33-8
ハジメは離れた位置から戦況の把握を続ける。
コテツとスズカの防御・回避能力はこれで粗方把握出来たと考えていいだろうが、これはまだ初期段階。今から始まる戦闘が中期段階の見定めになる。
まだ二人は明確に転生特典を披露していない。
特に、ライモンド装備を所持するスズカが落とされると困る能力を所有している可能性は高まった。そしてコテツも年齢相応に経験を重ねた歴戦の古強者であることが窺い知れた。
ただ、アザンとウンザンが登場した際の動揺が予想以上だったのは少し気になった。
アザンもウンザンも剣士歴と場数の多さは凄まじいが、やりがいを求めて戦う気質から食指の働く敵がいないと戦わなくなる。戦わない期間が長ければ経験値の入りも悪くなるため、二人は戦歴の割にはレベル110程度に留まっている。コンビネーションを加味すれば+20くらいの実力があるとはライカゲの言だが、それでもコテツの方がレベルは上だ。
動揺の理由は分からないが、動きが鈍っている訳でもないのでプライベートなことなのかもしれない。
(それにしても、これがレベル140の暴れっぷりか)
天邪鬼が人に転生したシズク、アザン、ウンザンに加えてハジメとアンジュの【攻性魂殻】の援護攻撃という嵐のように刃が乱れ飛ぶ戦場にあって、コテツは一歩も退かない獅子奮迅の戦いぶりを見せている。
「大日輪ッ!!」
オーラを乗せて極大化したコテツの回転切りが周囲の森ごと空間を薙ぐ。
それを最小限の動きで軽やかに躱したシズクの奥義が炸裂する。
「乱レ雪月花!」
「八艘刃駆ッ!!」
ダイヤモンドダストのような儚い光と共に一瞬で放たれた神速の連撃が、スキル威力で言えば劣る筈のコテツの神速の踏み込みによる連撃で相殺されていく。
その背後を、アザンとウンザンが捉える。
「「合技、光明双閃ッ!!」」
刀スキルでも最速とされる斬撃、光明一閃が交差して放たれる。
僅かでもタイミングがずれれば互いの斬撃がぶつかる奥義を実践で完璧に決めるその息の合いようはまさに阿吽の呼吸。放たれた後の防御は間に合わない。
故に、コテツは気配を察知した時点で既にスキルを放っていた。
「颯破追刃翔ッ!!」
背を向けたまま、鞘で放たれる斬り上げの斬撃。
そのような動きで本気の奥義が放てることも、視線すら向けないことも、すべてが規格外の対応に、アザンとウンザンは笑みを深める。
「アァ、クソオヤジの息子は伊達じゃねえなあッ! よ~く鍛えてやがらぁ!」
「ウン……俄然、燃えてきたね!!」
「蛙ちゃんたちばっかり相手してると嫉妬しちゃうぞ!」
「ぬうううッ!! 好きにさせるかぁッ!!」
猛烈な応酬が繰り広げられる。
刀と鞘の二刀流でアザンとウンザンの連撃をいなしたと思えば迫るシズクの刀の腹を蹴って刀ごと弾き飛ばし、その隙に【攻性魂殻】で刃を投擲すれば展開した朔月鏡を自在に操って刃をアザンとウンザンに反らし、その上で自らも斬撃を重ねる。
その隙にライカゲの分身が土遁で足場を崩そうとした瞬間に地面が割れるほどの震脚とソニックブレードで分身を両断し、その一瞬の好機に空から襲いかかったシズクの流麗な斬撃を片手で相手すると絶妙な隙に弾き飛ばす。
これだけ大量の攻撃が押し寄せる中、常に正確に戦況を把握し全てを適切に返す感知能力、予測能力、集中力、そのどれもが桁違い。全員で攻めていると言えば聞こえは良いが、実際にはこれだけの戦力を投入してもコテツが先ほど見せた規格外の奥義を使わせないよう動きを抑制するので精一杯なのが現状だ。
(怪物だな。ライカゲと二人がかりでも勝てるかどうか……レベル以上の技術の厚みがひしひしと感じられる)
