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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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246/348

33-12

 その頃、侵入者を防ぐ為の最終防衛線である遺跡の最上部――。


『りぴーとあぶあーみー! アーアーアーアーア~♪』


 響き渡るのびのびとしたソプラノボイス。

 美しい音程と共にビブラートが耳を擽る。

 オペラ歌手も思わず振り返る美声を、幼い声が追いかけた。


「あーあーあーあーあ~♪」

『うむうむ、やはりクオンは筋がいいのう。音程はばっちり、音圧もよい感じになってきとるぞ!』

「えへへ。それほどでもあるかな!」


 そこにいたのは音楽家風の髪型の――と言っても彼女は水で出来ているので形など意味はないが――レヴィアタン分霊と、褒められて自慢げなクオンだった。

 普段よりややミニサイズのレヴィアタンの音楽レッスンをずっと受けているクオンの歌唱力は結構な上達を見せており、音程は既に何の問題もない。元々音楽は好きな方であるクオンは、今度ハジメに歌唱を披露したいという欲求が胸中に膨らんだ。


 最終防衛線の防御はシンプル。

 神獣レヴィアタン神獣クオンの二重絶対防御である。


 実は、アグラニールが目的地としているであろう天使族の里の入り口はたった一カ所しかなく、他の場所からの侵入はほぼ不可能なので出入り口を封鎖されると彼は詰みなのだ。

 マルタと争いながら遠視を駆使した彼が撤退を決意したのは、出入り口が封印よりタチの悪いもので塞がれていることに気付いたからだ。


 【理】に【理】を重ねたそれの強度は魔王城の結界など比ではない。

 ハジメはクオンを戦わせる気はなかったので最終防衛線に敵が絶対に辿り着けないよう立ち回っていたが、実の所は通した方が決着は早かったかもしれない。


 それでもクオン一人ではなく分霊レヴィアタンも配置した辺りに彼の度を超した周到さが覗えるが、結局クオンの出番はなく、暇なクオンはレヴィアタンから【音魔法】という神獣にしか使えない特殊な魔法を学んでいた。


 最近人間の魔法をこつこつ勉強していたからこそ、クオンは【音魔法】の特異性にすぐ気がついていた。


「面白いんだね、音魔法って。フツーの歌みたいなのにこれで魔法が出来るんだから」

『そうじゃろうそうじゃろう。神気を宿す歌が世界と響き合い、音程や音圧、リズムが魔法を発動させる儀式の役割を担うのじゃ。音を遮断しても魔力を封じてもこれは防ぐことができん!』

「音魔法博士だ!」

『もっと褒め称えるがよい! なんせ妾は神獣でも随一の音魔法名人であるが故な!』

「うん。エンシェントドラゴンの知識として音魔法の存在は知ってたけど、感覚的な使い方しか知らないからこんなに奥深いと思わなかった!」

『悪用は禁物じゃぞ~? これはクオンの力を正しく出力するために教えた加減の術でもあるじゃからの! とってもかしこいレヴィアタン先生との約束じゃ!』

「はい、せんせー!」


 元気よくお利口に首肯するクオンにレヴィアタンも満足げに腰に手を当てて頷く。

 端から見ると非常にメルヘンな癒やし空間と化している最終防衛線であった。


 と、クオンの通信端末が光る。


「あ、終わったみたい。そろそろママたちがここに集合するって」

『そのようじゃな。あの愚かな咎人の気配が消えたわい』

「ん? あぐらナントカって人のこと?」

『……今のは独り言じゃ。忘れよ。妾から見て愚かとて、他の者には救いであったのかもしれぬ』

「???」


 クオンは意味が分からずこてんと首を傾げたが、レヴィアタンが忘れろと言ったため忘れた方が良いのだろうと素直に受け入れた。


 かくして転生者集団の熾烈な激突は、ハジメの宣言通りとはいかないまでも依頼主の主目標達成を実現し、更には【影騎士】四名の個人データと転生特典の把握に成功。更にその四人は記憶改竄を施されてハジメたちの存在を忘れるため、自分たちの情報を漏らさないことにも成功した。


