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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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33-6

 カシューとロッキンは、コテツとスズカが先制攻撃と思われる爆撃を受けた時点で、自分たちがとんでもない修羅場に来てしまったことを否応なしに思い知らされていた。

 いっそ十三円卓が自分たちを用済みとして始末する為の罠に嵌められたのではないかという考えさえ脳裏を過るが、幾らあの連中が現場を知らず紙っぺらの上に世界があると信じている間抜けでも自分で自分の手勢を削るほど頭は悪くないだろうと考え直す。


「ロッキン、どうだ!?」

『ダメだ、まだ見つからねぇ!』

「一瞬でいいんだ、一瞬でもカメラに映せたら……!」


 二人に攻撃を仕掛けた相手さえ捕捉できれば、この出鱈目な範囲攻撃を妨害することができる。そう考えたカシューはロッキンが既に飛ばしていた4機の多目的ドローンを全て敵の発見のために目を光らせる。


 しかし、ドローンの速度には限界があるため、おおよその発射地点は割り出せても急遽向わせたため距離が遠いと即座には捕捉できない。


 カシューの捕捉能力は、どちらかと言えば追跡に特化している。

 発動条件は対象の現在の姿を目視で確認すること。

 現在の状況であれば投影された映像でも問題ない。

 写真や過去の映像では捕捉はできないが、一度ロックした相手はどんなに距離が離れていても、姿を隠していても、必ず捕捉できるし周囲の様子もカシューの視力の範囲で見る事ができる。


 逆を言えば、一度はその目に拝まなければ何も出来ないのがこの力のもどかしいところなのだ。

 もう一つ発見を焦る理由に、捕捉能力のバグめいた裏技がある。


「襲撃者が何者か知らんが今に見てろ……無限に座標指定魔法ぶち込んでやるからな!」


 座標指定魔法とは、相手のいる場所にピンポイントで発動させるタイプの魔法だ。


 例えばビームを発射する魔法なら直射魔法。

 一定の座標を中心に影響を及ぼすのは範囲魔法。

 術自体が何らかのギミックを以て発動するのは展開魔法。

 その中でも空間指定魔法は範囲魔法に近く、三次元的な座標を指定し、そこに攻撃等を加える魔法だ。範囲は狭いがかなり精密な位置指定が可能な魔法で、捕捉能力と組み合わせると例外的に距離を無視して相手に一方的に攻撃が出来る。


 気付かないうちに捕捉されると相手を絶対に発見出来ない状態で延々と攻撃を受け続けることになるため、相手に取っては対策のしようがない悪夢のような攻撃方法だ。

 とはいえ、空間指定魔法は言わば範囲魔法という大分類の中にある亜種的小分類に過ぎず、数は少ないし良くて中の下程度のランクの魔法しかない。それに座標指定魔法と捕捉能力の併用は集中力を消耗するので効率の良いやり方ではないため、最強の力とは言えない。


 何はともあれ目視確認は必須事項だ。

 なのに、敵の位置にまでなかなか辿り着けず、時間がいつも以上にもどかしいものに感じる。既にコテツとスズカへの攻撃に遠距離魔法攻撃が混ざり始めても、空に数多の魔法が展開されても、発見すべき敵は確認できなかった。

 状況は更に悪化し、コテツの口から敵に包囲されていることと、別の敵に狙撃されそうな旨まで告げられる。


『カシュー、援護を!!』

「この状況じゃ俺の援護も焼け石に水じゃない!?」

『ないより遙かにマシだ、急げッ!!』


 そう言われても――と言いかけたが、ロッキンから助け船が差し出される。


『一番近いドローンを殺気から二人の方へ向わせてるからそのモニターを使いな! 最大望遠だ!!』

「ナイスだ、ロッキン!」


 即座にモニターに飛びつくと、コテツとスズカを少し離れた位置から包囲する多数の人影を発見する。一様にローブで体をすっぽり覆って闇が隙間から零れ落ちる不気味な相手は獲物をちらつかせ、二人に迫る大魔法に乗じて彼らを攻めようとしている風だった。


「そこまで周到かよ!! フォトン、フォトン、フォトン!!」


 空間指定魔法を連発して捕捉した側から攻撃を加えていく。

 寸でのところで躱されるが、連発を続ければ思い通りには動けなくなるので妨害としては十分だ。時折フォトン以外の属性魔法も混ぜながら、少ない魔力消費で妨害を連発する。

 せめて空からの攻撃を二人がどうにかするまでは足止めをしなければならないと息継ぎしながら連続で魔法を詠唱するカシューだが、急にずしりと頭の奥が加重されるような感覚が襲い、一瞬ふらついた。


