33-11
力と力が衝突すれば、より純粋に強い力が勝利する。
それは衝突という事象を引き起こした時点で覆せない因果律だ。
コテツはそれを放ち、ハジメはそれを受けた。
ハジメの刃はコテツの刃より弱かった。
運命は、決まった。
「スキルを放ったな」
――ハジメの淡々と事実を確認するような一言を聞いて全身が総毛立つまでは、そう思っていた。
(なんだ……? なんだこれはッ!? 斬り、抜けん……ッ)
己が愛剣【白虎夜】から伝わるハジメの斬撃が、増えた。
間髪入れず、斬撃が増える。
三刀流――そんな言葉が頭を過ったが、それでもコテツは押し切れると信じた。
信じた刃に、四つ目の斬撃が接触する感覚があった。
訳が分からないが、現実として刃は増え続ける。
「六、七、八九十、十五、二〇、まだ増え……ッ!?」
如何にレベル150相当のスキルと言えど、発生する威力には限度がある。
それが個別に飛来するならば捌きようはあるが、コテツの刀から伝わる感覚はまるで何十人もの剣士が一斉に一太刀に殺到するような訳の分からないものだった。
思わず閉じた瞳を刮目したコテツの目の前にあったもの。
それは、ハジメが振るった刃に扇子のように連続して追従する大量の大剣だった。
数は実に三〇。
性質、幅、形状、あらゆる要素は違えどその全てが一級の大剣ばかり。
それが、ハジメの手に握る剣に続けとばかりに手も触れずに全て同じストリームモーメントのスキルを発動させてコテツの最大のスキルに殺到していた。
「【攻性魂殻・多連斬】」
「ちょっと待てなんだそれ意味わからなヌオオオオオオオオオッッ!!?」
コテツ最大の一撃と相対していたのは、ハジメ最大の一撃の三〇回分だった。
つまり、単純計算で三〇対一の鍔迫り合いである。
阿凄羅天門獄躙葬の圧倒的な破壊力が、物量に押し込まれる。
にわかには信じがたいが、手応えで分かる。
剣の一本一本が全て同じ威力で同じスキルを発動させている。
(莫迦な! 武器を自在に浮遊させて操る転生特典は射出や薙ぎ払いは出来てもスキル発動までは出来ん! しかしコストの帳尻合わせの為にデメリットを払ってるにしては、この、圧と物量は……ッ!?)
何かがおかしい、前提が合わないと本能が告げる。
様々な疑問が脳裏を駆け巡るが、相手の能力を考察する暇はもはや存在しない。
幾らコテツが最強の剣士で相手とのレベル差が推定20程度あろうとも、三〇発のスキルを間髪入れず連続で叩き付けられたら防ぎようがない。しかも三〇人相手ならば各個撃破していけばいいものを、この剣たちは勝手に宙を浮いて本来捻じ込むことが不可能な隙間から次々にストリームモーメントをぶつけてくるのだ。
(嵌められた、後出しじゃんけんだ……!)
阿凄羅天門獄躙葬を既にスキルとして発動させてしまったコテツは、今更防御も回避もパリィも出来ない。かといってキャンセルすればその瞬間にストリームモーメントの物量に押し潰される。
しかも最悪な事に、果てのスキルである阿凄羅天門獄躙葬には繋がるコンボがないのでスキルコンボを繋げて時間を稼いだり突破口を拓く選択肢がない。
自分の極まった技量を更に引き上げた一撃を、絶対防御や防御特化の転生特典ではない相手に防げる筈がないと考えたコテツの迂闊さが招いた結末だった。
「って巫山戯るな! こんな対儂特攻のインチキ斬撃あるとか誰がどうやって予想出来るかヌオアアアアアアアアアアアアッ!!?」
マシンガントークで文句を言いながら渾身の力でコテツは三〇の刃のうち一〇ほどを威力差で弾き飛ばすことに成功するが、弾き飛ばされた刃が即座に戻ってきてストリームモーメントの連打に復帰する。
弾いても受け止めても叩き落としても、何度でも何度でも復活する。
挙げ句、剣をへし折ると質の劣らない新しい剣が補充される。
(あっ、儂もしかして終わってる?)
