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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-4

 勇者レンヤは勇者だが、勇者システムは連綿と続いてきたため世界には以前の魔王との戦いを生き抜いた元勇者達というのも存在する。当然、その勇者と共に戦い抜いた伝説級の冒険者もそうだ。


 エーディル聖孤児院院長のアリア・エーディルも、嘗ては勇者と共に世界を駆け回った女性の一人だ。


 既に年齢は50歳を過ぎ、顔にも皺が増えてきたが、誰もがアリアのことを美しいと言う。そのような年の取り方をしている女性だ。そんな彼女は今日、嘗て一時期面倒を見ていた子供がいるコモレビ村に足を運んでいた。


 実は、コモレビ村では諸事情あって立派な聖堂があるのに現在は聖職者が不在であり、教会関係社であるアリアは週に一度代理として説法や告解を務めている。今は既に教会での用事は終わり、もう一つの用事に勤しんでいる。


 この間だけ、孤児院はヨモギというシスターに任せている。

 ヨモギのことは最近偶然にも町で出会い、余りにも覇気がないので相談に乗っているうちに孤児院の子供達に気に入られ、本人の了承も得て臨時雇い扱いで個人の運営を手伝って貰っている。


 閑話休題。

 そんな彼女と繋がりのある村の人物は二人。

 ハジメ、そしてラシュヴァイナだ。

 そのうちラシュヴァイナからのお願い――戦闘訓練に彼女は付き合っていた。


「ガウウッ!!」


 狼のような咆哮と共に大剣片手に訓練場を疾駆するラシュヴァイナがアリアに迫る。

 アリアはそれを愛用の聖剣サンタルチアを両手で構えながら静かに見据える。


 猛獣のように荒々しく、さりとて無駄のない動きで疾走するラシュヴァイナは身体の僅かな動きでフェイントを仕掛けた瞬間、一気にアリアに肉薄した。


 アリアは口元に小さな微笑みを絶やさず、さりげなく、淑女のように優雅に、ラシュヴァイナの大剣を横に弾いた。


 並のモンスターでは抵抗する間もなく絶命する一撃を容易に防がれたラシュヴァイナは驚愕に目を見開く。


「なんと!?」

「貴方は視線が正直すぎます。それでは不意打ちにはなりませんよ?」


 仮にも嘗て奴隷剣士として【千練の猛将】の異名を持ち、奴隷から解放された後もバランギア熾聖隊のような強敵との戦闘を経て成長し続けるラシュヴァイナはかなり強くなったつもりでいた。

 それでもなお、この壁はあまりに高い。


(尻尾の先までびりびりする剣気! ハジメやライカゲを相手にするときの感覚に似てる……! 院長先生はやっぱりごい!!)


 ラシュヴァイナはしかし剣を敢えて手放すと鋭い爪と足で連撃を放つ。


「トリプルバイト! 颯蹴撃! 的殺連掌ッ!!」


 筋力と瞬発力に優れた格闘戦はラシュヴァイナの十八番だ。

 大型の魔物さえ当たれば悶絶する猛襲がアリアを襲う。


 狼人ウェアウォルフ犬人リカントの上位亜種と言われる所以の一つに、犬人にはないある特徴が有る。 

 それが、武器がなくとも牙系の名前を持つ武器スキルを手足で発生させられるというものだ。


 トリプルバイトは本来拳から派生する鉤爪装備時のスキルだが、彼女はそれを装備の切り替えなしで放つことができる。彼女は村に来てからその特性を伸ばし、大剣からノータイムで近接戦闘に切り替える術を会得した。


