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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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33-2

 天使族は、この世界で最も謎多き種族だ。

 古来からその存在自体は知られているが、とにかく人前に姿を現すことが少なく、マトフェイのように自らの素性を隠して活動している天使も多いため実態はまるで掴むことができない。


 天使としての種族的特徴である光輪と翼、そして瞳の【聖痕】と呼ばれる十字架のような模様を隠しもせず活動しているシャルアは本当に珍しい。人類の歴史の中には時折シャルアのように自らが天使族であることを隠さない存在がいたからこそ、実態は知らずともそうした種族がいるという情報は今まで伝わってきた。


「そんな天使族に里があり、脅かす存在がいるというのは率直に言って意外だ」


 シャルアは「敵は例外的なケースです」と念押しする。


「天使族の里は秘中の秘。これまで世界の誰にも見つからず、仮に見つけた者がいても天使はその記憶を奪う天使魔法を使うことで秘匿を保ってきました。しかし、状況は一変した。それは二人の男のせいです」

「何者なんだ?」

「二人とも先生の知っている男です。アグラ・ヴァーダルスタインとブンゴくんですよ」


 思いがけない名前にハジメは驚く。

 暫く村を離れていたイスラとマオマオはアグラの名に心当たりがなく首を傾げる。


「あぐら? ダレですかソレ? 座ってるんですか?」

「その胡坐あぐらではない。認定魔道士の資格を得る為に試験を受けに行ったときに絡まれたんだが、俺に魔法対決で負けてすぐに魔法学術都市リ=ティリの貴重品を盗難して行方をくらました男だ」

「はぁ……僕らにはその男とブンゴさんの接点が見えないのですが」


 ハジメも見えないし、二人は会ったことすらない筈だ。

 シャルアはため息をつくと、懐から【読めずの書物】を取り出した。


「アグラは恐らく【読めずの書物】を解読しています。そしてブンゴくんも超鑑定能力で遅かれ早かれこの書物の全てを詳らかにするでしょう。分かりますか? この書物には、天使族の里の手がかりが記載されてるんですよ」

「そんな情報まで詰まっているのか……?」


 【読めずの書物】の解読はブンゴの手で進められているが、まだ半分も解読しきれていない状態だ。今はレニス・ミーティ・リューナの三人やルミナスも解読の手伝いをしているが、女の子に囲まれてテンションを上げてもなお本気で解読が難しいらしくブンゴは苦戦中だ。

 シャルアは再びため息をつく。


「人の印刷技術の発達は恐ろしいですね。今までの【読めずの書物】は写本ながら内容が完全ではなかったので、我々天使族もまさかこんな内容だとは気付いていませんでした」

「暗号の話は聞いたが、写本とはいえ気付けないものなのか?」

「そうですね……この書物の暗号は図形や文字の配列までもが完璧に揃っていないと機能しないので、それまでの再現度の低い写本では本当にただの意味不明な羅列に過ぎなかったんです。転生者の方に分かりやすく言うとデータとそれを読み取るシステムが噛み合ってなくて文字化けしてたという感じで」


 ハジメも学校の授業でパソコンを触ったことくらいはあるのでギリギリ理解できるたとえだ。

 イスラは逆に、転生者でもないの別のものに当てはめてにすぐに理解していた。


「悪魔の儀式や暗号に似ていますね。今までの本は再現度が低かったから術が成立してなかったんだ。でもその写本は完全な再現度だったと」

「あれっ? でも、じゃあシャルアさんその暗号読めるんですか?」

「読めるよマオマオちゃん。天使はみんな読める。多分高級身分の竜人や古代知識の豊富なダークエルフなら頑張れば読めるんじゃないかな? まぁ、そんな話はさておいてだ」


 マオマオの問いに答えたシャルアは、書物を懐に仕舞うと困った顔をする。


「現時点で詳しくは話せないんだけど、アグラはその明晰すぎる頭脳で天使の里への行き方を暴いてしまったんだと思います。今はまだ到達していないけど、近いうちに辿り着いてしまう」