もはや集中力もレベルも関係ない。
今のコテツはアリジゴクに嵌まったアリだ。
避けて通れば生き延びる術は無限にあったのに、最悪の道を選んで流砂にじわじわ吸い寄せられるアリなのだ。
もう剣聖もクソもない。
わざわざ剣の道の果てに辿り着いた結果がこれとは、己の業のせいか。
我が子が転生者であると気付いたためにずっと親子らしい時間を過ごすことが出来なかった亡き父の記憶が走馬灯のように過り、涙が漏れる。
せめてもの親孝行と剣聖を襲名したが、そこにいるのは別世界の赤の他人の記憶がみっちり詰まり、最初から才能を定められて生まれてきた人間――《《遺伝子を受け継いだ赤の他人》》だ。
母には気味悪がられ、父とも師弟にはなれても最後まで親子にはなれなかった。
どうして自分はあんな生まれ方を神に望んだのか、今となっては記憶に霞がかかるほど昔のことで思い出せない。ただ、そのときはそれが格好良いと思っていたのだろうとは漠然と思う。
ああ、格好良いと言えば――。
「最後に言わせてくれ」
「なんだ?」
「この技、星の如き無数の斬撃ということでコズミックモーメントと名付けるのはどうかなギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
「なに言ってるんだこのじいさん?」
せめて自分を滅した攻撃が特別な名前を得て欲しいという切なる願い――それのみを残し、スキル発動が終わると同時にコテツは非公認命名のコズミックモーメントによる狂瀾怒濤の斬撃の飽和攻撃に呑み込まれ、挽肉になった。
訂正、雰囲気でそう見えただけで一応峰打ちしてるから挽肉未遂だが、知らない人から見たら恐ろしい老人虐待の現場としか言いようのない凄惨な状態で地面に転がった。
分身ライカゲがその老体に鞭打つように両手両足と口をいそいそ拘束し、ハジメの方を振り向く。
「弟子から報告あり。敵転生者が地中から迫っている。どうする?」
「ふむ……では予定を少し変え、マリアンに働いて貰うか。封縛の巻物を彼女へ」
「承知した。この男はここに放置するぞ」
二人は数歩離れ、ライカゲが口笛を吹く。
すると、何もない空間がするりとほどけ、マリアンが姿を現した。
彼女は予備戦力として少し離れた場所からずっと戦いの推移を確認していたのだ。
「真打ち登場! って言いたいけど、アタシの出番ってことは敵を引き連れて所定のポイントに誘い込めば良いのね?」
「ああ。この巻物は無力化した敵が入っているのでうっかり紛失しないように」
「はいはい――あら、もう来るみたいね」
マリアンの視線の先――老人虐待の末に衰弱したコテツの真下が円形に沈み、地面を突き破ってドリルの双角が光を反射した。
『コテツのじいさん無事か――しっ、死んでるッ!?』
『いや生きてる! でも負けてる!?』
大層慌てた様子の声は、それでも地面から空中へ飛び上がりながらマニピュレーターでコテツを掠め取ると背中にある人一人が入れそうな棺桶サイズのカプセルに頭から放り込んだ。
カプセルが三つあるのを見るに、全員を回収する気だろう。
目の前で密閉されたカプセルの覗き口から見えるコテツの両足の足袋っぽい靴がシュールだ。レヴァンナが「犬神家ッ」と吹き出した。
全身を露にした鋼のロボットはウィングを展開してジェットを噴射し、そのままの速度で既に逃走を開始するマリアンを追跡する。小型化しても移動速度はかなりのもので、世界最高位の空戦能力を有するマリアンに食らいついている。
「……ブンゴとショージに見せられた三機合体のロボットにあんなのいたな」
「からくりへの変身能力か、或いは元より機械の身か……」
「でも目的よりお仲間を取る辺り仲間意識はありそうだね」
本当は幾らでも妨害は出来たが、ハジメ、ライカゲ、アンジュは敢えて見逃した。彼らは生きて捕縛する必要があるので、より捕縛に適した人材に後を任せる。
残る問題はずっと足止めが続いているアグラニール・ヴァーダルスタインだったが、ちょうど携帯端末のスピーカーがマルタの声を出力した。
『もっしも~し、こちら頑張り屋のマルタせんせーですけどー』
「こちらハジメ。アグラニールとの戦闘に進展はあったか?」
『進展って言うか……あいつなんかゴチャゴチャ言ったあと転移して消えたわよ』
ハジメは一瞬言葉の意味を考えた。
「……確かか? ここは時空間への干渉は出来ない筈だが」
『詳しくはブンゴに聞いてよ。あーキモかった。あいつもう人間じゃないわね』
「お前に言われたらおしまいだ」
『いやいやいや、マジでキモかったんだって。こめかみから口生えたのよ?』
聞いただけではさっぱり状況が分からないが、これはクエスト失敗なのではないかとシャルアに視線をやる。
「聞いての通りだが、どうする」
「……出来れば捕まえたかったですが、この状況で転移を成功させたのならばどのみち拘束は難しかったと思われます。当面の危機は去りましたし、今後の事は天使族側で対策を考えることなので先生が気に病む事ではありません」
「転移不能空間で転移を可能にしたこと自体には驚かないんだな」
「今はまだノーコメントです」
「そうだな……シャイナ王国の回し者が捕縛されたのをこの目で確認するまでは一区切りつかんか」
