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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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33-4

 空を飛ぶ未知の島に不時着した飛行機の中から、顔色の真っ青になったスズカが、続いて平然としたコテツ、最後にカシューが気が重そうに出てくる。


 スズカはうぷ、とこみ上げる物が口から決壊して「ウゲエエエエエ!!」と思いっきり胃の内容物を足下の草むらに吐瀉し、つんとした異臭が風に流れる。彼女もかなりの実力者ではあるのだが、流石に飛行機に乗ったまま回転する経験は堪えたようだった。

 一方、飛行機の旅路を普通に楽しんだコテツはけろりとしている。


「大丈夫か?」

「だいじょばないし、おしっこ漏れた……エージェントなのに……」


 吐瀉物と一緒にふるふる震えて泣いているスズカは言われて見れば確かに股間もびっしょり濡れて肌に張り付いている。怖かったのかもしれないが、単純に女性は男性に比べて尿道が短く小便を我慢するのが難しいと聞いた事があるコテツは一応フォローしておいた。


「た、多分男女の体の差とGのせいではないか……?」

「うるせぇ変態ジジイ!! じろじろ見んなぁ!!」


 確かに漏らした女性をまじまじ見るものではない。

 言われるがままに一旦スズカを視界に入れないようにしたコテツはカシューと顔を突き合せる。後ろで水の音がするのは、水魔法で自分自身を洗浄しているのだろう。少しだけ後ろを見てみたい衝動に駆られ、いい年をこいて何をしてるんだと彼は自省した。


「どうだ、カシュー」

「流石のアグラニールも体力の方がついてこないみたいだ。傷は塞がってるが休み休み動いてるのが《《よく見える》》」


 カシューの転生特典のことはコテツも知っている。


 彼は、一度目視で捕捉した人間の位置と現在の姿や行動などその全てが分かる。気配を消そうが分身しようが壁で隔てようが国外に逃亡しようが、全てだ。

 一度に一人までという制約はあるものの、彼に狙われて逃げおおせる方法はその人物が落命したときを於いて他にはない。アグラニールの行動はその多くがカシューにとって筒抜けだった。


 ……ちなみにコテツが酒の席で聞いたことには、若かりし頃の彼はこの能力を利用して結構な覗き行為で好みの女性を延々と監視していたらしい。が、あるとき自分の好きな女が別の男と行為に及んでいる様を目撃して精神的ショックを受けて以降、邪なことに使うのはやめたそうだ。

 しみじみ語っていたが全く含蓄もないし良い話でもない。

 とりあえず今は覗きをしていないと信じたい。


 ともあれ、カシューはその能力と通信マジックアイテム等を駆使することで強力な後方支援要員として機能する。


 彼がコテツと組むだけで大抵の転生者は完封できるが、それに加えてスズカもいる。本来ならばロッキンも加えれば更に確実だが、彼は帰りの足でもあるし今は動けない。

 飛行機のスピーカーからロッキンの声が出る。


『あー、すまん。すぐには動けん。出来ればあと30分くれ。負荷が大きすぎた』

「構わん。カシューと共に後方で待機していればいい。我々でやろう」


 と、全てを洗い流して予備の服に着替えたスズカが「復活!」と叫んで駆け寄ってくる。


「もういいか?」

「復活って言ったでしょ? もー、とっとと終わらせてとっとと帰るわよ! 正直あの遺跡からお宝の一つでも頂きたい気分だけどね!!」


 島の中心部にある巨大な遺跡を勢いよく指さしたスズカは、それが叶わぬ夢と理解しているが故にかヤケクソ気味だった。


 前衛のコテツ、中衛スズカ、後衛カシュー、予備戦力にロッキン。

 最年長のコテツをして、四人の【影騎士】が投入された経験は指で数えるほどしかない。しかし、コテツに驕りはない。


「気を引き締めろ。この島に入ってからずっと誰かに監視されている感覚がある。我々はここの者達にとって招かれざる異邦人なのかもしれん」


 転生特典ではない、長年戦い続けてきた身だからこそ感じる空気感。

 自分たちは決してこの地に歓迎されていないのをありありと感じる。

 それが人か、人ならざる何かなのかまでは分からないが、コテツには確信があった。スズカたちもその判断力を疑うことはしない。


「噂にもなってない島だもんね。古代の防衛機構とか未知の強い魔物とか、不確定要素多めか……ちゃんと守ってよね、コテツおじいちゃん♪」

「きっつ」

「うっわ」

「腹立つわねあんたら!」

『お、俺はいいんじゃないかなと思うよ……』

「社交辞令以下の反応どうも!!」


 カシューは飛行機の中に戻って全ての出入り口を封鎖する。

 コテツとスズカはそれを確認すると、武器を携えて未知の大地へ歩み出した。


 ――コテツの読みは正しい。

 既にNINJA旅団、ジライヤは彼らを捕捉し、その情報を伝えていた。

 分身を通してハジメに情報が伝達される。


「コテツという男は、冒険者を引退した【二代目剣聖】コテツ・イチモンジで間違いないでゴザル。【初代剣聖】イセノカミの一人息子。携える刀は【白虎夜びゃっこや】。鞘と持ち手を連結させて薙刀のように振るうことも出来る業物なので注意が必要でゴザル」