 しかし、そもそもこれは前座に過ぎない。


「では、マトフェイを迎えに天使族の里に向おうか。シャルア?」

「はい、先生。何があっても私は先生の味方ですので」

「頼もしいな。では大勢で押しかけるのは問題があるということだったからメンバーの選定を――」

『その必要はございません』


 透明感のある凛とした少年の声が響き、最終防衛線となっていた遺跡の何もない台座に【聖痕】のマークが光となって浮き出る。


『顔も見せぬままで恐縮ですが、ドミニオン――貴方方の言語で言う里長の名の下に、あなた方が里に足を踏み入れることを許可します。シャルア、外界からのお客人の案内役を命じます』


 遂に、天使以外の誰も知らない天使族の里への道が拓かれたようだ。

 安堵、興奮、警戒、恐怖――各々の纏まりがない感情は、シャルアとハジメが躊躇いなく光るマークの元へと歩き出すことで決断へと導かれる。




 ◇ ◆




 天使族の里――それは、里と呼ぶことが憚られる無機質な世界だった。


 建築レベルは極めて高く、バランギア首都バランシュネイルに匹敵するか、あるいはそれ以上――旧神由来の遺跡を彷彿とさせる未来的なものだ。

 立ち並ぶ高層建築、平坦に整備された大地、完璧に管理された植木、どれもが極度に洗練されている。

 なのにどうして無機質なのか。


 人の気配や生活感が全くないからだ。


 グレゴリオンから降りてついてきたシノノメが周囲をきょろきょろ見渡し、心なしか落胆した声を漏らす。


「アイスクリームショップ、確認出来ず。……訂正。商業施設自体が確認できず。この町には市場がないのでしょうか?」


 彼女の言うとおり、ここには商業施設らしいものがない。

 建物の名前も、看板も、案内も、普通の町にある、誰かに何かを伝達するような要素があまりにもない。かといって住宅街のように誰かが暮らすことを前提とした建築物も見当たらず、ただ巨大な建物に周囲を囲まれているような圧迫感があった。


 更に、マリアンが上をみて何かに気付く。


「この都市、球状になってる。中央にある装置から全方位に人口斥力を発生させてるのかしら? はー、こりゃ神代の技術じゃないの?」

「ほんとだ、空にも町がある」


 クオンは空と表現したが、厳密にはここには空がない。

 うっすら空のような青さはあるが、その先にあるのは傾いた町の頭上。

 目の前に続く町並みはゆるやかな曲線を描いて地平線が存在せず、無限に続く坂道となって頭上を一周し、背後に辿り着く。その道のりを当然のように町並みが続いていた。

 地上ではこんな都市はありえないし意味がないが、重力を操作する技術があれば可能なのだろう。地球内空洞説を彷彿とさせる光景だ。


 シャルアが「こちらです」と指さすと、そこには転移陣に似た装置があった。


「転移陣や転移台、その大本になった技術です。ここからドミニオンの場所まで一瞬で移動できます」


 言われるがままに移動すると、一瞬視界が白く染まり、そして次の瞬間には建物の中にいた。


 ずらりと並んだホログラフィックモニターと操作端末。

 用途の分からない装置の数々。

 大型ホロモニターに投影された様々な数値やグラフ。 

 一部、休息エリアや観葉植物など人の気配を思わせる部分はあれど、未来的な光景に多くのメンバーが面食らう。非転生者からすれば何から何まで見覚えのない景色に想えるだろう。


 部屋の奥、大きな椅子のような装置が動き、そこから十代前半ほどの少年が座席から降りる。

 葵色のボブカットの髪と白い素肌。

 端正な顔立ちからは理知的で年齢不相応な精神性を感じさせる。

 彼の光輪、翼、聖痕、全てが彼が天使族であることを物語っていた。


「初めまして。天使族の纏め役、ドミニオンを務めるベルナドットと申します。見てくれは若輩者ですが、相応に歳は取っていますのでどうかお気になさらず。まずはシャルアの依頼を達成して頂いたことに深い感謝を。アグラニールの逃走は避けがたい事態であったと理解しております故、感謝こそすれ責め立てるような理由はございません」

