7-4 fin
娼館という施設と、その従業員に纏わる真実を知ったガブリエル。
彼の自己嫌悪が落ち着いたのを見計らうかのようにキャロが話を再開する。
「ハジメくん、凄くよく私の話に耳を傾けてくれた。その上で、やっぱり今のままじゃダメだって言ってきたわ。確かに今まで大目に見てきたけど、彼の言葉には一理ある」
「それは、オーク以外の客に被害が及ぶからですかい?」
「うん。余りにも被害者が多くなってくれば、いくら公認のエリアとはいえ締め付けが厳しくなるわ。悪評が流布されれば信頼問題にも発展して、エリア全体に迷惑がかかる。だから、彼の意見には賛成なの」
「じゃあなんでアニキは勝負を受ける必要があったんですかい? やめろって宣言するだけでいいじゃないですかい」
「そうはいかないわ。私はこの店のオーナーであると同時にここら一帯で一番影響力を持つ女ですもの。面子を立ててもらわないと困るのよ」
「確かに……テッペンに立つ人間ってのはどっしり構えてねぇと若いのが浮足立ちますからね」
トップとして君臨するキャロが突然やってきた冒険者の男の意見にハイハイ頷いていては、部下は本当にこの上司が頼れるのか不安になるだろう。これはキャロの面子であり、キャロが背負うものでもあった。
そこまで同意の上での、無謀な勝負なのだ。
「別にハジメくんはこの勝負に勝たなくていい。ただ彼の本気を示して貰いたかった。そうすれば彼の相手をした娼婦たちがその本気を認めてくれる……うふふ、でも正直ハジメくんには驚いたわ。本当にその話をするためだけにうちの会員証を手に入れてくるだなんて、『死神』は変なところで情熱的なのね」
「そりゃオレも思いました。ただ助けてもらいたくて事情を話したら、イキナリのコレですからね。なんつーか、器のデカさってなもんを感じますわ。あ、でも……もしこの話が通ったらあの娼婦の子たちは……?」
「ああ、それね。そっちについてもちゃんと考えてるわ。少なくとも貴方のせいで路頭に迷った、なんてことにはならないようにね?」
それを聞いてガブリエルも安堵した。
今までは憎たらしくも思っていたが、事情を知った今ではとても罵倒する気分にはなれない。この件で彼女たちが生活に困窮したら後味が悪いにもほどがある。
肩を落として安堵したガブリエルだが、ふとあることが気になった。
疑問というよりは、ただガブリエルがそう思ったというだけの話だ。
「キャロさん、さっき言ってましたよね。オレたちが限りある幸せを奪い合って生きているって」
「ええ、残念だけどそれが事実」
「オレぁ馬鹿だからうまく言えねぇんですが……アニキはこれ以上幸せを失う人が出ないように行動したし、キャロさんは幸せが足りない人をどうにかしようと考えてる。だったら幸せってのは限りあるだけのもんじゃなくて、生み出すこともできるんじゃないですかね……?」
例えば母親が子をかわいがる時、母親は自分の幸せを削っているのか。
いや、幸せを注ぐことで子供から受けるものもある筈だ。
ガブリエルも冒険で誰かを助けて感謝されたとき、幸せを奪われたとも奪ったとも感じない。そこには絆という新たな幸せが生まれている。
「アニキもキャロさんもオレなんかよりずっとスゲェ人です。きっと沢山幸せを生み出すことができる。オレぁそう信じてるので、キャロさんの『限りある幸せ』だけは納得しません」
「……! ……ふふ、いい男よガブリエル君。きっと将来今よりもっといい男に貴方はなれる。このキャロラインが保証してあげる」
「でへへ、そうなれるといいなァ……」
「大丈夫よ……ん?」
「どうしやした?」
「VIPルームの扉が開いた……勝敗が決したようね」
「……!!」
そう、ガブリエルたちが談笑している間にもハジメと娼婦たちの勝負はずっと続いていた。時計を見ればまだ4時にもなっていないし、外もまだ太陽は上っていない。つまり、扉が開いた意味は――!