彼らの属する組織が寡兵でアグラを捕らえようとした理由がよく分かる。
コテツならば熾四聖天クラスでも一対一なら勝利するだろう。
同時に、これほどの戦力を持ちながら対魔王戦で投入しなかったことが解せない。これほどの戦力、遊ばせておけば犠牲が増える筈なのに……。
一方、コテツに対応する戦力を大きく持って行かれたことで、対スズカはレヴァンナ――声をかけたら嫌そうながら「エゼキエルとのデートのキャンセルの口実に使えるなら……」と応じてくれた――が実質一人で相手取ることになった。
とはいえ、竜覚醒したレヴァンナを草薙の剣が補佐し、合間合間でハジメ、アンジュ、ライカゲの分身の援護もあるので状況的には優勢だ。
逆を言えば、それだけの援護があってもスズカのガードが割れないということでもある。
「輪旋の舞いッ!!」
「くっ、このっ……弾かれなさいよ!! バンガードインパクトッ!!」
竜覚醒時にも使える強度に新調した鉄扇を両手に回転しながら連続攻撃を加えるレヴァンナの舞踏を【ハンムラビシールド】で防ぎながら、スズカは空いた手で蛇腹剣を操って鞭スキルを叩き込む。一撃、二撃と回転の勢いで弾いたレヴァンナだったが、舞いの終わりが近づいているために三撃目で攻撃を中断して蛇腹剣を鉄扇で弾く。
しかし、草薙の剣がさりげなくスズカの攻撃に邪魔な位置に移動することでそれ以上の追撃も出来ず、スズカは苦い顔をしていた。
「んもぉぉぉ……絶妙に邪魔な所を邪魔なタイミングでフヨフヨと! どけってのぉ!!」
もちろん、どくことはない。
草薙の剣は今回、実は持ち主のショージの許可を得ずに自らの意思で参加している。理由は、自分のお金で買い物がしたいから仕事の報酬が欲しいのだそうだ。ショージに頼めば何かしてくれるのではと思ったが、それでは意味がないからと参加した彼女は攻撃を防いだり抑制するだけで相手を斬ろうとはしない。
そもそも彼女は草刈り機であって人切りではないし、ハジメも攻撃するくらいなら仲間を守るのに徹して欲しいと思ったので何も言っていない。
草薙の剣をレヴァンナの護衛につけたのは、それとは別に訳がある。
根本的に人間とは違う存在である草薙の剣は、洗脳や幻覚などの転生特典の殆どをすり抜ける。それでいて、もし仲間の誰かが洗脳されたら、その仲間が別の仲間を攻撃するのを防ぐという仕事を彼女には与えた。
幻覚や催眠の能力を持つ可能性のある相手とタッグを組むのに、彼女は最適の存在なのだ。
そんな中、幾度かの応酬を繰り返したレヴァンナが口を開く。
「スズカ・サイレンジ。その二つ名は【甘露の囁き】だっけ」
「戦いの途中に私語とは感心しないけどぉ!?」
「……。……貴方の声って不思議な力があるみたいね」
一瞬不自然に押し黙った後のレヴァンナの一言に、スズカの表情が凍る。
「さっきから戦ってる時にやたら不平不満や文句言うなぁって思ってたんだけど、例えばさっき「弾かれろ」って言ったとき、実際もうちょい連撃たたき込めたのになんとなくいいタイミングかなって解除して仕切り直したのよね」
「ペラペラうるさいから静かにして欲しいなぁ!」
「……うん、なんか分かってきた。今の言葉にも強制力以下のさりげない力が乗ってたな。多分、コトダマの類の能力を持ってるでしょ。気付けば多少はレジスト出来るのは、私が竜人だからかな。草薙の剣にも通じてない。さっき「どけ」って言ったとき、反応がなくてイライラしたでしょ」
「ッ!!」
ハジメはこのやりとりを意外に思った。
