断章-3
転生者ブンゴは冒険者としては上澄みの存在だ。
その半分くらいは鑑定能力によるものだが、もう半分は本当の努力だ。
だからモテなくともたまにキモくとも周囲から一定の信頼はある。
しかし、いつの時代も過ぎた力は災いを呼ぶ。
或いは、出る杭は打たれるというべきだろうか。
「鑑定業務干された……」
「それは……お気の毒様です」
バーのマスター、ロドリコは珍しく凹む彼にサービスの一杯を奢った。
「俺の方が鑑定が速くて正確だからガンガン仕事来てたんだけど、ん~……やっぱ正直なのって社会では通用しねえんだな」
「分かります。私もそうでしたから」
「え、マジかよ初耳だぜマスター」
「そもそもアマリリスお嬢様の家臣は大抵がそうですよ。私の場合はそうですね……前にお仕えしていた家の主のご子息がかなり良くない方でして。それを諫めたらその日のうちにお暇を受けて路頭に迷いました」
たとえ子供であっても貴族に目をつけられては生きてはいけない……とまでは言わないが、やはりこの世界の貴族の影響力は侮れないものがある。
「作品だとさぁ、クビになったから心機一転別の仕事を頑張るぞい! とか簡単に言うけど、ずっとそこで生活してたってことは生活基盤がそこにあるってことで、いきなり基盤をひっくり返されて平気な人ってあんまいないよなぁ」
「さようですね。私は既に家を出ていたのでまだマシですが、家族もろとも被害を被る場合もありますし」
「封建社会ってよくないな。民主主義が良い」
「はは、お嬢様も偶におっしゃっています。ですが体制批判は外では控えた方がいいですよ? ドメルニ帝国では帝国の体制に異を唱える集団が急成長しているなんて話もあります。今は特にデリケートな問題です」
革命という言葉を口で転がしてみるが、ブンゴは別に革命してまで国を変えたいとは思わない。コモレビ村の認定騒動ではむかっ腹が立ったが、ブンゴは特に不自由なく暮らせているからだ。
「ところでブンゴさん、干された主因はなんなんでしょうか?」
「まぁ単純に鑑定職連中による仕事奪われたことの腹いせだな」
鑑定スキルは豊富な知識が必要になるため簡単に伸ばせるスキルではなく、鑑定士はそれだけで専門職としての価値を認められる。もちろん鑑定スキルによっては熟練度不足による誤鑑定やレベル不足による鑑定不能といった事態も起きるが、ブンゴは転生チートのおかげでそんなことは全くない。
ないが故に、目をつけられた。
「まぁそうだよなぁ。俺ならミスがないと思ったら誰だって俺に頼みたい。俺だって頼みたい。しかも俺まだ冒険者になって浅いから依頼料あんま高くないんだよ。同じ値段で結果に差が出るなら良い方選ぶよなぁ」
「他の方々の努力不足だとは考えないのですか?」
「他の奴らが努力したところで俺に勝てんの~? 俺はね、このグラスに今まで注がれた酒と飲んだ人間まで見通せるんだぜ? ちなみにこのグラスの使用履歴は全部俺。どう?」
「正解です。デザインは他のものと同じですが、なにせお客様が少ないものでいつも決まったグラスを出しているうちに、いつの間にか各お客様専用グラスと化しています」
「いっそVIPはマジで専用グラス作ったらどうかな?」
「それも面白いですね」
ロドリコは執事が本業だけあって気配りや話を合わせるのが上手で、ブンゴは彼ほどバーのマスターに相応しい人はこの町にいないと思う。アマリリスとの付き合いが長いせいか転生者にしか伝わらないワードも知っていたりする。
「干された原因、実は他にもあってさ」
「ほう。気になりますね」
聞いて欲しいのをすぐに察して積極的に尋ねてくる彼の話術に乗り、ブンゴはもう一つの納得いかない理由を曝け出す。
「鑑定士はさ。場合によっては依頼主の望んだ鑑定結果を出すヤツがいるんだよ。空気を読んで敢えてみたいなのもあるけど殆どは悪徳なんだ。冒険者の遺品回収とかで関係ないブツしか見つからなくて困ったときに、鑑定士と結託して偽の鑑定結果を偽装したり」
「悪質極まりないですね。遺族の方々に対して余りにも不義理です」
「まぁな~。でも、なぁんにも見つからず仕舞いよりは遺族の気が紛れるからってことで悪意がなくてもやっちゃうことがあるみたいなのよね。ま、一度やっちまうと段々悪の道に逸れていく訳だけど」
「ふぅむ……なまじ見つからないが故に未練を断ち切れない。それを断ってあげるというのも確かに一種の救いなのかもしれませんが……」
「連中は言うんだ。俺たちは依頼者の心情を汲んだ仕事をして、その結果金を受け取ってるから問題ないんだって」
その理論は詐欺と紙一重だ。
だが実際に救われる人はいる。
その救いとやらが他人からすれば何の救いにもなっていなくてもだ。
「心の病に罹った人は特にだけど、事実でも真実でもなく自分に寄り添ったものだけ欲しがったりして、嘘を暴いても俺が嘘つき呼ばわりよ。中にはひでぇやつもいてさ……例えば――」
ブンゴが話した内容の中には胸くその悪くなる話も少なくなく、鑑定士の世界が思った以上にドロドロしているのだなとロドリコは神妙に頷いた。
「~という訳で、鑑定結果じゃなくて依頼人に寄り添ってないってことを主軸に嘘とも言い切れない噂を流されちゃって、ギルドに仕事回されなくなっちゃった」
「――何やら気になる話をしてるな」
ブンゴは後ろからかかった声に振り返る。