「――すまないが、後でシャワーを借りていいか? 流石に汗がひどい」
「……あれ?」
そこから出てきたのは――最後に見た時と殆ど変わりないハジメだった。
本人の言う通り確かにその体からは汗が流れ落ちているが、それよりもキャロが気になっているのは、彼が一人で出てきたということだ。
普通、勝敗が決したなら先に娼婦たちが出てくる筈。
なのに何故彼が真っ先に出てきて、娼婦たちが部屋から出てこないのか。
不思議に思って鏡に魔法を使い、VIPルームを見たキャロは唖然とした。
娼婦たちが恍惚の表情を浮かべながら全員倒れ伏しているのである。
「も、もうむりぃ……」
「無念……だわ……」
「えーと、これ一体どういうこと……?」
「ああ、なんと言えばいいか……彼女たち、俺を※お見せできません※したまではいいが、我慢してみたら意外と耐えられてな。色々やっても思い通りにいかなかった彼女たちが業を煮やして更に大量の媚薬の香を焚いた結果、俺より先に参ってしまったようだ。ほら、これ」
そこにあるのは勝敗が決すると結果が自動的に刻まれる魔法の書類。
内容を検めると、そこには娼婦たちがギブアップした旨が確かに書き込まれていた。
「あ、アニキも香を吸い込んだんですよね!? 平気なんですかい!?」
「少しむずむずする気もするが……それ以外問題は感じない」
「うっそ……結構強力な薬なのに、そんだけ……!? スッゴ……」
「それよりもシャワーを……」
この日、『大魔の忍館』に新たな伝説の歴史が刻まれた。
複数の娼婦に一斉に襲われながらも全員を返り討ちにした彼のソッチの伝説は、ソッチの世界でのみ永遠に語り継がれるであろう。というか絶対に表に出てこないでくれ。
◇ ◆
ガブリエルはその日、鼻歌交じりに町を歩いていた。
町の通行上避けるのが難しかった夜の街の通りでも、誰からも呼び止められることはない。なんてことはない無事平穏な日々が戻ってきたのだ。
あの後、キャロの号令によってすぐに夜の店の各店で悪質なキャッチの制限が通達された。少々の反発はあったが、キャロが出す予定の新たな店で経営の厳しい店の娘たちを雇うという約束によって騒動は最小限で済んだ。
ついでに『死神』は夜の実力も『死神』とかいうろくでもない噂がごく一部で流布されたが、幸いにしてそれは表社会では根拠のないジョークの類と受け取られたのか浸透することはなかった。
そして、ガブリエルはハジメの子分になることを辞退した。
(今のオレじゃあどんなに頑張ったってあの人の足を引っ張るだけだ。もっと強くなって、もっと周りの事を助けたり思いやれるデッケェ男になって! 話はそれからだ!!)
そう意気込んで町の外でトレーニングしようと思っていたガブリエルは、ふとそこで立ち止まる。町のテラスカフェにハジメの姿を見つけたからだ。こんな時間にクエストを受けてないなんて珍しいな、と思ったガブリエルは気になって彼の方へ向かい――そこで衝撃の光景を目の当たりにした。
「ハジメさん。ハジメさーん。ハージーメーさ~ん?」
「……何だ」
「いえ、突然村の宿の従業員候補さんが見つかったのは、私嬉しいんですよ? お試し期間一か月でハジメさんがオーナーとしてお給金を払うのも私としては助かります。従業員5人、町の人口も約1.5倍です。それに、将来的に引っ越す予定だというあの人たちの家族も含めるともっと増えます。それこそ中間目標の人口30人越えに一気に近づきました。それは別にいいんです」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「……どうして従業員5人が全員女性で、しかも元娼婦なんですか? どうして彼女たちはハジメさんを見るたびになにやらモジモジしながら期待するような眼をしてるんですか? ハジメさんが夜のお店の野暮用で出掛けたその翌日に彼女たちがやってきたのは、いったい何故なんですか~?」
「再就職先を探してほしいと頼まれた。彼女たちの元上司に」
「ふーん。へ~え。ほぉぉ~~~~……」