「うえっ、くそ……ある程度纏まっているとは言え流石に十人はいる相手を同時に捕捉すると……」


 カシューの能力の最大の弱点――捕捉人数の増加に比例する集中力の負担増加が起きてしまった。

 能力を鍛えて活用してきたカシューでも捕捉は一度に三人が限界で、それ以上はカシュー自身の脳が情報を処理しきれなくなる。今回は敵が近い場所に集中しているから短期間なら問題ないが、それでも長時間続ければバテて集中力も使い果たしてしまうだろう。

 カシューの消耗に気付いたロッキンが釘を刺す。


『俺らの本分を忘れんなよ! 力は温存しとかないと!』

「……分かってる。すまんコテツ、スズカ! 自力で乗り切ってくれ!!」


 アグラニールの捕捉を切らすことは何としても避けなければならない。

 カシューは項垂れて頭を下げながら、彼らに迫る敵の捕捉を切った。

 そして遂に、数多の星の裁きがコテツとスズカを目がけて殺到した。




 ◆ ◇




 空が墜ちてくる。

 蒼穹を貫き、灼熱の赤や眩い白、金色の流星と混ざり合いながら。


 世界の終わりのような光景を前に、コテツの判断は早かった。

 スズカはコテツと比べれば大きくレベルで劣るが、それでもレベル80以上で転生特典があり、実戦経験も豊富な上に【影騎士】が国から使用を許されている禁断のライモンド装備も所持している。


 ならば、いつまでも彼女を庇って自らの力を削がれるのは愚。

 せめて自分は万全の状態を維持するべきだ。


「スズカ、足下を凍らせられるか!」

「凍らせても多分一瞬で溶かされるわよ!? 氷と地は地が属性的に勝るし!!」

「一瞬で結構!! 地面を凍らせたら即座に氷魔法と盾を利用して沼の外まで滑り降りろ!!」


 左手に愛刀【白虎夜】を、右手に鞘を握ったコテツは、左右それぞれで違うスキルを発動させる。【白虎夜】の左にはオーラブレイドを、右手の鞘にはソードマスタージョブの果ての特殊スキルである【思刃抜刀しじんばっとう】を。


 鞘を覆ったオーラは一瞬で物質のように精緻な刀の形で固着する。

 【思刃抜刀しじんばっとう】は武器、非武器に関係なく少しでも剣に似た形状をしているものに対して極限まで凝縮したオーラの刃を纏わせることで強制的に手にした道具の性質を上書きし、思い描いた剣に変えることが出来る。

 ちなみに似ている判定はごぼうや長ネギでもセーフなくらいゆるゆるのガバガバだが、剣の性能は発動者のスキル熟練度に依存する。


 コテツの鍛え抜かれた熟練度とオーラは、本来ならスキルの発動など不可能な鞘を業物へと変貌させた。

 更にコテツは同じく果ての特殊スキル【二天一流】を発動し、両手の武器に双剣の性質を付与する。


 コテツが何かをやる気であり、それを信じるしかないと割り切ったスズカはヤケクソ気味に魔法を地面に叩き付ける。


「信じるからねッ! ミッドウィンターシード!!」


 石礫ほどの真っ白な氷の魔力の塊――それが地面に触れた瞬間、爆発的な冷気が瞬時に足下の沼を霜で覆い尽くして氷の足場を生み出す。ミッドウィンターシードは氷属性中位のフィールドバフで、ぬかるんだ場所に足場を作るには持ってこいの魔法だった。

 ただし、彼女が先ほど言った通り地属性は氷属性より優先される。

 この氷も短期間しか保てない。


 一瞬でも時間を無駄にしないために静かに構えていたコテツは渾身の膂力と足に凝縮されたオーラで足場を蹴り飛ばし、双刀を構える。踏み込みの衝撃で凍り付いた足場に放射線上の罅が走り、次の瞬間には凍った泥が再び泥に戻った。


「空から降り注ぐ災いならば、空を斬ればよいだけのこと!! 唸れ烈閃ッ!! 断空双牙衝ォォォォォッッ!!!」


 オーラによって極限まで効果範囲と威力を増した二振りの剣は二龍が天に昇るような美しい螺旋の軌道を描き、降り注ぐ魔法の数々と激突した。


 大質量、対、最高練度。

 互いに全く性質の異なる輝きを内包した力と力が空に瞬く。

 断空双牙衝は天候に由来するモノへの特攻を持つが、隕石や星の力は厳密には天候と関係がない。しかし、星の海から空へ降りてきたものであることが干渉し、全てではないが特攻効果が発動する。


