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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-5(1/3)

 モノアイマンの少女サンドラは、ハジメの妻の一人である。

 相変わらずどうしようもなくドジで空気が読めずに失敗しまくるサンドラだが、ハジメの妻になったという事実は彼女のどんな落ち込みもプラスに変える幸せだった。


 最近はキレられまくって落ち込んでも「でも帰ったらハジメさんに励まして貰えるなぁうぇへへ」と緩んだ顔を見せて尚のことキレさせたりしているが、ある意味の図々しさというか、精神的な無敵度は上昇してきている。周囲に降りかかるストレスがあんまり減っていないが。


 そんなサンドラが久々に言いにくそうにもじもじしながらハジメの下にやってきたと思うと安っぽい便せんをそっと差し出した。既に封は切られている。


「ハジメさん、その、この手紙が届いて、わたし自分の名前が書いてあるしお母さんたちから届いたからと思って読んで見て、読み終わってから気付いたというか……」


 要点を纏められずによく分からないことを言うサンドラだが、その手に握られた手紙に何か問題があったようだ。


「うん。何に気付いたんだ?」

「これハジメさんへのおねだりだなって」

「おねだり?」

「あの……うちの家族ではなくモノアイマンの里長がハジメさんに金を寄越せとストレートに催促しています」

「なんで?」


 脈絡がなさすぎて素で聞いたが、サンドラはおずおずと「お金が欲しいんじゃないですか?」と合ってはいるだろうがややずれた返事を返すのが精一杯のようだった。ただ単に金をくれと一方的に主張しているだけなのに催促する辺りに、あの里で感じ取った失礼の波動を感じる。


 ハジメはとりあえず内容を検める。


 曰く、大切な娘を嫁にやって結婚式まで開いたのにあれ以来何もないなぁ。

 曰く、大事な大事な村の若い娘を娶っておいて、不思議だなぁ何もないなぁ。

 曰く、大富豪がお金を持っているのはきっと社会に役立ったり富の不均衡に一石を投じるためな気がしてこないかなぁと聞いてみて欲しいなぁ、何かくれないかなぁ。

 曰く、これは里長に書けって言われただけで自分たちは悪くないけどおこぼれ貰えると嬉しいなぁ、何かほしいなぁ。


 ハジメは暫く内容と解釈に齟齬がある可能性がないか暫く考えた後、静かに手紙を畳んでサンドラを振り向く。


「確か、結婚式前後のいざこざでたんまり金を落とした筈だが。修理費を含めても過分すぎる程度には」

「モノアイマンの里、貧乏なんですぐ溶けたみたいなこと前に言ってました」

「本当かなぁ」


 カドラ家も里の人間も全体的に欲望に忠実なのでいらんことにお金を使うか着服しているのではないかという疑念が消えきらないハジメは、流石に少しだけ彼らを疑った。


 と、いうわけで。


「久々のおデー……もとい村のお仕事ですわ!」

「そもそもベアトリスは村人ではないでゴザルが……」

「ゲコ」


 ベアトリス・ローゼシア、特に呼ばれていないのに参戦。 

 すっかりお転婆お嬢様になってしまったベアトリスに呆れるジライヤは彼女に連れられて強制参加だ。ジライヤの頭上にはベアトリスの使い魔であるカエルのフローレンスが乗っている。


 丁度ジライヤとお忍びデートをしたかったからという完全に自分の為の参戦だが、彼女は普段恋人のジライヤと遠距離恋愛を強いられているのでたまにはっちゃけることがある。姉のアマリリスもここ最近妹には甘いのでハジメとしても断れず、今のベアトリスは如何にも女商人です! という格好をしている。


 あれでヒヒにこっそり師事しており、世間では謎の冒険商人エル(ベアトリスが使っている偽名)として一部で噂になっているようだ。さしずめジライヤはその護衛で、いつもの忍者装備ではなく標準的な系装備近接冒険者の格好だ。