「目的は何だ?」

「恐らくですが、天使魔法を求めているのではないかと」

「天使のみが使える魔法か。だが、天使専用ならアグラは知っても使えないのでは?」

「それが今の彼に限ってはそうでもないんです。これも今は話せません。無事守り切って天使の里に辿り着いた暁にはご説明します」


 シャルアの口は堅い。

 本来は天使魔法の存在すらもあまり言いたくないのだろう。

 天使はかなり秘密主義な存在のようだ。

 逆に、それほどまでに秘密主義な天使がハジメたちを条件付きで招き入れるという理由も気になる。

 と、イスラとマオマオが呟く。


「世界を変える勇気と……」

「それに身命を賭す覚悟……」

「あの、お二方。その言葉はいったい?」

「マトフェイが言い残した言葉だ。世界を変える勇気があり、それに身命を賭す覚悟があるならまた会えると。迎えに来て欲しいとも言っていた」

「そう、ですか。マトフェイ……真なる愛に身を捧げたんですね」


 胸に手を当てて想いを馳せたシャルアは、頷いた。


「私に出来るのは里に入れることと、説明までです。それ以上はイスラさん、マトフェイちゃん、貴方たち次第です」


 二人はそれがシャルアなりの精一杯の助言であるのを感じ取ったのか、神妙に頷いた。

 しかし、ハジメにはもう一つ確認しなければならないことがある。


「天使の里は二つの脅威に晒されていると言っていたな。一つがアグラなら、もう一つはなんなのだ?」

「……実は、アグラをずっと追跡している四人組の集団がいるんです」

「何者だ?」

「里からの知らせでは、シャイナ王国の暗部部隊だと。全員転生者の可能性が高いとも」


 ハジメの脳裏をルシュリアの私兵部隊が過る。

 だが、ルシュリアがわざわざアグラ相手に兵を放つとも思えない。


(……むしろ、逆か? オロチは自らを殺しに来た【天衣無縫】のコムラをシャイナ王国か教会のどちらかからの刺客と推測していた。もしかすれば、元々シャイナ王国には転生者をかき集めた特殊部隊が存在したのではないだろうか。ルシュリアの私兵部隊はそれを参考に結成されたのかもしれん)


 ハジメの横道に逸れた思考をよそに、シャルアはむしろその四人の方が厄介だとばかりに苦虫を噛み潰したような顔をする。


「彼らの目的は不明ですが、少なくともアグラの捕縛の可能性が高く、里が目的ではないでしょう。ただ、里の場所がシャイナ王国に割れるのは……非常に良くないことです。彼らは全員逃さず戦闘不能にした上で記憶を改竄する必要があります。しかし転生者相手では如何に天使族と言えど勝算は未知数なのが現状です」

(【天衣無縫】のコムラがその中にいるとすれば厄介だな。俺ではかなりの持久戦になるだろう。そうでなくともそのレベルの能力の持ち主がいるとすれば、俺でも勝てるかどうかは分からない)


 この世界には数多の転生者が存在し、その殆どが強力な転生特典を持っている。

 対抗するには同じ転生特典か、パーソナルスキルのような強力な力が必要だ。

 ハジメは少し考えた末、一つの結論を出した。


「初見殺しが来る可能性も加味して二倍以上の精鋭を用意して叩き潰す。アグラとの戦いも加味して最低十人だ」

「あの先生、出来れば里の情報を知る人間は少なくて済む方が……」

「では口が堅い者と身内から選抜する。代わりに十五人は用意しなければならん」

「先生、容赦がなさすぎます!」

「この世界で人間を相手にするってのはそういうことだぞ、シャルア」


 結局、ハジメ自身の出鱈目な能力を知っているシャルアは「先生が言うなら、まぁ……」と渋々承諾した。


 そもそも、ハジメとしては以前のバランギア熾聖隊との戦いのような不利な戦いは不本意であり、相手が攻めてくると分かっているなら徹底的に潰すための用意をするのは当たり前だと思っている。


「ゼラニウムとの戦いでは俺の甘い判断のせいで追い詰められた」


 イスラとマオマオが「えっ」と引き攣る。

 あの怪物相手に戦って一撃も貰わなかった上に蹴りで敵をぶちぬいた男の発言とは思えなかったからだ。ハジメの表情はいつも通りだが、放つ気配からは熱の籠もった感情の揺らぎがあることにマオマオは気付く。


「あのとき、ダンとマルタがいればよほどの事がない限り問題ないと判断したが、結局はよほどの事が起きてマトフェイにしわ寄せがいった」

「でもあれはハジメさんが悪い訳じゃ……僕の弱さと見通しの甘さのせいです」

「そーですよ。マオマオやカルマさんまで呼び出して散々ゼラニウムの計画かき回したじゃないですか!」


 二人のフォローは嬉しいが、ハジメは首を横に振る。

 確かに予想外だったが、一度計算ミスをしたのに次の戦いでも同じミスを犯すことは正しくないし、何よりマトフェイとの再会がかかっているのだ。ここで読み間違いの可能性を看過するほどハジメは自分に甘くなれなかった。


 それは几帳面さなのか、長年冒険者として依頼を達成してきた責任感なのか、それとも物事を忘れない性質に依るのか――いずれにせよ、ハジメは仕事において自分の明確な失敗を放置して再度繰り返すことをしてこなかった。

 なので、今回もそうする。

 マトフェイが関わるなら償いを兼ねて更に念を押す。


「依頼を請けて人員を用意した俺には責任がある。今はライカゲも予定が空いているしアンジュもいる。二度目はない。どんな能力の誰が来ようが、必ず、確実に、全員叩き潰して完全に勝利する」

「「「ヒエッ」」」


 三人はまさかハジメがあの一件でマトフェイのことをそこまで悔いているとは思わず、実際に彼のせいだとも思っていなかった。

 シャルア、イスラ、マオマオが静かに熱を帯びたハジメの迫力に怯えてひそひそと会話する。


(おいイスラ、きみ先生にマトフェイのことで嫌味とか言った訳じゃないんだよね!?)

(言う筈ないでしょ! あのひと八面六臂の大活躍だったんですよ!? いなかったら100%詰みですよ!! 感謝しかないですよ!!)

(ハジメさん、もしかして自覚がないだけで実はもともとこういうときに燃える性格だったりして……自己評価が正常に寄ったことで表出化したのかも)

(ありえる……まぁ、なんにせよ)

(ええ)


 三人は頷き合い、祈りを捧げる。


(((襲撃者の皆様、ご愁傷様です……)))


 恐らく彼らを待っているのは、情けも容赦も慈悲も矜持も身も蓋もない純然たるクソゲーである。

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