機械だらけで空調の効いた部屋だった。
先ほどと大きく違うのは、数十個の人が入れる大きさのカプセルが敷き詰められるように並んでいることだ。
ちょうど転生者ロッキンが仲間を回収する為に身に付けていたカプセルに似ているが、当然イスラは馴染がない。逆に人造悪魔のマオマオは「私のいた場所に似てるかも」と不穏なことを言っていた。
ベルナドットは道を進み、一つだけ光っているカプセルの前に立ち止まる。
カプセルの中は激しく泡立っているが、中に人影があった。
「これがマトフェイの再生カプセルです」
「再生……? 回復機能ということか?」
「いいえ。再生成と言った方が適切でしょう。今、彼女の魂が宿るための新たな肉体がこの中で生成され、適切なサイズになるまで成長を促されています。我々天使は、この再生カプセルがある限り不滅なのです」
「……訳が分かりません」
先ほどまでの話とマトフェイのこと、そして目の前の説明が繋がらないことにイスラが顔をしかめると、ベルナドットは少し嫌味な笑顔を浮かべた。
「おや、説明はもういいのでは?」
彼にとってのささやかな反撃。
が、今回は相手が悪い。
「イスラさんこいつだいぶ性格悪いですよ!」
『そりゃアタシと仲良くなれるんだし当然よ。ねぇ性格の悪いベル? ぷぷっ』
「わざと情報を小出しにして後からその反応は確かに嫌味極まりないな」
「こんなのがマトフェイの出身地の代表ですか。はぁ……いやいいんですけどね。全然いいですよ。はぁ……」
「うーん猛反撃ぃ! すみません、今のは調子に乗った私が悪かったです!」
天使の代表ドミニオン、あっさり敗北宣言。
なんとなくカルマが彼を気に入った理由が分かりかけてきた気がする。
閑話休題。
「我々ゴッズロゴスは、肉体が滅んでも魂が記憶を連れて肉体より抜け出し、ゴッズロゴスの管理装置へと導かれます。そこで新たに生成された肉体に宿ることで、個を失わぬ不滅の存在であり続けることができました。言わば無限転生体であったのです」
にわかには信じがたいことだったが、旧神の技術はそこまで辿り着いていたようだ。都合が良すぎるとも思えるが、忍者の分身も擬似的に同じようなことが出来るのであながちこの世界では完全な出鱈目でもないのだろう。
「装置が稼働する限り、我々は不滅です。戦時中は便利に思っていました。しかし……戦後、当時の天使の多くが、人間に裏切られたことで心に深い傷を負っていた。あの思いを一生抱えたまま生きていたくない、死んで忘れられるなら忘れたいと、魂の終わりを求めたのです」
天使達は、ピュアだったのだろう。
その悲しみが人間への怒りに裏返ることがないほどに、穢れがなかったのだろう。
マルタ辺りは聞き入ってくれそうな話だ
「天使の肉体が物理的に死んだとき、ないし掟を破った際の安全装置によって肉体を分解されたとき、その魂と記憶は装置に戻りますが、そこで肉体を再生成する際に魂と記憶が切り離されるようにしました。輪廻転生における生前の魂の浄化の擬似的再現です。こうすることで記憶はただの記録になる。死ぬ前とは別人になっていると言えるでしょう。シャルアもマトフェイもそうした過程を経た、嘗てのシャルアとマトフェイの子供と言えます」
「じゃあ、今ここにいるマトフェイは……?」
「まだ魂のインストールは行なっていないので、貴方の知るマトフェイは装置で眠ったままです」
イスラがほっと胸をなで下ろす中、ふとカルマが口を出す。
『そういやベル、あんたは一度も疑似転生してないんじゃない?』
「はい。それがドミニオンの責務ですから。それに、久しぶりに貴方に会えたのでそう悪いものでもなかったでしょ?」
『なにこいつアタシのこと口説いてんの? 天使も色恋を知るって訳だ、へぇ~童貞のくせに』