 そんな二人のデートを邪魔する気のないハジメはサンドラを連れて普通に里の村長に聞き込みをしていた。

 会うなり笑顔で何かを置けとばかりに両手を差し出した里長にジャブ感覚で300万Gの札束を置いて敷居を下げたハジメは率直に聞く。


「それほどお金に困っているのですか?」

「それはもう! 魔王軍は去ったとは言え以前の襲撃で武器や設備の不足が顕在化しまして、折角なので最新の設備に貰った金を全部ぶっ込んだら一気になくなりました! 不思議ですね!!」

「ほんとですねぇ。お金ってどうしてすぐなくなっちゃうんでしょう……」


 本気かジョークか判断に困る里長と、天然クラッシャーで弁償代に金が飛ぶサンドラで会話が噛み合っているように見えて一生噛み合っていない。


 閑話休題。


「請求書や見積もりなど書類となるものが一切残っていないことが判明した」


 近隣の町村を含めて情報収集を終えた皆を集めての会議で、ハジメは話を切り出した。


「里の気質なのか長の気質なのか相手が悪徳なのか、見事に一枚もない。故に口頭以外で実際に幾ら金が動いたのか全く分からん」


 ハジメの言わんとすることを一番に察したのは、領地運営経験のあるベアトリスだった。


「それは……困りましたね。記録が残ってないのでは事実確認があやふやになり何も証明できません。適正価格であったか否かは勿論、後で問題が発覚した際に責任の追及も出来ませんわ」

「サンドラ殿、里長殿が隠し事をしていたり故意に記録を破棄した可能性はないのでゴザルか?」


 ジライヤの問いに、ハジメの腕に抱きついてふにゃふにゃ笑っていたサンドラがはっと姿勢を正す。今正しても話に気が入っていなかったのがバレバレで、ハジメが質問内容を再度囁くとあたふた返答した。

 幸いベアトリスは気にしていなかった……というか彼女は今回の仕事をダブルデートみたいに思っている節があるので生暖かい目で見ていた。


「えと、えと……モノアイマンの里は識字率あんまし高くないし半分くらい自給自足の生活してるんで、みんなそもそも契約書が大事なものだって感覚あんまりないんじゃないかな~……なんて。私も里を出たあとパンを食べるための包み紙にギルドの書類使って食べかすまみれにして職員さんに烈火の如く怒られて初めて大事なものなんだって知りました」

(逆によくそんなことに使ったな……)


 というか、今の話が本当なら恐ろしい事にばっちり文字の読み書きが出来ているカドラ家は里の中では知識人寄りらしい。知識人寄りの家であれなので総合レベルは期待できそうにない。

 ジライヤが話に加わるために挙手する。


「里の近隣の町村を回ったんでゴザルが、どこもモノアイマンの里とはあまり繋がりがなく、物々交換レベルのやりとりが多かったでゴザル。程度の差はあれモノアイマン差別も見受けられてるでゴザルし、外界から孤立している里では価値観や常識の隔たりが大きくなるのはやむを得ないかと」

「モノアイマンの里の中ではうちは小さくて貧乏な方ですしね~……」


 サンドラ曰く、モノアイマンの里は国内外に複数あり、里同士は薄くではあるが繋がっているという。ただし、やりとりの頻度は月一程度なので緊急の事態が起きてもすぐにフォローしてくれる訳ではないようだ。


「そういう意味ではお金で動いてくれる人に頼むというのは現実的だと思いますけど……里長が騙されるか騙されないかで言えば騙される方じゃないですかね。今だけなんとこのお値段! とか言われると私も弱いですぅ」

「よくよく聞いたら他店の定価と変わらないなんて意外とあるからな。こないだサンドラがすごくお得だったと言って買ってきたエリクシールとか」

「ひぃぃぃん言わないでぇぇぇ~~~!! ハジメさんから分けて貰えばそもそも買う必要なかったじゃんって後で気付いてベニザクラさんに残念なものを見るような目で見られて大木の頂点から投身したくなったんですからぁぁぁ~~~!!」

「よしよし、サンドラはそのままでいいんだぞ」


 泣く子をあやすように抱きしめてあげるとサンドラはすぐ泣き止むとハジメの身体に両手を絡めて甘え出す。

 もういっそ抱いて欲しくて泣いてるんじゃないかと思う時があるが、ハジメは別に苦には思わないので構わない。ベアトリスはそんな甘ったれ生物を暫く見ると、ジライヤをぎゅっと抱きしめ始めた。なんか羨ましかったらしい。


