33-7
カシューとロッキンが大穴に落下するその最中、まさにコテツとスズカの眼前には巨大なビームの極光が迫っていた。
コテツはスキルを解除するとスキルで朔月鏡を二枚展開し、正面に二重に配置した。彼の卓越した動体視力は、朔月鏡とビームが接触した瞬間をしかと見届けていた。
(カシューの言う通り、これは気休めだな……!!)
結論から言うと、朔月鏡による高位のカウンターガードは殆ど意味を為していなかった。降り注ぐ滂沱の滝水を鍋蓋で防ごうとするような健気な減退効果があるだけだ。
ただのビーム、ただの衝撃波ならばもっと威力を削ることが出来ただろうが、このビームは無属性に近い性質を持っている。恐らく渾身の斬撃で切り払おうとしても結果にさしたる差はなかっただろう。
ならば、頼みの綱はスズカの盾のみ。
スズカは半泣きになりながら物言わぬ盾を激励するように怒鳴る。
「こいつ、持ち出しのたびに書類必要なんだからちゃんと仕事しろよなぁ!!」
ビームと盾が瞬く間に接触し――共鳴音のような甲高い音が響き渡った。
果たして、掲げられた盾は辛うじてビームを弾き続けることに成功していた。スズカはよほど不安だったのか目の前の光景に感涙する。
「耐えてる! こいつ耐えてるよぉ! ありがとう昔の職人さん!!」
彼女が十三円卓から使用許可を貰ったこの盾は、悪名高きライモンド装備が一つの【ハンムラビシールド】。その効果は、盾に衝突したエネルギーを吸収、反発させて同威力のエネルギーとして返すというかなり凶悪なものだ。
盾に大剣を叩き付ければ、叩き付けた威力がそのまま大剣に返って弾き飛ばす。
魔法の場合は綺麗に反射とはいかないが防御効果は十分で、照射時間の長い魔法なら自動的に相殺してくれる。
しかも、見た目の数倍の効果範囲があるなど防具としての性能は世界最高クラスで、実力がなくともこの盾さえあれば竜も狩れると嘗てはこの盾の所有権を巡って殺し合いに発展したほどだ。
実際にはいくつかの欠点があるとはいえ、その特性を理解した人間が操れば凶悪な性能であることに変わりはない。ハンムラビシールドは力学的エネルギーに反応する性質故にビームにも問題なく適応されたようで、シールドの力場に命中したビームを常時反射することでずっと攻撃を相殺し続けていた。
しかし、このような長時間の放出攻撃を受け続けるとどうしても吸収と反射の過程で発生する時間のロスの間に蓄積した勢いがシールドを持つスズカの腕を押す。しかもビームが時折反射力場より外から散発的に襲ってくるため、コテツが身を挺して防がざるを得ない状況になっている。
威力的には一つ一つは充分回復で補えるが、二人の神経をすり減らす攻撃であることには変わりない。時間にすれば十数秒であった筈だが、果てしなく感じるビームの照射が止んだとき、二人はやっと太陽の光と再会することが出来た。
同時に、コテツはビームが飛んできた方向に全身全霊を込めて居合いを解き放つ。
「峰切巌断ッッ!!!」
コテツが編み出したオリジナルスキルにして、恐らく剣術スキルで最も射程範囲の長い飛ぶ斬撃は、カウンタースナイプとしてビームの発射元を目掛けて飛来する。峰切巌断は射程距離も然る事ながら、斬撃で発生した真空空間が命中後に凄まじい衝撃波を放つことで斬った周囲ごと吹き飛ばすほどの破壊力がある二重の攻撃だ。
しかし、コテツがスキルを放ったときには気配は消え失せ、斬撃は虚しく遠くの森の一部を粉砕するだけに留まった。狙撃が終了すれば即撤退して尻尾を掴ませないのは狙撃手の基本だ。コテツ自身、逃げ遅れて手傷の一つでも負わせれば運が良い程度にしか思っていない。
