断章-5(2/3)
身動きを封じられたモノアイマンの里長に対し、サンドラは見るからに腹の立つ嘲笑を浮かべて脅迫する。
「ほらほら村長ぁ~。このメジエドグラスのパカパカが完全に展開されると私撃っちゃいますよ~? なんの気なしに悪気なしに何かを撃っちゃいますよぉぉ~~~?」
「ヒィィィィィ!! はっ、話す! 話しますから!!」
よっぽどサンドラの暴発が怖いのか、里長はメジエドグラスが自動発射形態になるかならないかの間を繰り返してカシャカシャと動くたびにビクンビクン震えている。散々里に被害を出してきたサンドラの目からビームが里長の懐に齎した傷は思いのほか深刻なようだ。あとサンドラは最初渋ったくせに大分調子に乗っていて、あと数分放っておいたらビーム発射チキンレースに失敗して村に大穴を空けそうだったのでステイをかけておいた。
「その辺にしておきなさい。優しい心は忘れずにな」
「嘘つく人に優しくする必要性を感じませんけど?」
「そんなこと言う悪い子はいいこいいこしてあげません」
「はうぅッ!!」
初めて里長に対して完全優位に立って優越感に溺れかけていたサンドラにとってハジメの子供を叱るような低レベルな忠告は深く刺さったようだった。しょぼんと縮むように肩を落とすサンドラの頭を撫でると、里長は「珍獣使いかよ……」とゲテモノを見る目をしていた。
なぜだ。サンドラはちょっと人より残念で空気が読めなくてすぐ失敗して暴走リスクが高いだけの普通の女の子だ。
「さて村長。俺が端的に聞きたいのは……里の設備や装備の刷新を含めても、俺が村に寄付した金を使い切っていないのではないかという点だ」
「……いえいえ破損部分の修繕と設備増強と装備の刷新で合計額は結構なものになっていましてですねぇ」
里長が滝のような汗を流して目を逸らしながら口早に説明する。
しかし、この展開を予測していたジライヤがべらりと紙を突き出す。
里長が目を剥く。
「そ、それは……!」
「村の中の書類は処分出来ても商人に買い付けを行なった記録は誤魔化せないでゴザルなぁ」
そこには村が外注したもののリストがあり、中には里長の話と食い違うものが含まれていた。
「村の修繕は再建委員会がお金を出したので里からは1Gも支払っていない筈でゴザルよね? しかも補強された設備に関しては、アレ自分たちでやったでゴザろう? 買い付けたものの中に鉄板だの杭だの物見櫓の改築に使われているものが含まれているでゴザル」
更にジライヤの後ろからベアトリスが両手を越しに当てて呆れたように並ぶ。
「ハジメさんが貴方たちに募金と称して渡したお金は1億G。対してこの村で消費されたのは多く見積もってもその半分以下。里長さん、差額は一体どこに消えたのですか? 納得のゆくお答えをお聞きしたいですわ?」
里長は何かもごもごと言葉にならない言葉を呟いたが、やがて諦めたように己の野望を白状した。
「……この里に、道を作りたくて」
「道……?」
「まぁ、お金持ちの都会っ子には分かりゃしない悩みだよ」
里長は、不貞腐れた顔でとうとう己の野望を白状した。
――サンドラの故郷、モノアイマンの里は国の南西部の僻地に存在する。
代わり映えのしない景色が延々と続き、道と呼ぶには心許ない草があまり生えていないだけの踏み固められた地面を辿った先がここだ。地図には載っておらず、サンドラに案内されるまでハジメも一度たりとも足を運んだことはない。
「一応国から貰った転移台はあるさ。だが転移台はそこまで直接足を運んだことが一度はないと機能しない。こんな僻地まで好き好んでやってくる物好きなんて殆どいない。たまに物好きがモノアイマンを見にきて気味悪がって転移台に直行する程度だ」
「そんな、ひどい……」
ベアトリスが顔を顰めるが、彼女もこの里に来るためにジライヤにおぶられて何度か休憩を挟みながら「まだ着かないのですね……」と若干弱気になりながら辿り着いた程度には、ここまでの道筋は普通の人にはきつい。
都心やコモレビ村では当たり前のように整えられた平らな道があるし、物流の大動脈たる道は綺麗に整備されているシャイナ王国だが、だからといってどこにでも平らな道がある訳ではない。
平らではない道や道なき道を足を使って長時間移動するのは、大変だ。
アスファルトで覆われた土地の上に住んでいたハジメも、この世界で冒険者を始めた頃にそれを強く思い知った。
おまけにファンタジー作品ではそこかしこでパッカラパッカラ馬に引かれて走る馬車も、不整地ではとんでもない揺れ方をして小石ひとつ踏んだだけで荷馬車がはねて尻を強打することも珍しくない。