というのも、レヴァンナは戦闘要員として呼んだだけで危なくなったら逃げてもいい程度のことしか伝えておらず、彼女の転生特典を暴いて欲しいなどとは頼んでいなかった。無論、自分の身がかかっているから関心があったともとれるが、相手の行動をつぶさに観察していた彼女の言葉には説得力があった。
「で、それとは別に、あなたイライラしてる。しきりにコテツと戦ってる面子を気にして、どうやって私を出し抜こうかってことばかり考えてる」
「……」
「あ、今度は貴方が黙るんだ。じゃ、勝手に喋るね。貴方、コトダマとは別に何か相手一人を対象にした強力な能力を持ってるんでしょ。それで、一番弱い私相手に使ったんじゃ戦いが有利にならないから、出来るだけ強い相手と当たりたいんだ。多数の相手に使えるんなら品定めするまでもなく私を罠にかけてる筈だもんね」
「……スピンスナップ! ランページテール! スクリームペイン!」
会話を拒否するような蛇腹剣による鞭スキルの連撃を、レヴァンナは舞うように鉄扇で弾きながら合間合間に魔法で反撃を叩き込み、追求を続ける。
「貴方にとって、相手の中核戦力でもなく、そもそも能力も効かない相手と組んでいる私は最悪のマッチングだったわけだ。二対一だから魔法使うにも微妙だし、たまに油断ならない攻撃も飛んでくるし。さぁて、あとはコテツとかいうあの刀使いがバテるまでじわじわ時間稼ぎさせてもらおっかな?」
見え透いた挑発だったが、恐らくこれはレヴァンナなりの心理戦だ。
このままでは時間切れになることを仄めかして、多少強引にでも能力を使う方を相手に選ばせる。その上で、潜伏している戦力に仕留めさせるつもりなのだろう。このまま拮抗状態を維持するより早期決着を目指した方が得だと彼女は考えたのだ。
――スズカは、レヴァンナの思惑には気付いていたが、実際に彼女の言う通り時間稼ぎを続けられると戦局を覆せないとも感じていた。
それに、レヴァンナの予想は的を射てはいたが、隠し札の存在にまでは流石に気付けていない。そこに勝機があるとスズカは感じた。
大きく息を吐き出し、吸い込み、唐突にスズカは声を振り絞る。
「私を見ろぉぉぉぉぉーーーーーーッッ!!!」
その絶叫めいた咆哮に、コテツ以外の全員の視線が一瞬だけスズカに集まる。
――【声催眠】。
それは、レヴァンナの言う通りコトダマのような弱く、さりげなく、故に防がれることもまずない彼女のパーソナルスキルだった。
相手の意識の隙間に入り込み、ほんの僅かに言うことをきかせるそれは、時にはブーストの一種として仲間の援護にも使うことが出来る。
【甘露の囁き】の二つ名の由来がこれだった。
さて、誰に次の手をかけるべきかとスズカは目を走らせる。
実体のなさそうなローブ連中は除外し、候補はシズク、アザン、ウンザン、レヴァンナ、ハジメと思しき人物、ハジメをコピーしたと思しき人物。
スズカがこの中で選んだ相手は――。
「剣士シズク!! あんた、貰うよ!!」
コテツを以てして気配を悟れなかったという際立った異常性を見せた剣士シズクが一番コテツの勝ち筋に有益だとスズカは判断した。レベル140の彼の探知能力を掻い潜った彼女の得体の知れない隠匿能力は間違いなく有用だ。
シズクの瞳が赤黒い光を放つ。
これがスズカの転生特典、【魅惑の瞳】。
対象一名、目を合わせた相手を問答無用で催眠状態に陥れ、掌握する。
強力無比で条件も簡単だが、その分集団戦闘では相手を選ばなければ敗北するリスクもあり、相手がメガネやゴーグルを装備していると上手く通らないという強力故の欠点もある。