「天使は大体が処女童貞ですよ。だって子供産まなくてもカプセルが作ってくれる訳ですし。シャルアも性行為に夢中な割に子供はいないでしょう? 自分で作らないようリミッターを掛けてるんですよ。そこまでして性行為したい彼の執念には狂気を感じますけど……って、今はそれはいいでしょ!」
どうやらシャルアは天使の中でもやはりやべーやつのようである。
「おほん。話を戻して……マトフェイが光になって消えたのは、掟を破ってイスラさんに力の譲渡を行なったからです。あの瞬間にマトフェイは肉体的には死にました。私はドミニオンとして彼女の行動の是非について沙汰を下す義務がある。言わば今のマトフェイは判決待ちの状態にあります」
「ほう。それで?」
「判決ってどう下せばいいんでしょう」
「は?」
思わずベルナドットの顔をまじまじ見ると、彼は心臓が口から飛び出しそうなほどガッチガチに緊張で震えながらブリキのように鈍く首を回す。
「過去に掟を破った天使が一人もいないし、昔の人間の世界は裁判員裁判だったから最後は人間任せだったし、ま、マニュアルがないので私も初めての業務で……!!」
「この期に及んでそっちが尻込みしてるのか……!?」
「イスラさん、こいつ思ってたよりザコですよ!」
「失礼ながら本っっ当にメンタルザコですね! 道理で話が長ったらしいと思いましたよ! さてはあれ苦し紛れの時間稼ぎとこの言い訳の前置きだったんですか!?」
『ブハッ! アッハハハハハハハハ!! そんなこったろーと思ったわよ! 昔からアンタ意見はあるけど自力で通す勇気のないヘタレロゴスだったもんねぇ、アッハハハハハゲッホゴホお腹痛ぁい!』
天使を束ねるドミニオン、牛歩戦術を用いるも効果はいまひとつに終わる。
ただ、ベルナドットの気持ちは分からなくもない。
天使はその生まれからして非常に真面目な種族のようだ。
故に、神代が終わってから数千年にも及ぶ時間の中で掟を破った者がいなかった。
簡単な話だが、一度もしたことがないことに挑戦するのを人は恐れる。
前例がない。
時期尚早だ。
もし失敗すれば大切なものを棒に振る。
言い訳など、それこそ無限に出てくる。
しかし、決断しなければならないときはやってくる。
決断は遅れれば遅れるほどにじわじわと、未来への門戸を狭くする。
この世の多くの生物が、環境に適応することで未来を切り拓いてきた。
天使族にもまたそのときがやってきただけなのである。
「ほらっ、とっとと無罪放免を言い渡しなさい! 実家のお母さんが泣いてますよ!」
「あのときマトフェイが僕を助けてくれたのが罪に当たるというのなら、何がどう罪なのかを明瞭に説明して貰わないと納得も承服もできかねますねぇ!」
「ご勘弁を!! 何卒ご勘弁をぉ!! アァァァーーー!!」
イスラに背後から拘束されてマオマオに擽られるベルナドットが悲鳴を上げる。
天使を束ねるドミニオンはああいうノリで良いのだろうか。
端から見るとちょっと昔のノリを引っ張った親戚によくない可愛がり方をされる子供に見えなくもないが、そろそろ二人も溜飲が少しは下がった所だろうとハジメは静止する。
「その辺にしておいてやれ。話が進まない」
「「はーい」」
「ひぃ、はぁ……助けていただけるんなら、もう少し早く……」
「カルマが静止しないからこれくらいならいいかなと」
『ベル相手ならこれくらいいいかなと』
「成程貴方は正しくカルマの主に相応しい精神性の持ち主だッ!!」
同列に扱われた。
ちょっとだけ納得いかない。
崩れ落ちたまま拳で床をぺちぺち叩くベルナドットの精一杯の皮肉にカルマがひとしきり笑ったところで、やっと話が再開される流れになった。