一応この世界にも衝撃を吸収するゴムタイヤは存在するのだが、ハジメの生きた世界に比べると機能は劣るし、そもそも吸収できる衝撃にも限度がある。結局、馬車は道が綺麗に整備された場所でなければ効率を発揮出来ないのだ。
歩くも苦、馬車も苦。
そんな場所に人は近寄りたがらない。
コモレビ村も少し前に直面した問題だ。
「うちの里だって、好きで貧乏やってんじゃあないんだよ? 道がまともじゃないから商人達から買うものは割高で、逆に売るものは安くされる。せめて途中まででもまともで綺麗な道があれば……」
恨み節のように情念を込める里長だが、サンドラは「はぁ?」みたいな顔をしていた。
「いや、仮に道が出来たからってこんな何の名物も特産品もない里に来たがる人いませんよ。私もあんま帰ってきたくないですもん」
「お前は本当に郷土愛のない奴だよ」
「私を愛してくれない里を愛さなきゃならない理由ってなんですか?」
「む、ムカつく……! 金づる連れてきたから我慢するけど!!」
(失礼vs無礼……)
(不毛でゴザル……)
(ゲコ……)
額に青筋をピキピキ立てる里長だが、サンドラのこれまでの人生を鑑みるに確かに郷土を好きになる理由がハジメ視点でもあんまりない。あと里長の発言が全面的にハジメに対して無礼である。もしかしたらサンドラがいつもより攻撃的なのはそこも関係しているのかもしれない。
ハジメはひとつため息をつき、里長を問い詰める。
「結局、消えた金の行方は道を作る為にこっそり蓄えていたというのが答えでいいんだな?」
「貰った金じゃないか!! ならこっちでどう使っても問題ないじゃないか!!」
「そこに文句はない。しかしカドラ家を介して金をせびったのは何なんだ? 道を作るための資金が思ったより高かったからにしても詐欺に近いぞ?」
「1000兆以上金があるなら何億Gかくらい端金だし村の娘を嫁にやってんだからそれくらい恩恵あっていいじゃないか!! 危険人物追い出せて一挙両得したっていいじゃないか!! あんたも割れ鍋に綴じ蓋って感じでそんな貧相な娘に興奮する変態なんだから満足の対価を里に落とせよ!!」
「ハジメさん、やっぱこの人ビームかましたほうが良いんじゃないですかね? 私いますぐ最大出力で消しくずになるまで発射できますけど?」
「一応まだダメだ。一応な」
「この里長、人の形をした恥の塊ですわね……さっき同情して損しましたわ」
公平を期そうとしていたベアトリスもとうとう匙をフルスウィングでぶん投げる程度に里長は最低の男だった。これにはハジメもクソデカため息を堪えるので精一杯である。
「だったら素直に道を作りたいから金を工面してくれと頼めば良いものを……」
「は? なんで?」
里長は心底理解出来ない顔で首を傾げる。
「用途はハッキリしない方が後で余ったとき好きに使えるし、そもそもあんたがわざわざ確認しに来たから問題になった訳で来なけりゃ問題はなかったんだぞ?」
人はそれを裏金という。
そして、ばれなければ犯罪じゃないのなら、ばれたら犯罪である。
この里長はその辺が理解できていないのか、そもそも人を騙すことで他人がどう思うのかを考えるという発想がないレベルで自分の事しか考えていないようだ。
ハジメに金を貰った立場でありながら露骨に迷惑そうな顔を隠そうともしなくなった里長はわざとらしくクソデカため息を吐き出した。ハジメはため息を堪えたのにこの態度である。
「はあぁぁぁぁ~~~~……ちっ。わざわざやってこなけりゃ「前回の分では足りなかったから」って追加で無限に金貰える筈だったのに、あんたのせいでややこしくなったんだぞ? どうせ金持ちだから何億か失っても痛くも痒くもないくせに。そうだよ、わし被害者じゃね?」
「ハジメ殿、この痴れ者を一年ほど預かってよいでゴザルか? 蛙仙の里に連れ帰って教育してやれば多少は人間に近づけるかと。なにせ今のこやつと蛙仙なら蛙仙の方がまともな人間に近いでゴザルから」
ジライヤの目が据わっている。
どうも彼の嫌いな部類の人間だったようだ。
ハジメも今まで見苦しい言い訳と自己正当化を繰り出す人間にはそれなりに会ってきたが、この村長は自分が悪であることに現実逃避抜きで欠片の自覚もないので純粋悪の疑惑がある。
「おかしいな。白状を開始した辺りはまだ村の未来を憂う感じがあった気がするのだが、いつの間にかクズな印象しか残っていない」
「存在が失礼だからでは?」
「存在が無礼だからでは?」
「存在が得手勝手だからでは?」
「ゲコゲコ」
フローレンスまで頷いているが、得手勝手とは言い得て妙だ。
満場一致でこの里長はギルティ決定である。