「さて、契約書がないなら実際に金銭のやりとりをした人間を探して情報を引き出すしかないが……ジライヤ、もう目星はついているか?」

「勿論、すぐに判明したでゴザル」


 抱きしめられたままの姿勢だが流石は情報収集能力トップクラスのジライヤというべきか、大量に放った召喚カエルたちによって相手は特定されていた。


「……というか、我々も何度か見たことがある方々でゴザル」

「俺が?」


 ジライヤから差し出された大工集団の顔ぶれを見て、ハジメは確かに見覚えがあったが上手く思い出せなかった。ということは、それほど深い繋がりはない。しかし見覚えがあるのであればどこかで接点がある筈だ。


 が――。


(知り合いが……知り合いが多くて絞り込めない……!!)


 冒険者として他国の辺境に至るまで駆け回ったハジメに関わりのある人間は多い。仕事上のうっすい付き合いがある人は殊更多い。


 ぶっちゃけハジメも全員覚えている自信はまったくないので久しぶりに会った人の名前が咄嗟に出てこないときはホームレス賢者直伝の「名前を聞く→いや聞きたかったのは姓(場合によっては名前やフルネーム)の方だ」で誤魔化し保険をかけるというなるべく相手を傷つけない誤魔化し方法を実践しているくらいだ。


 ベアトリスは資料を見て「まぁ」と完全に見覚えのあるリアクション。

 サンドラも「あぁ……」と関心は薄いが見たこと自体はあるようだ。

 ジライヤは既にハジメが思い出せていないことに薄々気付いているのか「これ教えた方がいいのかな……?」とそわそわし始めている。


(まずい……無駄に人生に負荷をかけすぎてきたせいで記憶力が落ちているのかもしれん! 年齢を重ねるごとにあれとかそれとか曖昧な言葉が増えてくるとは言うが、まさか三〇代でも起きるのか!? いかんぞ、締まれ頭のネジ!!)


 ハジメ、珍しく自分の頭を自分で心配する。

 すわ記憶力の低下かと内心焦ったハジメだったが、幸いにしてベアトリスとサンドラが知っている人間で体格ががっしりしているという条件から再度絞り込んだことによって自力で答えに辿り着く。


「そうだ、彼らは……ショージに師事しているむくつけき大工たちでは?」


 やっと辿り着いた答えは、嘗てシュベルの避難民騒動でショージの鮮やかなテント建築を聞きつけ彼に教えを乞うために最後は村にまで押し寄せたあの男達だった。


「まさにそうでゴザル。あの汗臭くて村の工事も手伝ってくれる筋肉集団が、どうやらここで仕事をしたようなのでゴザル」

「お姉様も時折面倒を見ていらっしゃいますし差し入れもするので覚えておりますわ!」

「風上に立つと男臭さが風に乗ってきて臭いから嫌いなんですよね……」

「さ、サンドラさん。それはあんまりな言い方では……?」

「え? 臭いですよね? ベアトリスさんはよくあんな臭いのに近づけますよね。尊敬します!」


 悪気0%でベアトリスを讃えるサンドラだが、ベアトリスは余りにも歯に衣着せなすぎる彼女の物言いに口元が若干引き攣っている。この子があのとき避難所にいなくて良かったと内心思っていそうであるし、その考えは大正解である。


(慈悲のベアトリス殿と……)

(失礼のサンドラ、だな)


 言いたいことは分かるが彼らは不潔という訳ではなく、作業後に多少汗臭いのは人として仕方のないことだ。それに彼らはその汗臭さのまま食堂などの施設を利用している訳ではなく、外で固まって食事したり仕事終わりにシャワーを浴びて周囲に迷惑を掛けないよう心掛けていた筈だ。

 それすら一切考慮する気配なく堂々と彼らを汚物のように扱うサンドラはもう失礼を通り越して非礼と言ってもいいかもしれない。


 サンドラは大真面目なのかもしれないが、彼女は自分が傷つける側になる可能性になることもそろそろ真剣に考えた方が良い。


 むくつけき大工集団の長、ドワーフのドンガガスと話が出来ないかと思ったハジメは携帯端末を使って色々行い、なんとかリモートテレビ通話に漕ぎ着けた。まさか異世界くんだりに来て人生初のリモート通話をすることになるとはハジメもびっくりだ。ショージが頑張って送受信装置を作ったおかげらしい。


