表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

228/348

断章-1(4/4)

 ライカゲに刃を首元に突きつけられても、オロチは自然と恐怖は覚えなかった。

 鋭い眼光を光らせるライカゲが重々しく口を開く。


『この村の信仰を拙者は知らん。その是非を議論する立場にもない。しかし、殺人は許されざる悪徳だということは理解しているな?』

『はい。後悔や罪悪感がないと言えば嘘になります』

『だから村に残って自分が殺した者を自らの手で埋葬したのか?』


 オロチとライカゲの視線の先には、夥しい墓標があった。

 父母が、兄や弟が、親戚が、隣人が、多くの村人がここで眠っている。

 一部の村人はオロチが凶行に走った際に生け贄の穴に自ら飛び込んだ。

 数日経っても誰も出てこないところを見るに、皆同じ運命を辿ったのだろう。

 しかし、罪悪感から埋めたのかと問われればオロチは否と答える。


『ただ、すべきだと思いました。義務感、いや責任感なのか……上手く言えませんが、私は彼らの信仰を後世に残さない決断をした。彼らを殺さなければ、彼らは我が子を神に捧げ続けながらも村を存続させ、そこには天寿を全うしたり、もしかしたら村の外に居場所を求める命が生まれたかも知れません。私はそれを知った上で、私自身の意思で未来を閉ざしました』


 この村の神、ナリツチ様の在り方を決められるのはオロチのみ。

 これまで幾人の命を啜って永らえてきた古の教え、先祖の残したものをオロチは潰えさせた。その結果から目を逸らして生き永らえれば、オロチは何の為に彼らを手にかけたのかさえ分からなくなってしまう。


『私は決断し選択しましたが、それが世界から見て正しかったのかなど分かりません。ここにはただ決断の結果が残るのみ。私はこの決断が齎した結果を死の間際まで考えなければならない。いや、考えていたい。そのために、彼らを忘れない選択をした』

『それで、死ぬ前に答えは出そうか?』

『いいえ、全く』


 所詮は村の中の今年か知らない卑小なオロチに答えなど出せる筈がない。

 食事もせずにずっと思考に耽るオロチの身体は弱るばかりで、遠からず死ぬだろう。


『しかし、考えることに意味がある。意味があると思うことに、意味がある……そんな気がするのです。死んでいった彼らが神という意味を見出したのと同じように』


 それが唯一、オロチがこの村で信じるに値すると思ったことだった。


 ライカゲは沈黙したまましばしオロチに刃を突きつけ続けたが、やがて下ろすと音もなく納刀した。

 僅かな所作であったが、生きる道を考えていなかったオロチが一瞬見惚れるほど洗練された動きだった。幾つもの経験を積み重ねなければあれほど美しく刀を納めることは出来ないだろう。

 オロチは気付けば自らライカゲに声をかけていた。


『私を殺さないのですか?』

『おぬしは罪人だが、その罪を背負ってでも往かねばならぬと定めた道があるのだろう』

『道……』

『誰かに愚かだと罵られようが、罪を犯そうが、選ばずにはいられない。人にはそんな道がある』

『貴方にもですか?』

『言葉に意味などなかろう。おぬしが考え続けることを止めはしない。拙者は耐え忍び、先に進む道――己が忍道を往くのみ』


 ライカゲはそれ以上何一つ言わず、躊躇いもなく村に背を向けた。

 誰にも左右されることなく、ただ自分の道を進んでいた。

 この人はなんと眩しいのだろう、とオロチは思った。

 

『私も……歩き続ければ、答えが見えるのでしょうか』

『それは歩いて、歩いて、幾千の夜が明けても歩き続けた果てにしか分からない答えだ。或いは、道の果てに辿り着くのは拙者より後に果てしなく続く道を往く誰かなのかもしれぬ』


 オロチはその言葉に衝撃を受けた。

 オロチの答えの出ない問いかけは、オロチの後に続く誰かがいれば解へと至るかもしれない。そんなことは考えもしなかった。仮にオロチが志半ばで潰えたとしても、誰かが道を続けてくれれば全ての犠牲と死に本当の意味が生まれるかも知れない。オロチは遠からずやってくる死を受け入れていた自分が恥ずかしくなった。