「武器に固執せず勝利を狙うとは、バトルメイクも上達しましたね」

「……ッ!!」


 このまま押し込もうとしたラシュヴァイナだったが、ある一点まで距離が近づいた瞬間に急に身を引きながら短剣を投擲し、距離を取る。


 アリアは短剣を目にも留まらぬ速度でラシュヴァイナ目がけて弾き返す。剣の極致に至った者が習得する果てのジョブスキルの一つ、弾き返しだ。

 ラシュヴァイナは動体視力に物を言わせて空中でナイフをキャッチすると同時に先ほど捨てた大剣を構え直した。

 息一つ乱さないアリアに対し、ラシュヴァイナは冷汗を垂らす。


「……危ない。あと一歩踏み込めば斬られた」

「よくぞ見抜きました。勘の良さは相変わらず天性のものですね。ですが、そこも安心出来る距離ではありません」

「なにっ!?」


 アリアの愛剣――世界に数多ある聖剣と呼ばれる剣のうちの一振りにして、万魔を屠り散らしてきたサンタルチアの刃がが光る。

 

「アポストロ」


 弧を描いて振られた剣から光属性の無数の斬撃が一斉に空を切ってラシュヴァイナに迫るのは、その言葉とほぼ同時だった。


 アポストロは聖騎士などの聖職を経なければ覚えることが出来ないソニックブレードの上位派生に当たる厄介極まりないスキルで、十二連撃が一瞬で放たれる上に発生時の光で目が眩みやすい。

 ただでさえ軌道を読みづらいのに、十二の斬撃はある程度のホーミング性があり、敢えて斬撃の連続発生タイミングや発射角度、速度をずらすことで複数の角度から時間差でバラバラに斬撃を飛ばすことが出来る。


 ただし、高度な操作ほど使い手の力量に依存するため、実際に一瞬でそこまで出来る人間は少ない。


 つまり、アリア・エーディルという女性はそれらを一瞬で判断し実行出来る実力の持ち主だということだ。


「ぬあああッ!! グランハウリングッッ!!」


 アリアの一手に対してラシュヴァイナが選んだのは、十二の斬撃全てを呑み込むオーラの獅子による咆哮だった。

 一見して大技を放つのは迂闊にも思えるが、グランハウリングで放たれる獅子型の破壊オーラはかなり大きいため目眩ましにもなり、速度こそやや遅いが破壊力は抜群なため一種の壁として扱うことが出来る。


 これでアリアの視界を遮って態勢を立て直せる。

 一瞬でその洗濯を選んだラシュヴァイナが戦いでは頭の回転が速いということが伝わる一手だ。

 ただ一つ、ここで彼女に間違いがあるとすれば――。


「――ヘヴントラッカー」



 アリアが、その程度のオーラを一撃で両断した上で反撃に転じられるほどの剣士であったことだろう。


「グランハウリングを突き抜けて――!?」


 僅か一瞬、たった一歩の踏み込みと共に放たれた唐竹割りによって、ラシュヴァイナの放った獅子のオーラは両断され、その刃は彼女の首筋に優しく添えられていた。

 遅れて、大気を両断する風圧が突き抜けて訓練場奥の木々を強かに揺さぶったり。


 ラシュヴァイナは暫く悔しそうに目をつむって歯を食いしばったが、やがて大剣を落とす。


「降参、だ……」


 アリアはその一言を聞いて剣を収め、姿勢を正す。

 ラシュヴァイナも慌てて姿勢を正した。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 勝負の後は礼儀正しく。

 これは、ラシュヴァイナがアリアに最初に教えられたことの一つだ。


「強い。強いなぁ院長先生。小生これでもかなり強くなった筈であったが……」

「とっても成長していましたよ。ヘブントラッカーなんて大技を放ったのは久しぶりです」

「本当か!」


 アリアに褒められてぱぁっと表情が明るくなるラシュヴァイナの頭をアリアは慈しむように撫でた。人なつこい犬のように尻尾を振り回しており、相変わらず大きな子供みたいに素直な子だと愛おしくなる。


 ラシュヴァイナとアリアが出会ったのは、嘗て少しだけ面倒を見ていたハジメが「社会性と常識を少しで良いから教えてあげて欲しい」と彼女を孤児院で預かってくれるよう頼んできたのがきっかけだった。


 当時、冒険者としての能力がありながらも余りに常識のない彼女の扱いに手を焼いた彼が頼みに来た時も、アリアは正直嬉しかった。まさかハジメが人の育成で自分を頼りに来るほど真人間に近づいているとは思わなかったからだ。