問題は、ここからだ。
スズカは息を整えながら盾を構えて周囲を警戒する。
「盾の性能、バレちゃったよね……」
「さてな。元より過信するものではない――」
コテツがなんとはなしに警戒の瞳を滑らせたのと、その目がスズカの真横――気付いていないとおかしいくらいの至近距離に白い着物の鬼人の女が口元を吊り上げて立っている姿を捉えるのは、ほぼ同時だった。
「――雷鳴突牙ッ!!」
「あら。雪破!」
雷の如き、音を置き去りにする刺突を、鬼人の女は意外そうな顔をして即座に刃を煌めかせ、居合いで切り払う。互いに一度しか踏み込みをしていない刹那の攻防に最後に気付いたのは、コテツが庇い女が不意打ちしようとしたスズカだった。
「え、のわぁぁッッ!?」
「気をつけろスズカ、その女、何かしらの気配を消す術を持っている!!」
「ていうかこいつ、手配書で見たことある!! 犯罪者シズク! 執行猶予判決で贖罪活動中じゃなかったっけ!?」
即座に正体を看破された鬼人の女――シズクは愉快そうにころころ笑う。
「もうちょっとでイタズラ成功だったのに、これだから武士って野暮よねぇ。そう思わない?」
「ごめん、正直その気持ちよく分かんないかな」
「ええー、ダメよ貴方女の子なのに! せっかく美貌を持ってるならもっと男に対して思わせぶりで蠱惑的にならなくちゃ!」
「えぇ……それ女関係あるの?」
気付けば、シズクの横にもう一人の女がいて彼女の謎の主張に困惑している。
燃えるような赤い長髪を揺らす女の角と尾の特徴から竜人であることは間違いない。
記憶力の良いスズカはこちらの女にも見覚えがあった。
「シャイナ王国に戸籍を置く珍しく謙虚な竜人冒険者がいて、スカウトしに行くかもしれないって資料見せられたことがある……名前は確かレヴァンナ!」
「どちらも転生者候補か。誰に雇われた?」
「うわ、名前知れてる……こわ。きも」
(質問に答えるとは思っていなかったがこの言われよう、ジジイ、地味にショック……)
レヴァンナが本当に嫌そうな顔をするものだから地味に傷つくコテツだが、その一方で冷静に状況も分析していた。
彼女たちは混乱に乗じて襲撃してきたローブの集団でもなければモノアイマンでもなく、位置からして二人に爆撃を仕掛けた推定二名以上の襲撃者が駆けつけてきたのとも違うように思えた。
つまり、更なる新手。
しかも高確率で転生者だ。
おまけにコテツは二人の後ろにいる人ならざる気配も察知していた。
「用心しようスズカ。魔剣か妖剣……自律行動タイプがいる」
「一体何個気をつけりゃいいのよ。マジサイアクなんだけど」
レヴァンナの背後からするりと美しく煌めく刃が姿を現した。古風な儀式剣のような美しい刀身が誰に握られるでもなくひとりでに宙に浮いている。敵意は感じないが、そこにいる以上は戦いに参加するのだろう。
それが何の剣かは見分けがつかないが、デザインからして日本神話の霊剣の類だろうとコテツは推察した。
更に、悪い知らせは押し寄せる。
「むっ、天鎖十文字!!」
突然、敵とまるで違う方向にコテツが十文字の斬撃を振るう。すると、数本の剣、槍、斧、短剣が弾き飛ばされた。
弾かれた武具たちはくるくる回りながら不自然な軌道で宙を舞い――主の元へ舞い戻る。
そこには宙に浮く大剣に乗った二人の男女がいた。弾かれた武具は彼らに頭を垂れるかのように虚空に整列した。
ローブで覆われた顔は隠れているが、そのうちの一人には想像がつく。