「オォォォォォリャアアアアアアッッ!!!」


 凄まじい気迫と共に舞い上がる刃は回転しながら殆どが剣圧に飲まれて四散してゆく。圧倒的物量を押し返せるのはコテツの圧倒的技量とレベル、そしてオーラによる攻撃範囲の拡大が齎した結果だ。


 地上を破壊し尽くすほどの攻撃の九割を消し去ったコテツの目の前にしかし、フォーリングメテオレインの一つが迫っていた。あれほどの攻撃でも破壊しきれなかった最後の一つに対し、コテツは身を翻して背を向ける。

 すわ直撃かという直前、コテツの足がフォーリングメテオレイン目がけて突き出される。


「づえぇぇぇいッッ!!」


 コテツの足は、フォーリングメテオレインを一撃の下に蹴り砕いた。

 否、厳密には蹴ったのではなく、彼は隕石を足場代わりに蹴り飛ばすことで瞬時に地上へと舞い戻ったのだ。


 地上では氷魔法でシュプールを作ったスズカが盾をボード代わりに滑り降りることで沼からの脱出を図っていた。しかし、隙だらけの彼女を周囲を包囲した者たちが狙わない筈がない。


 まるで足のない幽鬼が空間を滑るような不気味ななめらかさと速度で迫るローブの集団を前に、スズカはいつでも迎撃出来るよう構える。彼女がわざわざ盾に乗るという不安定で動きづらい姿勢を取ったのは、偏にコテツが盾を使って滑り降りろと言ったからだ。

 不安は多大にあったが、実績という名の信頼を積み重ねて生き延びてきたコテツの判断は信じられる。そのくらいの関係性が二人にはあった。


 ――そのスズカが滑る氷のシュプールの頂点部分に、コテツが着地した。


 相当な高度から勢いをつけて落下した筈であるにも拘らず、恐ろしく、不自然なまでに静かに、氷を砕くことも足を滑らせることもなく。


 とん、と、軽やかな音で剣聖が宙を舞う。


「――阿凄羅あすら天門てんもん獄躙葬ごくりんそう


 それは、度を超した剣気が相手に見せる三面六臂の鬼神の幻影。

 双剣の極致、戦いというものに固有の形状があるならこれだろうと思わせるほどの、刃で彩られた死の領域。

 初めに死があり、その辻褄を合わせるために空間を刃が走るが如き絶世の斬撃による面制圧はスズカに迫った全ての敵の肉体と武器を一瞬で分割し、千々に散らした。一切の慈悲を感じられない、文字通り必殺の斬撃であった。


 オーラで拡大された阿凄羅天門獄躙葬の破壊力はそれだけに留まらず、足下の広大な沼を切り裂き、沼を発生させる魔力等をオーラの力で寸断し、沼そのものを剣圧で大地ごと吹き飛ばした。


 ――実力者だとは知っていたが、ここまで規格外だとは。


 スズカは目の前の光景が一瞬信じられなかったが、コテツの鋭い一声で意識を改める。


「最後の一発は受けるしかない! 覚悟しろ!!」

「ああ、そうだったわ……!!」


 空の攻撃、伏兵、沼、それらを一通り攻略した二人だったが、それぞれの攻撃への対応に追われたことで一つだけ捌くことが出来なかった一撃が眼前に迫っていた。


 それは、ただただ巨大な破壊の光。

 これほどの射程とサイズでありながら未だ減退するそぶりをみせず、足下を吹き飛ばしたことで地面より下の位置に逃れた筈の二人を軌道修正して追いかけるそれは、二人をして見たことがない魔法だった。

 ただ一人、コテツの持つマジックアイテム越しにその光を目撃したカシューを除いて。


『それはモノアイマンのビームだ!! 光属性を含むが魔法じゃない、より純粋でな弱点のない無属性を含有した破壊光線ッ!! 信じられん、俺のビームより遙かに出力が高いぞッ!?』


 二人はそのアドバイスにならない情報に文句を言う暇もなく、あと一秒の猶予すらなく迫り来る破壊の奔流に備えるしなかった。




 ◇ ◆




 二人に忠告しながらも、実際のカシューの心境は信じられないを通り越してありえない、だった。


 カシューはレベル100超のモノアイマンだ。

 当然、彼自身も目からビームを放つことが出来る。

 レベル100のビームともなるとその単純な威力と速度は最高位魔法をも上回る上にホーミングまでする、正にモノアイマンの最後にして最強の切り札だ。


(ありえん! この世界に俺以上のモノアイマンなんて、いたら絶対に名が知れ渡る筈!!)