「ということなのだが」

『おん? あぁ、確かにそんな仕事はしたなぁ』


 野太い上腕二頭筋で腕を持ち上げて顎をさするドドンガスは、幸いにして記憶力も良好だった。


『なんでも最寄りの大工だのがモノアイマンの里に近寄りたがらねぇってなことらしくてよぉ。俺らァモノアイマンとは顔合わせても平気なもんで、頼まれたんだよ』


 彼らは元々シャイナ王国南方のシュベル近辺の出身だが、あの辺りはヒューマン以外の種族の里や村が結構あるらしいのでそのせいだろう。


「頼まれたというのは、一体誰に?」

『知らん。お前さんは馴染ないだろうが、全国の大工集団は再建委員会ってぇ国の作った組織への所属が義務づけられててよぉ。まぁ、魔王軍との戦いが起ると国中しっちゃかめっちゃかになるからそれを効率的に修繕するための組織さね。そいつらが手の届かない地域に大工派遣したり暇な大工に仕事仲介したり色々回してくれてんのよ』

「なるほど。冒険者にとってのギルドのようなものか」

『応さ。壊れた箇所はきっちり修繕したぜ』


 ドドンガスは頷くと、肩をすくめる。


『俺らぁ再建委員会にやってくれって頼まれて壊れた場所を修理しただけだから、委員会とのやりとりはよう知らん。受け取った仕事賃は見た感じ適正だった。ただ、あそこはへんぴな場所で資材運び込むのに手間ぁかかったから多少割高でもおかしかないと思うぜ』

「参考になる。最後に確認なのだが、頼まれたのは修繕だけということで間違いないな?」

『大工の誇りにかけて嘘は言わねぇ』

「ありがとう、ドドンガス。参考になったよ」

『気にしなさんな! ショージの親方はアンタに色々恩があるんだろ? なら俺にとっても恩人みてぇなもんさ!』


 気持ちの良い笑顔で親指を立てるドドンガスに別れの手を振り、情報を精査する。


「再建委員会か。名前くらいは知っているが実態は俺にも分からんな。誰か知ってるか?」


 ベアトリスが手を挙げる。


「再建委員会というだけあって破壊された家屋等の再建を取り仕切っています。魔王軍被害に見舞われた民の為の国からのサービスと言っていいと思います。だから、なんというか……妙なんですよね」

「支払いの件、だな?」

「はい。再建委員会の仕事であれば国庫から支払われるので現地の民が支払う必要は無い筈なのです。それに、ドドンガスさんが修繕しかしていないと断言していたのも引っかかります」

「え……っと。それじゃあ、その」


 サンドラがおずおずと里の四隅にある物見櫓を指さす。


「他に里に出入りした人がいないんなら、あれは誰がやったんですかね……?」


 そこには、ハジメとサンドラが以前に見た時より明らかに立派で防衛用のカタパルトのような設備まで付け足された厳めしい物見櫓があった。

 基礎部分には当時の櫓の面影があるのだが、明らかに増築されており、望遠鏡など真新しい品も光っている。よく見れば見張りの武装も一回り立派になっていた。


 やや気になる点としては、機能はしっかりしているが見た目に雑な点だ。

 魔王軍との戦いでは陣地作成が急ごしらえであんな感じになっているのをハジメは見たことがあるが、ちゃんと職人に頼んで作ったにしては美観を損ねていた。

 

「俺たちはもしかしたら勘違いをしていたのかもしれない」

「再建委員会の仕事はハジメ殿から貰ったお金の注ぎ込み先ではなかった……ということでゴザルか?」

「うん。もう少し里長をつついてみよう。彼には何か俺たちに言い忘れたことがあるかもしれない」


 十数分後、そこには両手両足をジライヤの召喚したカエルの舌に縛られて目の前でサンドラにメジエドグラスをパカパカされ恐れ戦く里長の姿があった。

中編へー続く。

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