剣を宙に浮かせて戦う冒険者たちのなかでコテツに武者震いさせるほどの実力者など、一人しか候補がいないからだ。
「【死神】ハジメ……成程、あやつの転生特典ならあの爆撃も説明できる」
「裏で糸を引いてたのはこいつってわけ……!!」
二人とも、ハジメの名は以前から十三円卓から聞き及んでいた。
最も警戒すべき表の人間、並の冒険者とは次元の違う練度の実力者、王の不興を買いながら付け入る隙を見せない敵。
そして――【人理絶対守護聖域の破壊者】。
「どうにも、円卓の阿呆共の恨み辛みもまるで嘘だった訳ではないらしいな。隣の女はハジメのきょうだいか、或いは他人の能力を複写出来る転生特典の持ち主だろう」
「つまり、【死神】は実質二人って? 冗談キツイんだけど……」
「加えて分身か何かの追加注文だ。さっき消し飛ばした奴ら、斬り応えが変だとは思っていたが」
先ほどコテツが切り飛ばした十数名のローブの男達が、先ほどとまるで同じ姿で闇から這い出るようにゆるりと二人を包囲していく。気配や見た目には変化がないが、コテツは長年の勘でこの分身達が先ほどまでとは込められた力が違うと見抜いていた。恐らくこれも転生特典の一種だ。
そして、圧倒的包囲網に混ざって二足歩行の人間サイズの蛙が二匹――厳めしい肉体と背負った大太刀、そして浪人侍のような三度笠と羽織から唯ならぬ剣気。
コテツはその佇まいと気配から正体を悟って戦慄し、スズカは単純に蛙が嫌いなのかうげぇ、と嫌な顔をする。
「なにあの蛙。この世界あんな江戸の鳥獣戯画みたいなヘンテコ生物いるんだっけ?」
「アザン、ウンザン……莫迦な、親父の直弟子か!?」
「はぁぁぁッ!? んじゃ、あんたの兄弟子じゃん!?」
実際に出会ったことはないが、何かの拍子に聞いた事のある昔話だ。
蛙仙の住まう里に赴いたとき、剣才に溢れた二匹のチンピラ兄弟蛙の性根を叩き直すついでに剣を教えてやったことがあると。そして、二人の口癖から名工ニュウドウが拵えた姉妹剣になぞらえて、アザン、ウンザンという名前をやったと。
二匹の蛙仙は壮烈な笑みで肩に担いだ大太刀を揺らす。
「アァ、そういうこったなぁ。あのクソオヤジの息子と聞いたからにゃあ一丁揉んでやるのが孝行ってもんだろ? なぁウンザン!」
「ウン、そうだね。師匠の死に目に遭えなかった僕たちのせめてもの恩返しだね、アザン」
現役時代のイセノカミは、ともすれば今のコテツ以上かもしれないほどの圧倒的な実力者だった。その厳格なイセノカミが名前まで与えて可愛がったことの意味を他ならぬ息子のコテツが気付けない訳がない。
一体、どんな人脈を駆使すればこんな存在まで連れてこられるというのか。
一体、どれほどの警戒心があればここまで周到な包囲網を用意出来るというのか。
死神ハジメは個人で【影騎士】を相手取れるほどの人脈があるというのか。
この男は、十三円卓以下すべての【人理絶対守護聖域】を守護する勢力の行動の先を読んで潰しにかかるほどに、本当に、本気で、世界を滅ぼすほどの覚悟がある男だというのか。
コテツは人生で初めて、強者と相対した武者震いを上回る震えを知った。
あの顔を覆い隠した布の奥から垣間見える瞳の、温度のなさに反比例した深淵のような狂気を。
嗚呼、神よ。
汝は一体なぜあのような危険な破壊者を世界に解き放ったのか――。
神はそれにこう答えるだろう。
いや、ハジメはそういうの関係なくただ単に張り切って仕事してるだけなのに何で私が責められる流れ? ――と。




