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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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33-10

 ――コテツとハジメ達の戦いが決着に近づきつつあったその頃、アグラニール・ヴァーダルスタインとハジメの放った刺客の戦いは既に長期戦の様相を呈していた。


「同じ「転生特「互いに決定「どうにか押し「難しいな」通りたいが」打を欠く」典だな」特性か」


 不自然すぎる喋り方で独りごちるアグラニールを迎撃しているのは、マルタ、イスラ、マオマオ、ブンゴ、ぽち、ベニザクラだ。

 対アグラを装丁してマルタ以外の全員が対魔法特化装備を施しており、本来のアグラの能力を考えればマルタ抜きでも過剰戦力の類だったが、現実はそうはいかなかった。


 アグラは、明らかにハジメたちの事前情報と違うところがあった。


「まれびとよ、見果てぬ超克の地平線を踏破せよ。そこに安息はあらずとも、そこに救済は有ずとも、果ては歩みの彼方にこそ真形を顕す! ブレイクスルーホライゾンッッ!!!」


 大地から湧き上がる地属性の力と自らの魔力を織り交ぜたアグラの背後で力が爆発し、彼の体が砲弾のように打ち出される。ブレイクスルーホライゾンは地属性上位の魔法で、自らに大地の性質を纏わせて敵に突進する。

 魔法でありながら近接技である特異性もさることながら、この魔法は魔法の威力だけでなく桁違いの物理的破壊力を誇る。大地の性質とはすなわち不動の大質量であり、それが超高速で敵に衝突すれば敵は大地ごと粉々に砕け散る。


 マルタが率先して前に出て、鉤爪を突き出して加速する。


「フルインパクトラムッ!!」


 埒外のレベルから繰り出される超音速の突撃は大地を抉りながら彼女をもう一つの砲弾に変え、二つのエネルギーが正面衝突する。


 直後、衝撃。

 大地は砕け、木々はへし折れ、耳を劈く轟音が響き渡る。

 その爆心地で、まともに衝撃を浴びたにも拘わらずステータスの耐久力で耐えきったマルタは吹き飛ばされたアグラを見やる。


 本来のレベルでは考えられない威力を出したものの相手が悪かったアグラは首や関節があらぬ方向に曲がって仰け反りながら飛ばされたが、突如としてその体がびたりと停止する。その反動からか関節から繊維が千切れるようなミチミチという音が聞こえたが、次の瞬間には彼の関節は全て正常な角度に戻る。

 マルタは鉤爪の血を振り払うと呆れたように肩をすくめる。


「や、自分で言うのもナンだけど、こうして目の当たりにすると不死身ってなかなかキモイわね」

「参ったなぁ。貴方が誰かは存じ上げないが、こんなに強いのは困る」

「死なないのをいいことに体を砕け散らせてでも突破しようとする奴に困るって言われてもねぇ」


 それこそマルタに言えたことではないとはいえ、彼女はこの戦いに辟易していた。

 アグラは何らかの方法で痛覚を断っているのか、抉ってみても物珍しげに引き裂かれた自らの肉体を見るだけでまるで応えた様子もない。

 アグラが自爆上等の戦い方をするためイスラ達も迂闊に間に入れず、かといって時々肉片になりながらマルタを突破しようとするので迎撃もしなければならない。既に何度もグロテスクな光景を見せつけられ、特にこうした光景に耐性のないブンゴはぽちに跨がったまま青い顔をしていた。


「俺、帰ったらしばらく肉食えねえわ……」

『上でゲロ吐かないだけ褒めてやる』

「あまり無理はするな。元々きみは戦闘要員ではないのだから」


 ベニザクラが優しく気遣うが、戦場に長く身を置いた彼女は人より死や血に耐性があるのかまだ静かに戦意を燃やしている。その差がブンゴ自身を余計に情けなく思わせた。マオマオもぽちも平気で、イスラも完全に平気ではないにせよ顔や行動に淀みはない。ギリギリで耐えているのはブンゴだけだ。

 そのイスラはマオマオを鎌に纏わせ、左目から青白い光を漏らしている。

 本人曰く【聖魔合一】と名付けた戦闘モードで、戦闘能力で追い抜かれてしまった。

 彼はアグラから視線を逸らさずブンゴに問いかける。


「ブンゴ、あの男の不死性は本当に転生特典というものではないんだね?」

「間違いねえ。鑑定結果が嘘ついてない限りな」


 事前に聞いた話では、アグラニール・ヴァーダルスタインという男は天才であり、転生者かどうかは不明ということだった。彼が転生者だと発覚したのはブンゴが鑑定で見抜いたからだ。