そこにはハジメがいた。
「おっ、ハジメがここに来るの珍しいな。普段は町の酒場だろ?」
「結婚してから俺の扱いが雑になってきてな。たまにはちょっと落ち着きたかっただけだ」
そう言って隣の席に座ったハジメは、キープしていた馬鹿高いボトルから注がれた酒をロックで受け取る。一杯で数十万G持って行かれる品だ。この男、相変わらず金銭感覚が狂っている。
「それで、ギルドから干されているって?」
「んー、まぁ鑑定だけなー。別に鑑定の仕事以外は普通なんで困っちゃいないんだけど、詐欺鑑定士共に追い出されたと思うと微妙に納得もいきづらくてな」
ブンゴは、空気は読んでいないかもしれないが間違ったことはしていないのだ。
なので、普通に詐欺をやってる連中に貶められて干されるのは納得がいかない。
法律や道徳で考えればブンゴが正しい筈なのに、悪意の方を社会が優遇しているようで気に入らないのだ。
ずっと話を聞いていた訳ではないハジメだが、愚痴の一部からおおよその事情を察したのか鑑定問題に斬り込む。
「鑑定士連中の不正は客が騙されていると気付かない限りは問題になりづらい。実際に不都合が起きていないケースも、鑑定士同士で暗黙のルールを作っているクローズドな側面もある。ギルドとしても苦しい所だろう」
この世界の武器は多くが武具図鑑に載っているが、個人が残した業物やカースドアイテム化したもの、聖遺物級など鑑定しなければ詳細の分からないものは多い。
他にも判別が難しいレア素材、時代の遺物や解読困難な碑文の解明、美術品、来歴の分からなくなった品、等々、鑑定士の仕事は膨大である。それら一つ一つにライアーファインドのような貴重なアイテムを導入して鑑定士の仕事の正確性を確認するのは現実的ではない。
ロドリコがハジメに意見を求めた。
「冒険者歴の長いハジメ様であればどうされますか?」
「要望を出して依頼受諾価格を吊り上げるしかないな。低価格帯との棲み分けだ」
「棲み分けぇ? 逃げじゃね?」
彼らの土俵から撤退するのでは負けたのと同じではないかとブンゴは訝しんだが、ハジメは「勝ち負けじゃない、市場の原理だ」と説明した。
「美味しい食べ物は高い。高性能な武器は高い。同じように、高度な鑑定の分だけ値段を吊り上げればいい。鑑定に物を持ち込む人間の中には絶対に鑑定を失敗したくない類の人間もいる。同じ値段なのに出てくるヤツの腕前がピンキリだと困るだろ?」
「でもぉ、高いと人来ないじゃん。金持ち目当てで商売してるみたいだし」
お金は欲しいブンゴだが、これは金で済む問題ではない。
ハジメの提案には承服しかねた。
だが、そんなブンゴをハジメは諭す。
「いいかブンゴ。労働にはそれに見合った対価が必要だ。その労働というのは苦労したかどうかではなく、どれだけ重要なことをしたかに着目しなければならない。正確さと信頼で戦うなら、安さで競争するのは間違いだ」
「わかんねーからもう少し馬鹿でも分かる言い方してくれぇ。酒回っててさぁ」
「都心の駅近タワマンに月二万円の家賃で暮らしたいって言ってる奴がいたらどう思う?」
「都会の賃料ナメてんのかボケ」
「お前がその駅近タワマンの部屋だ。他より高くて当たり前だ」
「……おお!!」
(それで納得するんですね……まぁ、高く評価していらっしゃるので悪い事ではありませんが)
いまいち彼の理解のラインが分からない。
あと、さっきからハジメに高い酒をこっそり奢られて判断力が低下しているのではないかと疑うロドリコだった。
――翌日、ブンゴは朝一番にギルドで交渉して鑑定料をギルド一高い値段に引き上げて貰った。
すると早速客がきた。ギルド一の冒険者が。
「誰かな誰かな~~~?」
「俺だ」
「ハジメかよッッ!!!」
昨日会ったおっさんの顔がそこにあった。
「これ貯まってた装備なんで鑑定頼む」
そう言ってハジメが寄越したのは家が全て埋め尽くされるのではないかと疑うほどの膨大な装備類の数々だった。ドロップ品を売るのが面倒で放置していたらとんでもない量になり、しかもきちんと鑑定しないとカースドアイテムの可能性がある武器を絞りに絞って持ってきたらしい。
「おめーよぉ!! 報酬金額が二億Gとかいう鑑定依頼じゃ見たことない額に達してるからやるけど、おめーよぉ!! さては俺を使って散財する為に昨日から仕込んでたんじゃねーだろうな!?」
「そんなことないぞ。おまえの仕事は信頼している。それにこの量を短期間に一人で捌けるのはお前くらいのものだろ?」
そういえば忘れていたが、ハジメはどちらかと言えば迷惑客寄りの存在だったなとブンゴは今更になって思い出した。そして、先日金の問題じゃないと言っていた彼は作業量の多さの余り「金のため、これは金のため」と頭を金のことで一杯にすることで仕事を乗り切り、ギルド内でも一定の信頼を得ることとなった。
「ただしハジメ、テメーは出禁だ」
「ひどいぞ。金を絞るだけ絞って捨てるのか?」
「絞ってお金は減りましたか……?」
「不用品処理の金額ですぐに損失分が埋まってしまったから次を頼みたい」
「仕事は金払えば何でも頼んでいいって訳でもねーだろーが!! 俺の疲労と拘束時間も考えろやぁッッ!!!」
結局、依頼は月一まで、かつ上限数を決めることでブンゴとハジメの契約関係は落ち着いたのであった。