ハジメは既に遙か彼方、浮遊島の障壁付近まで遠ざかったマリアンと敵ロボットの方に視線を送った。
「この浮遊島に逃げ道など最初からないのにな」
(先生が怖いこと言ってる……ああ、でもさっきまでと感じるゾクゾクの質が違う! しゅきぃ……)
後ろからハジメに熱のある視線を送るシャルアはもはやハジメ全肯定モンスターと化しつつあったが、メス成分が高まったせいで逆に慎みが生まれたのでハジメに気配を悟られることはギリでなかった。神はよっぽど「ハジメ後ろ!」と言いたくなったが役割を逸脱してしまうのでギリで口をつぐんだ。
◆ ◇
【影騎士】のうち一人が捕縛。
一人が戦闘不能。
目標達成にも失敗。
四人もの戦力――しかも【影騎士】内でも最強格であるコテツを派遣したにも拘わらず、この体たらく。ターゲットが未確認勢力に捕らえられるというややこしい事態こそ避けられたものの、嘗てない失態だ。
失敗した者は処刑とまではいかないが、何らかの処罰は避けられないだろう。
『だが、せめてスズカさんだけは返して貰うぜ!!』
ロッキン、カシュー両名とマリアンは熾烈なドックファイトを繰り広げていた。
変形したロッキンのドリルビームやドリルミサイル、カシューの空間指定攻撃を天才的な風捌きで次々に潜り抜けるマリアンは未だ無傷。
「ほーらワンちゃん、目当ての玩具はここよ~?」
『魔導十賢、【風天要塞】マリアン……待ち伏せしてきた組織は一体どこまで手を伸ばしていやがるんだ……だがターゲットが一人ならこちらもやりやすいというもの! 気合いを入れろ、ロッキン!』
『意地を見せてやるぜ、ロボット魂をなぁ!!』
マリアンは余裕の表情だが、カプセル内から援護するカシューはそれを虚勢も含んでいると読んだ。
彼女の飛行魔法は正真正銘この世界の魔法だ。
転生特典を用いた空戦能力に加えてカシューの援護攻撃が加算されれば、幾ら天才でも次第に回避ルートを限定されてゆく。
追い詰めているのは自分たちだ、と二人は確信していた。
『そのにやけ面が続けられるのもここまでだ!!』
「あらやだ、もうこんな所まで……」
マリアンが風の逆噴射でブレーキをかけたそこは、浮遊島の外と内を隔てる境界障壁。ロッキン自身突入の際にかなりの衝撃を受けるほどのそれは、敵の追撃を受けながら容易に打ち抜けるものではない。
『捕ったッ!! スパイダーネット!!』
今のロッキンの機体の内蔵捕縛装備が発動し、蜘蛛の巣のような網がマリアンに迫る。抗魔力性質の高い術が編み込まれたマジックアイテムは、純粋な強度も高く魔法攻撃の多くが網目のせいですり抜けてしまう。
網はマリアンの眼前まで迫り――。
「はい残念。獲物を追い詰めた時に安心してはいけませ~ん」
――マリアンの背後から障壁を悠然と突き破って出現した、巨大な、ひたすらに巨大な鋼の手が引き起こした風圧で網は吹き飛んだ。
『は……?』
腕は一対二本で突き出され、そのままロッキンの方を向く。
巨腕が怪しく光ると、途端にロッキンの体の自由が奪われた。
いくら推力を吹かしても、どんな攻撃を発射しようとしても動けない。
『この機体じゃパワーが足りんか!?』
『ロッキン、離脱出来ればもうなんでもいい! どうにかするんだ!!』
『すまん……カシュー。力がもう、足りねえ……!!』
手が何かの力場を発生させて自由を奪っていると気付いたロッキンは何とか抵抗しようと対抗手段を持つ姿に変形しようとするが、ここに至るまでの消耗と腕から発されるエネルギーの余りの多さに抵抗しきれない。
意識が薄れゆくロッキンが最後に眼にしたもの。
それは、マリアンの背後からゆっくりと障壁を突き破って異世界に顕現した――。
『俺の知らない勇者ロ……、ぼ……――』
全てを言い切る前に、彼の意識は闇に沈んだ。
為す術なく巨大な両手の中に閉じ込められた対象をカメラ越しに見つめる少女――シノノメ・ユーギアデクタデバイスは機械的に状況を報告する。
『対象の意識レベル低下、気絶と認定。対象全員の無力化に成功。これよりグレゴリオンは本隊と合流する。ノーヴァ、引き続き対象の観測を。フェートはグレゴリーセーフティシェルターの出力維持を。テスラ、ナビゲートを』
ハジメは、もしも対象が浮遊島から離脱された際に備えてユーギア研究所から断界魔神グレゴリオンの協力を得ていた。
彼らは飛行機の突入から時間差で浮遊島の障壁付近にステルスモードで出現し、いつ、どこから彼らが逃げ出そうとしても寸でのところで捕縛できるようずっと待機していたのだ。
それにしても、とコクピット内でグレゴリオンの魔導騎士であるノーヴァが呟く。
「本来は戦闘に巻き込まれた保護対象を安全に避難させる機能であるグレゴリーセーフティシェルターを相手の捕獲に利用するだなんて、よく思いついたねシノノメ」
「コモレビ村に向った際にカルマという不可思議な女性から提供されたデータを参考に博士が調整したもの。今度カルマに感謝の意を伝える必要性がある」
テスラとフェートは村に行った際に絡まれた時のことを思い出して苦い顔をする。
「とぉっても美人なのがデレデレ顔で台無しなあの方ね~……」
「悪い人じゃないのかもしれないけど、あの猫なで声はちょっと露骨な子供扱いって感じでイヤなのよ」
相変わらず子供には見境なくデレデレなカルマであった。