それはそれとして、ハジメは話を戻すことにした。
「……話を戻すが、つまり村長は村の交通の便を良くすることで里の流動性を高めたく、そのために金が必要だったということだな?」
「勿論! その計画を進める英気を養う為に遠方から金をかけていい肉といい酒といいツマミを毎日消費している! 自由に使える金ってサイコー!!」
「つつけば無限にクズが出るでゴザルなこの男……」
話を戻したのに戻した話の腰を自らへし折りにくる里長に付き合っているとキリがないので、ハジメはこれ以上は無視することにした。
「見た感じモノアイマンの里の建築レベルは高いとは言えない。道を綺麗に整備するだけの職人が不足しているように思える。かといって外注すればかなりの時間と金を浪費することになる」
この場合、里長が求める道とは街道と言っていい。
街道は馬車がすれ違えるほどの道幅が望ましく、里の外に作るものなので当然魔物の襲撃を警戒しながら作業しなければならない。近隣町村との距離を考えれば別の街道と合流するにはかなりの距離があり、高名な錬金術師がいれば早く済むかもしれないがそうした人物を雇うと一日単位でかなりの金が飛ぶ。石材なども確保しなければならないことを考えると、ちょっとした国の公共事業ぐらいの金が必要だろう。
勿論ハジメならその程度の金は出せるし人材も確保出来るが、しかし道とは使っていれば時には壊れるものだ。道が壊れたとき、里に修繕出来る者がいないと修理費は更にかかるし、修理までに時間もかかる。
「道を作るのは良いが、そのためには金を払うだけではなくモノアイマンたち自身も道造りに参加し、技術を研鑽した方が将来の発展に寄与できるだろう」
里長はハジメの話について行けず「はぁ……?」と首を傾げる。
「あの、話が見えないんですが……」
「モノアイマンの里とコモレビ村の間で友好都市協定を結び、その証として街道工事を共同で行なう。あんたは俺から受け取った金の余りを出資すればいい。あとはこちらが出す。元は全部俺のあげた金だから、実質タダで道路を作れる上に村の技術力も上がる。どうだ、悪い話ではないと思うが?」
ハジメの提案に真っ先に憤慨したのはサンドラだった。
「ちょっと、ハジメさん!! それじゃ里長が損しないじゃないですか!! もっと借金漬けにして巨大滑車の中を無意味に走らせ続ける刑とかに処しましょうよ!!」
「だがこんなのでも里の長だ。それに、道が出来ればモノアイマンの利益にも繋がる。彼一人のために他の全員を損させるのは正しいことではない」
「出たでゴザル、久々の正しい理論」
「でも立派なお考えですわ。尊ぶべきは民の生活です」
ジライヤは毒気が抜かれたように肩をすくめるが、ベアトリスは笑顔で頷く。
そんな彼女にジライヤは「これだから甘ちゃんなんでゴザル」とため息をつき、「お嫌いですか?」と逆に聞かれて照れ隠しに顔を逸らして「べ、べつに」と呟いていた。
「サンドラも、今は我慢してくれ」
「イヤです! この怒りは今晩デザート付きのご馳走を食べて一晩中ハジメさんが構ってくれないと治まりません!」
「じゃあそうしよう」
「なら一旦我慢しないでもないです」
ぷんぷん怒りつつも要望が通った瞬間ちょっと「よっしゃ!」と満足そうな表情を垣間見せるサンドラ。ちゃっかり自分の怒りを盾に見返りを要求してくる辺り、モノアイマンの願望に正直すぎ問題は根深い。
「三日後に再度里に来る。その際に快い返事を期待する。ジライヤ、解放してやってくれ。行こう、サンドラ」
彼女の肩に手を回すと、さっきまでの不機嫌が嘘のように自らハジメ側に肩を寄せる。しかし、里長への不満が完全に消えた訳ではないのか、珍しく機嫌は戻りきっていなかった。
「ハジメさんが散財大好きなのは知ってます。ハジメさんなりに里長にムカついてたのも知ってます。言ってることも分かります。でもあの里長は全部の指の爪と皮膚の隙間に何か鋭いものがブスブスって刺さるくらいの痛い目を見てもいいと思いますっ」
「聞いてるだけで痛そうだからやめなさい。罰についてはちゃんと考えてあるから」
「むぅ……」
サンドラは蛙の舌から解放されて床にべしゃっと落ちた里長をまだ恨めしげに見ていたが、やがて目を逸らすとハジメの手を抱きしめた。
以前は自罰的な感じで残酷なことを言っていたが、その残酷さが外に向くとこうも凶暴に見えるものかとハジメはちょっと引いた。
クオンの育て方にも注意を払ってきたが、サンドラの今後についてももう少し考えた方が良いのかもしれない。里長を脅すときちょっとデンジャーな門を開きかけていた気もするし。
後編へー続く。