 モノアイマンは珍しい種族だ。

 強ければそれだけ目立つ。

 カシューはその例外であり、冒険者として名が知れる前に偶然任務中の【影騎士】の目にその能力が留まりスカウトされたため世間には殆ど情報がない。

 それからは【影騎士】として様々な世界の事情を知り、対転生者との戦いなどで冒険しながら地力とサボート力を鍛え、遂にはレベル100の大台を超えて今に至る。


 この世界の仕組みを知る側の存在の助力を得た効率的で実践的なレベリングをこなした彼は世界最強のモノアイマンである自負があった。


 しかし、映像越しにも分かるこのビームの迫力はどうだ。

 ビームの密度では辛うじて勝てるかもしれないが、コントロール精度が半端ではない。恐らくカシューのビームとぶつかった場合、力の五割をカシューのビームを押し止めるのに使い、残りの五割を曲射でカシューを倒すのに使えば為す術なくカシューは敗北するだろう。


「てか、なんでこんな未開の地にモノアイマンがいるんだよ……! まさか純血モノアイマンの里が実は存在してたか!? それとも()()()()か!?」


 ――彼は知るよしもないが、実際にビームを撃ったのはまだレベル50台のサンドラだ。

 生まれつきビームの出力が凄まじいサンドラが、ビーム発射の補助道具として恐らく世界最高峰のメジエドグラスを装備し、あとついでにハジメに呼ばれてやってきた支援術士ノヤマの投げキッスバフ(キスはハジメとサンドラが連名で拒否した)やフィールドバフを重ね掛けしたことで破壊力は抜群に増している。


 それでもレベルでダブルスコアの差がある筈のカシューが自分より上だと確信するほどの破壊力を生み出している理由を、サンドラたちはまだ知らない。


 ――と、ロッキンの声がカシューを現実に引き戻す。


『ん? なんだこの魔力の波形と震動……原生の魔物かなんか、もしかして下にいるか?』

「索敵と感知には何も出ないが……」

『……やっぱり何かいる!! 機体直下の地面から震動がある!!』


 ロッキンがそう言うのならば、確実にいる。

 なんてことだ、と、カシューは己の見落としを恥じた。

 コテツとスズカが嵌められた可能性が高いという事実を踏まえれば、自分たちが相手のターゲットにされても何らおかしくはないのに。


「――急速浮上!! 離脱しろ!!」

『無茶言いやがる……舌噛まないように気ぃつけろ!!』


 30分の休憩が必要だと告げられてからまだ10分も経過していないにも拘わらず、ロッキンは即座に浮上を選んだ。機体の重量が少しずつ、だが確実に垂直に地上から離れてゆく。


 カシューはロッキンの物分かりの良いところが好きだ。

 【影騎士】の中でも異例の転生特典を持つ彼はプライドの高さがなく、何事にも素直だ。二人の間に二十歳ほどの年齢差があるのに彼にため口を許しているのは、ロッキンの人当たりの良さがそうさせる部分が大きい。


 素直さは決断の早さを生み、早さは時間の猶予を生む。

 しかし、やはりカシューは今が危機的状況だという判断が遅すぎた。

 機体の遙か上空で、三人の女が狙い澄ましたように空間を歪めて姿を現す。


 女たちはウルル・ジューダスとウルリ・ジューダス。

 そして二人に挟まれる形で空を飛ぶアーリアー装備のカルパ。


 カルパの背部ケースユニットは既に展開され、いくつかのケースユニットが連結することで両腕に巨大な砲台を携えていた。その左右の砲台に、ウルルとウルリの手から送られた莫大な風の魔力が充填されていた。


「「やっちゃえカルパちゃん!!」」

「ターゲットロック。目的は撃墜ではなく風による強制着陸――マルチエレメンタルコンバーター、ファイア」


 巨大な砲台の内部に無数の魔法陣が重ねて浮かび上がり、まるでレールガンが電磁力で弾動を加速させるように奥から流し込まれた風の魔力が魔法陣を経て加速してゆく。

 現魔王と魔王のドッペルゲンガーによって同時に込められた魔力はチャージ時間という最大の欠点を克服し、可視化するまで圧縮された風の塊を同時に発射した。直撃すれば人間などいとも容易く粉微塵に砕く世界最強の()()()はしかし、カルパの計算によって少しずつ形を変えながら減退し、やがて飛行機に墜落も離脱も許さない拘束の風として叩き付けられた。


『こ、これ……無理!! 堕とされる!!』


 風圧に耐えるようなロッキンの絞り出した声に、カシューはすぐ近くに席に着いてシートベルトをかけると体を庇うように身を竦める。

 そのが間に合うと同時に飛行機の巨体が再度地面に叩き付けられた。


 大質量の金属が大地に叩き告げられる轟音と真上から襲い来る疾風の風音に混じり、びし、びしり、と、何かが砕ける音が響く。カシューとロッキンがその音にまさか、と思った時には、既に本日三度目の急降下は始まっていた。