そこには、いかにも性悪で陰湿そうなエルフの小娘(※ガブリエルの多分な偏見が混ざっています)に理不尽に疑われているハジメの姿。ハジメは別に動揺したそぶりは見せないが、それがまたエルフの視線を険しいものにする。
「べっつにぃ。私だってもうお酒が飲める女ですからハジメさんがどこで何の遊びをしてもかまいませんけどぉ? その為にクオンちゃんをベニザクラさんに任せきりってどうなんです? さぞいい散財が出来ましたか? ハジメさんにそんな人並みの欲望がおありだったとは露知らずでしたが、最近ちょっと留守の時間が随分長いんじゃありませんかぁ~~?」
「確かに。少し軽率に動きすぎか?」
「べっつにぃ。私は別にハジメさんとは赤の他人ですしぃ? ハジメさんを止める権利がある訳じゃないですけどぉ? 私がどんなに真面目に村の今後を考えようとハジメさんには関係ないですもんねぇ~。で、これは興味本位でお聞きしますが……子供を放っておいて夜のお店で見知らぬ女性を抱く感想というのは如何なものなのでしょう?」
「いや、抱いてないが」
「じゃあ何しに行ったんですか!!」
バン! とテーブルを叩いてハジメを睨む無礼なエルフの小娘に、ガブリエルは激怒した。必ず彼の傍若無人なるエルフ娘をハジメから引き剥がさなければならないと決意した。
ガブリエルには二人の関係が分からぬ。けれどもオークの偏見を振りまくエルフの悪意に対しては、人一倍に敏感であった。
「こらそこの二枚舌嘘つき無礼エルフ小娘ぇ!! 偉大なるハジメのアニキに訳の分からん因縁をつけるのも大概にしとけやぁ!!」
「はぁぁぁぁーーー!? 田舎生まれ田舎育ちの生粋の非文明人であるオーク如きが私のロジカルな言葉を遮らないでもらえますかぁ~~!? というか、さては貴方ですねハジメさんにろくでもない知識を吹き込んで娼館になんか行かせたのは!! これだから性欲剥き出しゲス生物は!!」
「んだとこの差別大好き差別主義の好分断性メンタル劣等民族が!! お前らなんぞ人様の迷惑にならないように一生森の奥で過ごして身体から茸でも生やして食ってろぃ!!」
――エルフとオークは、バチクソに仲が悪い。
この後、ハジメのことを疑って問い詰めていたエルフの少女フェオとハジメリスペクトオークのガブリエルの口論はハジメそっちのけでヒートアップ。とうとう取っ組み合いにでも発展しようかというところでハジメが「喧嘩両成敗」と拳骨を二つ落としたことで、漸く事態は終息した。
一応ハジメへの冤罪は晴れて、ガブリエルはこれ以上フェオと一緒にいると余計にハジメに迷惑をかけると自らの意思で離れていった。彼は空気の読めるオークなのだ。
それにしても、とハジメは内心唸る。
(あの温厚なフェオがオークが相手というだけであの煽りよう……ガブリエルもあそこまで興奮するか。今まで二種族の揉め事は幾度か目にしてきたが、思った以上にエルフとオークの因縁は深いな)
「ハジメさん、オークなんかと関わっちゃダメですよっ!! お父さんもお爺ちゃんもお爺ちゃんのお爺ちゃんもみんな口を揃えてオークに関わると未知の病原菌が伝染るって言ってたんですから!!」
「人はそれを洗脳教育という……というかフェオ。いくら俺の行動が軽率だったとはいえ、何故あそこまで怒っていたんだ? 普段からは想像もつかない剣幕だったぞ」
「えっ、それは……えっと、何故でしょう?」
「いや俺に聞かれても……」
本気で意識していなかったのか、先ほどまでの怒り狂う自分の感情をフェオはうまく説明できないようだった。
(やはり、年頃の娘の胸中は三十路のおっさんには分からんということか……毎度これでは困るし、もう少しフェオのことを知る努力をすべきだな、俺も)
(ハジメさんが他の女の人たちとイケナイことしてたって思うと、なんだか物凄くむかむかしたんだけど……私、もしかしてハジメさんのことをヘンに神聖視してるのかな……)
なお、翌日の街には「ハジメの二股がバレてフェオに公開制裁を受けたらオークが乱入してきて有耶無耶になった」という半分だけ合ってる噂が流布されたという。
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