「表舞台から姿を消した後は国に雇われていたのか。転生特典は剣術の才能だと言われているが、老練の転生者は隠し球を持っていることがあるから要注意だな」


 ちなみに既に故人である【初代剣聖】イセノカミ・イチモンジは蛙仙あせんのアザン、ウンザンを弟子にしており、その二人(人?)はジライヤと契約しているので不思議な縁がある。

 単純な近接戦闘能力では彼が最強と見て良いだろう。

 バランギア竜皇国のガルバラエルやビッカーシエルと同じレベルで警戒が必要だ。


「スズカという女は【甘露の囁き】スズカ・サイレンジ。最近は活動が少ないものの現役冒険者でゴザル。彼女は催眠や暗示に類する能力を所持している可能性が高く、それは味方への援護にも使われると思われるものの、犯罪歴はなく詳細は不明にゴザル。武装は盾と蛇腹剣。変則的な魔法剣士タイプとの噂なのでトリッキーな戦法が予想されるでゴザル」

「盾で防御を確保しつつリーチの長い中距離武器で戦闘。更に催眠。()()()()ことに特化した徹底的な嫌がらせタイプと見た方がいいか」


 今この瞬間、スズカに徹底的な嫌がらせ攻撃が浴びせられることが決定した。

 彼女自身も転生者同士の戦闘ではそうなることが分かっているだろうから簡単に落ちはしないだろうが、対転生者で言えばNINJA旅団に圧倒的アドバンテージがある。忍者の嫌がらせがどういうものか堪能して貰おう。


「カシューというモノアイマンの男は、転生者疑惑はあれど特に目立った問題も活躍もない冒険者故にデータが不足しているでゴザル。言動からして遠視能力のようなものを所持している可能性が高いでゴザルが、それが能力の一部なのか全てなのかは不明でゴザル」

「俺たちを捕捉していないのは感知に条件があるのか、単に目星がつかないだけか……或いはアグラの監視を緩められないからか。何にせよ、あの飛行機のようなものと運命を共にして貰った方がいいな」


 ハジメもそれなりに犯罪転生者とは戦ってきたが、彼らに比べて刺客たちは警戒心が強く能力の使い方も熟知していることが予想される。遠視系能力者にはある厄介な裏技があるのを知っているハジメは、仲間に伝える警告を増やすことにした。


「最後にあの飛行する機械に乗ったロッキンという男でゴザルが、この男は全く情報がないでゴザル。あの飛行機械を転生特典として持ち込んでいるとみるのが妥当かとは思うでゴザルが、本人の戦闘能力は未知数故に何をしでかすか読めないのが厄介でゴザル」

「乗り物自体は旧神の遺産という可能性もない訳ではないのも留意したい。最悪の事態としては奴らが仲間を見捨てて離脱を試みることだ。逃走しようとするなら即座に落とすしかない」

「転移で逃げられる可能性は……本当にないのでゴザルね?」

「ない。そうだな、シャルア?」

「はい、先生。ここでは転移は出来ません。ただし、こちらも転移は出来ないので時空間に干渉する魔法やスキルは使えないと思って下さい」


 シャルア自身も【ソリッドマギ】という天使魔法で空間転移を封じていたため、天使の里には技術的にも空間転移を封じる技術があるようだ。つまり、この浮遊島には直接転移も転移による脱出も不可能だ。

 ということは、NINJA旅団の分身と本体を入れ替える【偏幻自在】や刀スキルの虚空刹破も使えない。ショージ作成のアイテム【帰還の天糸】も無効となる。地味なことだが既に味方には徹底して周知済だ。


 今、得られる情報はこのくらいだろう。

 同時に、彼らが追いかけるアグラにも対処しなければならない。


 以前に遭遇したときなら、アグラは幾らでも戦いようがあった。

 しかし、この浮遊島に突入してきた際にアグラは上半身と下半身が泣き別れ寸前であったにも拘らず短期間で完全回復するという人間としてあり得ない姿を見せつけた。


 シャルアはこれについて、端的なことしか言わなかった。

 アグラは今現在、不死身に近い存在で、完全耐性持ちとして扱ってほしい。

 それだけだった。


 言わば今の彼はマルタの転生特典とラシュヴァイナのパーソナルスキルを同時に持ったような存在だという。理論的にはそのような存在は不可能ではないが、アグラがそれをずっと隠して生きてきたとは考えづらい。魔法の才能と転生特典は両立差せるには間違いなくコストオーバーだ。


 パーソナルスキルはそう簡単に都合良く目覚めるものではない。

 今のアグラは、限りなくありえない存在に近い。

 しかし、確かに彼は存在している。


「……」


 ふと、ハジメの脳裏にちびっこ聖騎士スーの胸に刻まれた聖痕のような紋様が過った。

 本来死ぬ筈だった命を永らえさせた謎の聖遺物、【聖なる心臓】。

 エイン・フィレモス・アルパの消えた遺品、【聖者の頭】

 遺跡の人型フィギュアの紋様。

 そして記憶の片隅に今も残る、今は亡き友の死因となった、あれは、そう――。


(左手……)


 余りの異形故に殆ど理解が及ばなかったが、思えばあれを見た時にその輪郭が手に似ているように感じた。ハジメから見て、その形状は左手を想起させたのを覚えている。


(思い違いなら、いいのだが)


 様々な疑問を即座に心の隅に押し込んだハジメは、通信機越しに作戦の開始を宣言する。


「ただいまよりオペレーション・アムネジアを開始する」


 彼らがここで見るのは、目覚めれば朝日に掠れる泡沫の夢のみ。

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