 同時に、そんな道の在り方を語ることの出来る人生の先達が一体どのような世界を歩んでいるのかを知りたくなった。


『ニンドウとはなんですか。私、知りたいです』

『語るほどのものでもなし』

『では一緒に行動させてください。そうすれば、私のような者でも何か見えるかも――荷物持ちくらいは出来るので、どうか!』

『弟子は取らない』

『待ってください! 私は、私は――!!』


 遠ざかっていく背中を追いかけて、オロチは覚束ない足で走り出した。

 当然、ふらふらの身体がそう長く保つ筈もない。

 ほどなくして疲労困憊と空腹、水分不足などの不調が一斉に襲ってきたオロチは足が上がらなくなり、地面に倒れ伏した。




 ◆ ◇




 意識が、浮上する。

 ひどい微睡みだった。

 これほどの眠気を感じたのは果たしていつ以来だろうか。

 忍者の本能が寝るなと告げて眠気に抗おうとした矢先、オロチの額を誰かの指が優しくとんと突いた。否、オロチはこの指の主を知っている。


師匠マスター……」

「今は眠れ。焦るだけでは見えるものも見えなくなるぞ」


 暗示だったのか、安心だったのか、単に限界だったのかは分からない。

 オロチはライカゲの言葉の後、静かに眠りに落ちていった。


 次に目が覚めたとき、意識がはっきりしたオロチに対してクリストフ医師が若干の怒りを露に説教を始めた。


「何をしていたのかは敢えて聞きませんけどね。貴方、負傷と回復を短期間でかなり繰り返した上に休息を取らなかったでしょ? 見てくれは普通に見えますが全身あちこちの閉じた傷が開きかけてます。あと少し激しい運動をした瞬間に全身の傷口から血が噴出することでしょう。最低でも三日間は絶対安静です!!」

「は、はい……」


 余りの剣幕にオロチは反論する余裕もなく頷いた。

 確かに余りにも傷が深かったり繰り返し傷を受けて回復を続けた場合、一度は回復しても後で再び傷口が開くことがこの世界ではある。それを回復魔法などで誤魔化していると段々と効かなくなり、最悪の場合は体調が急激に悪化して死に至る。一種の過労状態という訳だ。


 その後、弟弟子たちに心配されたついでに仕事の結果を伝達した。


「相対絶対加速……こりゃー早急にゃ対策が必要だにゃあ」

「オロチ先輩の集めた遺跡の記録は拙者が責任を持ってメーガス女史に届けるでゴザル。今はどうか休養を」

「そうそう、オロチはちょっと自分に厳しすぎるにゃ」


 弟弟子にまで生き急いでいるように見えるのか、と、オロチは自省した。

 『忍の道に甘えるな』――ライカゲの警句が胸にのしかかる。

 答えを見つけようと足掻くなら、憧れにばかり目を向けてはいけない。


「自己管理がなってないようでは、私もまだまだですか……」


 オロチは大人しく三日間の絶対安静を受け入れた。

 途中でヤーニーとクミラが練習と称して傷口の開きそうな場所に包帯をぐるぐる巻きにしたり――関節が動きにくくされたので拘束の練習でもあったのではないかとオロチは疑っている――他にも色々な見舞いがきて、クオンも手作りクッキーを手にやってきてくれた。


「私、ライカゲにもう少しオロチに優しくするよう伝えるね!」

「ああいえ、これは私が分不相応な無茶をしたせいですので。師匠マスターも今は休めと仰られていました。それにクオン殿が見舞いにきてくれたのが何よりの安らぎですとも」

「そーお? んー……まぁオロチが言うなら」


 少し考えたクオンは、素直に頷いてくれた。

 基本的に物腰は柔らかいオロチだが、相変わらずクオンの現実離れした美しさにはついつい甘くなってしまう。自分はもしかしたら死なせてしまった妹への罪滅ぼしがしたいのかも知れないと思うこともある。


 しかし、クオンはクオンだ。

 世界に替わりの人間などいない。


「あ、クッキー美味しい……ほんのり香草の香りがして爽やかですな」

「でしょ! フレイとフレイヤに教えて貰ったレシピなんだぁ!」


 ほろ甘いクッキーを味わい、クオンの自慢げな笑みに頬を綻ばせながら、オロチは次なる戦いに備えて身体を休める。

 背負った罪は消えなくとも、それに意味はあると胸に深く刻んで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