「依頼を請けた身としてはありがたいことだ。こちらが侵入者たちを封じた道具になる。納めさせていただく」

「受領しました。彼らは我々の側で記憶を削り、地上で解放させて頂きます」


 ハジメの手で差し出された四つの巻物を受け取ったベルナドットは、どこからともなく姿を現した別の天使にそれを渡した。側近がいるなら最初から渡せばよかった筈だが、それをしないのは彼なりの敬意なのかもしれない。


「このまま立ち話ではお辛い方もいらっしゃいましょう。生憎とこの里は外界の方を招くための部屋が存在しません故、あちらの休息エリアでお話をさせていただきたい」

「了承した」


 これだけの技術力を持ちながら応接室の類がないというのはアンバランスな印象を受けるが、ここまで秘匿された場所であればもしかしたら長らく外界からの来訪者が絶無に等しかったのかも知れない。必要ないものをいきなり作ろうとは思わないだろう。


 ベルナドットはテーブル席に座り、指で顎を摩る。


「何から話したものでしょうか……貴方方はマトフェイを迎えに来たということですが、彼女の現状を説明するにはまず天使族の成り立ちから説明する必要があります。それほどに、我々という種族はこの世界では特異な存在なのです。遠回りになりますが、どうかお付き合いいただきたい」


 ハジメはシャルアを見やる。

 彼は、ベルナドットの言葉に偽りはないとばかりに首肯する。

 イスラとマオマオを見ると、了承の意を込めて首肯した。

 ならばハジメにも異論は無い。

 了承の意を受け取ったベルナドットは「感謝します」と礼儀正しく頷くと、天使の歴史を語り始めた。


「まず、我々は天使族を名乗っておりますが、厳密にはこの天使族というのは転生者と呼ばれる方々が世に広めた言葉を我々も拝借している状態になります。我々の正確な総称は、ゴッズロゴス……旧神がしもべとして生み出した従属人管理用生体です」


 どこから疑問を挟むべきかと思っていると、突如としてハジメの携帯端末からホログラムが放たれてカルマの上半身がテーブル上に浮かび上がった。


『ハァイ、ベルおひさ』

「お久しぶりです、ゴッズスレイヴX-00。復活したとは聞いていましたがお元気そうでなによりです」

『今はカルマの名で通ってるわ。あんたも長ったらしい型式番号捨てたのね』

「主がいなくなった今となっては余り意味のないものですから」


 今まさにベルナドットの実年齢がジジイどころではないことが判明したが、ハジメはスルーした。なのにブンゴが「ショタジジ……」と漏らしてイスラに腹をグーでどつかれたので気遣いには失敗した。幸いベルナドットは青空の如き寛大な心で聞こえないふりをしてくれたが、ハジメはうちの村民がどうもすみませんと頭を下げたくなった。


 カルマは今回の戦いに参加していない。

 一応誘ったが断られたのでそれ以上何も言わなかった。

 そんなカルマが自ら顔を出すほどにベルナドットとは親しかったのか――と思っていると、ベルナドットがふと私的な感情による微笑みを見せる。


「今の主がそれなりに気に入ってるようですね」

『まぁね。今回の仕事で命令権を振り翳して参加させようとするなら見限れたんだけど、こいつ可愛くないのに素直にあっさり引き下がってくれやがってさぁ。ま、不本意ながらそろそろ仮免卒業でいいかなって』


 ハジメ、知らない間に試されてよく分からないうちに認められる。


『そういう訳で主人認定記念に横で茶々入れながら補足したげる』

「では聞くが、ゴッズロゴスとゴッズスレイヴはどういう違いがあるんだ?」

『簡単よ。クソ神共の我が儘に従うところは一緒。違うのは用途ね。ゴッズスレイヴはクソ共がこの世界で神獣とドンパチ始める前から存在した工業製品で、ゴッズロゴスはクソ共がこの世界において保護ないし支配した人類を管理しやすくするために作り出された人造人間ってところかしら』