 アリアにとってハジメは導いてやりたかったが心を開けなかった数少ない子供の一人だ。旧友のセンゾーの方が人間的な相性が良かったため彼女が面倒を見ることは叶わなかったが、自分自身を頑なに信じなかったあの子供が成長して他人の人生に責任を持つ立場を任されていたのは胸にじんとくるものがあった。


 そんな訳で快く受け入れを了承した問題児こそ、ラシュヴァイナである。


「本当によく成長したものです。お菓子の時間は子供たちのお菓子を独り占めしようとし、お掃除を任せれば部屋の家財を全て外に捨てようとし、お風呂ではシャンプーが目に染みてイヤだと暴れていた頃が懐かしいです」

「小生、それは言わないで欲しいぞ!」


 かぁっと顔が赤くなるラシュヴァイナだが、こういう恥じらいも彼女は持っていなかった。


 何を教えても「強い者の勝手だ」の一点張りで問題を起こし、アリアが訓練で上下関係を叩き込んでやっと協調姿勢を見せたと思えば生活力は皆無。アリアに怒られ子供達に笑われることで、やっと彼女は常識がないと恥をかくと学習したくらいだ。それまでどれほど悲惨な生活を送っていたのかが手に取るように分かった。

 だから、アリアは欠けた人間性を埋める為に精一杯の愛を注いだ。


「……それにしてもラシュヴァイナ、少し見ない間に女の子らしさが増しましたね。髪飾りなんかもして」

「これは貰い物だが、立派な装備なんだぞ」

「そうでしょうが、似合っていますよ」


 胸を張るラシュヴァイナの片側だけ三つ編みのアッシュブロンドの髪は、三つ編みの先端に以前はなかった赤い髪留めが揺れている。

 赤と銀のコントラストは彼女によく似合っていた。


 アリアはラシュヴァイナの頬をそっと触る。

 出会ったばかりの頃はもう少し細かった気がする彼女の頬はぷにぷにになっただけでなく肌つやも随分と良い。太ったとかではなく、女性らしい魅力が増している。


「うん。今のラシュヴァイナはいい生活を送っているようですね。誰か好きな人でも出来たのかしら」

「好きな人か? みんな好きだぞ! 家をくれたフェオは好きだし、訓練にいつも付き合ってくれるベニザクラも好きだ! 武器の整備をしてくれるトリプルブイも、見たこともない戦い方をするハジメも好きだ!」

「あらあら」


 子供らしい「好き」ばかりでアリアの聞きたいものとは違うが、それでも彼女が不自由なく暮らしていることがよく伝わってくる。


「そうだ院長先生、ごはんを食べよう! ハマオのごはんはおいしいぞ! 頼めば孤児院の子供達の分もベントーというのを作ってくれるぞ!」

「ハマオさん? さっき名前は出てなかったけど、その人は好きじゃないの?」

「ん?」


 ラシュヴァイナはきょとんとした顔をする。


「ハマオは【大好き】だから、好きとは違うぞ?」


 一瞬の静寂。


「……あら。あらあらあらあら」

「院長先生、何故にニヤついているのだ?」

「何でもないのよ? もしかしてその髪飾りもハマオさんが?」

「このデザインが似合うってハマオが言うからこれに……」

「先生、ハマオさんに俄然興味が湧いてきちゃったな!」

「?」


 果たしてその「大好き」は彼女の中ではどんな感情なのか、アリアには分からない。しかし、力だけが全てだと言わんばかりだった彼女が他を差し置いて「大好き」と表現する人がいるのならば、それはきっと、とっても素敵なことだ。


 ……なおその後、アリアはハマオのラシュヴァイナの食事をによによ見つめている様子を見て「もしかして餌付けしたペットだと思われてる?」と若干の不安を覚え、もう少しラシュヴァイナに女の子らしいことを教えるべきだと決意するのであった。


 この後、アリアはウルとアマリリスと結託して二人の仲を近づける計画を建てたり、そのために接近したハマオの料理教室で当初の目的を忘れかけたりと色々起きることになる。

 どうやら、何歳になっても恋バナは尊いもののようだ。

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