 ブンゴの鑑定能力は桁外れのものだが、制約も存在する。

 彼の鑑定は『理』に触れるものは鑑定できない。

 神が転生者に与えたもうた転生特典も一目で見抜くことは出来ない。

 ただし、推理するための情報が集まれば話は別だ。


「不死や超再生ならあんだけ何度も見せつけられれば『観える』が、その気配がねぇ。そもそも経歴からして肉体方面に力を伸ばした可能性は低い。特殊な魔法で回復してるなら魔法鑑定に引っかかる筈。でもアイツは装備以外全てがアンノウンだ。そして今見える装備の中に不死性を付与するなんて出鱈目な効果はねぇ」

「何か情報を欺瞞する要素があるというのは?」

「多分だが、ない。あるとしてもそれは本人が元々所持してたものとは思えねぇ。つまり、『理』に触れるアイテムだ」

『それは一体!? 正解はコマーシャルの後!!』

「CM終わってもわかんねぇよ!?」


 とんだボケをぶっ込んでくるマオマオだが、多分ウルに教えられた知識だと思われる。イスラとベニザクラが同時に首を傾げる。


「こまーしゃるってなに?」

「しぃえむとはなんだ?」

「いつもの病気だ気にすんな!!」

「なるほど」

「承知した」


 説明が面倒で仮病を発動すると二人とも納得したのが悲しい。

 悪戯小悪魔のせいで一人だけ心に傷を負ったブンゴであった。


(ああもう……原因は大体分かってんだ。奴がリ=ティリから持ち出したとびきり怪しい物品が一つあるからな)


 あの後も【読めずの書物】の解読を試みたブンゴは少しずつ、少しずつその中身を読み解いていった。

 その中で浮かび上がったのは、アグラが盗んだ【聖者の頭】を魔法の始祖たるエイン・フィレモス・アルパはかなり熱心に解析していたということだ。

 読めはしても理解に時間のかかる研究記録めいた日記の中にはこんな記述もあった。


 ――【聖者の頭】は、生きている。


 ――結合性質の一部が暴走している。


 ――『たりないもの』があるとそこに収まろうとする。


 ――【聖者の頭】は神と呼ぶに相応しい力を秘めている。


 暴かねばならない。

 恐らく、ブンゴにしか暴けない。

 【聖者の頭】の秘密を。


 ブンゴはぽちの上から飛び降りると地面に這いつくばってメモ帳を取り出し、そこに一心不乱に数字や文字、記号を書き始めた。突然の行動にイスラがぎょっとする。


「え、また病気か!?」

「あいつ自身は暴けなくても、あいつから発せられるオーラや魔力の濃度、密度、動き、力場をデータ化すれば後で逆算して奴の身に何が起きているのか分かるかもしれん。だから俺はこれから集中力の許す限りひたすらそれを書く」

「なっ、そんなのは鑑定の域を超えている……!!」

「気合い入れて周りの空気なりなんなりを鑑定すれば数値化くらいは出来らぁ!! 問題は俺の指と集中力が保つかどうかだけだ!!」


 半ばやけくそだった。

 悔しかったが故の悪あがきだ。

 異世界に転生してこの方、思ったのと違う事態は多々あれど、楽しかった。

 なのにここ最近、自慢の鑑定能力が通用しないものばかり出てくる。

 それでもハジメは頼ってくれるし、自分だからこそ出来ることがある。


 だからこそ、真実に手が届かないことがどうしようもなくもどかしい。

 転生前なら即座に仕事を投げ出して開き直っただろうが、今は人間関係が濃くなって、頼って、頼られて、ここまできて無力に突っ立っている自分に耐えられない。


 どうすればいいのか、ブンゴは己の心に問うた。

 心の中のブンゴは、尊敬する相手のやり方を参考にしろと言った。

 全てを自力で勝ち取ってきたハジメみたいに根気強くやってみろ、と。

 