だから、なんというか、今日の彼女はとことん運が悪かったのだろう。
「はいダメ!!」
【魅惑の瞳】が作用して催眠が完了するまでの刹那、シズクはいつの間に移動したのかスズカの背後に回ると同時に彼女の首筋に峰打ちで痛烈な連撃を叩き込む。
「うががががががッ――……」
急所連打というあまりにもあんまりな仕打ちに加えて、【ハンムラビシールド】の範囲外である背面からの攻撃、更にはレベル差。スズカは殆ど何が起きたか分からず意識を失い、首ががくんと落ちた。
顔面から豪快に地面へダイブしたスズカを見下ろすシズクは、不機嫌そうに頬を膨らませる。
「もう、いけないんだぁ。私にイタズラしようとするから本能が疼いちゃったじゃないのー!」
シズク自身は、考えて動いた訳ではない。
妖怪・天邪鬼であった前世の本能と能力が勝手に発動し、自分へのイタズラが完遂される前にイタズラを返す、ある種のオートカウンターを発動させたのだ。
なので、これはシズク自身も予期していない行動だったし、彼女としては自分の忌むべき部分を期せずして出してしまった形だった。この特性を買われてハジメに雇われたことには納得していても、起きない方が好ましい事態であったのは確かだ。
だからかもしれない。
シズクは一瞬、スズカのスーツの中で何かの魔力が輝いたことに気付くのに一瞬後れ――。
『「あーあ、結局一人しか操れないかぁ。ま、失敗しても最低一人はイケる算段だったし納得するしかないよね」』
次の瞬間には、シズクの意識はスズカに乗っ取られていた。
スズカが冒険者時代に犯罪者のダークエルフを取り締まった際に偶然手に入れたそれは、彼女の素肌に刻まれた大きな刻印型魔法の効果。
【ソウルトランス】――自分の魂を、自分を倒した存在に憑依させて一時的に肉体の所有権を奪う、彼女の最後の切り札。
この状態の彼女は乗っ取った対象の力を9割程度使いこなすことが出来る。
戦闘能力は多少落ちるが、転生特典は使えるのだ。
パーソナルスキルは使用できないが、対転生者戦でこれほど厄介な力はない。
転生特典、刻印型魔法、パーソナルスキル、更にはライモンド装備。
初見殺しという一点に於いては【影騎士】の中でもトップクラス。
それが、スズカ・サイレンジという女であった。
でもやっぱり、彼女はとことん運が悪かった。
彼女がシズクを乗っ取る瞬間を、一番見られてはいけない相手が見ていたのだ。
NINJA旅団頭領、ライカゲである。
(意識を失った時点でシズクがスズカのように振る舞い始めたということは……恐らく魂があちらに移ったということ。では本体が意識を取り戻せば――)
ライカゲはさりげなく影遁で意識を失ったスズカを闇の中に落とし、一瞬で拘束し、気付け薬を頭にぶっかけた。
「――ふえ?」
さっき地面に顔面ダイブしたせいでちょっと鼻血が出ているスズカが呆けた声を漏らす。彼女が目を覚ますと同時に、ライカゲの予想通りシズクが「あれ、今乗っ取られてた?」と正常に戻ったので、彼は幻術でスズカを眠らせた。
「あふっ――……」
「無力化完了。やはり本体が意識を取り戻すことが解除条件だったな。そして、幻術で眠らされた状態は『倒された』うちには入らないか、或いは連続で魂移しは出来ないなどの制約があるようだ。まぁ、万一今の俺を乗っ取ったところでこれも分身だがな」
……このNINJA、対転生者戦で場数踏みすぎである。
ちなみに、ハジメらしき人物とアンジュと思しき人物はライカゲの分身変化であり本人達は離れた場所から【攻性魂殻】を遠隔操作しているので、実は洗脳対象は最初からハズレまみれである。