 バゴォッ!! と、地面が弾けて機体が沈み始めたのだ。

 沼ではない、これは物理的な落とし穴だ。

 人間三人を乗せて高速飛行と戦闘ができる機体がまるまる落下するほどに巨大な穴に、ロッキンが聞いた音はこれを掘る音だったのか、とカシューは歯噛みする。


『うおおおおおお!? どんだけ深いんだぁぁぁぁ!?』

「ぐ……ガハッ!!」


 真下から全身を突き上げる強烈な衝撃に、カシューの意識が一瞬遠のく。

 機体が遂に落とし穴の底を叩いたのだ。

 余りの衝撃に呻くしかないカシューにロッキンから矢継ぎ早の報告が舞い込む。


『穴の底に墜ちた! 穴のサイズは直径10メートル、深さは20メートルくらいある! この短期間の間に作ったとは思えないし、形が歪で垂直離脱も難しい! 穴の上方にバトラージョブが使う類の糸も張り巡らされてる!!』

「ごほっ、あ、ぐっ……」

『カシュー!?』

「はぁ……捕捉は、外してないが……ぐっ……」


 震える手でポーションを取り出して一気飲みする。

 水よりまずいが薬よりは辛うじてマシな苦みが喉を通り抜け、少しだけ衝撃から体を立ち直すことが出来た。肉体へのダメージというよりは脳や三半規管の揺れがきつかったため、持ち直すのに少し時間を要した。


『まずいな……連中もう気配を隠してない。穴の上に複数の敵がいる。人間だな。種族に統一感はない。レベルも……まともに戦えば勝ち目はないか』

「……ロッキン、もう、お前が頼りだ」

『カシュー?』

「このままギリギリまで時間を稼いで、作戦をプランDに移行。それで無理なら、作戦は失敗でいいから全員連れて離脱する」


 しばしの沈黙の後、ロッキンは『ああ』と重く心の奥に沈んだ覚悟を示した。


『幾ら敵が先手を取ったとはいえ、俺の転生特典までは掴めやしない。それに連中どうやら生け捕りが目的らしい。直上からの砲撃には攻撃力が明らかに足りなかったからな』

「そうだ。お前は俺たちの最後の切り札だ。今はギリギリまで……」

『耐えるっきゃない!』


 逆境に胸を躍らせる――そんなロッキンの若さと素直さがカシューは好きだ。

 嘗て自分も持っていた、今は煙も出ない燃えカスの薪に、燻るような僅かな火が灯る。

 レベル100クラスを含む多数の敵に囲まれて巨大な穴の下に押し込められても尚、カシューの言葉をどこまでも素直に信じてくれる彼には、たまに救われる。


 ――転生者たちが決意を改めているその頃、大地に巨大落とし穴を作ったNINJAたちが地面からボコボコと顔を出した。

 オロチ、ツナデ、ジライヤ――そしてこれも経験ということで参戦しているラビットマンのダンゾウだ。明らかに男の名前だがダンゾウはうさ耳少女である。全員が声を聞かれないようハンドサインでやりとりする。


 ハンドサインの内容を訳すと以下の通りである。


 オロチ:第一段階成功。リサーリ殿も上手く糸を張ってくれています。さあ、どう脱出するかであれの性能が確かめられますな。


 ツナデ:浅めにしたから死んでにゃい筈だけど、せっかくだからあの飛行機の耐水性能調べたくにゃい?


 ジライヤ:とりあえず【水遁・啼泣大瀑布】で軽く水責めしてみるでゴザルか?


 オロチ:その術は師匠マスターとツナデしか使えない上に水量多すぎて沈没するでしょうが。それよりもダンゾウ、貴方穴掘るの随分速かったですね。地属性の素養が高いと見えます。


 ダンゾウ:えっと……シャイナ王国にはいないアナウサギ派のラビットマンなので。穴掘って埋まると落ち着きますぅ……。


 ツナデ:それは分かったから頭と手だけ出してやりとりするのやめにゃさい。笑うから。


 ……割と緊張感のないNINJA旅団の若人たちだった。

 ちなみに全員分身なので倒されたらそれはそれでライカゲに伝える情報が増えるからなんか予想外の攻撃してこないかなとダンゾウ以外の三人は内心期待しているが、ダンゾウはそんなこと一言も聞いていないので実際に攻撃されたらビビり散らかすと思われる。

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