 歯を食いしばってメモ帳をぎっしりインクで埋め尽くしていくブンゴの姿に、イスラとベニザクラは顔を見合わせると、武器を構え直した。


「ブンゴのやってることは未来に繋がるかもしれない。僕はブンゴを信じたいです」

「今、我々に出来るのはブンゴを守ること、だな。マオマオ、ぽち、異存はないか?」

『……ま、いいですケド』

『いざというときは俺がこいつを咥えて離脱する。万一それでアグラニールに抜かれても、最終防衛ラインは()()()()()()()()()んだから大丈夫だろう』


 血肉が弾け飛ぶ残虐な争いの中、彼らの近くだけはペンが紙を走る音だけがやけに鮮明に響いていた。




 ◆ ◇




 森を薙ぎ倒しながら続くコテツとの戦いの場は着実にアグラニールとの交戦地点へと近づいていた。

 ハジメ、アンジュ、ライカゲもまた、大詰めのために森を悠然と駆け抜ける。


「ハジメ、本当に一人でやるの?」


 アンジュはハジメが本気なことなど分かっているが、それでも友人として一廉の不安を隠せず訊ねた。

 だから、言いはしたものの彼女は返事も分かっていた。

 実際、ハジメの言葉は予想と違わないものだった。


「問題はない。上位互換の技量と無限の集中力があっても、奴は恐らく俺の能力を転生特典だと勘違いしている。よしんば疑っていたとしても、奴が応戦した瞬間、勝敗は決する」


 ハジメは、【攻性魂殻】がパーソナルスキルだということを世間やギルドに伝達していない。コモレビ村の人間も恐らく大半が【攻性魂殻】の詳細を知らず、異能の力だと考えているだろう。実際、この力を十全に発揮して戦わなければならない場面は極めて少なく、彼自身単独行動ばかりなので見せた相手も殆どいない。

 加えて、刃を自在に動かして敵を攻撃するという転生特典はなかなかポピュラーな部類であり、転生者の知識があればあるほど勘違いしやすい。

 ハジメはそのことを知っていて、今回の戦いでずっと特定の攻撃方法を封印し続けていた。最後の仕掛けの成功率をより高めるために。


 ライカゲは、ふ、と笑う。

 戦いの中にあって感情を表に出さない彼にとっては異例のことだが、ハジメの本気を定期的にその身で確かめてきた男ならではの理解がそこにはあった。


「確かにあやつの戦い方では()()には対応できまい。拙者も予言しよう。奴は剣聖であるが故に、お主に敗れると」


 ハジメが先行を開始し、アンジュは少し逸れた場所からコテツの元へ向い、ライカゲは影の中に姿を消して接近を開始する。

 コテツとの衝突まで、あと僅かだった。


 ――その頃、コテツは内心で彼らの到着を心待ちにしていた。


(とうとう釣れたか! 貴様等の存在は【心眼】で少し前から捉えておったが、これが最後の戦力とみてよいな! 分身の使い手もこの三人のうちの一人だろう! 一人は、大まかな位置しか分からぬほど隠匿能力が並外れているようだが……)


 コテツの【心眼】は自らに意識を向けた存在を感知する感知スキルの究極系だ。

 彼はとっくに少し離れた位置にいる三人の何者かに気付いていた。

 アグラニールとの激突の前に引きずり出して倒したいと思っていたが、派手に暴れ出したせいか、或いはアグラニールとの戦いに乱入されることを恐れたか、彼らは遂に自ら動き出した。


(こちらから攻めればこそこそ逃げられて終いだが、自ら近づくとは飛んで火に入る夏の虫! まとめて片付ける好機よ!)


 この瞬間の為にコテツは最大の一撃を放つための力を温存していた。

 甚だ不本意ながら、コテツもライモンド装備を懐に隠し持っている。

 装備の名は【インスタントレベル】という指輪。

 その効果は、一定条件下で一瞬だけ任意で己のレベルを10引き上げるというもの。これを発動すれば、コテツのレベルはなんと瞬間的に150まで跳ね上がる。


 代わりに発動の条件は極めて難しい。

 如何なるライモンドでもレベルを引き上げるバフは困難であったらしく、連発など到底出来ない。この戦いでも一度しか使えず、恐らく一度のスキル発動の間に効果が切れるだろう。

 それでも、レベル140という人類の限界を迎えた高みにいるコテツが更に10のレベルを足されれば、その刃は仇なす敵に必滅を齎す。


 ずっと使い時を窺ってきたが、味方が周囲におらず敵が集まる今こそ理想の使用条件だ。


(何者であろうがもはや容赦はせん。次に剣技を放ったとき、それが貴様等が見る末期の光刃となろうッ!!)


 【影騎士】は人殺しを躊躇わない。

 女子供であろうが老人であろうが、殺すべくは必ず殺す。

 目的の為なら道具にも頼るし卑劣な真似もやる。


(世界の為の犠牲を払うことに、今更何の躊躇いがあろうぞッ!!)