「私はカルマの封印の手伝いをさせられた際に彼女の話し相手をしていたので、こちらからすると久々の再会になりますね」

『アンタは神の従属の中じゃ指折りに話の通じる方だったからねー。歴代のアタシの主になろうとした穀潰し連中全員分よりもベルナドットの方が有能よ』


 つまり、ベルナドットも多かれ少なかれ旧神は愚かだと思っていたようだ。

 

「その話は今はいいでしょう。天使族の成り立ちに話を戻します」

 

 そこから始まったのは、まさに天使族の歴史と有り様の話だった。

 多くの世界の秘密を内包した――マトフェイに辿り着くまでに偶然通りかかった、寄り道のような話だ。


「神代より以前の時代……旧神と神獣の戦いが勃発した頃、この世界の人間の多くが旧神の側につきました。理由は旧神の一部が戦いに無関係な人々を保護して回っていて、その保護が神獣より手厚かったからです」

『神獣が世界に野放しだった時代、神獣にとって人は別に特別な存在じゃなかったみたいね。殆どの人間は何の庇護下にも入れず、胡散臭い旧神の庇護を求めたってわけ』


 話を聞いていたクオンが瓶の中で寝転がる分霊レヴィアタンに質問する。


「そーなの、先生?」

『人間が足下をうろつく虫を気に掛けぬのと同じことじゃ。虫も植物も動物も等しく命であり、世界を構成する巨大な渦の一粒に過ぎぬ。神獣は人間などいなくても困らなかったが、すり寄ってくる子犬を可愛がるくらいの感覚はあったんで、余裕のある範囲で守ってやっとったぞ』

「先生ってば薄情者ぉー」

『う、うっさいわい! 今はそこそこ大切にしとるもんだ!』


 ぷりぷり怒って手を振り回すレヴィアタンだが、村の中でもかなりやらかす側の存在なので皆の視線は生暖かい。


『だ、大体妾は神獣の中じゃ大分守った方じゃぞ! 旧神共の人間への理解度がおかしかっただけじゃい! しかも話だけなら短期間の戦いみたいに言うとるが、奴らが保護した人間共はその後四半世紀続いた戦争に殆ど巻き込まれずめちゃくちゃ平和に暮らしとったんじゃぞ!? なんなら戦争開始時点の数百倍まで人口膨れ上がっとったんじゃからの!? 妾たちとの存亡をかけた戦いの最中にどこに力いれとるんじゃって逆に吃驚じゃわい!!』


 確かにそれは力の要れどころが分からない。

 頭のネジの整備不良を疑う。


『汝、転生者ハジメよ……鏡見て言いなさい、そーゆーの』


 顔ヨガの為に毎日見ているので無視する。

 それはともかく、人の視点では神獣が薄情だったようにも聞こえるが、嘗ての神獣はとてつもない巨躯を自由に動かして世界に存在していたのだから人が虫けら程度に見えたのも無理はないだろう。

 逆に、当時の人間からすれば彼らの手足の一振りが災害級の規模だった筈だ。畏敬の念を抱いて信仰する者もいれば、ただただ恐ろしいと感じた者もいた筈だ。

 それに比べて旧神はとっつきやすかったようだ。

 確かに旧神由来の遺跡や武器から逆算される技術力は異常に高い。


 ベルナドットはとってもかしこい神獣レヴィアタンの抗議に「えぇ……」と引いていたが、咳払いをして話を戻す。


「旧神は見てくれだけなら人間とあまり違いはなく、精神性もまぁ、神獣に比べれば人に近い方でした。しかし旧神の多くは神獣との戦いに夢中でしたので人手が足りず、やむなく対神獣兵士の技術を流用して作られたのが我々ゴッズロゴスです。仕事は主に人と神との仲介、都市機能の維持、防衛など……神のために人に奉仕する。それが我々の在り方でした」

『でも旧神と神獣の間に割って入った第三の神、つまりあんたらが崇め奉ってる神の乱入で潮目が大きく変わったのよね』


 ハジメは、呼ばれてますよ神よ、と祈ってみた。

 聞こえないふりのような口笛の音色が託宣で返ってきた。

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