 ――やがて、運命の瞬間は訪れた。


 迫り来る剣気に振り返ったコテツの視界に映ったのは、見たことのないフルフェイスの鎧に身を包み大剣を掲げた一人の戦士。


 何者かは分からない。

 しかし、今ここにいる者達のなかで最も強い。

 同時に、ハジメと思しき何者かが突然案山子になり、操っていた武器達が戦士の元へ駆け寄っていくのを見て、この男がハジメなのだと直感する。


 表世界最強の男。

 十三円卓が最も恐れる男。

 バランギアを力で屈服させたという噂もある男。

 その男が勝負に出た瞬間、シズクは忽然と姿を消し、レヴァンナも離脱し、アザンとウンザンは面白いものが見れるとばかりに身を引く。接近する残りの気配も近寄ってこない。


「考えることは同じという訳か……」


 最大の一撃で敵を沈めるために仲間の巻き添えを避ける。

 姿を消したスズカを盾にするような真似をする様子もない。

 今、確かに戦いはコテツとハジメの一対一。


 コテツは身を翻してハジメと向かい合い、静かに目を閉じた。

 視界を閉じて無明へと身を置く事で、普段は視覚に割かれていた力が別の感覚となって研ぎ澄まされる。これはスキルとも違う、コテツが辿り着いた境地だ。


 使う技は、既に一度は敵に見せた『阿凄羅あすら天門てんもん獄躙葬ごくりんそう』。

 されど、あの時と違ってあらゆる自己バフを重ね、更に【インスタントレベル】を懐の中で発動させた刃はそのときの比ではない。

 相対した敵を悉く地獄に叩き込むためだけの、只管に純粋な殺人剣。

 コテツをして対人戦において全力で放つ機会の訪れなかった極致――ともすれば、これを放つのは人生で最後になるかもしれない。


「さあ来い!! 貴様は我が人生に名を刻むに相応しいか、それとも否か!? 剣聖の名の下に全身全霊で見定めてくれようッ!!」


 二人の間で、オーラが爆発する。

 地を揺るがし空へと昇る二つのオーラは互いの境界線で激しく衝突し、二人を中心に世界が二分される。


「阿凄羅天門! 獄ッ! 躙ッ! 葬ォォオッッ!!!」


「ストリーム……モーメントォォォッ!!!」


 空間を埋め尽くす致命の殺刃空間と、ハジメ渾身の斬烈が、接触した。


 刃と刃の衝突する感覚、ただそれのみでコテツは悟る。

 ハジメの斬撃は大したものだ。

 同じ年頃に今のハジメと衝突すれば、勝敗は分からなかった。

 それほどに、年齢不相応の練り上げを感じた。


 だが、それだけだった。


 オーラの練度、密度、純粋な剣の威力――どれを取っても今のコテツに比肩するには甚だ遠い、歴然たる差を感じずにはいられない。

 コテツはその事実を微かに残念に思いつつ、せめてもの礼儀に言葉通りの全身全霊で剣を振り抜いた。




 ◆ ◇




 仄暗い落とし穴の底で、男達は決断をした。


「コテツが勝負を仕掛けた! ロッキン、やれ!!」

『応よ!』


 カシューとロッキンはは様々な責め苦を受けたが、そのどれもが積極的に傷を与えにくるものではなかったために力を温存することが出来た。

 そして、ロッキンは最後まで彼らの目を欺くことに成功した。


 彼らはロッキンのことを飛行機内なら出てこない謎の人物だと思っていたのだろうが、それは根本的な誤りだ。

 ロッキンは、【影騎士】の中で誰よりも堂々とその姿を晒し続けてきたのだから。


()()()()()()()()、小型地中強襲モードッ!!』


 その瞬間、三人の人間を抱えて浮遊島まで辿り着いた飛行機は、両肩から伸びる大きな二つのドリルを備えた4メートルほどの人型ロボットへと変形し、一瞬で岩盤を貫いて地中に姿を消した。


 予想外の行動にNINJA旅団が驚愕する。


「形状が変わった!?」

「すっごい速度で地中を掘り進めてるにゃん! ウチらより速くない!?」

「向っているのは師匠たちの方! 恐らくは接敵まで一分ほどか……!」


 余りにも想像の範囲外であった能力を見切るのは、弟子達には難しかっただろう。


 ロッキンの転生特典は【トランスフォルム】。

 変形、拡大、縮小可能な機械生命体として彼はこの世界に誕生した。

 世界で恐らく彼一人が持つ、趣味と浪漫が詰まった異端中の異端の力である。

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